メダカのキモチ

clumsy uncle

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出会い

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 松沢恭介は、東京の郊外、西東京市で1人暮らし中の、25歳。
 いつも、西武新宿線に揺られ、30分かけて新宿区内の食品会社へ通勤している。
 今年で就職して3年目。都内の中堅私立大学出身で、特に何もせず、ぼーっと過ごしたツケもあってか、なかなか就職が決まらず、やっと採用してくれたのが今の会社である。
 会社では品質管理の仕事をしているが、なかなか思うようにこなせず、時々上司に呼び出されては、こっぴどく怒られ、気持ちがへこむなんてこともしばしば。
 そして、仕事の処理能力も良くないせいか、残業になることも多い。
 恭介が仕事からアパートに帰る時は、大体夜10時頃。
 コンビニで買って来た弁当をむさぼり、テレビでニュースを見て、溜めていた録画ドラマを見て、いつのまにやら日付が変わっているなんてことは普通のこと。
 さらに遅い時は、何も食べたくなくて、とりあえずビールを飲んだ後、シャワーを浴びてそのままベッドに行ってしまうこともある。
 こんな生活がずっとエンドレスで続く毎日充実感はあるけど、どことなく寂しさを感じる。
 そんな毎日が続くと、殺伐とした気持ち、そしてどことなく空虚感が漂うようになってくる。
 彼女がいれば、少しは慰みになるんだろうけど、そんな簡単に見つかるわけがない。
 本当にごくたまに参加する合コンで、気に入った女の子に声をかけて1,2回は食事をするけど、それっきりで進展ないまま終わってしまう。
 週末に同僚と飲みに行っていたけど、最近は同僚に彼女ができたようで、恭介に声がかかることも無くなってしまった。
 こうして恭介は、仕事の時間以外は1人で過ごす時間が増えていった。
 そんな鬱々とした日々が続く中、仕事の帰り道、恭介は通勤で利用する西武新宿線「西武柳沢」駅からいつものように駐輪場に駐めていた自転車に乗り、帰ろうとした時、「かわいい熱帯魚、いっぱいいます。アクアショップコーラル」の看板がかかったお店を見つけた。
 恭介が店の前を通り過ぎたときには夜遅く、すでに店じまいしていたけど、モノトーンのおしゃれな外装が目を引き、どんな内装のお店なのか、とても気になってしょうがなかった。次の日がちょうど休みということもあり、再訪しようと決意した。
 
 翌日、自転車に乗ってアクアショップを訪れた恭介。
 ドアを開けると、魚の種類ごとに分けられた水槽がが所狭しと並べられていた。カラフルな魚達が華麗に泳ぐ中、水草の下をぴょこぴょこと泳ぎ回る、小さな魚たちの姿にしばし目移りした。
 その時、長髪を後ろで束ねた、髭面の男性がにこやかに恭介に近づいてきた。

「いらっしゃいませ。何かお気に入りを見つけられましたか?」
「このオレンジの小さな魚、何ていうんですか?」
「ああ、これは、ヒメダカかな?観賞用に改良されたメダカだよ。この種類のメダカは、魚釣り用の餌として販売しているんだよ」
「エサ??この子達が??」
「そう。まさか高級な種類のメダカはたやすく餌として提供はできないんで。ヒメダカは数も多いし繁殖もしやすいので、餌としても使われているんだよね。実際、餌として買っていく人もいるし」
「冗談じゃない!こんな小さく可愛らしいメダカたちがエサだなんて」
「あはは、怒らないでよ。ちゃんと、飼育用として買っていくお客さんもいるんで、大丈夫。でも、飼育用メダカだったら、こちらの幹之メダカとか色もきれいで人気あるんですがね。ヒメダカでいいのかい?」

 髭面の店員は、足元の水槽を指差し、その中で悠然と泳ぐ光り輝くきれいな色をまとったメダカを恭介に勧めてきた。
 しかし、恭介の気持ちは、水草に戯れるオレンジ色のヒメダカたちだった。

「おじさん、やっぱりこのヒメダカっていう種類のメダカが良いです」
「わかりました。1匹50円なんだけど、何匹買っていくの?」
「え?50円なんですか?」
「そう。さっき話したとおり、基本的に釣りの餌になる種類なんで、メダカの中では安値の方かな。」
「かわいそう」

 恭介はヒメダカたちを眺めながら、切ない気持ちになった。

「とりあえず、4匹、お願いできますか?」
「ありがとう。餌にしないんだったら、しっかりかわいがってあげてね。お客さん、メダカを育てたことは?」
「ありません」

 髭面の店員はちょっと驚いた表情をしつつも、恭介を手招きし、魚の飼育グッズがおいてある棚の所へ案内した。

「まずは水槽の底に敷き詰める土、赤玉土が一番良いけど、特にこだわらなくてもいいかな?あとは、水草。メダカが産卵する時や隠れ家になるからね。それから、電気代がかかるけど、エアレーションがあると空気を水槽に送り込めるから、もし必要だと思うなら検討してみて。」
「はい」

 言われるがままに飼育道具を買い揃え、メダカ4匹の金額の数倍もの道具代を払ってしまった。恭介は群馬県の実家で犬を飼っていたが、叔父が譲ってくれた柴犬で、鎖につないで飼っており、ほとんどお金なんてかかっていない。
 だから、まさかメダカでこんなにかかるなんて、夢にも思わなかった。
 でも、恭介の手提げには、可愛らしく泳ぐメダカたちが入っている。
 こうしてメダカたちと恭介の、愛おしくも奇妙な物語が始まった。
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