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第三話〜また会う日を楽しみに〜
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扉の向こうに右足、そして左足と入ってみたけど特に何も起きず、後ろには元来た道が見える。すぐにまた扉を跨いだ。
つい今しがた僕の心臓を鳴らしたこの道を些か呆気なさを感じながら逆行する。
心做しか空が高い。雑音が耳に障る。
なんだか落ち着かない、くらいの違和感だけが揺れた。この町を飛び回って18年、小さく灯った違和感は重なって、徐々に現実めいた。もしかして。
曲がりくねった裏道を戻る。少し遠い意識に裏打ちされた異様な空気、ジワッと腹の底で気味の悪い嫌な感がザワつく。
再び沸きあがる高揚を恐怖が押し込んだ。
ショートしそうなグルグルした脳みそが不必要な事ばかり連想してうるさい。足は進んだ。
路地を抜けた。驚きを突きぬけて遂に言葉が出なかった。空まで伸びる高いビル、眩しくて大きな照明、何よりも信じられないほどの電子音。そこには僕らの町に有るまじき喧騒が待っていた。
「…。」
込み上げる感じたことのない不安に言葉にならない叫びを上げて、呆然と立ち竦む。脳より先に脊髄が状況を把握した。
僕は未来に飛ばされた。
理解してなお立ち竦む僕を、人混みは怖がって避けている。格好は馴染んでないし気味が悪いんだろう、分かる。でも動けなかった。
「こんな所に突っ立ってたら危ないですよ」
こんな状態の僕に声掛ける人が居るわけなどない、と思ったけど、もしかしたらと振り返った。心臓がトントン鳴る。
「聞こえますか?」
目に映った女性の視線は僕に向けられている。なぜか楽しそうに笑っている。
「き、、、聞こえます」
これでも頭を捻って導いたこの時使える最大の語彙だ。同じ状況に立てば流石の秀才エジソンでも、正常な語彙を保つのが精一杯だと思う。僕なら尚更なのは明白だ。
「なんか格好古臭くないですか~?コスプレかなんか?」
口調に腹が立つ。こすぷれ…?なんだそれは。
「昔から来たんだから仕方ないでしょ」
気さくっていうか失礼っていうか、そんな態度のせいで変に冷静になった僕は、理解されるはずもない事を、しかも腹立ちが講じてタメ口で話した。
「ほんと?」
彼女はそんな信じ難いはずの話をすんなり受け入れた。相当変だ。
「本当。随分物分りがいいんだね。普通なら戸惑うでしょ」
「なんか、ね」
今更タメ口を直すのも気恥しいのでそのまま話した。まるでずっと友達だったかのような力の抜けた会話が続く。
「なんだよ変だな」
「そんな事はいいからさ!一緒に祭り回らない?」
「そんな事よくないだろ。過去から飛んできたんだよ」
「そのくらい生きてりゃあるって!」
「ないよ」
可笑しくて思わず笑みがこぼれた。彼女の軽薄さに気持ちを軽くされたのがまたむず痒い。ムカつく。生きてりゃある、のか。
なんだか手寂しくてポケットに手を入れたらガムがある。
「要るか?」
「え、いいの?食べる!」
遠慮とか、そういうのがない事はよく分かった。というよりこれまでの会話で分かっていた。でもここまでだとなんかやっぱり、ちょっと喉につかえる物がある。
「それは何?」
彼女の持っているもの、身につけているものの中には見た事ないものも多くて、気になってしょうがない。
「スマホだよスマホ!」
「すまほ…」
「これは小さい扇風機?」
「そう!よくわかったね!そっかこれも知らないもんね」
なんかこう、掴めないというか、否定したくても出来ない真っ直ぐ差す眩しさが優しくて、痛い。
「なんでずっと左後ろのポケットに手入れてるの?クセ?」
「あぁ、うん。クセだよ」
「何それ面白い。普通利き手か両手、しかも前ポケットでしょ」
「自分でもちょっと気に入ってんだ。これ」
「私もなんか好き」
「ちょっとガラ悪く見られるけどな」
「私にはそう見えないから良くない?」
「そうだな」
よくもまあこうツラツラと調子のいい言葉を並べられるな。と少し感嘆の混ざった軽蔑を彼女に向けた。
「過去から来たってことは、家ないんじゃない?うち来る?」
「え、え?」
「いや、だから、うち来るかって」
「家はまぁ、な、ないけど、」
「じゃあ決まりね!うち誰も居ないから、来ちゃいな!」
「あ、お、おう」
考えてみれば家なんてないな。とか考えてたら、「嫌だ」の一言がスっと出てこなかった。こいつと同居、嫌だ。
「てか、名前も知らない人間を家に泊めるってどういう神経してんだ?」
「あ、そういえば名前なんなの?」
「知ればいいって訳でもないけどな。名前か?えっと。」
自分の名前が出てこない。
「待って自分の名前も分からないの?」
「夏目葵葉!葵葉が僕の名前」
「記憶障害?本当にタイムスリップしてきたみたいだね」
彼女はふふっと笑う。
「本当にタイムスリップしてきたんだよ」
「私は姫花!よろしくね!」
「お世話になる。」
本当にかなり世話になるだろうから、ここは一度僕なりの最大限の"礼儀"を果たした。
「葵葉って恋とかしたことあんの?」
あー、こいつに礼儀なんて気にするんじゃなかった。悔しい。
「それくらいあるよ。なんだと思ってんだ」
「へー。で、どうなったの?」
「話すほどでもなくないか?放っておいてくれ」
「その感じ、失恋したんだ!」
「バカ、失恋なんてしてないよ。居なくなったんだ、急に」
「ふーんそうなんだ。変だね」
「お前の方が変だよ」
「また会いたいの?」
「あー、会ってみたいかもな。どうしてんだろ」
「いつの話?」
「だいたい、10年近く前だったかな」
「え、めっちゃ昔じゃん、どのくらい好きだったの?」
「もうよくないか?しつこいだろ」
「一緒に住むんだからいいじゃん。お互い秘密はナシで!」
「一時間だよ」
「は?」
「はい、この話終わり」
「訳わかんないんだけど!」
「終わりって言ったら終わりだよ」
こいつと長くやっていける気はしないし、早く元の世界に戻ろう。そう強く決意した。
口には僕に珍しく鬱陶しいくらいに甘ったるいガム、味は悪くなかった。
つい今しがた僕の心臓を鳴らしたこの道を些か呆気なさを感じながら逆行する。
心做しか空が高い。雑音が耳に障る。
なんだか落ち着かない、くらいの違和感だけが揺れた。この町を飛び回って18年、小さく灯った違和感は重なって、徐々に現実めいた。もしかして。
曲がりくねった裏道を戻る。少し遠い意識に裏打ちされた異様な空気、ジワッと腹の底で気味の悪い嫌な感がザワつく。
再び沸きあがる高揚を恐怖が押し込んだ。
ショートしそうなグルグルした脳みそが不必要な事ばかり連想してうるさい。足は進んだ。
路地を抜けた。驚きを突きぬけて遂に言葉が出なかった。空まで伸びる高いビル、眩しくて大きな照明、何よりも信じられないほどの電子音。そこには僕らの町に有るまじき喧騒が待っていた。
「…。」
込み上げる感じたことのない不安に言葉にならない叫びを上げて、呆然と立ち竦む。脳より先に脊髄が状況を把握した。
僕は未来に飛ばされた。
理解してなお立ち竦む僕を、人混みは怖がって避けている。格好は馴染んでないし気味が悪いんだろう、分かる。でも動けなかった。
「こんな所に突っ立ってたら危ないですよ」
こんな状態の僕に声掛ける人が居るわけなどない、と思ったけど、もしかしたらと振り返った。心臓がトントン鳴る。
「聞こえますか?」
目に映った女性の視線は僕に向けられている。なぜか楽しそうに笑っている。
「き、、、聞こえます」
これでも頭を捻って導いたこの時使える最大の語彙だ。同じ状況に立てば流石の秀才エジソンでも、正常な語彙を保つのが精一杯だと思う。僕なら尚更なのは明白だ。
「なんか格好古臭くないですか~?コスプレかなんか?」
口調に腹が立つ。こすぷれ…?なんだそれは。
「昔から来たんだから仕方ないでしょ」
気さくっていうか失礼っていうか、そんな態度のせいで変に冷静になった僕は、理解されるはずもない事を、しかも腹立ちが講じてタメ口で話した。
「ほんと?」
彼女はそんな信じ難いはずの話をすんなり受け入れた。相当変だ。
「本当。随分物分りがいいんだね。普通なら戸惑うでしょ」
「なんか、ね」
今更タメ口を直すのも気恥しいのでそのまま話した。まるでずっと友達だったかのような力の抜けた会話が続く。
「なんだよ変だな」
「そんな事はいいからさ!一緒に祭り回らない?」
「そんな事よくないだろ。過去から飛んできたんだよ」
「そのくらい生きてりゃあるって!」
「ないよ」
可笑しくて思わず笑みがこぼれた。彼女の軽薄さに気持ちを軽くされたのがまたむず痒い。ムカつく。生きてりゃある、のか。
なんだか手寂しくてポケットに手を入れたらガムがある。
「要るか?」
「え、いいの?食べる!」
遠慮とか、そういうのがない事はよく分かった。というよりこれまでの会話で分かっていた。でもここまでだとなんかやっぱり、ちょっと喉につかえる物がある。
「それは何?」
彼女の持っているもの、身につけているものの中には見た事ないものも多くて、気になってしょうがない。
「スマホだよスマホ!」
「すまほ…」
「これは小さい扇風機?」
「そう!よくわかったね!そっかこれも知らないもんね」
なんかこう、掴めないというか、否定したくても出来ない真っ直ぐ差す眩しさが優しくて、痛い。
「なんでずっと左後ろのポケットに手入れてるの?クセ?」
「あぁ、うん。クセだよ」
「何それ面白い。普通利き手か両手、しかも前ポケットでしょ」
「自分でもちょっと気に入ってんだ。これ」
「私もなんか好き」
「ちょっとガラ悪く見られるけどな」
「私にはそう見えないから良くない?」
「そうだな」
よくもまあこうツラツラと調子のいい言葉を並べられるな。と少し感嘆の混ざった軽蔑を彼女に向けた。
「過去から来たってことは、家ないんじゃない?うち来る?」
「え、え?」
「いや、だから、うち来るかって」
「家はまぁ、な、ないけど、」
「じゃあ決まりね!うち誰も居ないから、来ちゃいな!」
「あ、お、おう」
考えてみれば家なんてないな。とか考えてたら、「嫌だ」の一言がスっと出てこなかった。こいつと同居、嫌だ。
「てか、名前も知らない人間を家に泊めるってどういう神経してんだ?」
「あ、そういえば名前なんなの?」
「知ればいいって訳でもないけどな。名前か?えっと。」
自分の名前が出てこない。
「待って自分の名前も分からないの?」
「夏目葵葉!葵葉が僕の名前」
「記憶障害?本当にタイムスリップしてきたみたいだね」
彼女はふふっと笑う。
「本当にタイムスリップしてきたんだよ」
「私は姫花!よろしくね!」
「お世話になる。」
本当にかなり世話になるだろうから、ここは一度僕なりの最大限の"礼儀"を果たした。
「葵葉って恋とかしたことあんの?」
あー、こいつに礼儀なんて気にするんじゃなかった。悔しい。
「それくらいあるよ。なんだと思ってんだ」
「へー。で、どうなったの?」
「話すほどでもなくないか?放っておいてくれ」
「その感じ、失恋したんだ!」
「バカ、失恋なんてしてないよ。居なくなったんだ、急に」
「ふーんそうなんだ。変だね」
「お前の方が変だよ」
「また会いたいの?」
「あー、会ってみたいかもな。どうしてんだろ」
「いつの話?」
「だいたい、10年近く前だったかな」
「え、めっちゃ昔じゃん、どのくらい好きだったの?」
「もうよくないか?しつこいだろ」
「一緒に住むんだからいいじゃん。お互い秘密はナシで!」
「一時間だよ」
「は?」
「はい、この話終わり」
「訳わかんないんだけど!」
「終わりって言ったら終わりだよ」
こいつと長くやっていける気はしないし、早く元の世界に戻ろう。そう強く決意した。
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