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第一章
8.報復はそれなりに①(アルフレイム公爵令嬢の場合)
しおりを挟むアナベルの家は筆頭公爵家であるアルフレイム公爵家。
当然、貴籍においては、一番家格が高い。
そんなアナベルは、通常であれば王太子の一番の花嫁候補だったのだが、彼女には産まれる前から決められた婚約者がいたのだ。
戦がなくなってからすでにかなりの時が流れていたが、王都から離れた地では、旅人や商隊の荷を狙う盗賊たちが跋扈していた。
アルフレイム公爵領内では、独立騎士団を編成し見廻りを行っているため被害は少なかったけれど、それは、アルフレイム公爵家にそれだけの資金力があればこそで、他の領地はそれぞれの事情があるのだ。
そんな中、当時領地を父親から引き継いだばかりの、ルイス・アルフレイム公は数人の護衛騎士だけを共に騎馬で急ぎ領地へと向かっていた時に、盗賊団に襲われたのだ。
自領であれば駆けつけてくる騎士団は、他領では意味をなさず、ルイスはいま連れている護衛騎士だけで対峙するしかなく、腕がたつ騎士達ばかりとはいえ多勢に無勢で、護衛騎士達は次々と倒されていく。
ルイス自身は魔力で攻撃を交わすことができる程度で、効果的な攻撃魔法は使えなかったため、徐々に追い詰められていく。
そんな中、駆けつけてきたのが、ワイバートン侯爵の護衛騎士団だった。
ワイバートン領はアルフレイム領と接していたため騒ぎを聞きつけた騎士団が駆けつけてくれたというわけだ。
その後は、ワイバートン騎士団のおかげで、無事にアルフレイム領へと戻ることができたのだった。
ルイスが急ぎ戻ったのは、父である前公爵危篤の報を受けたからだったが、結局、間に合わず、辿り着いたときには息を引き取った後だった。
すでに爵位を引き継いだ後だったとはいえ、葬儀や後処理に追われ、ルイスがワイバートン侯爵アルベルトに会えたのは三ヶ月が経過した頃だった。
ワイバートン騎士団が駆けつけてくれなければ命を落としていたかもしれなかったのだ。
御礼の品を持参しただけでは足りないと思い、丁度、ワイバートン侯爵には五歳になる男子が、アルフレイム公爵には三歳になる女子がいたこともあり、互いの子供を婚約させることにしたのだった。
前公爵が生きていれば、いくら相手が命の恩人だったとはいえ、こんな縁組を許す筈がなかったのだけれど、生憎、ルイスに進言すべき者はおらず、この約束は正式に婚約という形で整ってしまった。
そのため、幼い婚約者同士は、お互いの領地を行き来して、それなりに、会ってはいたけれど、心を通わせるまでには至らず、ワイバートン侯爵子息アドルフは十歳になったと同時に王都の侯爵邸へ行ってしまい、互いに手紙などのやりとりもしなかったため、アドルフとアナベルの交流は完全に途絶えてしまった。
アナベルも十六歳でデビュタントのため、王都の公爵邸に移ることになったが、アドルフからの便りは相変わらずなにもなく、アナベルは父親に付き添われデビュタントに望むことにした。
社交界の黒薔薇と謳われた母の美貌を受け継ぐアナベルは、周りからの注目を集めていたけれど、そんな視線に臆することなく、陛下たちへの挨拶を済ませ、父とのダンスを終えるとさっさと城を後にした。
なぜなら、その場には、アドルフが別の令嬢と連れ立って参加しているのを目にしてしまったからだ。
婚約者がありながら、王城で開催される舞踏会に参加するなど通常ではあってはならない筈なのだが、実際に目にした光景はさらに衝撃的で、アドルフは連れの令嬢とダンスを踊った後は、令嬢の腰に腕を回したまま、他の参列者たちと歓談している。
それは、二人の関係を如実に物語る光景だったのだが、婚約自体は互いの親が正式に取り交わしたものであり、一方的に破棄することは難しいことだということは理解していたから、もとより、婚約者とはいえ、アドルフに一辺の恋情も感じていなかったアナベルは、機が熟すのをじっと待つことにした。
アドルフが別の令嬢といる所は、父であるルイスも目にしていたため、この件は当然父から、ワイバートン侯爵にも伝わった筈なのだが、アドルフは、そのワイバートン侯爵の言葉にも耳を貸すことがなかったらしく、その後も、アドルフは件の令嬢――ユリナ・ダンカン男爵令嬢という名前らしい――を連れ歩いていた。
因みに、アドルフは相変わらず、アナベルにはなんの音沙汰もなかったので、水面下でアルフレイム公爵とワイバートン侯爵との間ではある取り交わしが行われたのだった。
そうして、ようやく、一年前の年越しの王宮での舞踏会でその機会がやってきたのだ――
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