【完結】死に戻り令嬢は千夜一夜を詠わない

里見透

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第五章

12.

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「おい、とっとと歩け」
 男が荒々しく肩を押す。前につんのめって転びかけたが、ルクサナはすぐさま体勢を整えると、また背筋をしゃんと伸ばした。そうして大きな目を見開き、ただ、静かに男の顔を見上げる。
 にらむでもなく、へつらうでもなく。
 ただまじまじと、穴が開きそうなほどじっと見る。
「な、なんだ。反抗する気か?」
 男がたじろぎ、そう問うたが、ルクサナは答えない。そうしたくとも、猿轡のせいでできなかったのだ。
 言葉のないままじっと見つめるルクサナを気味悪がるように、男が一歩後退あとずさる。それに対峙たいじするルクサナも、実のところ、恐ろしさで今にも気を失いそうなのは変わらない。
 けれど。
(私はずっと、あこがれていた。幼い頃より親しみ続けてきた、千夜一夜の物語に描かれる人々のようになりたいと。彼らのように勇猛果敢に、この世界を踏みしめてゆけたらと。──ならば私が、この場で演じるべき役は)
 ぱちぱちと、松明たいまつの火のぜる音。その火が瞬時、ルクサナの大きな目に宿る。
(これ以上、おびえた姿なんて見せたりしない。私は──、私が、未来を変えるんだから)
 噛まされていた猿轡が、緩んではらりと地に落ちた。
「──おい、捕らえたという小娘はどこだ!」
 苛立ち混じりの高い声。誰の声かはすぐに知れた。宰相家の邸宅リアドでも聞いた、癖のある声はザイーブ家の大臣、ターヒルのものだ。今しがた宰相家の宴席から戻ったところなのであろうか、取るものもとりあえず、といった出で立ちで裏口に出た彼は、ルクサナを、そしてそれを取り巻く己の侍従達を見て、何事か告げようとし──、そこにたたずむルクサナと目があった瞬間、口を開けたまま押し黙る。
「おまえ達のたばかりごとは、既に明るみに出ている」
 場を制したのは、優美に、しなやかにのびる、朗々たるルクサナの言葉であった。
 爆ぜた火の粉の光が、ちら、きら、と、ルクサナの明るい色の髪を、瞳を、彩っていた。無論、ルクサナ自身に自覚はない。けれど、あどけなさの残る少女の、その不敵なたたずまいに、誰もが一瞬、とりこになった。
「おまえ達に用はない。私はもう帰ります。腕の縄も解きなさい。今、素直に従えば、今宵こよいのことは不問にしてさしあげるわ。その方が、おまえ達にとっても都合がいいのではなくて? 今ならまだ──、他者をおとしめる罪に手を染める未来は、訪れていないのだから」
 にこりと、何でもないかのように、ルクサナはほがらかな笑みを演じてみせた。
 その時。
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