【完結】死に戻り令嬢は千夜一夜を詠わない

里見透

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第五章

18.

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 舞台へくずれ落ちたサラの姿に、ヤツガシラの人々も、宰相家の人々も、驚き銘々めいめいに手を止めた。音楽が鳴り止んだ。物語はもううたわれない。サラに寄り添うようにひざをついたルクサナは、彼女を案じて駆け寄ろうとする両親を、そっと手を掲げ押しとどめる。
「半年前の実りを祝う日ヤウン・ハワ──。あんたさっき、あたし達は、半年前の世界にさかのぼってきたのだと言ったわよね。それは本当? あたし達、本当にやり直しているの?」
 サラの問いかけに、「えっ?」と思わず聞き返す。すると彼女は赤面して、しかし声を震わせてこう告げた。
「あたし、字が読めないし、こよみも読めない。この本が千夜一夜の物語だとわかったのも、ただ、挿絵があったからなの。昔、母さんがよく話してくれた、魔人ジンのような絵があったから……。あたしにわかったのは、死を覚悟したあの日、気づいたら、何故だか自分の姿が変わっていて、この家のお嬢様として扱われるようになったってことだけだった。意味がわからなかったけど、これが魔人ジンのお慈悲なら、精々上手くやろうって、ここで今度こそ幸せになってやろうって、そんなふうに考えた」
 が変わったのをさとられないよう、仮病を使って伏せっていたのだと、サラはそう言っていた。その上、暦が読めず、邸宅リアドの外の様子もわからなければ、時を遡っていることに、サラが自ら気づくのは難しかったかもしれない。季節の移ろいを感じにくいこの国で、安らかに保たれた邸宅リアドでの暮らしが、日々の経過を感じさせにくいことはルクサナもよく知っている。
「あ、あたし……、あたしの家族は、みんな赤洟テン熱で死んだ。薬が欲しくてあちこち駆けずり回ったけど、高くてちっとも買えなくて。みんな苦しんで死んだ。私もそう。薬があれば怖い病気ではないとか聞くのに、貧乏人はこんなふうに苦しんで死ぬしかないのかって、この世界をうらんで死んだ。でも、ここが、半年前の世界なら」
 聞いて、ルクサナもはっと息をむ。
「あなたの家族、まだ無事でいるのかもしれない」
 それに今なら、──赤洟テン熱の薬だって、手に入るのだ。
「あたしも、あんたみたいに未来を変えたい。あんたを拒絶したあたしが、今更こんな事を言うのはずるいって、わかってるけど、でも」
 震えるサラの冷たい指先に触れ、ルクサナはそれをそっと両手で包み込む。
 顔を上げたサラと、目があった。
「ちっともずるくなんてない。あなたが私を助けようと動いてくれたからこそ、私達、今ここに、こうしていられるのよ。それに、この不思議な数日間、私、わたくし、本当に楽しかった。……あなたの運命、お返しするわね。ありがとう、サラ」
 微笑んで、二人同時に目を閉じる。
 魔人ジンが幕を下ろしたのであろうことに、二人は既に気づいていた。
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