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中編
中編6
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兄に指定されたのは、彼が二月に一度ほどの頻度で通っているという美容院の前だった。
匡は既に待ち合わせ場所に立っていた。彼を一目見た風羽は、ミーハーな黄色い声を上げた。
「わあ……!」
人気絶頂のアイドル、なんとかくんと同じ。兄の雰囲気が、気怠い系から爽やか系に変わっている。
風羽は匡に見惚れてしまった。
「風羽、早かったね」
言いながら首の後ろを擦っている匡を見て、風羽はキョトンと目を丸くした。
「あれ? 新しい髪型、気に入らないの?」
「え、いやあ……。なんか若づくりというか……。ちょっと頑張り過ぎてない? 俺」
「えー! そんなことないよ! すっごく似合ってる!」
「そう? ありがと」
身内の贔屓目抜きに、かっこいい。風羽が力いっぱい褒め称えると、気を取り直したのか、匡の表情は明るくなった。
「あ、いつもあの人に切ってもらってるんだ。俺、オシャレとか、全然分からないから、全部お任せ」
匡は振り返り、ウィンドウの内側にいる一人の男性を指差した。向こうもこちらに注目していたようだ。
「そうかー。お兄ちゃんがいつもかっこいいのは、あの人のおかげなんだねー」
窓越しに美容師の男性と挨拶を交わし合ってから、風羽と匡は歩き出した。
「でも、よく分かったね。俺が新しい髪型、ちょっとどうかな~って思ってたって。顔に出てた?」
匡は不思議そうだ。
「ふふ。そりゃ妹だからね、分かっちゃうよ」
風羽は得意げに胸を張った。
だが、本当は――。
――お兄ちゃん、なにか気に食わないことがあるとき、首を触るんだよね……。
滅多に怒りや不機嫌といったネガティブな感情を表に出さない匡は、その代わり、うなじを撫でる。そのような癖があるのだ。
風羽と匡、本日二人が連れ立って出掛けることにしたのは、風羽の誕生日プレゼントを買うためだ。
「プレゼント、一週間も遅れちゃってごめんね。カバンが欲しいって言ってたよね。どこ、見に行く?」
「えっと、マルイに行ってもいい? ポーターがいいなあって思ってて。でも、ほかのも見たいし」
「うんうん、いいよ。行こう」
風羽の希望を、匡は穏やかな笑顔で聞く。そのように歩いている二人は、兄妹というより、少し歳の離れたカップルにしか見えなかった。
目的のファッションビルには、十分も歩かず着いた。
「ありがとう、お兄ちゃん。大事に使うね」
目を付けていたカバンを首尾よく手に入れて、風羽はホクホク顔だ。
平日の午後だからか、どこの店もすいている。
ビルの出口に向かう途中、とあるテナントに差し掛かったところで、匡は風羽に尋ねた。
「このお店、どう?」
匡が足を止め、指差した先は、ジュエリーショップだった。
「どうって……。女の子には人気があるよ。よく雑誌でも見かけるし」
「ふーん。じゃ、ここでいいかな」
匡は風羽の背中へ手を回し、ジュエリーショップへ誘った。
「ん? なあに?」
「指輪を買おうよ」
「えっ? もうプレゼントはもらったよ?」
「いいの。俺が風羽に着けて欲しいから買いたいんだけど……。ダメ?」
不安そうに、匡が顔を覗き込んでくる。風羽は口ごもった。
「ダメじゃないけどさあ……」
指輪を贈るというのは――そういうことだろう。
――占有の証。
七日前の誕生日、風羽は匡に告白された。そして結ばれる寸前までいったところで迷いが生じ、保留にしてしまったのだ。
しかし。
――でも、よーく考えてみたら、断る理由がないというか……。別にお兄ちゃんのこと嫌じゃないし、むしろ好きだし……。
こんなに優しくて、容姿も素晴らしくて、お金も稼いでいて。そんな男性の好意を拒む理由がない。
――お兄ちゃん期間が長かったから、気持ちを切り替えるまで、少し大変かもだけど……。
だが、それだけだ。
きっと慣れてしまえば、匡のことを、一人の男性として愛することができるだろう。
――というか、お兄ちゃん以外の男の人のこと、本気で好きになれないと思う……。
自分は度を越したブラコンなのではないか。風羽のそんな悩みは、今日をもって解消されるわけだ。
匡はもう兄ではなく、恋人になるのだから。
「あの、ありがとう……。できたら、ペアリングがいいな……。お兄ちゃんとお揃いで着けたい……」
「――うん。そうしよう」
風羽が顔を赤くしながらおずおず言うと、匡は微笑み、風羽の後頭部を優しく撫でた。
それからゆっくり時間をかけ、リングを選んでから、二人は仲良く家路についた。
夢心地で――だから風羽は、親友からのメッセージに気づかなかったのだ。
帰り道、自宅が見えてきた辺りで、ふと風羽はスマートフォンを確認した。
「あれ……? まっつんからだ」
届いていたのは、不穏過ぎるメッセージだった。
『後藤先輩が、風羽のあとを追いかけていったよ! 気をつけて!!!!!!!』
驚いた風羽は、咄嗟に振り返る。するとその視線から逃れるように、何者かがサッと電柱の陰に隠れた。
――本当にいた!
風羽の背筋は、ゾッと冷えた。
匡は既に待ち合わせ場所に立っていた。彼を一目見た風羽は、ミーハーな黄色い声を上げた。
「わあ……!」
人気絶頂のアイドル、なんとかくんと同じ。兄の雰囲気が、気怠い系から爽やか系に変わっている。
風羽は匡に見惚れてしまった。
「風羽、早かったね」
言いながら首の後ろを擦っている匡を見て、風羽はキョトンと目を丸くした。
「あれ? 新しい髪型、気に入らないの?」
「え、いやあ……。なんか若づくりというか……。ちょっと頑張り過ぎてない? 俺」
「えー! そんなことないよ! すっごく似合ってる!」
「そう? ありがと」
身内の贔屓目抜きに、かっこいい。風羽が力いっぱい褒め称えると、気を取り直したのか、匡の表情は明るくなった。
「あ、いつもあの人に切ってもらってるんだ。俺、オシャレとか、全然分からないから、全部お任せ」
匡は振り返り、ウィンドウの内側にいる一人の男性を指差した。向こうもこちらに注目していたようだ。
「そうかー。お兄ちゃんがいつもかっこいいのは、あの人のおかげなんだねー」
窓越しに美容師の男性と挨拶を交わし合ってから、風羽と匡は歩き出した。
「でも、よく分かったね。俺が新しい髪型、ちょっとどうかな~って思ってたって。顔に出てた?」
匡は不思議そうだ。
「ふふ。そりゃ妹だからね、分かっちゃうよ」
風羽は得意げに胸を張った。
だが、本当は――。
――お兄ちゃん、なにか気に食わないことがあるとき、首を触るんだよね……。
滅多に怒りや不機嫌といったネガティブな感情を表に出さない匡は、その代わり、うなじを撫でる。そのような癖があるのだ。
風羽と匡、本日二人が連れ立って出掛けることにしたのは、風羽の誕生日プレゼントを買うためだ。
「プレゼント、一週間も遅れちゃってごめんね。カバンが欲しいって言ってたよね。どこ、見に行く?」
「えっと、マルイに行ってもいい? ポーターがいいなあって思ってて。でも、ほかのも見たいし」
「うんうん、いいよ。行こう」
風羽の希望を、匡は穏やかな笑顔で聞く。そのように歩いている二人は、兄妹というより、少し歳の離れたカップルにしか見えなかった。
目的のファッションビルには、十分も歩かず着いた。
「ありがとう、お兄ちゃん。大事に使うね」
目を付けていたカバンを首尾よく手に入れて、風羽はホクホク顔だ。
平日の午後だからか、どこの店もすいている。
ビルの出口に向かう途中、とあるテナントに差し掛かったところで、匡は風羽に尋ねた。
「このお店、どう?」
匡が足を止め、指差した先は、ジュエリーショップだった。
「どうって……。女の子には人気があるよ。よく雑誌でも見かけるし」
「ふーん。じゃ、ここでいいかな」
匡は風羽の背中へ手を回し、ジュエリーショップへ誘った。
「ん? なあに?」
「指輪を買おうよ」
「えっ? もうプレゼントはもらったよ?」
「いいの。俺が風羽に着けて欲しいから買いたいんだけど……。ダメ?」
不安そうに、匡が顔を覗き込んでくる。風羽は口ごもった。
「ダメじゃないけどさあ……」
指輪を贈るというのは――そういうことだろう。
――占有の証。
七日前の誕生日、風羽は匡に告白された。そして結ばれる寸前までいったところで迷いが生じ、保留にしてしまったのだ。
しかし。
――でも、よーく考えてみたら、断る理由がないというか……。別にお兄ちゃんのこと嫌じゃないし、むしろ好きだし……。
こんなに優しくて、容姿も素晴らしくて、お金も稼いでいて。そんな男性の好意を拒む理由がない。
――お兄ちゃん期間が長かったから、気持ちを切り替えるまで、少し大変かもだけど……。
だが、それだけだ。
きっと慣れてしまえば、匡のことを、一人の男性として愛することができるだろう。
――というか、お兄ちゃん以外の男の人のこと、本気で好きになれないと思う……。
自分は度を越したブラコンなのではないか。風羽のそんな悩みは、今日をもって解消されるわけだ。
匡はもう兄ではなく、恋人になるのだから。
「あの、ありがとう……。できたら、ペアリングがいいな……。お兄ちゃんとお揃いで着けたい……」
「――うん。そうしよう」
風羽が顔を赤くしながらおずおず言うと、匡は微笑み、風羽の後頭部を優しく撫でた。
それからゆっくり時間をかけ、リングを選んでから、二人は仲良く家路についた。
夢心地で――だから風羽は、親友からのメッセージに気づかなかったのだ。
帰り道、自宅が見えてきた辺りで、ふと風羽はスマートフォンを確認した。
「あれ……? まっつんからだ」
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『後藤先輩が、風羽のあとを追いかけていったよ! 気をつけて!!!!!!!』
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