潔癖淫魔と煩悩僧侶

犬噛 クロ

文字の大きさ
16 / 21
第三話 魔物、豹変

2

しおりを挟む

「SだとかMだとか、単一的であれという考え方がナンセンスだと、僕は思うんですよ。ひどいこともしたいけど、守ってもあげたい。このアンチノミーこそが、男の本能なんですからねぇ!」

 ズメウに捕らわれて、三日目。
 同じ境遇の囚われの男たちと畑仕事をしながら、持論をぶちかます、メグラーダ・フィランスであった。
 しかし、そんな演説なんてどうでもいい、朝っぱらから聞きたくないとばかりに、男たちはメグに相談を持ちかける。

「メグさん、こっち、もう収穫しちまっていいかな?」
「あ、はい。残りは明日にしましょうかね」
「ところで、今度新しい苗木を植えようと思ってるんだが、俺ら詳しくないんだよ。知ってるかな、メグさん。『緑木苺(みどりきいちご)』っていう実が、成るんだが」
「ああ、緑木苺ね。知ってますよ。僕の故郷にたくさん生えてましたから」
「そうかい。緑木苺っていうのは、染料になるんだよな」

 ズメウの集落は、自給自足で全てが賄えているわけではないらしい。足りない物資は狩りの獲物や農作物、織物などを持ち出し、街で必要なものに替えているそうだ。
 織布に使う染料も、集落では手に入らないものの一つだ。中でも緑木苺は上質な染料で、ズメウたちはこの実を頻繁に購入していたらしい。だが珍しく苗が手に入ったので、自分たちで育ててみるとのことだ。

「緑木苺は丈夫で、雑に扱っても立派に育ちます。ただし、実に含まれる種は猛毒なので、注意が必要ですよ」
「ほうほう」

 男たちは、熱心にメグの説明を聞いている。そんな彼らの数は、さほど多くない。昨日フィンたちに聞いたとおりだ。
 ズメウの集落に捕らえられている男は、メグを含めて七人とのこと。今日はまだケレッツとレンドリューを見かけないが、それ以外の五人が農作業に精を出している。

「……………」

 メグは教団を旅立つ前に、キャサロッサ寺院長から得た情報を思い出した。

『近頃、行方不明者が増加しており、また、惨殺体の発見が相次いでいるらしいのだ』

 惨殺体はともかく、キャサロッサ寺院長の話にあった行方不明者は、もしかしたらズメウに拉致されたのではないか。メグはそう予想していた。が、ここにいる男たちの数の少なさからして、それはなさそうだ。
 フィンの話によると、集落の男たちの面子はほとんど変わっていないという。
 なんでも最近加わったのがレンドリューで、これが半年前。逆にここを去っていった男がいたのは、数年前。それ以外で、男たちの人数に増減はないという。

 ――行方不明者とやらがここに連れて来られたなら、男たちがもっと増えてないとおかしいからね……。

 気を取り直して、メグは近くの男たちに話しかけた。

「しめじや舞茸といった、きのこ類も育てたいですね~」
「おお、いいねえ」
「そうそう、舞茸といえば、麻婆豆腐に入れると美味しいから、是非試して……」

 しかし彼らの雑談は、鋭い鳴き声によって断たれた。
 ――聞き覚えがある。これはメグの相棒が、なにか急を知らせるときに発する声だ。

「ボンボア?」

 何事かと顔を上げたメグは、空を一直線に飛んでくるフクロウを見つけた。

「たっ、大変だーーー!」

 フィンが駆け込んできたのと、メグが差し出した肘にボンボアが止ったのは、ほぼ同時だった。

「け、ケレッツが! ケレッツが、ころ、殺されてる! 辺り一面、物凄い血で……! うげっ……!」

 現場の様子を思い出してしまったのか、フィンは言い終える前に畑の端にうずくまり、げえげえ嘔吐し出した。
 メグの腕に舞い降りたボンボアは、羽をバサバサ動かし、なにごとか訴えている。
 どちらも尋常ではない。
 集まってきた男たちがざわめく。

「ケレッツが……?」
「あいつ、今日は朝からティラさんと会うって、言ってたぞ!?」
「殺されたって……!? いや、ティラさんがそんなことをするはずはない! あの人は、そんな凶暴な人じゃねえもの!」
「と、ともかく、誰か……! どうする!? あっ、グライアさんたちを呼んでこよう!」

 慌てふためく男たちを背に、メグは既に走り出していた。
 ――ボンボアを託した「彼女」に、危険が迫っている。

「やっと会えたのに、こんな……!」

 ボンボアも相棒の腕から飛び立ち、全力で疾走するメグの後を、自らの羽を使ってついて行った








 無精髭だらけの顔に薄笑いを浮かべ、近づいてくる大男を、ディオローナはぼんやりと待った。
 長い黒髪がそよぐ。彼女の髪を揺らすのは、背後から吹く風だ。
 ディオローナの背に隠された小窓は、開け放たれている。そこから一匹のフクロウを逃したが、レンドリューは気づいていないらしい。

「俺はなあ、ここに来るまでに、十人は殺してんのよ。特に女はなあ、たあっぷり犯して、めちゃくちゃにいたぶって、殺してやったんだぜ! そんな俺様に、いくらズメウだって敵うわけねえのよ!」

 レンドリューは小脇に抱えていたティラを、無造作に落とした。

「う……」

 床で体を打ったティラが、うめき声を上げる。乱暴されたのか、傷だらけの痛々しい姿の彼女は、しかし死にはしないだろう。
 ズメウは不老にして不死。四肢を切り刻まれようが、首を落とされようが、燃やして灰にされたって、生き返ると伝えられている。
 そのうえ、フィジカルは人間の数倍上の彼女たちも、しかし無敵ではない。特に鍛えていない個体は、不意をつかれれば、あっけなく倒されてしまうのだ。

「しっかし、ほんとあんたは別嬪だな。あんたみてえなキレイな女、見たことねえよ。へへっ、まんこが裂けるまでヤッて、お人形みたいな体をボロボロにして……! ああ、楽しみだ……!」

 勿体をつけているつもりなのだろうか、レンドリューの動きは遅い。ディオローナは見切りをつけ、てきぱきと服を脱ぎ始めた。

「おっ、命乞いのつもりか! へへっ! 最高のストリップだなあ!」

 レンドリューは腹を抱え、どっと笑った。しかしディオローナの脱衣する様は、ストリップと呼ぶにはあまりに情感が欠落していた。

「替えを、あまり持っていないのでな。汚れては困る」

 色気もそれらしきムードもなく、日常繰り返している動作そのままに脱ぎ。
 軽く畳んだ衣服を、自分たちから離れた机に置く。
 そうして一糸まとわぬ姿となったディオローナはつかつかと、レンドリューに向かって歩いていった。
 ――獲物が自ら素っ裸になり、命知らずにも距離を詰めてくる。

「な、なんだ……、お前……!?」

 レンドリューは相手の予想外の行動にうろたえた。そんな彼の真ん前に立つと、ディオローナはなんの予備動作もなく、彼の腹を殴った。

「うぐっ!」

 ディオローナの華奢な拳は、だがナイフのような硬さと鋭さで、レンドリューの上半身を抉った。
 レンドリューは腹を押さえ、体をくの字に曲げた。すかさずディオローナは、男の巨躯のてっぺん、毛髪が薄くなり哀れを誘う頭頂部を鷲掴みにし、空いているもう片方の手で彼の頬を打った。レンドリューがよろけたところを、今度は逆の手で殴る。そのあとは連打だ。間髪入れずに、リズミカルに、右、左、右、と続けた。

「いっ、いてっ、いてえ! やめろ!」

 レンドリューも自らの手で顔を庇うが、それもろともディオローナは殴り続けた。ゴキンゴキンと、骨の折れる音がする。

「いてえええっ! やめろ! やめてくれえ! 顔が! 崩れちまう!」

 絶叫するレンドリューは、人の痛みが大好物のはずだったが、自分が傷つくのは嫌らしい。

「ひっ、ひっ、いいいいてえええ!」

 レンドリューはたまらず一歩、二歩、後ずさった。が、逃げた分、ディオローナに素早く追いつかれて、顔や体に大量の殴打をもらう。

「悪いな。剣か弓でもあれば、一息に終わらせてやれたんだが。今度来るときは、ちゃんと持ってくるように」

 にこりともせず、ディオローナは告げる。
 立っていられなくなったレンドリューは、弱々しく床に尻もちをついた。

「あ、あ、あああ……! 痛い、痛いよお……!」

 レンドリューは――殺戮を繰り返し、数々の血なまぐさい修羅場をくぐっただろう彼は、悟った。
「今度来るときは」。今度――なんて。
 そんな機会、あるはずない。
 ディオローナは、自分を仕留めるつもりなのだから――!

 ティラとかいうズメウは、確かに普通の女よりは手強かった。だが所詮、野獣たるレンドリューの敵ではなかった。だから彼は、「ズメウなんてこんなもんだ」と高をくくっていたのだ。
 だが、今、目の前にいる女は、自分とは別次元の生きもの。
 あるのは、圧倒的な力の差。
 ディオローナはまさしく、魔物の女王だったのだ。

「あ、あ……! ば、ばけ……もん……だあ……!」

 恐怖と血に染まったレンドリューの眼球は、ディオローナの恐ろしき変化を、網膜に焼きつけることとなった。
 彼女のしなやかで細かった手足は、三倍の太さに膨れ上がっている。パンパンに張り詰めた筋肉に、脈づく血管が巻きついていた。
 雪のように白かった肌は、墨で塗られたように黒く染まり、逆に艷やかだった黒髪は、真っ白だ。
 紫の瞳だけは、変わらずそのままだった。憂いを帯びて、悲しげに光っている――。

「ズ、メウ……!」

 ほとんどの歯を折られたせいで、はっきりしない発音で、しかしレンドリューはディオローナの正体を言い当てた。
 そう、これこそが、ズメウの真の姿なのだろう。

「もういいのか? 逃げないのか? ――そうか。なら、おしまいだ」

 ディオローナは、すっかり怖気づき、震えることしかできなくなったレンドリューの首を両手で掴むと、軽々と持ち上げた。

「ぐ、うぐ、うぐ……!」

 足裏の半分が浮いた状態で、レンドリューは最後の抵抗を試みた。首にかかった輪を外そうと、懸命に手を動かす。叩き、引っ掻き――。しかしディオローナの黒い指は、緩むどころか、レンドリューに傷ひとつ、つけられることはなかった。
 レンドリューの顔は赤くなり、次に青くなった。
 骨が折れるのが先か、血管が潰れるのが先か、息が止まるのが先か。
 時が、しばし流れる。

「ひゅ、ひゅう……」

 現象を写すただの鏡のように、なんの感情も浮かんでいないディオローナの瞳の先で、レンドリューは泡を吹いた。直後、彼の全身から、一切の力が抜ける。
 ほぼ同刻に、扉が開いた。

「ディオローナさん!」

 現れたのは、メグラーダ・フィランスだ。

「…………」

 ディオローナは、宙に吊ったレンドリューを解放した。
 なにがあったのか――。
 メグは、凶悪な死に顔を晒し、床に体を投げ出しているレンドリューと、一輪の花のように、たおやかに佇むディオローナを見比べた。

「……ボンボアは、お前のところへ行ったか?」

 ディオローナがゆっくり振り返る。メグは目を見開いた。
 黒い肌、白い髪。グロテスクに変形した全身。
 ズメウのどこが化けものだというのか、人と変わらないじゃないか。そんなメグの認識は、すっかり砕かれてしまった。

 ――ああ、本当だ。本当に、彼女は、モンスターだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる

しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。 いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに…… しかしそこに現れたのは幼馴染で……?

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

新人メイド桃ちゃんのお仕事

さわみりん
恋愛
黒髪ボブのメイドの桃ちゃんが、働き先のお屋敷で、旦那様とその息子との親子丼。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】モブのメイドが腹黒公爵様に捕まりました

ベル
恋愛
皆さまお久しぶりです。メイドAです。 名前をつけられもしなかった私が主人公になるなんて誰が思ったでしょうか。 ええ。私は今非常に困惑しております。 私はザーグ公爵家に仕えるメイド。そして奥様のソフィア様のもと、楽しく時に生温かい微笑みを浮かべながら日々仕事に励んでおり、平和な生活を送らせていただいておりました。 ...あの腹黒が現れるまでは。 『無口な旦那様は妻が可愛くて仕方ない』のサイドストーリーです。 個人的に好きだった二人を今回は主役にしてみました。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

処理中です...