潔癖淫魔と煩悩僧侶

犬噛 クロ

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第三話 魔物、豹変

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 でくのぼうのように動かないメグの肩に、遅れて追いついたボンボアが止まる。
 バタバタと慌ただしい足音が近づいてきたかと思うと、グライアとエウフロシュネの姉妹がメグを突き飛ばし、ディオローナに駆け寄った。

「ディオローナ様!」

 エウフロシュネはディオローナを、グライアはティラを介抱する。
 ボンボアも飛び立ち、ディオローナの肩へ移動した。ボンボアはディオローナのおぞましい変化にも、頓着しないようだ。

「まずいことになるかもしれないと、お前を放ったが……。ちゃんと知らせてくれたんだな。ありがとう、ボンボア」

 ボンボアの首を撫でてやりながら微笑み、ディオローナはメグに視線を移した。

「あ――」

 なにを喋ればいいのか。メグの声は詰まった。
 凍りついたように固まっているメグに、グライアが指示する。

「おい、メグ! 悪いが、そいつを外に出してくれないか!」
「あ、は、はい!」

「そいつ」とは、レンドリューのことだ。メグはグライアに言われたとおり、動かないレンドリューの腕を持って、ずるずると引っ張った。
 ――ひどい匂いがする。血と排泄物の匂いだ。
 顔をしかめるメグの元に、ボンボアが戻ってきた。

「食べちゃダメだよ~。ボンボア」
「……………」

 相棒のつまらない冗談を、フクロウは無視した。ボンボアは、メグが死体を運ぶなんて通常ではありえない行動を取っても、気にはならないようだ。このフクロウもまた、退魔師としても働く相棒と共に、数々の悲惨な現場に赴いたのだろうか。




 レンドリューの死体を運び出して三十分ほど経った頃、外で待機していたメグのところへ、グライアが顔を出した。

「ディオローナさんは、大丈夫ですか?」
「ああ、特にケガもないし、少し休めば問題ないだろう。このあと、家へ送っていく」

 質問に答えてから、グライアはメグの近くに置かれていた荷車に目をやった。
 荷車はボロ布で覆われ、後ろの台はこんもりと盛り上がっている。積まれているのは、レンドリューの死体だろう。

「これ、埋めるんですよね? 僕、行ってきますよ。墓地がどこか、知ってますし」
「え? ああ、うん。じゃあ、頼めるか?」
「はい。あ、ボンボアを頼んでいいですか? 籠に入れておいてください」

 グライアにフクロウを預けると、メグは墓場へ出発した。

 それにしても――。
 集落の男が殺され、ズメウが傷つけられ、ディオローナは襲撃された。犯人も死亡。
 なかなかに悽絶な事件だったはずだが――。

「『これ』、ときたか……」

 人の死と遭遇したのに、一切取り乱すことなく、ああも普段と変わらないなんて。
 ゆっくり遠くなっていくメグを見送りながら、グライアはボリュームのある癖毛をもしゃもしゃとかき上げ、ボンボアは小さく鳴いた。








 集落の南に位置するディオローナのロッジから、北の墓場までは、おおよそ三十分の道のりだ。
 道中、メグは集落の人々とすれ違い、軽く立ち話をした。
 ――レンドリューに同情する者はいない。皆、ディオローナとティラのことを心から気遣い、ケレッツを悼んだ。
 墓場に到着すると、メグは首にかけていた数珠を外し持って、お経を唱えた。

「新しい住人が増えますので、よろしくお願いしますね」

 建ち並ぶ墓石にそう断りを入れてから、メグは荷車に積んでおいた大型のショベルを持った。
 穴を掘らねば。ところが作業を始めようとしたところで、傍らに停めておいた荷車が動く。なんと上に乗せてあった死体が自らボロ布を剥がし、起き上がったではないか。

「あらら……。ちょびっと息が止まってただけかー」

 ――そういえば、気が動転していたから、きちんと死亡確認してなかったっけ。

 メグは自分の初歩的なミスに呆れ、頭をかいた。

「くそ……! あの女!」

 復活したレンドリューは咳き込み、血の混じった痰を地面に吐いた。
 荷車から降りた彼の体には、痣や軽度の骨折の様子は見られるが、間違いなく生きているようだ。むしろ元気なくらいである。

「ディオローナさんたら、トドメをさせなかったんだ。僕が乱入しちゃったからかな~」
「てめえ、新入り……! 俺は、俺は……! 十人も殺った男だぞ! いっぱい殺した! なのに、あんな女ごときに……! くそっ! くそっ!」

 死にかけたせいなのか、レンドリューは錯乱している。

「俺は強い、強いんだ! あんな女なんかに! ああ、むしゃくしゃするぜ! ――殺してやる!」

 レンドリューは突然、メグに襲いかかってきた。先ほどまで仮死状態だったというのに、バイタリティ溢れる男である。

「も~。これだから、神様を信じない奴は嫌なんですよね~。罪悪感を持てないからあ」

 メグは細めた目で、まさにケダモノといった風情の男を見据えた。手にしていたショベルを素早く掲げ、大剣よろしく堂々と振り下ろす。
 身長差の著しい二人であるから、メグのショベルはレンドリューの額に当たった。重たい音と同時に、レンドリューが仰け反る。

「ぐっ、あああああっ!」
「ふふっ。やっぱり、真っ二つとはいかないか~」

 割れた頭からどくどくと血を流しながら、レンドリューは苦悶の咆哮を上げた。そして無謀にも、またもやメグに攻撃をしかける。
 メグはレンドリューの猛撃を容易くひょいひょいかわすと、担ぎ直したショベルを再び彼に叩きつけた。

「はい、よいしょ~っと!」
「ぎゃあああああっ!」

 耐えきれず地に伏し、まさに悶絶躄地となった男へ、メグは続け様にショベルを見舞った。
 一度、二度、三度――。
 仮にも生きている人の身に、なんの躊躇もなく、鋭い凶器を振るう。――果たして、狂っているのはどちらなのか?

「痛いですかあ?」
「痛いっ! やめて、やめてくれえ! ごめんなさい! ごめんなさい! もう、やめてぇ! やめて! やめ……!」
「僕ね、昔、ちょっとやんちゃしまして。そんなときにね、ある人に言われたんです。『痛みは人に等しくある』って。『与えた痛みは必ず返ってくる』って。それは生前に限らず、死後の場合もある、と――」

 メグの一方的な暴力は、長時間続いた。四つん這いになって、なんとか腕で頭を守っているレンドリューの、服も皮膚も裂け、ところどころ鮮やかな赤い肉が見えている。

「あなたは十人以上殺したっていうから、戻ってくる痛みは相当でしょうね~?」

 メグの話が聞こえていないのか、それどころではないのか、レンドリューは必死にまくし立てた。

「お、俺が悪いんじゃねえ! 俺に、殺られた、奴らが、悪いんだろ!? 弱い、あいつらが……!」
「弱いのが悪いっていう理屈なら、今ここでボコボコにされているあなたも、僕より弱いから悪いってことになりますね」

 プッと吹き出したあと、メグはニヤニヤと口元を緩めながら続けた。

「ま、ともかく。あなたが他者に与えた痛み、苦しみ、屈辱……。土に還る前の今、こうやって償っておけば、死後の責め苦は少し楽になるんじゃないですかね? ああ、気になさらないでください。僕、ちょっとくたびれてきたけど、人の気持ちを楽にする、これも僧侶の仕事ですから!」

 そうは言うものの、メグは息切れひとつしていない。これだけ重たいショベルを振り下ろしていれば、相当疲れるはずなのだが。

「い、や゛だ……! 痛いのは、もう……! 助けて、ぇ……!」
「おっ、あなたに殺された人たちの苦しみが、やっと分かりましたか? それは重畳。僧として感無量ですぅ」

 それから更に、メグの言うところの「痛みを返す」作業を行い――。
 レンドリューが動かなくなってから、メグはようやくその手を止めた。しゃがみ込み、レンドリューの呼吸と脈を確かめる。

「うん……」

 レンドリューは息絶えていた。――今度こそ、完璧に、だ。

「この人が殺したっていう十人分、ちゃんと返せたかなあ? 足りてなかったら、来世、この人、虫かケモノに生まれ変わっちゃうね……」

 額の汗を拭ってから、メグはレンドリューのためのお経を唱え直した。

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