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恋をしていた

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学校の帰り道だった。15歳の夏だった。セーラー服姿の礼蘭の腰まである髪は綺麗だったんだ。
俺の隣を並んで歩く礼蘭はいつも笑ったり、どんな時でもいつも俺の隣にいた。
あの日誓った。お前を守りたいと。歳を重ねる毎にそれが〝好き〟という感情なのを知った。
幼馴染じゃなく、一人の女の子として・・・・。
心を焦がした。可愛くて…優しくて、そう…お前が俺を見ていたように、お前も俺を見ていた。
あの日、お前が言ったように、俺たちはいつも同じ気持ちだったな。
15歳になるまで、お前に言われるまで、お前に伝えられなかった。でも本当は知っていた。
いつまでも、お前と一緒に居られると、本当は…。



好きだ・・・・・・

好きだよ・・・・・

お前が好きだよ・・・・・



「・・・・・・」
眼を開くと、明け方でカーテンの隙間から朝日が覗いていた。

俺の手のひらにきつく抱かれた指輪を見た。


・・・・本当だ。蘭の花びら、真ん中に黒い宝石・・・・


「ちいせぇ石・・・・」
その砂粒のような宝石が、リング一周にいくつか彫られた蘭の花びらの中心についていた。
繊細で巧妙なつくりの指輪…。でもどこか懐かしかった。


床に転がっていた俺のこめかみに、涙が流れていた。

顔はまた、見られなかった。けれど、長い黒髪が見えた。綺麗だった。
線の細い、華奢な後ろ姿しか見せてくれなかった。何度も俺の隣を歩いていたのに、
何度も俺に振り返ってみせていたのに…。

「っ・・・・・」
きゅっと指輪を握りしめた手で、顔を覆い隠した。


あぁ…もっと居たかった…あの場所に…

もっと声を聴きたかった…あの心地よい明るい声を……

なんで、忘れていたんだろう…。あんなに幸せな瞬間を…


こんなに胸が熱くて、高鳴る。恋をしていた。幼い頃からずっと…。
俺はあんなに、レイラに恋をしていた。

レイラも俺に恋をしていた。同じ気持ち…。


あぁ、恋しい…。俺は今、暁じゃない。

それでも、会いたい…。同じ時をやり直すことはできない。

けれど、俺はきっと、何度もレイラに…恋をするんだろう…。

早く顔が見たい…。お前はどんな顔で笑っていた?

きっと、俺には眩しかったんだろうな。いつも守りたいと、何度も思うほど…。

お前だけの俺で居たいと、今も心が叫んでいる。


恋をしていた。今も恋をしている。

レイラに俺は恋をしている。


「・・・・っ・・・・・これ、無くさねぇようにしねぇとな・・・・」
涙で湿った顔でふんわり笑った。

お前の記憶が戻る度、どんどんお前に近づいていると思えた。
早く、お前に会いたい…。今、お前はどこにいるんだ?

この世界にいるのか?歳は?髪の色は?瞳の色は?俺の居ない場所でお前はどんな風に生きている?

誰かに告白されていないか?断り文句は?俺の事をお前も覚えているのか?

魂が覚えていてくれているか?この俺を暁と、覚えていてくれるのか?

たくさん話したいことがある。


もう一度会いたいんだ。そして、確かめたい。

お前は、もう一度・・・・恋をしてくれるか?



「テオドール王子殿下!なんですかこの瘤は!!」
「あ・・・ベッドから落ちちゃって・・・」
「まぁっすぐに主治医をお呼びします!!」
ベリーが、慌てて部屋を出ていった。
「っつ…いってぇ…」

ベリーを見送った俺は瘤が痛んでいたんだけれど、それほど痛くなかった。
レイラをまた思い出せたから。

主治医がきてすぐ、お父様とお母様が部屋にやってきた。
「どうしたんだテオ、ベッドから落ちたことなんてなかったのに…」
「そうよ。こんな広いベッドなのに…」
困惑していた両親はそろってベッドを見た。

まぁ、キングサイズのベッドから落ちるなんて、さすがに無理だよな。
「昨日があんまりに嬉しくて、夢の中ではしゃいじゃったのかなぁ?えへへ…」

必死で子供を装う。ごり押せ…ごり押せ俺!

「柵をつけた方がいいか?」
「大丈夫ですお父様!!昨日はたまたまっ…本当に…。」
「本当か?まぁ…主治医が言うには数日で良くなると言うし…気を付けてくれテオ…」
心配そうに、俺の頭を一撫でした。もちろん、後頭部の瘤に触れることはない。

包帯がちょっと大げさだけどな…。

「テオ、気持ち悪くない?食事は出来そう?」
「大丈夫です。お母様、むしろ昨日あんまり食べられなかったから、お腹がペコペコです」
「そうね…じゃあ、今日はテオの部屋に食事を運ばせましょう。」

お母様が心底心配な顔をしていて、少し申し訳なくなった。

部屋で3人で食事をした。その後は、メイド達とプレゼントを開けていく。

こんなにいらねぇな…。

飽き飽きしていた。昨日は散々箱開けまくったし…。

プレゼントを開けながら、ふとお母様が俺に声をかけた。
「そういえば、テオ?」
「はいお母様…」
「あなた昨日はダンスをしなかったわね?」
「あ…はい…」
「誰かと一回は踊ると思ったんだけど、テオはダンスも上手だし…。」
「・・・・あ・・・・」

気まずそうな俺に、お父様は俺の部屋のソファーに腰掛けて書類に読んでいたのに、その手を止めて、
苦笑いをして近付いてきた。
「マーガレット」
「なぁに?」
「俺たちが、初めて踊った時を覚えているか?」
「えぇ、もちろんよ?」
にっこりお母様は笑った。

「テオドールは踊る相手を見つけられなかっただけだ。私のファーストダンスの相手は君だったじゃないか」

「まぁっ・・・・」
その言葉にお母様は両手で口元を抑えて少し嬉しそうに笑った。

「テオっ、テオもロマンチックなのね?」
「私は、あの時一目見て君を誘った。テオもそんな特別な相手を待っているのかもしれないよ?」
「そうね!それは素敵だわ!」
「そうだろう?まぁ、いつまでも踊らないわけにはいかないが・・・・」
「・・・そうよね・・・」
そう言ったお母様は少し悲し気な顔をした。

「お母様?」
「えぇっと…実は昨日あなたの事を、夫人たちと話していて…。
あなたの婚約者が誰になるだろうって話をしていたの…軽率だったわ…。
結構、同じ年ごろのお嬢さんが多くて…」
「そうだったの?まぁ、分からなくはないけど…私はその前に君を見つけてしまったからな…。
婚約者候補は、結構居たからな…。何人か会いはしたけど適当に流していた…。」


「やめて下さいお母様!」
俺は…初めてお母様に声を荒げてしまった。

「あっ…テオ…」
「僕に婚約者はいりません!まだ8歳なのですよ!勉強もしなくちゃいけないしっ…
僕はっ…そんなの…」


俺はレイラを探して見つけ出すんだ!邪魔はさせない…。


「ごめんなさいテオ、あなたの気持ちも考えずそんな話をしてしまって…
でも仮の話よ?具体的な話はなにもないわ?私もあなたに愛のない結婚なんてしてほしくないもの」

「・・・・お母様とお父様は恋をなさって恋人になったのでしょう?そして僕が出来た。
だから・・・僕にそんな事はさせないでください・・・僕には婚約者などいりませんっ・・・」

「大丈夫よテオ!!!あなたが望まない事は絶対にしないわっ、ごめんね?」
お母様はつらそうな顔をして俺を抱きしめた。


やめてくれ・・・・俺はレイラと・・・・

レイラとまた出会いたい・・・・

「・・・・・・」
ぐっと顔を歪ませて我慢している俺をみたお父様は、そっと俺たちに近づいて抱きしめてくれた。

「二人ともそんなつらい顔をするな。テオドール、心配しなくても、大丈夫だよ。
私がお前が望むときがくるまで、縁談の話は消しておくから。安心しろ。
お前はこの国のたった一人の世継ぎだが、お前には幸せになってほしいんだ。
マーガレットも同じ気持ちだ。私たちはお前の味方だ。大丈夫だよ。」
「もうこんな話はしないわっ絶対!テオ、どうか許してね‥‥。」

「はい…ごめんなさいお母様…」
「いいのよ。私が悪かったわ…。」


少しギクシャクしてしまった空気を換えるように、お父様とお母様は俺の部屋を出て行った。

「まさか・・・あんなにテオが怒るなんて・・・私ったらなんて事言ってしまったのかしら・・・」
「大丈夫だマーガレット。私が君と出会った話をテオドールにしてしまったから、
きっと、自分も好きな人と結婚したいと思ったんだよ。まだテオは8歳になったばかりじゃないか。
少し大げさにびっくりしてしまっただけだよ。」

「でも‥。」
「あぁ、私が君に一目惚れしてしまった事は、
ほとんどの貴族達は政略結婚だから・・・陛下も政略結婚だったし‥」
「私は、全然そんな気はなかったの…ただ…」
「わかっているよ。テオに良い人が現れてほしいと思っての事だろう?」
「えぇ…でも、テオが恋をしたいのだなんて思ってもみなかった。」
「いつかテオドールにも見つかるさ、運命の相手が。」
「運命…そうね…、私も運命の人と巡り合って、こうして幸せに暮らしているものね…。」

「あぁ、テオドールにもいるんだ。きっと運命の相手が。
だから、その人と巡り合うまで、見守ってあげよう。息子が政略結婚なんて可哀そうじゃないか。」
「もちろん、ちゃんと愛する人と結婚してほしいわ?でもそのためにはまず出会わなければ…」
「焦ってもしょうがないよ。私と君のような出会いはそうそうあるものじゃないよ。」
「あの子はまだ・・・・これからだものね・・・。」
「あぁ、いくつか縁談が入ってくるだろうけど、突っぱねておくよ。そのうちテオも落ち着くさ。
昨日頭を打ったばかりだ。混乱しているかもしれないから・・・。」

「テオに悲しい思いをさせてしまったわっ・・・・私ったら・・・・。」
「大丈夫だ。テオは君の事が大好きだから。」


「でも‥あんなに怒ってるテオ‥初めて見たわ‥」
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