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その目を凝らして 6

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 馬車でランドールの街に出た皇太子とリリィベルは人通りが多くなる手前で馬車を停めて降りた。

「リリィ、気を付けて。」
 先に降りた皇太子は、リリィベルの腰を抱き上げた。
「殿下っ‥‥普通に‥‥降ろして‥‥」
 顔を真っ赤にしてリリィベルは目を閉じた。
「慣れろ」
「そればかりおっしゃるんだからっ」
 少し膨れた顔でリリィベルはそう言った。

 その顔に皇太子は笑った。
 いつもの様にそばに仕える者達は黙って見ている。
 別の馬車でやってきたクーニッツ伯爵は、それを見て驚いた。

 風変わりな皇太子とは聞いているし、婚約パーティーでもその2人の姿は予想を逸脱していた。

「本当に‥‥‥」
 ぽかんとしたクーニッツに、騎士団の1人カールが耳打ちする。

「クーニッツ伯爵、これで驚いていたらダメですよ?」
「えっ?」
「殿下の寵愛は、我々のあらゆる想像を軽く飛び越えますから‥」

「はぁ‥‥そうですか‥‥」

 エスコートと言う言葉ではきっと当てはまらない。
 かと言って、それが下品かと問われれば違う。

 その一連の動作が、絵になってしまう。

「殿下はずるいんですよ。顔も良くて、剣も凄くて、
 おまけにあの可愛いく美しい婚約者ですよ?踊ってるみたいにしなやかでしょう?
 何をさせても納得せざる終えません。慣れてください?」
 カールは嫌味を言ったかと思えば、その顔は笑っている。
 信頼し、敬愛している笑顔だった。

「ははっ‥‥全く、皇太子殿下はすごいお人ですね。」


 皇太子とリリィベルの両端をイーノクとアレックスが歩き、クーニッツ伯爵が皇太子とリリィベルの少し後ろ隣を歩く。
 フランクとカタリナの後ろをカールとサイモン、1番後方に騎士団5番手のフィリップがついた。

「殿下?殿下はランドールは?」
「あぁ、一度陛下と共に来たのが最後だ11歳の頃だったか・・・
 だがあまり、覚えていないものだ。いろんな所を回ったから。」
「ふふっそうなのですね。」
「なぜ笑ってる?」
「だって、なんだかワクワクしている様子でしたので・・・。」

 リリィベルはそう言って笑った。

 皇太子とリリィベルの姿を見た民達は、時を止めた。
 いつも新聞などでしか見た事がなかったが、実物を見るのが初めてな者が多い。
 以前皇太子が訪れたのは皇帝陛下が一緒の、まだ10代を過ぎた頃。

「バレたか・・・お前と一緒だとどこに居ても楽しい。」
「ふふっ私もです。それに街並みも綺麗ですね。建物も王都とは違った作りです。」
「そうだな・・・。」

 物珍しく見ていた2人も、民たちも次第に笑顔を浮かべた。
「皇太子殿下ー!リリィベル様ー!」

 次第に2人の名を呼ぶ声があがり、民たちが手を振る。

「ご婚約おめでとうございますー!」

 民たちが普段伝える事が出来ないその声を直接2人に届けた。

 その声に皇太子とリリィベルは笑顔を浮かべて皆に向かって手を振った。
 歓声もあがり街中はとても賑わった。

 時折店に立ち寄っては声を掛ける。それに嬉しそうに答える店主たち。
 視察はとても順調に進んだ。

「皇太子殿下、こちらがラグロイアで御座います。」
 大通りを進み行くと3階建ての白い煉瓦の高級な佇まいのホテルが建っていた。

「あ。なんか記憶にあるな・・・この建物。」
 皇太子はぽつりとつぶやいた。
「このホテルがランドールの象徴的な存在になっております。ホテルの裏には大きな湖もあり、船に乗ることができますよ?」
 クーニッツは自慢げにそう言った。

「船か・・・。」
 ぽつりと皇太子は呟いた。

「はい!湖の水もとても透き通っていて綺麗です。是非、お二人でお楽しみ頂ければ幸いです。」
「まぁ素敵!船に乗ってみたいです!テオっ」
 リリィベルの目が輝く。

「ははっ・・・あぁ明日2人で乗ろう。」
 皇太子もリリィベルの笑顔に釣られて笑った。
「きっとお楽しみ頂けます。」
 クーニッツが嬉しそうに笑った。

「リリィ、明日は2人でまた回ろう。見たい店が多かっただろう?」
「えっ・・でも・・・」
「問題ない。」
「問題あります。殿下。」

 後ろからイーノクが口を開いた。
 その言葉に皇太子は目を細めた。

「少しだ!邪魔するな。」
「邪魔ではありません。護衛です。」
「俺はお前より強い。」
「そういう問題では御座いません。王都ではないのですよ。」

 2人はいよいよ顔を突き合わせた。
「イーノク。」
「ダメです。」
「イーノク!」
「ダメです!」
「イーノク!」
「陛下に怒られるのは嫌です!」

 その言葉に皇太子は怪訝な顔をした。
「・・・お前、陛下すごい怖がってないか?」
「あなた様が以前、リリィベル様とお二人で王都の街へ出掛けた日の事を私は忘れません。」

「・・・何があった?」
 イーノクは青白い顔をして口にした。
「いいですか殿下、陛下に私とアレックスは大層叱られ2日間食事を抜かれました。」
「えっ・・・」
「次、大事な場面で見逃したら騎士団全員連帯責任として3日間陛下直々に訓練なさると。
 ご存じですか?陛下が皇太子だった頃、今の第一騎士団の者たちはその3日続いた陛下の訓練に
 付いていくのが大変で二度と怒らせないというのが、第一騎士団の理念です。」

「はっ・・・?」

「いいですか・・・。陛下は、普段穏やかですが、怒らせると・・・全身の筋肉の筋が切れそうな程
 訓練させられます。そして与えられるのは水のみ!!!

 私やアレックス達をお見捨てになるのですか?」
 今度は切なげに訴えた。
「・・・・・・」

 皇太子はぐっと目を閉じた。

 あの初デートの裏で部下たちがそんな目にあっていたとは・・・。

「すまなかった。イーノク・・・。お前の護衛を許す・・・。」
「殿下!わかって頂けましたか!」
 ぱぁっと笑顔になったイーノク。

「ただし!!俺たちの視界に入るなよ?」
 ピシっと指をイーノクの胸に突き刺した。
「私は第二騎士団の騎士団長です。殿下。その視界に入らず、お守りいたしましょう。」
 胸に手を当てて忠誠を誓う。

「はぁっ・・・。」
 皇太子は、何とも言えない罪悪感と落胆する気持ちでため息をついた。


「あーよし・・・とりあえず大通りを見たから・・・次はクーニッツ伯爵が言っていた孤児院へ。」
「はい、ご案内いたします。」

 一行は再び歩き出した。
 大通りを外れ、林が茂る道に出た。その林を進むと長い平屋の建物にたどり着いた。
 建物を囲む石造りの門も所々崩れ落ちていて、小さな子供達が居るには危険に見えた。

 寂れたその建物に皇太子一行は少し顔を顰める。
 大通りはあんなに華やかにも関わらず、孤児院の回りは何もない。
 大通りまでさほど離れてはいないが、ここだけ孤立したようだった。

 それに、外を出回る子供たちもいない。

 大木に吊るされたブランコすらその縄が切れて使い物にもならない。
 庭は大きな石が案の定ゴロゴロとあちこちに転がっている。

「クーニッツ伯爵、責任者の名前は?」
 皇太子は険しい顔で伯爵を見た。
「あ・・・ゲイツ神父です。」

「そうか・・・。リリィ、お前はフランクとカタリナと、アレックス達とここに。」
「いえっ・・私も行きます!」
「しかし、この庭を見ろ。玄関に進む道までガタガタだ。お前を歩かせるのは危険だ。」

 リリィベルは、凛とした顔で口を開く。
「殿下、私はあなた様の何ですか?一緒に視察に来たのです。しっかりお役目をさせて下さい。」
 皇太子は、うーん・・と唸ったが、どうやらリリィベルの意思は固そうだ。

「わかった・・・リリィ、危ないから私の手に掴まってろ。本当は抱えたい所だがな・・・。」
「やめて下さいっ・・・。」
 皇太子の腕を取りリリィベルも続き歩いた。

「フィリップ、周りの様子を少し見てきてくれ。」
「はい殿下。」
 フィリップが軽く頭を下げると、違う道へと逸れていった。

 クーニッツ伯爵が孤児院のドアノックを叩いた。

「・・・・・・」

 一度では誰も出てくる事なく、3回目にしてやっとドアが開いた。
 大人の目線には誰もいない。

 皇太子はスッと下を見た。
 五歳くらいの子供がドアを開いたのだった。

「だれ・・・?」
 可愛らしい顔の男の子が皇太子に向かって呟いた。

「あっ・・・・ライアン!」
「あっおじさん!!」

 クーニッツ伯爵の顔を見て、そのライアンと呼ばれた子は笑顔を浮かべた。
「おじさん!来てくれたんだね!」
 ライアンは飛び出してきて伯爵の足に飛びついた。

 リリィベルは切なげに目を細めた。

 ライアンの姿は痛ましかった。あんなに綺麗で大きな瞳。それなのに髪はボサボサで手入れもされていない。
 着ている服もボロボロで汚れが目立つ。

 伯爵はライアンの目線に合うように膝をついた。
「ライアン、ゲイツ神父はいるか?」
「・・・あ・・・・」
 ライアンの身体がびくっと震えた。
「神父様・・・部屋にいるよ・・・?」
「そうか。」

 クーニッツ伯爵は、皇太子に目を向ける。
「この子だけでは心配なので、私が直接連れてきます。」

「あぁ、頼むぞ。」

 クーニッツ伯爵はライアンと手を繋いで、孤児院の中へ入っていった。


「・・・・・・」
 リリィベルは静かに怒っていた。その美しい眉を吊り上げて。

 それは皇太子も同じだった。いや、その場にいた全員がすべてを把握した事だろう。


 少し時間をおいて、伯爵とライアンと共に神父が現れた。

「皇太子殿下、リリィベル様、ご挨拶申し上げます。このような孤児院に足をお運び頂き光栄でございます。」

 ゲイツ神父は綺麗な神父服を身に纏い、丁寧にお辞儀をした。


「そなたがこの孤児院の責任者だな。」

 皇太子は、静かに凛々しくそう聞いた。
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