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こわいんだ

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「‥‥あぁ」


テオドールはパッと目を離した。
これ以上の混乱はなかった。

「テオ?どうなさったの?」

「なんでもないんだ‥。わりぃ、俺忘れ物した‥‥」


顔を隠したテオドールに、ベリーはくすりと笑った。

「まぁ、殿下ったら綺麗すぎて今日は照れていらっしゃるのですね。結婚式になったらどうなるのでしょ。」


足早に、テオドールは自分の部屋に戻った。

バタンと閉めた扉の向こう


この時、テオドールは初めて‥‥‥鍵を掛けた。





「‥‥なんだっ‥‥‥あれは‥‥‥。」






震える手が、テオドールの口許を覆った。

心臓ばバクバクと鳴っていた。この胸の音は


恐怖だった。





「‥‥‥リリィ‥‥じゃ‥‥‥な‥‥‥。」



皇太子妃の中に居たのは


俺とお揃いの衣装を身に纏っていた人は‥‥‥



扉に背を預けてズルズルと崩れ落ちた。



まるで悪夢だ‥‥。



「‥なにがっ‥‥どうなって‥‥‥」


ベリーもカタリナも、他のメイドも何も気にせずにあの衣装を、誰もそれを不自然に思わずに。


震える指先で、ブレスレットを叩いた。



目の前に現れたのは、キリッと目を光らせた。
そして指をパチンと鳴らした。




「ロス‥ウェルっ‥‥!!」

「殿下‥どうか落ち着いて下さい。」

「!!!!!」

ロスウェルの真剣な眼差しがテオドールを救った。
「ロスウェル!っ‥‥お前っ‥‥‥。」

ロスウェルの両腕を力一杯掴んだ。
「っ‥‥‥はい‥‥‥先程‥‥我々とは違う何かの魔術を感じました‥。殿下。」

コクコクと、テオドールは震える目で訴える様に頷いた。

「落ち着いて下さい‥‥‥。」

その言葉に、テオドールはキッとロスウェルを睨んだ。
そして、恐ろしいほどの低い声が出た。

「‥‥お前の魔術はどうした‥‥‥。」
「‥‥‥申し訳ございません‥‥。」

「俺は‥言ったはずだ‥‥‥。お前のアレは‥ただのアクセサリーか‥‥‥?」

ギュッと瞳を閉じたロスウェルが、申し訳なく口を開く。

「‥‥外敵と‥‥害ある物から守れます‥‥っしかしっ‥‥

敵意なくましてや、魔術に対抗する付与はっ‥‥‥。」


「じゃああれはなんだ!‥‥リリィは何処にいる‥‥っ。」



テオドールは目を見開いて怒鳴った。


「俺のリリィは何処へ行ったんだ!!!!!!

何故ポリセリオの王女が!!!!!!

俺の妃の部屋で当然の様に!!!!!!



俺の妃になる女の服を着ているんだ!!!!!!」


ぐっと喉の奥を鳴らして、ロスウェルは閉じた瞼を震わせた。


「先程‥‥魔術を察した後‥‥、リコーと連絡を取りました‥‥。リコーは‥‥結界魔術に弾き出されて気が付けば部屋の外に居たそうです‥‥。

けれど、確かにリリィベル様のお仕度中に、魔術が発動され‥‥部屋に入った時には、レリアーナ王女とすり替わっていた様です‥。仕えていたメイド達は、リリィベル様を扱う様同然に、レリアーナ王女に接しており‥レリアーナ王女も、なんの違和感なく、リリィベル様にすり替わりました。」


「ではっ‥‥リコーは一部始終は見ていないんだな?」
「はい‥‥。どこで魔術が展開されそうなったのかも今は不明です‥‥。殿下に呼ばれるまで、陛下にお会いしましたが‥‥殿下の婚約者は、あの‥‥婚約発表からレリアーナ王女となっている事が分かりました。リリィベル様は、ブラックウォールのご令嬢とだけ認識しておられる様です‥。あの悍ましい暗殺の一件もレリアーナ王女の事に‥‥」

ロスウェルは、戸惑いながらこの思いを口にした。


「何もかもが‥‥すり替えられている中‥‥、殿下はなぜ‥‥この魔術に記憶がかわられていないのでしょうか‥‥。」


その言葉に、テオドールはぽろっと瞳から一筋涙をこぼれた。


「っ‥‥‥リリィをっ‥‥死んでも忘れてやるものかっ‥‥‥。



お前はっ‥‥俺が気付かないとでも思ったのか?


何故1番に俺のところへ来なかった‥?


俺が気付かない内にどうにかしようと思ったのか?



それとも‥このままにしておくつもりだったか‥?」

「とんでもありません!!!っ‥そうじゃっ‥‥!」


「リリィの魂に俺が気付かない訳ないだろ!!!!!」

「‥‥‥た‥‥まし‥‥い‥‥。」


ロスウェルは混乱の中、声を漏らした。



いつぞやの‥‥新月の夜の謎に近付いた気がした。


テオドールとリリィベルは、やはり、


ただの恋や愛などではない‥‥。


月と星と例えられる程、特別なもの‥。



魂で愛を繋ぐもの‥‥‥。


「‥‥お前はリリィの居場所はわからないのか‥‥」

「今は‥‥‥っ‥‥ですが!」
ロスウェルのこんな慌てた姿は見た事はない。
テオドールはギリっと唇を噛み締めた。
血が滲む程の強さで‥‥‥


「探さないと‥‥‥‥」

ふらりと立ち上がり、テオドールはベッドに向かった。

「殿下っ‥‥これから舞踏会が始まりますっ

リリィベル様の事は私が命を賭けて探して見せますのでっ‥‥」




あと数十分もすれば建国祭の本番だ。一年で最も大切な日だ。緊急事態とは言え、皇太子が不在な事態にはなってはならない。

この大規模な魔術がどの様に展開されているのかもわからないままだが、皇帝や皇后までも事情が説明出来ない状態だった。新たな混乱を招く訳にはいかない。


テオドールはベッドのシーツに顔を埋めた。



「‥‥‥‥リリィが‥‥‥‥リリィがいないのは‥‥‥耐えられない‥‥‥‥。リリィ以外はどうでもいい‥‥‥。」


この部屋には確かにリリィベルの匂いが、大切な人の存在が残っている。


周りがどんなに変わろうとも、自分が抱き締めていたのは確かにリリィベルで、変わらない。




「‥‥‥俺はっ‥‥‥リリィをっ‥‥絶対見つけてみせるっ‥‥‥。」




左手の薬指に光る指輪を撫でた。

「2度も‥‥失いたくない‥‥‥。」



ロスウェルはハッと息を呑んだ。


テオドールのこの言葉は何を示すのか。


今、彼は‥‥‥。




スクっと立ち上がったテオドールはロスウェルに背を向けていた。

「ロスウェル、リリィを見つけたら知らせを出す。出来るだけ舞踏会に間に合わせる。


死んでも俺は‥‥リリィ以外の手を取って表に出るつもりはない!!




全てを取り戻したら‥‥‥その時は何もかも元通りになる。


変わった事は、他に何があるんだ?」



「帝国とポリセイオ王国が、殿下との婚姻で縁を結ぶ事で同盟国になり、ポリセイオ王国の王女が帝国に嫁ぐので、モンターリュ公爵が、王位継承者にする事となっています。」

「‥‥‥なんだそれ‥‥。」

「モンターリュ公爵は、現国王の伴侶、王妃様の弟君です。
後継者となる方が居なかったのは事実ですが、レリアーナ王女が後継者なったのは、モンターリュ公爵からのご丁寧でした。ですが‥引っかかるのはポリセイオ王国が急に殿下との婚姻。殿下はこの国唯一の皇太子。皇太子に王女を、嫁がせた所で再び後継は不在になり、モンターリュ公爵が後継者となる‥‥。公爵の野望か‥‥‥あるいは。殿下との婚姻が理由なのか、現時点では判断しかねます‥。」


「あの女について調べておけ、魔術者は?」
「はい、全員リリィベル様を覚えております。」

「よし‥‥ハリーを連れてきてくれ、ハリーと共に捜索を始める。お前はこのふざけた魔術をした者を探るんだ。


‥‥もし間に合わなければ、お前は俺に姿を変えて遅れて舞踏会へ行け。決して俺の身体に扮してリリィ以外の手を取るな‥‥。」


「‥‥‥畏まりました‥‥。」

「お前の力で、魔術を無効にする事は?」

「‥‥それにつきましても‥‥調べます。しかし、リリィベル様の安否が分からない以上、下手な事は出来ません‥。」


「リリィが居ないことに、ダニエルは気付いているのか?」

「どうやら‥‥リリィベル様に成り変わった者がダニエル様のお側にいます‥。」


「‥‥そうか‥‥わかった。捜索を開始する。
後ありったけのお前達の血を貰うぞ。



俺がどんな目に合おうと、問答無用だ。」


ロスウェルは心配そうに瞳を震わせた。

「誠に‥‥申し訳ありません‥‥殿下‥‥。」



テオドールはロスウェルを見ることなく口を開いた。

「一つ分かった事は‥‥お前達以外の魔術者が他国にもいるということ。そして、ロスウェル、お前と同等、もしくはそれ以上か、‥‥悪どい魔術を行っているかだ。」



テオドールはロスウェルに振り返り、涙を晒した。

「すまないっ‥‥。お前が悪い訳じゃないのに‥‥‥。

リリィが居なくなったのは、少なくとも、俺のせいかもしれないっ‥‥。事件が落ち着いて‥‥

これからと言う時に‥‥。」


涙が止まらなかった。





「俺は‥‥‥怖いんだ‥‥‥。」

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