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結婚前夜
しおりを挟む時は遡り、2月初旬。皇帝と皇后の前にテオドールは立っていた。
「え?式場を?」
「はい!」
それは突然の申し入れだった。
「だが‥‥お前の結婚式なんだぞ?城に大神官を呼んで結婚式をするのが‥‥もうみんなそのつもりだったんだぞ?」
「んん~それは本当に申し訳なく思ってます。
ただ、どうしても、あそこで愛を誓いたかったんです。」
「まぁ‥‥‥それは悪い事じゃないが‥‥一般の結婚式と皇太子の結婚式じゃ‥‥」
「いやほらでも!皇太子が結婚式をした神殿という箔がつくでしょ?帝国の令嬢達だってほら、目標になるじゃないすか!」
「けど、披露宴は城でやるじゃない?」
「まぁもちろん。それはやりますけど!なんなら結婚式少人数で、
あ!ロスウェルの魔術で帝国に向けて見える様に出来ないでしょうか?例えば広場でとか!!!大きな水晶玉のようなものを作って写すんです!!!どうですか?!」
前のめりでテオドールは必死でアプローチした。
「それは‥‥‥まぁ‥‥‥。」
マーガレットとオリヴァーが顔を合わせて考え込む。
「貴族達にも城で待機してもらって!俺が城に帰ってから披露宴です!!もちろん、結婚式の様子も見れるように!
ロスウェル呼びましょ!」
テオドールはブレスレットを3回叩いた。
「お呼びですか?」
ロスウェルはすぐに来てくれた。ロスウェルに向かいテオドールは満面の笑顔で出迎え両手を広げた。
「閣下」
「ちょっ、やめて下さいよ!下心が怖いっ!」
現れてすぐにロスウェルは後退りした。
「何を言うんだ、お前はすでに大公だ。閣下と呼ばれる男で間違いないぞ?」
「そらそうですけど、殿下に言われるとなんか‥‥嫌なんですよね。」
恐れるロスウェルに、テオドールはスンっと顔を真顔にした。
「チッ!」
「急に舌打ちするのやめてくださいよっ」
ロスウェルは苦笑いを浮かべた。
「やってもらいてーことあったんだよ。」
「なんですか?」
はて?と首を傾げるロスウェルに、テオドールはまたニッと笑った。
「巨大な平面の水晶玉みたいなの作れない?2個くらい!」
「はぃ?」
「だからぁ」
「いや、そんなの何するんですか?」
「まず作れるか?作れないか?」
「そりゃぁ‥‥‥まぁ、お時間いただけるなら‥‥
やれと言われるのならやりますけど‥‥」
テオドールはロスウェルの両腕をしっかり掴んで揺さぶった。
「まじか?本当だな?!」
「使用用途聞いてもいいですか?」
イヤイヤ顔しながらロスウェルは聞いた。そんな巨大なもの作って一体何をしようとしているのか、検討もつかない。
「ふふーん♪俺な!どうしてもアルテ神殿で結婚式がしたいんだ!!」
テオドールの言葉にロスウェルの身体に力が入った。
「‥‥続けて下さい‥‥」
「あそこで、リリィとの永遠の愛を誓いたい。」
「‥‥‥何故?」
ロスウェルが聞き返し、テオドールの笑みが少しだけ陰る
「‥‥‥どうしても‥‥‥」
言葉に詰まった。
あそこにはアレクシスがいる‥‥
高い天井から大きなアレクシスのステンドグラスがある。
アレクシスが、俺達を繋いだ。
日本人として生を終え、礼蘭を知り‥‥
この世界で、蘇った記憶もアレクシスのおかげだ。
昔の記憶が途切れて随分経つが、それでも
巡り会えたのは、アレクシスが関わっている気がする。
彼に言われた。礼蘭の魂を返すなと。
だから見せてやりたい。
俺は礼蘭を見つけて、この世界でテオドールとして礼蘭であるリリィベルと結婚する事。
きっと本当はどこかで見ているのかも知れない。
アレクシスに伝えたい。
礼蘭を、リリィベルを必ず幸せにすると‥‥‥。
もう2度、離さないと‥‥‥‥。
「‥‥殿下、私は‥‥あなたの命令に従います。」
ロスウェルの声が聞こえて、テオドールはハッと我に返った。
「あ‥‥ほんと‥‥?」
ロスウェルは、静かに笑みを浮かべていた。
「‥‥‥それが、お望みなら。」
「ありがとう!ロスウェル!」
テオドールは、照れくさそうに笑った。
その無邪気な笑顔にロスウェルの心は複雑だった。
その日の夜、すぐにテオドールが言う大きな水晶を作るのに、筆頭魔術師の部屋で床に向かって魔術構成をひたすら描いた。
一心不乱に、チョークが削れて数本なくなっていた。
「‥‥‥‥‥水晶を‥‥平面にするのは問題ない‥‥‥
そこに映す‥‥‥‥2人‥‥魔術師を水晶面の前で‥‥」
ぶつぶつと溢れる独り言。
テオドールがそう言うからだけじゃない。
新月のたびに彼が‥‥‥
彼等には月と星の加護がついている。
いや‥加護と呼べるだろか‥‥‥
「‥‥‥鎖‥‥‥いや‥‥‥‥」
とても脆くて、手についたら離れない、
「蜘蛛の糸‥‥」
カリカリと音を立ててロスウェルは書き続ける。
「ロスウェル様、少しよろしいですか?」
ロスウェルの背後に現れたのは、複雑な顔をしたハリーだった。
振り返り、ロスウェルは気まずそうに笑みを浮かべた。
「どうした?」
「あの‥‥殿下とリリィベル様の結婚式を、神殿にすると聞いたので‥‥。」
「ふっ、お前は情報が早いな。」
「すいません‥‥ですが、どうしても、胸騒ぎが止まらなくて‥‥。ロスウェル様が今なさっている事、お聞きしても?」
ハリーがちらりと覗き込んだ。
複雑な魔術構成と巧妙で繊細な魔術の数々。
「ロスウェル様‥‥‥これ、なんかすごい‥‥」
「あぁ、殿下からは、平面の水晶で式の光景が見られる様に作れと言われたのもあるんだ。」
「また変な事思い付きますね‥‥。」
「殿下の思い付きは今に始まった事じゃないがな‥‥。」
「この‥‥膨大な保護魔術と、‥‥ロスウェル様‥これって‥‥」
「あぁ‥‥よくわかったな‥?私も色々考えたんだが‥‥‥。」
「何に備えてのものですか?」
ハリーの言葉にロスウェルの手は止まった。
「‥‥‥考えすぎならそれでいいんだ。」
「‥‥何が起こるかわからないから‥‥‥‥。」
ハリーは、ロスウェルの後ろ姿を見つめた。
「お手伝い‥‥してもいいですか?」
「ふっ‥‥それは頼もしいな‥‥」
ハリーもそこら辺に転がっているチョークを手に取った。
「俺も‥‥帝国の盾となる‥‥大公家の者になりましたので‥‥閣下だけにさせる訳には参りません。」
「それやめない?むず痒いんだけど‥‥‥。」
ロスウェルはまた苦笑いをした。
この時から結婚式まで、2人はひっそりと新たな魔術を研究し、〝なにか〟に備えて‥‥。
それから時は流れ結婚式前日になった。
皇族の馬車が数台列を作り神殿の前に停まる。
運び込まれたのは、結婚式の衣装や装飾品、そして、一晩宿泊するための一式諸々。皇太子と婚約者の荷物が多く運び込まれた。
「リリィ、気をつけろ」
「ありがとうございます。」
リリィベルの手を引きテオドールはリリィベルを馬車から降ろした。
神殿から少し遠い場所には帝国民達が見物にやってきている。
それに気付き、テオドールは笑顔で手を振った。
歓声が上がる。そしてリリィベルの姿を見て更に熱気は上がった。
帝国の皇太子の結婚式、選ばれし婚約者は今やその麗しさに多数の老若男女の愛好者がいる。
リリィベルも同様に帝国民達に笑顔で手を振った。
神殿の一室がそれぞれに与えられ準備はそこで行われる。
今夜ばかりは2人も別室で眠る事となる。
とはいえ、部屋は向かい合わせになっている。
「今夜は離れ離れですね‥‥寂しいです‥テオ‥‥。」
眉を下げて悲しげなリリィベルに、テオドールも眉を下げた。
「ああ、俺もだ‥‥。」
〝明日結婚式なのに‥‥。〟
周りにいるいつもの騎士団や護衛、フランクやメイドのカタリナがその常夏の熱気に当てられる。
ここは神聖な神殿、男女が同室で眠ることは許されなかった。
「じゃ‥‥今日は明日に備えて沢山準備があるからな。
父上達は朝早く来てくれる。もちろん父君達も。」
「はい。‥‥‥とうとうこの日が来たのですね‥。」
リリィベルは幸せそうに笑った。
その笑顔に釣られてテオドールも心の底から幸せに微笑んだ。
「ああ、色々あったが‥‥明日、お前は俺の妃だ。リリィ。
待ち望んでいた‥‥嬉しくて眠れる気がしないな‥。
それにお前が隣に居ないのは、どうも慣れない。
今夜は眠れないかも知れないな‥‥」
「明日は忙しいですから、どうか少しでも休んでくださいね?私もこの弾む心をあなたを思って過ごします‥‥。」
テオドールは、リリィベルの両手を包んでその手に口付けた。
「ああもぉ‥‥‥リリィ。愛してる‥‥。」
「私も愛しています‥テオ‥‥。」
2人は酒に酔った様に互いを見つめた。
「すいません。そろそろ‥‥‥明日また愛を誓って下さいませ‥。」
このロマンスを絶ったのはイーノクだった。
テオドールはスッと目を細めてイーノクへ目を向けた。
「お前‥‥婚約者というのは今日が最後なんだぞ?」
「ええ‥‥明日からお2人はご夫婦。皇太子と皇太子妃様でございます。心からお祝い申し上げます。
誠心誠意お2人にお仕えしますので、どうぞ中へ‥‥‥。」
淡々としたイーノクの言葉に、テオドールはムスッとした。そんな顔のテオドールにリリィベルは笑みを浮かべてテオドールの頬を撫でた。
「では、また明日‥‥‥とびきりの姿で私を迎えて下さいね?」
その言葉にテオドールはすぐに機嫌を良くした。
「ああ、明日を楽しみにしている‥‥。あまり無理せずゆっくり休んでくれ‥‥これが俺たちの独身最後の夜だ。」
「はい‥‥。」
2人の手が、するりと解けて離れた。
明日、1人の男と1人の女が夫婦となる
念願の結婚式、2人は同じ道を歩む誓いを立てる‥‥‥。
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