226 / 240
琥珀色の月
しおりを挟む静かな波、打ち寄せる大きな波。
夜は長く2人を、溢れる涙と共に包んだ、もう離れないように繋いだ。
「‥‥‥ご苦労だった。ロスウェル。」
「はい、陛下。」
皇帝の執務室で、オリヴァーの前に片膝をついたロスウェルいた。
窓から外を眺めたオリヴァーは、ふっと笑った。
「この花火も、テオが?」
「ええ、事前に計画されておりましたので‥‥。」
「そうか‥‥‥。」
夜空に舞って散る花火はしばらくの間、止むことはなかった。
今頃2人は初夜を過ごしていることは周知の事実。
その時を見計らって花火を上げるという演出まで考えていたテオドールにオリヴァーは呆れた笑みが止まらない。
「無事に、済んだな‥‥本当にお前には苦労ばかり掛けたな。」
「殿下と妃殿下の為でございますから‥‥。」
「随分真剣な顔で、この日を過ごしていたな。」
「‥‥‥なにごとも‥‥起こらぬよう‥‥用心しておりましたから‥‥。」
今日のロスウェルは、神殿での出来事以降焦る気持ちを隠せていなかった。それくらい用心していたようだ。
夜空には月と星が輝いている。
大きな月を包む様に星が瞬いている‥。
「この日を無事に終えられて本当に良かったです‥。」
「ああ、これでテオドールも、妃を持つ皇太子となった。
一安心だ。」
「‥‥はい、陛下‥‥」
戸惑いながらロスウェルは返事をした。
今この時も、月と星が混ざり合おうと必死でもがいている。
そんな感覚をヒシヒシと感じていた。
帝国は、皇太子の結婚に祭が夜通し行われている。
笑い声が絶えない帝国、暁色の空になる頃、静まった。
「リリィ‥‥。」
薄暗い部屋、カーテンの隙間からあふれる陽に照らされてテオドールは疲れ切ったリリィベルをその腕に抱き締めていた。
汗が引いたリリィベルの素肌は滑らかで、テオドールはその腕を撫でて温もりを味わった。
少し身震いして、テオドールの胸にピッタリとくっついたリリィベルに笑みを浮かべた。
「リリィ‥‥」
飽きる程、声が掠れるほど、一晩中名を呼んだ。
今世と前世の名を‥‥。
ずっと、喉につっかえていたその名前を呼ぶと、
その身体は震え上がるほど悦んでいた。
そして、涙となり、愛が増えていった。
戸惑いはしない。違和感もない。
どちらも同じ魂。
「‥‥れい‥‥」
ふと、その名を呼んで、テオドールは涙を浮かべた。
真実は、悲しく残酷なものだったが‥‥
それでも‥‥‥
前世での、礼蘭の愛を重く胸に刻んだ。
泣き崩れた日々‥‥。
そんな自分に出した礼蘭の答え。
アレクシスの言った通り‥‥俺は死にたかった‥‥。
礼蘭の居ない世界は‥‥虚しかった‥‥。
今ですら、夢じゃないかと不安が込み上げる。
披露宴の間、少し変わったリリィベルである礼蘭の戸惑いが、繋いだ手から、その愛しい瞳から感じていたから。
しっかりしなきゃ‥‥不安に駆られてはいけない。
きっと、2人でそう思っていた。
まだ、幻じゃないかと‥‥。
どんなに身体を繋いでも不安が入り混じる愛が止まらなかった。
夢じゃない、夢じゃないと、そう言い聞かせていた。
「現実だよ‥‥」
リリィベルの寝顔に、自分に、そしてリリィベルに伝えた。
この興奮した魂が、落ち着くまで‥‥。何度も。
さっきまで泣いていたリリィベルの顔を思い出して、子守歌のように・・・・。
魔法の呪文のように。
正午前、リリィベルは目を覚ました。そばにはテオドールの寝顔があった。
「・・・・・テオ・・・・。」
この綺麗な銀髪と暁色の瞳はこの世界での彼の特徴だ。
皇族に受け継がれる暁色の瞳・・・。そして母親譲りの髪・・・。
こうして瞳を閉じた姿で、まだカーテンがかけられた薄暗い部屋の中にいると、
彼の銀髪は闇に包まれて、前世を思わせる黒髪に見えた。
それがなんだか切なくて、愛しくてまた少し涙が出そうだった。
〝礼蘭〟と呼ばれると、涙が止まらないのは・・・どうしようもなかった。
呼ばれると、魂が反応し止められない。
だからと言って、すでにリリィベルの人生と溶け合っている。
そこに礼蘭の記憶が混じり合っただけ。
生まれ変わっても愛は変わらない・・・。
「・・・・ぁ・・・・・。」
ふと彼の髪に触れ、自身の左手の薬指の指輪が目に入った。
前世で彼にもらった指輪が、結婚指輪。そして、前世と同じデザインの婚約指輪。
その指輪に、笑みを浮かべてそのままテオドールの髪をさらりと撫でた。
前世で用意していた結婚指輪は、私たちの指にはない・・・。
その代わり、用意した二つを分けたピアス。
テオドールとの思い出は、前世とは違い少ないけれど愛の詰まった時間だ。
誕生祭で自分を見つけたと言ったテオドール。
その瞬間から、礼蘭だと気づき愛してくれていた。
だから・・・あんなに早く婚約してしまったのね・・・・。
理由はそれだけではなかったけど・・・・。
全力で、愛してくれていた・・・・・・・。
私を礼蘭だと知りながら・・・・。
生まれ変わっても、覚えていてくれていたのね・・・。
アレクシスが・・・テオドールに指輪を返してくれた。
「・・・・あとで、彼の話も聞いてみたいわ。」
小さな声でリリィベルは呟いた。
「彼って誰だよ。」
「っ・・あ・・・起こしてしまいましたか?」
目の前には少し不機嫌そうなテオドールの顔があった。
「ひどいだろ・・・。俺の前で誰の話をして笑ってるんだ?」
「ふふっ・・違います。アレクシスの事でちょっと・・・。」
「アレクシス?・・・・」
「・・・あとで・・・またお話しましょ・・・?」
そう言ってリリィベルはテオドールの首に抱き着いた。
その体を抱きしめて、テオドールは不機嫌だった表情を和らげた。
「・・・・おはよう・・・俺の女神・・・・・。」
そう呟いて、瞳を閉じた。
ベッドの中でひとしきり笑い、ハートを飛ばす2人は、扉をノックする音でピタリと固まった。
【そろそろ目覚めてはくれないか?今日もパーティーが控えているんだが?】
「げっ・・・・」
「ぁっ・・・テオっ・・・・今何時ですっ?」
テオドールは顔を歪めたが、リリィベルは恥ずかしそうに頬を染めてあたふたとシーツに潜った。
父親が直々に起こしに現れた。テオドールは溜息をついた。
皇帝は自らその足を運んでくる。普通小説の皇帝はそれほど動かない。
それがテンプレだと思っていたが、うちの皇帝陛下はフットワークが軽い。
「少し待ってください。」
面倒くさそうにテオドールはベッドの下に転がったガウンを拾い羽織った。
そして、扉をうっすらと開き、不服そうな顔を父に向けた。
「皇帝陛下自らお声掛け頂けなくてもよろしいのでは?」
そうするとオリヴァーはにっこりと笑顔を浮かべた。
「再三にわたり、従者は扉を叩いたそうだ。だが残念な事に聞こえなかったようでな?
他に誰が盛大に叩く事ができると思う?私だ。この国の皇太子の父で皇帝だからだ。わかったか?」
「・・・・めんどくさっ」
「ちっ・・・これでも待ってやったんだ。さっさと支度しろ。」
悪態ついた息子に、父は素で返した。
「ほら、カタリナとベリーが入るぞ。お前も準備しろ。まだ結婚式は終わってないんだ。」
「へいへい・・・。」
皇帝と皇太子の端からベリーが堂々と通り部屋に入る。そのベリーの背にくっついてカタリナも部屋へと入った。
ベッドの中央でシーツを体に巻き付けて、恥ずかしそうに俯いているリリィベル。
「おはようございます。妃殿下。」
ベリーの温かい笑顔がリリィベルに向けられる。その笑顔がさらに恥ずかしく朝帰りをした学生のような気分だった。
「ぁ・・・おはよう・・ベリー・・・きょっ・・今日もよろしくね。」
ぐるぐるにまいたシーツのままカタリナの手を取りベッドから離れた。テキパキとシルクのガウンに包まれようやくシーツからおさらばした。
「妃殿下、温かい香り湯を用意してありますので、そちらへ・・・。」
「うん・・・。そうね・・・。香り湯・・。」
「・・・・・・。」
テオドールは、リリィベルのその背に目を向けた。そして、大きく口を開いた。
「俺も入っ」
「お控えください皇太子殿下。」
間髪容れずに、ベリーが厳かにそう告げた。
‥‥‥目を据わらせてテオドールはベリーを見た。
「いいじゃねーか。もう夫婦だぞ。」
「・・・・長くなります故、今夜にでも好きになさってください。」
「ちょっ・・・ベリーっ・・・・。」
真っ赤な顔をしたリリィベルが振り返った。
「だってよ!リリィ!」
満面な笑みを浮かべたテオドールが自身のバスルームへと向かった。
「もぉ・・・・」
煙が出そうだった。元々テオドールも暁も明け透けな人間だった。
それを思い出したリリィベルだった。
夕方から始まったパーティー。テオドールとリリィベルは磨き上げた体を揃いの衣装を身に纏いホールの真ん中で踊る。
その姿をハリーとリコーがじっと見つめていた。
「・・・・ハリー、射殺せそうよ?」
ハリーの真剣な瞳を横目で見たリコーが呟いた。
「そんなわけないだろっ。見てんだよ。」
「それは分かるけど、なんでそんな険しい顔なの?」
「・・・・警備だよ。」
「ここはロスウェル様が結界を張ってるから安全よ。昨日も今夜も虫一匹入れないわ。」
「・・・・そうだけどさぁ・・・・一応、な・・・・。」
ハリーが気にしているのは、侵入者ではない。
昨日から月が琥珀色で大きく輝いている。そして、星が控えめに輝いているのが、神秘的で不気味だったのだ。
「・・・・・ぅーん・・・・・。」
ホールの中心で踊る2人は、ハリーにはもう黒髪にしか見えなかった。
テオドールの暁色の瞳も、茶色味がかったような瞳だ。リリィベルもふんわりとしたゆるいウェーブのかかった長い髪が黒髪だった。
「・・・ロスウェル様も・・・気づいてるよな・・・・。」
そう呟いて、皇帝のそばで控えている煌びやかな衣装を着たロスウェルを見た。
真剣なその眼差しを見る限り、きっと自分と同じのようだ。
そして・・・・。
国賓としてきたレオン(父)もそうだ。
信じられないものを見ているような目で二人を見ている。
さすがに、最高位の魔術師だ。
「・・・・やっぱ、俺たちだけなのかな・・・・。」
「なにが?」
「いや・・・わかんねぇならいいよ。めんどくせぇし。」
「なによそれっ!失礼ねっ!私は妃殿下の護衛なんだからね!なんかあるなら言いなさいよ。」
「いや、しんどい。」
そう言ってそこから姿を消した。
「あっ!・・・・ったくっ・・・年下のくせに生意気ね!」
リコーが眉間にしわを寄せてそう言った。
城の外に転移したハリーは、琥珀の月を見上げて険しい顔をする。
「・・・なんでそんなに・・・飲み込もうとするんだ?」
これが、月と星の言い伝えなら・・・・アレクシス神の力なら・・・・
テオドールはなんだというのだ。
「・・・・この月を止める事は・・・できるかな・・・・・・。」
ハリーがそう呟いた。
今の幸せそうな2人を、守りたい・・・・・。
2
あなたにおすすめの小説
異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜
京
恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。
右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。
そんな乙女ゲームのようなお話。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!
ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。
前世では犬の獣人だった私。
私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。
そんな時、とある出来事で命を落とした私。
彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。
兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした
鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、
幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。
アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。
すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。
☆他投稿サイトにも掲載しています。
☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。
《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?
公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています
六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった!
『推しのバッドエンドを阻止したい』
そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。
推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?!
ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱
◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!
皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*)
(外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)
英雄の可愛い幼馴染は、彼の真っ黒な本性を知らない
百門一新
恋愛
男の子の恰好で走り回る元気な平民の少女、ティーゼには、見目麗しい完璧な幼馴染がいる。彼は幼少の頃、ティーゼが女の子だと知らず、怪我をしてしまった事で責任を感じている優しすぎる少し年上の幼馴染だ――と、ティーゼ自身はずっと思っていた。
幼馴染が半魔族の王を倒して、英雄として戻って来た。彼が旅に出て戻って来た目的も知らぬまま、ティーゼは心配症な幼馴染離れをしようと考えていたのだが、……ついでとばかりに引き受けた仕事の先で、彼女は、恋に悩む優しい魔王と、ちっとも優しくないその宰相に巻き込まれました。
※「小説家になろう」「ベリーズカフェ」「ノベマ!」「カクヨム」にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる