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アキとレイ
しおりを挟む「わぁ・・・前よりも賑やかだわ・・・。」
城下街へやってきたリリィベルはまだ飾りつけや出店の数に驚きの声を漏らした。
「ま、俺たちの結婚式があったんだ。夜には閉めちまうだろうけど、この帝都に来ている外人も多いだろうし、稼ぎ時だろうな。」
愛馬を近くの警備隊に預けたテオドールは、リリィベルにそう返事を返した。
「ねぇテオ・・・。前に来た時・・・私。少し記憶が曖昧なの。それって・・・。」
不安げな表情を浮かべたリリィベルにテオドールは眉を下げて笑みを浮かべた。
街を見た時、あの瞬間にリリィベルは礼蘭の魂に移り変わったようなはしゃぎようだった。
互いに呼び名を変えて、あの時ばかりは自分も暁へとすんなり戻った瞬間だった。
「今日も・・・呼び名を変えないか?」
「・・・・本当に?」
「ああ、俺たちが本名で呼び合うと姿の印象を変えているとはいえ、心配だろう?」
「・・・ほんとに・・・呼んでいいの?」
「ああ・・・そうしよう。なあ、れい・・・・。」
テオドールがリリィベルに手を伸ばした。
その瞳は慈愛に溢れていて、幸せそうな笑顔だった。
「・・・・あき・・・・。あきっ・・・・・・。」
名を呼び、リリィベルはテオドールの胸に飛び込んだ。
「・・・私・・・胸が苦しいわ・・・。」
「具合が悪いか?」
リリィベルの言葉にテオドールは焦った。けれど顔を上げたリリィベルは今にも泣きそうな笑顔だった。
「この世界で、人前で・・・・この距離で・・・もう一度、あきって呼べるのが・・・
とても嬉しくて・・・涙が出ちゃう・・・。
あきが・・・私が呼んだら返事をしてくれる・・・・。とっても幸せで・・・・
嬉しくて涙が出ちゃうわ。」
リリィベルの白い頬を流れる涙。テオドールは悲し気にも笑った。
俺だって、名を呼べば返事が返ってくる事に、どれほど嬉しさを感じていることか・・・・。
ずっと、呼べなかった。返事もなかった前世を思うだけで胸が張り裂けそうな程だ。
「・・・今日は・・・あきと、れいだ・・・。デートの時は、そうしよう?
どうせ変えなければならないなら、そう呼びたい・・・。いいか?」
「うん・・・うんっ・・・あきっ・・・。」
街角で、人目を忍んで二人は抱きしめあった。
その呼び名には、どうしても未練が残る。生まれ変わっても尚、その名を捨てられない。
2人は手を繋いで賑やかな街へ進んだ。
その様子を、こっそりハリーが見ていた。
あきと、れい・・・・。
「ふーん・・・・。」
ハリーの鋭い目が、二人の背後を見つめる。
やっぱり、2人の結びは長い歴史があるようだ。
黒い髪をして見えるのは、その長い歴史の中の2人のものだろう。
「・・・前世・・・?」
2人がどのような縁で結ばれているかなど、分かるはずもない。
ただ、2人が、〝アキ〟と〝レイ〟と呼ぶことに幸福感を抱いているのはよくわかる。
涙を流すほどに・・・。
そしてそのたびに月がどんどんと迫って落ちてくるように思えた。
真昼の月はあんなに薄く見えるのに、夜でもないのに存在感を隠さない。
「・・・とりあえず・・・つけるか・・・・殿下には、あとで怒られよ・・・。」
ハリーは、少しため息をついて姿を消し、2人の後を追った。
ロスウェルの頼みでもあるが、自分自身吐きそうな程気持ちが悪い・・・・。
街中を歩く2人は、終始楽しそうで、出店ではテオドールのマントと同じ柄のハンカチが売られていたり、
2人を姿をモチーフにした木彫りの像などが、記念に売りに出ていた。
以前訪れた宝石店を横目に見れば、皇太子両殿下御用達などと謳われガラス細工で作られた、恐らくテオドールとリリィベルを模したのだろう。そんな硝子細工の男女が寄り添うオルゴールまで売られている。
そんな記念品にクスクスと笑い、2人は嬉しそうに街の中を歩いた。
見たことのない構図の2人が描かれた絵画、すべてが2人を祝福するものだった。
「あ、姿絵描いて貰わねぇとな・・・。」
「あれ、本当にするの?どうやってするのかしら?」
「それはあれだろ、俺がお前を何時間も抱き上げて立ってりゃいいんじゃねーか?」
「あははっ、さすがにそれは無理だよ。」
「お前軽いから下絵くらいなら大丈夫だろ。俺の腕力なめんなよっ。」
「きゃあっあははっもお!あきったらっ・・・恥ずかしいよ!」
「ははっ、いいだろっ?みんな浮かれたカップルにしか思わねーよ!」
街の真ん中でテオドールがリリィベルを抱き上げてくるくると回った。
人々はその姿に呆れた笑みを浮かべていた。
ここにも新婚さんがいるのかと思っているかもしれない。
「・・・・あれ、妃殿下の素・・・なのかな・・・・。」
ハリーは、リリィベルの姿に少し驚いていた。
普段は物腰の柔らかく上品な口調のリリィベルだ。
あんなに砕けて話す姿も見たことがない。
〝アキ〟と〝レイ〟になった2人は、まるで別世界の人間のようだった。
テオドールですら、普段のリリィベルを見る瞳よりも更に愛情深く、笑顔が蕩けそうだった。
それくらい2人は心の底からこの時を楽しんでいる。
それなのに、なぜこんなに胸騒ぎがするのだろうか・・・・。
「なあれい、腹減らないか?あそこの出店で飯買おうぜ?」
「うんっ!」
2人の繋がれた手が離れることはない。
人で賑わう通路を人の合間を上手に避けては突き進む。テオドールが出店の串焼きを買っている間、
リリィベルは辺りを眺めた。いろんな人々が行きかう中、小さな男の子と女の子が通り過ぎる。
「・・・・・。」
それを見たリリィベルは、密かに目を見開き、パッとテオドールの腕をつかんだ。
「ん?どうした?」
「っ・・・ぁ・・なんでもないわ・・・・。」
テオドールはリリィベルが何に驚いたのかわからぬまま、リリィベルを連れて広場に出るとベンチに座らせて串焼きを渡した。
「飲み物買ってこようか?」
「あっ、いいの!平気っ!」
焦った顔をしたリリィベルが、テオドールのシャツを掴んだ。
その姿に、ポカンとしたが、すぐにテオドールはリリィベルの目線になるよう腰を落とした。
「れい?どうしたんだ?」
顔面蒼白となったリリィベルに、テオドールが顔を曇らせる。
「なんでもない・・・っ・・・なんでもないわっ・・・いいから、そばにいて?ね?」
「だけど・・・喉詰まるだろ・・・・?わかった・・・じゃあお前も一緒においで?
離れなければいいだろう?俺の腕を離すなよ?」
「うんっ・・・・。うん・・・・・・。」
リリィベルはしっかりとテオドールの腕に両手でしがみついた。
串焼きはテオドールが二本持ち、片手にはリリィベル。
少々の歩きにくさは仕方ないが、リリィベルの表情を見る限り離れることはできない。
近場で果実水を買い、とうとう両手が塞がれた。
「なぁリリィ?そんなに俺と離れがたいか?」
「ええ・・・とっても・・・・。」
嬉しいやらつらいやら、串焼きと一つの飲み物、腕にはリリィベル。
眉を下げてテオドールは口角をあげた。
そして、また先ほどのベンチに戻ると、串焼きをリリィベルに渡し、長い脚を組んだ。
「さ、食おうぜ、冷めちまうから。」
「うん・・・ありがとう。」
小さな口を開けて、リリィベルは串焼きを噛んだ。それを見届け、テオドールは大口を開けて一口食べた。
帝都の食べ物は美味しいと評判だ。もちろんこの串焼きも美味しい。
また外で食べるからより一層美味しく感じるのだろう。
「なんか、前とおんなじになっちまってる気もするが、ま、いいよな?」
「なんでも楽しいよ?あきがいてくれるから・・・。」
「ふっ・・・ほんとお前は俺がいてくれたらって・・・口癖みたいに言ってくれるな。」
「だって・・・そうだもん・・・・。」
パクリとまた串焼きを食べた。もぐもぐと咀嚼する姿がリスのように可愛らしくてテオドールは満足そうに笑った。リリィベルがその小さな口でもぐもぐしてる間にテオドールはすっかり食べ終わってしまった。
そして先ほど買った果実水を先にすすった。
「お、りんごだ。うまっ・・・。」
「私も一口飲みたい。」
そう見上げたリリィベルに、テオドールはカップを傾けて口元に寄せた。
少し飲みづらそうにしたリリィベルはそれがおかしくて笑った。
「ふふっおもろっ・・・。」
「もぉ笑わないでっ・・・。」
先ほどの蒼白な顔から、すっかり顔色が戻っている。
一体何にそんなに怯えていたのだろうか。こればかりは検討が付かなかった。
リリィベルが食べ終わると、一息ついてテオドールは背伸びをした。
「久しぶりだな・・・。ここに来るのは・・・なんだかんだで忙しかったし・・・。
また来ような?」
「うん・・・。そうだね。」
テオドールの伸ばした腕でを見て、がら空きの脇に頭を乗せた。
「お前は小さくて本当・・・収まりがいいな。」
「ふふっそのために小さいんだもんっ。」
「ははっ・・・そうかもな。」
穏やかな時間が流れる。流れゆく雲を見つめていると少し眠気が襲ってきた。
結婚式の後の疲れはまだ少し残っているようだ。楽しい事でも疲れは溜まる。
少しウトウトし始めた2人、テオドールはリリィベルの肩に手を回し、ゆっくりと瞳を閉じた。
「・・・・・・・・・・・。」
そんなテオドールに、リリィベルは少し頭を浮かせてその寝顔を見つめる。
魔術のおかげで、今は前世と同じ黒髪だ。この艶のある黒髪が懐かしい。
顔も同じまま、背格好も同じだ。
「・・・・現実よね・・・・。」
こうしていると、ここが前世と同じのような気がしてくる。
時間が巻き戻ったようだった。
そして、あきとれいと呼び合う自分たちは、この身分を忘れてこうして穏やかな時間を過ごしている。
「・・・幸せよ・・・・?とっても・・・・・。」
どんなに悔いても、今がすべてだ。
こうして側に居られれば・・・・。一日一日と同じ時を刻むことができる。
なによりも幸せだ・・・・。
もう、涙を流してほしくない・・・・。
そのために・・・・この同じ世界線で生まれたのだから・・・・。
うたた寝をしたテオドールを眺めながらリリィベルは時が流れる事に幸せを感じていた。
そして、夕暮れになると、以前2人で訪れたレストランへと足を進ませた。本当に今日も街は賑やかで前世でいう中心街を歩いてるようだ。
道中、今後の予定を話していると会話も弾んでいく。
メテオラのオスカーの戴冠式に行くことも。先々の予定があるほど、嬉しさは増した。
2人は手を繋いで歩いた。
「父上たちと一緒に来られないかな?」
「ふふっ皇帝陛下と皇后陛下がレストランに行くなんて聞いたことないわ。」
「うちはほら、なんつーか、庶民的な皇族だから行けんじゃねぇかな。母上はきっとノリノリだと思うぞ?」
「やっぱりお義母様は城下で暮らしていた事があるからかしら?」
「それもあるかもしれねぇな。俺だって、街を歩くのは好きだぞ?」
「そうだね。いろんな道知ってるもの。」
ぶらんと大きくつないだ手を振りながら歩く2人。
「入れるといいんだが‥‥」
「うんっ・・・。」
すぐそこの角を曲がれば、レストランが見えてくる。
2人は笑顔を浮かべたまま、道を歩いた。
少し遠く向かいから来た馬車がくる。それに気付いたテオドールはリリィベルを端に寄せて肩を抱いた。
「ありがと‥」
リリィベルがそうテオドールに笑いかけた時、
テオドールは正面を向いて目を見開いた。
「あぶなっ‥‥‥」
咄嗟に身体が動いた。
これはきっと、人間の本能なのだろう。
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