ハッピーエンドを待っている 〜転生したけど前世の記憶を思い出したい〜

真田音夢李

文字の大きさ
228 / 240

アキとレイ

しおりを挟む
 
「わぁ・・・前よりも賑やかだわ・・・。」

 城下街へやってきたリリィベルはまだ飾りつけや出店の数に驚きの声を漏らした。
「ま、俺たちの結婚式があったんだ。夜には閉めちまうだろうけど、この帝都に来ている外人も多いだろうし、稼ぎ時だろうな。」

 愛馬を近くの警備隊に預けたテオドールは、リリィベルにそう返事を返した。

「ねぇテオ・・・。前に来た時・・・私。少し記憶が曖昧なの。それって・・・。」

 不安げな表情を浮かべたリリィベルにテオドールは眉を下げて笑みを浮かべた。

 街を見た時、あの瞬間にリリィベルは礼蘭の魂に移り変わったようなはしゃぎようだった。
 互いに呼び名を変えて、あの時ばかりは自分も暁へとすんなり戻った瞬間だった。

「今日も・・・呼び名を変えないか?」
「・・・・本当に?」
「ああ、俺たちが本名で呼び合うと姿の印象を変えているとはいえ、心配だろう?」
「・・・ほんとに・・・呼んでいいの?」

「ああ・・・そうしよう。なあ、れい・・・・。」

 テオドールがリリィベルに手を伸ばした。
 その瞳は慈愛に溢れていて、幸せそうな笑顔だった。

「・・・・あき・・・・。あきっ・・・・・・。」

 名を呼び、リリィベルはテオドールの胸に飛び込んだ。

「・・・私・・・胸が苦しいわ・・・。」
「具合が悪いか?」
 リリィベルの言葉にテオドールは焦った。けれど顔を上げたリリィベルは今にも泣きそうな笑顔だった。

「この世界で、人前で・・・・この距離で・・・もう一度、あきって呼べるのが・・・
 とても嬉しくて・・・涙が出ちゃう・・・。

 あきが・・・私が呼んだら返事をしてくれる・・・・。とっても幸せで・・・・

 嬉しくて涙が出ちゃうわ。」


 リリィベルの白い頬を流れる涙。テオドールは悲し気にも笑った。

 俺だって、名を呼べば返事が返ってくる事に、どれほど嬉しさを感じていることか・・・・。
 ずっと、呼べなかった。返事もなかった前世を思うだけで胸が張り裂けそうな程だ。

「・・・今日は・・・あきと、れいだ・・・。デートの時は、そうしよう?
 どうせ変えなければならないなら、そう呼びたい・・・。いいか?」

「うん・・・うんっ・・・あきっ・・・。」


 街角で、人目を忍んで二人は抱きしめあった。
 その呼び名には、どうしても未練が残る。生まれ変わっても尚、その名を捨てられない。


 2人は手を繋いで賑やかな街へ進んだ。

 その様子を、こっそりハリーが見ていた。


 あきと、れい・・・・。


「ふーん・・・・。」

 ハリーの鋭い目が、二人の背後を見つめる。

 やっぱり、2人の結びは長い歴史があるようだ。
 黒い髪をして見えるのは、その長い歴史の中の2人のものだろう。


「・・・前世・・・?」

 2人がどのような縁で結ばれているかなど、分かるはずもない。
 ただ、2人が、〝アキ〟と〝レイ〟と呼ぶことに幸福感を抱いているのはよくわかる。

 涙を流すほどに・・・。

 そしてそのたびに月がどんどんと迫って落ちてくるように思えた。

 真昼の月はあんなに薄く見えるのに、夜でもないのに存在感を隠さない。


「・・・とりあえず・・・つけるか・・・・殿下には、あとで怒られよ・・・。」


 ハリーは、少しため息をついて姿を消し、2人の後を追った。
 ロスウェルの頼みでもあるが、自分自身吐きそうな程気持ちが悪い・・・・。


 街中を歩く2人は、終始楽しそうで、出店ではテオドールのマントと同じ柄のハンカチが売られていたり、
 2人を姿をモチーフにした木彫りの像などが、記念に売りに出ていた。

 以前訪れた宝石店を横目に見れば、皇太子両殿下御用達などと謳われガラス細工で作られた、恐らくテオドールとリリィベルを模したのだろう。そんな硝子細工の男女が寄り添うオルゴールまで売られている。


 そんな記念品にクスクスと笑い、2人は嬉しそうに街の中を歩いた。


 見たことのない構図の2人が描かれた絵画、すべてが2人を祝福するものだった。

「あ、姿絵描いて貰わねぇとな・・・。」
「あれ、本当にするの?どうやってするのかしら?」
「それはあれだろ、俺がお前を何時間も抱き上げて立ってりゃいいんじゃねーか?」
「あははっ、さすがにそれは無理だよ。」
「お前軽いから下絵くらいなら大丈夫だろ。俺の腕力なめんなよっ。」
「きゃあっあははっもお!あきったらっ・・・恥ずかしいよ!」
「ははっ、いいだろっ?みんな浮かれたカップルにしか思わねーよ!」


 街の真ん中でテオドールがリリィベルを抱き上げてくるくると回った。
 人々はその姿に呆れた笑みを浮かべていた。
 ここにも新婚さんがいるのかと思っているかもしれない。

「・・・・あれ、妃殿下の素・・・なのかな・・・・。」

 ハリーは、リリィベルの姿に少し驚いていた。
 普段は物腰の柔らかく上品な口調のリリィベルだ。

 あんなに砕けて話す姿も見たことがない。


 〝アキ〟と〝レイ〟になった2人は、まるで別世界の人間のようだった。
 テオドールですら、普段のリリィベルを見る瞳よりも更に愛情深く、笑顔が蕩けそうだった。

 それくらい2人は心の底からこの時を楽しんでいる。
 それなのに、なぜこんなに胸騒ぎがするのだろうか・・・・。



「なあれい、腹減らないか?あそこの出店で飯買おうぜ?」
「うんっ!」
 2人の繋がれた手が離れることはない。


 人で賑わう通路を人の合間を上手に避けては突き進む。テオドールが出店の串焼きを買っている間、
 リリィベルは辺りを眺めた。いろんな人々が行きかう中、小さな男の子と女の子が通り過ぎる。

「・・・・・。」

 それを見たリリィベルは、密かに目を見開き、パッとテオドールの腕をつかんだ。

「ん?どうした?」

「っ・・・ぁ・・なんでもないわ・・・・。」

 テオドールはリリィベルが何に驚いたのかわからぬまま、リリィベルを連れて広場に出るとベンチに座らせて串焼きを渡した。

「飲み物買ってこようか?」
「あっ、いいの!平気っ!」
 焦った顔をしたリリィベルが、テオドールのシャツを掴んだ。
 その姿に、ポカンとしたが、すぐにテオドールはリリィベルの目線になるよう腰を落とした。

「れい?どうしたんだ?」
 顔面蒼白となったリリィベルに、テオドールが顔を曇らせる。
「なんでもない・・・っ・・・なんでもないわっ・・・いいから、そばにいて?ね?」

「だけど・・・喉詰まるだろ・・・・?わかった・・・じゃあお前も一緒においで?
 離れなければいいだろう?俺の腕を離すなよ?」

「うんっ・・・・。うん・・・・・・。」
 リリィベルはしっかりとテオドールの腕に両手でしがみついた。
 串焼きはテオドールが二本持ち、片手にはリリィベル。
 少々の歩きにくさは仕方ないが、リリィベルの表情を見る限り離れることはできない。

 近場で果実水を買い、とうとう両手が塞がれた。

「なぁリリィ?そんなに俺と離れがたいか?」
「ええ・・・とっても・・・・。」

 嬉しいやらつらいやら、串焼きと一つの飲み物、腕にはリリィベル。
 眉を下げてテオドールは口角をあげた。

 そして、また先ほどのベンチに戻ると、串焼きをリリィベルに渡し、長い脚を組んだ。
「さ、食おうぜ、冷めちまうから。」
「うん・・・ありがとう。」

 小さな口を開けて、リリィベルは串焼きを噛んだ。それを見届け、テオドールは大口を開けて一口食べた。

 帝都の食べ物は美味しいと評判だ。もちろんこの串焼きも美味しい。
 また外で食べるからより一層美味しく感じるのだろう。


「なんか、前とおんなじになっちまってる気もするが、ま、いいよな?」
「なんでも楽しいよ?あきがいてくれるから・・・。」
「ふっ・・・ほんとお前は俺がいてくれたらって・・・口癖みたいに言ってくれるな。」
「だって・・・そうだもん・・・・。」

 パクリとまた串焼きを食べた。もぐもぐと咀嚼する姿がリスのように可愛らしくてテオドールは満足そうに笑った。リリィベルがその小さな口でもぐもぐしてる間にテオドールはすっかり食べ終わってしまった。

 そして先ほど買った果実水を先にすすった。

「お、りんごだ。うまっ・・・。」
「私も一口飲みたい。」
 そう見上げたリリィベルに、テオドールはカップを傾けて口元に寄せた。

 少し飲みづらそうにしたリリィベルはそれがおかしくて笑った。

「ふふっおもろっ・・・。」
「もぉ笑わないでっ・・・。」

 先ほどの蒼白な顔から、すっかり顔色が戻っている。
 一体何にそんなに怯えていたのだろうか。こればかりは検討が付かなかった。



 リリィベルが食べ終わると、一息ついてテオドールは背伸びをした。

「久しぶりだな・・・。ここに来るのは・・・なんだかんだで忙しかったし・・・。
 また来ような?」
「うん・・・。そうだね。」

 テオドールの伸ばした腕でを見て、がら空きの脇に頭を乗せた。

「お前は小さくて本当・・・収まりがいいな。」
「ふふっそのために小さいんだもんっ。」
「ははっ・・・そうかもな。」

 穏やかな時間が流れる。流れゆく雲を見つめていると少し眠気が襲ってきた。
 結婚式の後の疲れはまだ少し残っているようだ。楽しい事でも疲れは溜まる。

 少しウトウトし始めた2人、テオドールはリリィベルの肩に手を回し、ゆっくりと瞳を閉じた。
「・・・・・・・・・・・。」

 そんなテオドールに、リリィベルは少し頭を浮かせてその寝顔を見つめる。

 魔術のおかげで、今は前世と同じ黒髪だ。この艶のある黒髪が懐かしい。
 顔も同じまま、背格好も同じだ。


「・・・・現実よね・・・・。」


 こうしていると、ここが前世と同じのような気がしてくる。
 時間が巻き戻ったようだった。

 そして、あきとれいと呼び合う自分たちは、この身分を忘れてこうして穏やかな時間を過ごしている。

「・・・幸せよ・・・・?とっても・・・・・。」


 どんなに悔いても、今がすべてだ。
 こうして側に居られれば・・・・。一日一日と同じ時を刻むことができる。


 なによりも幸せだ・・・・。


 もう、涙を流してほしくない・・・・。

 そのために・・・・この同じ世界線で生まれたのだから・・・・。





 うたた寝をしたテオドールを眺めながらリリィベルは時が流れる事に幸せを感じていた。

 そして、夕暮れになると、以前2人で訪れたレストランへと足を進ませた。本当に今日も街は賑やかで前世でいう中心街を歩いてるようだ。

 道中、今後の予定を話していると会話も弾んでいく。
 メテオラのオスカーの戴冠式に行くことも。先々の予定があるほど、嬉しさは増した。
2人は手を繋いで歩いた。
「父上たちと一緒に来られないかな?」
「ふふっ皇帝陛下と皇后陛下がレストランに行くなんて聞いたことないわ。」

「うちはほら、なんつーか、庶民的な皇族だから行けんじゃねぇかな。母上はきっとノリノリだと思うぞ?」
「やっぱりお義母様は城下で暮らしていた事があるからかしら?」
「それもあるかもしれねぇな。俺だって、街を歩くのは好きだぞ?」
「そうだね。いろんな道知ってるもの。」

 ぶらんと大きくつないだ手を振りながら歩く2人。


「入れるといいんだが‥‥」
「うんっ・・・。」


 すぐそこの角を曲がれば、レストランが見えてくる。
 2人は笑顔を浮かべたまま、道を歩いた。

 少し遠く向かいから来た馬車がくる。それに気付いたテオドールはリリィベルを端に寄せて肩を抱いた。
「ありがと‥」
 リリィベルがそうテオドールに笑いかけた時、
 テオドールは正面を向いて目を見開いた。


「あぶなっ‥‥‥」

 咄嗟に身体が動いた。


 これはきっと、人間の本能なのだろう。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

異世界から来た娘が、たまらなく可愛いのだが(同感)〜こっちにきてから何故かイケメンに囲まれています〜

恋愛
普通の女子高生、朱璃はいつのまにか異世界に迷い込んでいた。 右も左もわからない状態で偶然出会った青年にしがみついた結果、なんとかお世話になることになる。一宿一飯の恩義を返そうと懸命に生きているうちに、国の一大事に巻き込まれたり巻き込んだり。気付くと個性豊かなイケメンたちに大切に大切にされていた。 そんな乙女ゲームのようなお話。

前世で私を嫌っていた番の彼が何故か迫って来ます!

ハルン
恋愛
私には前世の記憶がある。 前世では犬の獣人だった私。 私の番は幼馴染の人間だった。自身の番が愛おしくて仕方なかった。しかし、人間の彼には獣人の番への感情が理解出来ず嫌われていた。それでも諦めずに彼に好きだと告げる日々。 そんな時、とある出来事で命を落とした私。 彼に会えなくなるのは悲しいがこれでもう彼に迷惑をかけなくて済む…。そう思いながら私の人生は幕を閉じた……筈だった。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

兄みたいな騎士団長の愛が実は重すぎでした

鳥花風星
恋愛
代々騎士団寮の寮母を務める家に生まれたレティシアは、若くして騎士団の一つである「群青の騎士団」の寮母になり、 幼少の頃から仲の良い騎士団長のアスールは、そんなレティシアを陰からずっと見守っていた。レティシアにとってアスールは兄のような存在だが、次第に兄としてだけではない思いを持ちはじめてしまう。 アスールにとってもレティシアは妹のような存在というだけではないようで……。兄としてしか思われていないと思っているアスールはレティシアへの思いを拗らせながらどんどん膨らませていく。 すれ違う恋心、アスールとライバルの心理戦。拗らせ溺愛が激しい、じれじれだけどハッピーエンドです。 ☆他投稿サイトにも掲載しています。 ☆番外編はアスールの同僚ノアールがメインの話になっています。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

番探しにやって来た王子様に見初められました。逃げたらだめですか?

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私はスミレ・デラウェア。伯爵令嬢だけど秘密がある。長閑なぶどう畑が広がる我がデラウェア領地で自警団に入っているのだ。騎士団に入れないのでコッソリと盗賊から領地を守ってます。 そんな領地に王都から番探しに王子がやって来るらしい。人が集まって来ると盗賊も来るから勘弁して欲しい。 お転婆令嬢が番から逃げ回るお話しです。 愛の花シリーズ第3弾です。

公爵様のバッドエンドを回避したいだけだったのに、なぜか溺愛されています

六花心碧
恋愛
お気に入り小説の世界で名前すら出てこないモブキャラに転生してしまった! 『推しのバッドエンドを阻止したい』 そう思っただけなのに、悪女からは脅されるし、小説の展開はどんどん変わっていっちゃうし……。 推しキャラである公爵様の反逆を防いで、見事バッドエンドを回避できるのか……?! ゆるくて、甘くて、ふわっとした溺愛ストーリーです➴⡱ ◇2025.3 日間・週間1位いただきました!HOTランキングは最高3位いただきました!  皆様のおかげです、本当にありがとうございました(ˊᗜˋ*) (外部URLで登録していたものを改めて登録しました! ◇他サイト様でも公開中です)

処理中です...