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第肆話「絡繰舞台」
絡繰舞台・肆
しおりを挟む「——客が消える?」
座長の言葉に鴉取と三毛縞は揃って首を傾げた。
「ええ。公演中にお客さんの姿が消えるの」
「お客さんが途中で席を離れるわけではなくて?」
三毛縞の問いに、リリは勢いよく首を横に振る。
「違うの。まるで蝋燭の火を消すみたいに、ふっ、とお客さんが姿を消すの。出ていったんじゃない。消えるのよ」
「リリは消える瞬間を見たことがあるのか?」
「ええ。だからクロウに相談しにいったの」
リリは冗談めかしている様子はなく至って真剣で、嘘をついているようにも見えなかった。
彼女の話を聞いた鴉取はふむ、と相槌をうちながら他にも意見を求めるように露草の方へと視線を移す。
「リリさんの話は私も最初は半信半疑でした。ですが、この狭い舞台です。客席との距離も近く、観客が離席することがあれば舞台袖からでもわかります。それに入り口にいる呼子が公演中に入る客はいれど、出てくる客はいなかったと申しておりました」
「露草殿も客が消える瞬間を見たので?」
「いいえ。私は直接見たわけではありませんが——」
露草の言葉は歯切れ悪く途切れた。
鴉取は彼から目線を外すことなく、その言葉の続きを待つ。
「終演後の客席に観客が残っていたんです。後片付けが終わり、私が最後の見回りを終え小屋を後にしようとしたときに、です」
「見回りの時にはその客人はいなかったのだろう」
「はい。隠れ忍んでいたということはなく、舞台を見上げてまるで演目を見ているかのように立っていたんです。私がその方に声をかけると、彼は『世にも素晴らしいものを見た!』と興奮気味に詰め寄ってこられて……」
「……何を見た、と?」
「それが……覚えていない、と」
露草の言葉に三毛縞と鴉取は顔を見合わせた。
「見たものを覚えていないのに、その人は喜んでいたんですか?」
「ええ。世にも素晴らしいものをみた、と」
露草自体も信じられないといった様子でゆっくりと頷く。
公演中に突然客席から客が消え、そしてどこからか戻ってきたかと思えば、演目にはない物を見たという。まさに謎が謎を呼んでいる。
鴉取もまだ上手く状況が整理し切れていないのか、舞台裏を観察するように周囲を見て歩いている。
「座長殿、舞台に上がってみせていただいてもいいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
露草の了承を得ると、鴉取は舞台袖から舞台の上へと移動した。
舞台の中央に立ち、客席を見下ろす。観客席の中はそれほど広くはなく、灯りがついていれば後ろの壁際まではっきりと見通すことができる。
公演中は舞台上にのみ灯りが灯る。リリが客が消える瞬間を直接見たといっていたが、たとえ客席が薄暗くとも前方の方にいる人間であれば姿が消えればどうにか判断することは可能だろう。
「最初から何人も消えていったんですか?」
「いいえ。最初は一人だけだったのですが、公演回数を重ねるごとに数が増えて……最近は一度に十人消えることもあります」
「そんなにお客さんが消えて、興行に影響はないんですか?」
三毛縞の言葉に露草は肩を竦め首を横に振った。
「それが……公演中に選ばれた客が世にも素晴らしい幻の演目を見られると、逆に客入りが増えてしまって」
その言葉に鴉取はくつくつと笑みを噛み殺しながら、舞台の上から客席に飛び降りた。
「奇々怪々なことがあってこそ、見世物小屋の本随よな。客入りが増えていいではないか」
「笑いごとじゃないわ。もしお客さんになにかあったら困るもの。だから、原因を突き止めてほしくてクロウに依頼したのよ」
他人事のように笑っている鴉取にリリはかっとなって舞台に飛び出してくる。
そして薄暗い客席の中央に一人佇む黒いカラスを見下ろした。
「お前がそんなに感情的になるなんて珍しいな、リリ」
「………………っ、だって」
鴉取にまっすぐ見つめられたリリは悲しげに視線を逸らした。
なにか思うところがあるのだろうか、彼女は悔しそうに握り拳を震わせている。そんな彼女の元に歩み寄った露草は、そっとリリの肩に手を置く。
「何度もいっていますが、リリさんのせいではないですよ」
「でもっ、座長!」
「どうして、自分のせいだと思うんだい、リリ」
鴉取に尋ねられるとリリの代わりに露草が口を開いた。
「……観客が消えるのは決まって必ずリリさんの演目中なんです。なので観客が消えるのは自分のせいなのではないかと責任を感じてしまって」
「消えた客は皆戻ってきたのだろう」
「はい。舞台に入った客は入り口で数えておりますし、消えて戻ってきた客を入れても数に間違いがあったことはありません」
露草は決してリリを責めない。むしろ庇うように優しくリリの背中をさすりながら説明を続けた。
そして鴉取はなるほどな、と頷きながらぐるりとこや全体を見回す。
「鴉取、まだなにも感じないのか」
舞台袖から顔を出した三毛縞に鴉取はああ、と返事をする。
「今は怪異の気配を感じない。だが、客が本当に消えているのであればこの舞台はおそらく怪異に巻き込まれているだろう」
「……どうすれば原因がわかるの?」
「ふむ……やはり怪異が起きた実際の状況に立ち会うのが一番だろう」
「客が消えるから危ないというのに……なにかあってからでは遅いのではないですか?」
不安げな露木に鴉取は相変わらず笑みを崩さないまま言葉を紡いだ。
「大丈夫。そのために、私がいるのだから」
自信たっぷりに笑みを浮かべた鴉取は再び舞台に上がり、心配そうな表情を浮かべているリリの頭をそっと撫でた。
「安心しろ。座長殿のいうとおり、この現象は決してリリのせいではないさ」
「……っ」
鴉取に諭されながらもリリの顔の曇りは晴れることはなかった。
「もしこの現象の正体が悪いものだったら俺が食べてしまおう。だから、安心して仕事に望むといい」
「……うん」
するとちょうどよく小屋に劇団員たちがぞろぞろと集まってきた。
そろそろ今日の公演の準備が始まる時間だった。
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