鴉取妖怪異譚

松田 詩依

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第肆話「絡繰舞台」

絡繰舞台・伍

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 劇団員たちが集まり、露草一座は今日の公演準備が始まった。。
 公演が始まるまでの間、鴉取と三毛縞は小屋の外でしばらくの間待機することになった。
 見世物小屋の並びには幾つか出店も立ち並んでおり、そこで暖かい甘酒を購入し露草一座の近くでそれを飲む二人。
 日が暮れ始めると裏店通りにも人通りが増えてきた。少しの肌寒さも活気で吹き飛んでしまいそうだ。

「顔色が優れないが大丈夫か?」
「ん? ああ、いや……寝不足なだけだよ」
「無理に付き合わせてしまったかな」
「いいや。いい気分転換になっているよ」

 三毛縞は大きなあくびを一つ。数日間まともな睡眠をとっていなければ体調にも異常が出てきてもおかしくはない頃だろう。
 本来ならば家で寝ているのが一番なのだろうが、こうして仕事という形でも外出するのは今の三毛縞にとっていい気分転換になっていた。その気持ちを伝えると、鴉取はそれはよかったと微笑を浮かべた。

「……なぁ鴉取」
「ん?」

 甘酒をすすりながら、ぽつりと三毛縞が口を開いた。

「こんなこと聞くのも憚られるんだけど。その。リリさんって……白子《しろこ》、だよな?」
「ああ」

 リリのように真っ白な肌、真っ白な髪そして真っ赤な目を生まれ持った子を白子《しろこ》と呼んでいる。
 明らかに普通の人間とかけ離れた容姿で生まれた彼女たちは、周囲の人間から好奇の目にさらされ、時に差別され、こうして見世物にされる。

「彼女は、ただの白子ではない……よな」
「……ああ」

 三毛縞の言葉に鴉取は頷く。
 リリ自身もその疾病を持って生まれた子には違いないのだが、彼女は普通の白子と一点だけ明らかに異なる点があった。

「リリさんの体に見える蛇のような鱗は一体なんだ」

 三毛縞は鴉取の部屋であった時見たリリの体を思い出していた。
 彼女の首筋や腕、体の所々に見える蛇の鱗のようなもの。最初は見間違いだと思っていたが、確かに彼女の体には蛇の鱗がついていた。
 直に触れたわけではないが、決して刺青などではない。彼女自身の体に、鱗が浮き上がっているように見えた。

「あれは俺の左手と同じようなものだよ」

 鴉取は自身の左手を見つめた。
 黒革の手袋の下に隠れた鳥の鉤爪のことは三毛縞もよく知っていた。

「君の手のことも知ってはいたけれど……詳しく聞いたことがなかったな」
「時折怪異の余波が人間に影響を与えることがある。その影響を受けた人間は異形となってしまうことがあるんだ。俺も、そしてリリも怪異の影響を受け怪異に取り憑かれた異形の人間なのさ」

 リリも、そして鴉取も体の一部が人間とは明らかに異なっている。彼の手を見た時、三毛縞も最初は驚いたものだ。
 今でこそ当たり前に受け入れているが、どういう経緯があったのか聞いたことがなかった。そもそも踏み込んでいい事情なのかもわからなかったから。

「我々のような人間にでも普通に接してくれる君になら話してもいいだろうな」

 鴉取は事情を話すべきか迷ったが、それでも大切な友人を信じて口を開いた。

「——夜に口笛を吹くと蛇が出る、という話を聞いたことはあるかい?」
「……あ、ああ。有名ないい伝えだろう? それくらいなら知っているよ」

 脈絡のない話に三毛縞は困惑しながらも頷いた。

「実はそれらの言い伝えは全て怪異に繋がる行為だ。昔の人間は妖の存在を感知する者が多くいたという。己の行動が不吉なことに繋がり、自身や周囲を怪異に巻き込んでしまうから、戒めも込めそのようないい伝えができたんだろう」
「そうなのか……しかし、その言い伝えの怪異とリリさんになんの関係が——」
 
 そう尋ねようとしたところで三毛縞の頭にとある仮説がよぎり言葉を詰まらせる。

「まさか——リリさんはその言い伝えの怪異に巻き込まれたっていうのか?」
「誰かが夜に口笛を吹いた。その音に呼ばれて蛇が出てきた。その怪異に運悪く、リリを身籠った母親が巻き込まれてしまったんだ」
「でも夜に口笛を吹いたことのある人間は一人や二人じゃないはずだ。その人たち全員、蛇の鱗が体に浮き上がってくるっていうのか?」

 鴉取は甘酒が入った器を両手で握りながら言葉を続ける。

「本人に意識はなくても、人間という生き物はただ生きているというだけで凄まじい力を持っている。だから怪異に巻き込まれたとしても、気づかず無事に戻ってこれることがある。だが、胎児は別だ」
「……お腹の中にいる子は無力なのか」
「ああ。胎児は母親の体内に存在してはいるけれど、まだこの世に生まれ落ちていない非常に曖昧な存在だ。だから非力で自分を守る力もなく、ずっとずっと怪異の影響を受けやすい。だからリリはあのような姿に生まれ落ちてしまった」
「……そう、だったのか」

 説明を受けた三毛縞は、僅かに俯きながら一つ一つ言葉を噛み締めていた。

「母親はそんな異形の娘を気味悪がり手放した。リリはこことは違う見世物小屋に拾われたが、そこでの待遇は最悪だったらしい。五年前、隙をついてそこを逃げ出した彼女は飢えと怪我で死にそうになっていたところを俺が見つけたんだよ。そして働き口としてこの一座を紹介したんだ」
「なんだってまた見世物小屋にリリさんを? 嫌がったんじゃないか?」

 死ぬほど恐ろしい目にあった場所に再び彼女を戻すなんて、と三毛縞は信じられない表情で鴉取を見た。

「それは、ミケも多少は気持ちがわかるのではないか?」
「僕が?」
「俺たちのように普通とは違う人間が普通の職には着くのは難しいだろう。このような場所は奇異の目に晒されはするが、金になる。それに同じ境遇の仲間だっている」

 その言葉には三毛縞も思い当たることがあった。
 作家としては食べていけず、他所で働こうにも見た目が偉人だからと門前払いを喰らったことが幾度もあった。寧ろ鴉取や、担当の井守のように普通に接してくれる人間の方が少なかった。だからリリがこれまでどんな苦労を強いられてきたのかと考えるだけで胸が痛くなる思いがした。

「なに、無理矢理押し込めたわけじゃない。露草殿は信頼のおける人物だった。決して芸人たちを家畜のように扱うことはしないと分かっていた。だから俺はリリを紹介した。そしてここで働くと決断したのはリリ自身だよ」

 彼女の境遇、同じ異形の苦しみを知る者として鴉取は信頼のおけるこの場所にリリを託したのだろう。
 三毛縞はリリとは初対面だが、彼女は楽しそうに笑っていた。少なくとも不幸せそうには見えない。きっと鴉取やここの劇団との出会いが彼女をいい方向へと変えてくれたのだろう。

「リリさんが、君のような優しい人たちに見つけてもらえて良かったよ」
「優しい? 俺が?」

 なにをいっている、と鴉取は目を丸くして三毛縞を見た。

「優しいだろう。口では色々いっているけど、リリさんのことを想って行動したんだろう」

 その言葉に鴉取は何も答えず、甘酒を一気に飲み干すと見世物小屋の方へと足を進めた。

「どこに行くんだ?」
「ちょっと座長殿に聞きたいことがあってね。話をしてくるよ。君は徹夜続きでお疲れだろう。開演前でしばらく休んでいるといい」

 三毛縞の返事も聞かず、鴉取は舞台へ続く幕を潜る。

「君が思っているほど俺は優しい人間ではないぞ?」
「どういうことだ」
「——怪異に憑かれた異形の者は怪異を寄せ付けるからな」

 にやりと笑う鴉取の表情に三毛縞は唖然と目を見開いた。

「君、まさか……」

 彼は怪異を求め歩いているが、まさか己の目的のために彼女を救ったとでもいうのであろうか。

「さぁ、どうだろうね。作家先生のご想像におまかせするよ」

 その表情はまるで可愛い妹をからかう兄のような優しいものだった。普段彼が異性に見せるものとはまるで違う表情に、三毛縞は先ほどまで抱いていた考えを振り払い彼の見送ったのであった。
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