鴉取妖怪異譚

松田 詩依

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第肆話「絡繰舞台」

絡繰舞台・陸

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 鴉取が客席の方へ向かうと、舞台上では劇団員たちが公演の練習に励んでいた。
 舞台の下では露草が彼らの姿を見守っていた。

「座長殿」
「……鴉取さん」

 鴉取が声をかけると露草ははっとこちらを向いた。

「いつもこうして練習を見守っているので?」
「ええ。不調や異変がある人がいればすぐわかるように。毎日、見ています」
「座長の鏡ですね」
「いえ……それほどでも」
 
 照れ臭そうにはにかむ露草。ふと鴉取が舞台に目を向けると舞の練習をしているリリがこちらに気づき嬉しそうに手を振っていた。鴉取が小さく手を振り返してやると、彼女は一層嬉しそうに微笑んで練習に戻った。

「いつもリリさんを気にかけてくれてありがとうございます」

 露草の唐突な言葉に鴉取は一瞬目を瞬かせた。

「いえ……彼女が勝手にくるだけで、私は特になにも」
「鴉取さんや三毛縞さんのように彼女たちと普通に接してくれる人がいるのが嬉しいのです。私たちは皆それぞれが事情を抱えており、普通に生きていくのは少し難しい……。だから、こんな風に気を許せる人がいるというのは、仲間として、命を預かる親として、素直に嬉しいんです」
「この業界、悪事を働く人間は五万といる。リリも壮絶な過去を送ってきた。だからこそ、先代や座長殿のような人間に出会えて彼らも幸せでしょう。だからこの一座の興行は人気があるのだと、私は思いますよ」
「まだまだ頼りない新人座長ですがね……」

 鴉取の言葉に露草は驚きながらもとても嬉しそうに頬を綻ばせた。

「——鴉取さん、なにかご用があったのでは」
「ええ。よろしければ絡繰人形を見せていただきたいのです」
「人形を?」
「ええ。先代含め、お二人は相当の数の絡繰を作っておられるとリリから伺っておりまして、一度拝見したいと」
「わかりました。どうぞ、こちらへ」

 露草は快く頷いて舞台裏にある保管庫へ案内してくれた。
 そこには舞台に使う道具とは別に一部屋用意されており、所狭しと大小様々な絡繰人形たちがずらりと並んでいた。

「これら全て露草殿が?」
「ええ。父の代からコツコツと。最初はただの人形師だったのですが、それを見せて回っているといつの間にか仲間が増え座長なんかになってしまって」

 たくさんの人形が鴉取を見下ろしている。
 まるで人形に命が宿っているかのように一つ一つから気配を感じる。どの角度からみても視線が合うような、そんな気がした。

「彼らとはずっと一緒に?」
「ええ。全国様々なところを旅してきました。全員が揃っているわけではありませんが、大切な仲間です」

 露草は人形たちを見回して愛おしそうに微笑んだ。

「ふむ。人形たちからも座長殿への愛情が伝わってくる」

 にこりと笑いながら、鴉取は全体の人形を見回す。
 その人形たちはどれも穏やかな目をしていた。

「座長殿。この怪異、悪いものではないかもしれない」
「え?」

 部屋の中心で鴉取はにやりと笑って見せた。




「猫ちゃん先生」
「うわっ」

 鴉取と別れ一人甘酒を飲んでいた三毛縞の背中にそっと触れる冷たい手。
 振り向くとそこにはリリがいた。

「練習はいいの?」
「ええ。ちょっと抜けてきちゃった。気分転換よ。クロウは座長とお話ししてるみたいだし……猫ちゃん先生、ちょっと私とお話ししない?」
「僕でよければ喜んで」

 甘酒飲むかい、と三毛縞が尋ねればリリは大きく頷いた。
 そして三毛縞は一度出店に甘酒を買いに行き、すぐにリリの元へと戻った。

「猫ちゃん先生とクロウはお友達なのよね」
「うん学生時代の同期だよ。腐れ縁みたいなものさ」

 暖かい甘酒をちびちびとすすりながら、リリは羨ましげに目を細めた。

「学生時代のクロウはどんな感じだったの?」
「今とあんまり変わらないよ。怪しい雰囲気で、でも人を惹きつける不思議な魅力があって、女子の噂が絶えなかった」
「ふふ、今も昔もクロウは変わらないのね」

 リリはくすりくすりと笑う。

「猫ちゃん先生も昔からそんな感じの人なんだろうね。だって、クロウは心を許しているように見えたから」
「鴉取が心を許してくれているかはわからないけど……お互い、こんな感じだから友達は多いほうではなかったと思うよ」

 三毛縞が肩を竦めると、リリは納得したように頷いた。

「猫ちゃん先生は不思議な人ね」
「え?」
「だって、私の職業を聞いて驚いた顔をしていたけれど……私のことを見ても何も驚かなかったから」

 リリのその言葉に先ほど鴉取から聞いたことを思い出す。

「ごめん。さっきリリさんのこと、鴉取から聞いたんだ」
「そう……」

 三毛縞の言葉にリリは一瞬驚いたように目を丸くした。けれどけして怒ることなく三毛縞を見る。

「気味悪いでしょう。怪異に憑かれた異形の体なんて」
「普通だといえば嘘になるけれど……別に気味は悪くないよ。普通じゃないのは僕もだからな」
「猫ちゃん先生も?」

 ああ、と三毛縞は頷いてリリを見る。

「君こそ、僕が気味悪くないのかい? 僕には異人の地が入っている。敏感な人に言わせれば僕は化け物らしいからね」

 三毛縞が戯けて笑った瞬間、リリは思い切り吹き出した。

「化け物? 貴方が? そんなことを言う人の方が化け物ね」

 くすりと笑った。

「それなら、同じセリフを返すよ」

 リリは驚いたように目を丸くしたが、嬉しそうにふふふと笑った。

「貴女変わった人ね。久郎が気にいるわけだわ」
「君は、鴉取が好きなのかい?」

 そういうとリリはぴくりと目を瞬かせた。

「どうしてそう思うの?」
「んー……作家のカン?」

 くすりと笑う。そういってリリは人差し指を口元に当てた。

「……内緒。教えない」

 にっと笑う。

「じゃあ、私そろそろ練習に戻るね。お話しできて楽しかった。本番、楽しみにしていてね」

 そうしてひらひらと手を振って戻っていった。

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