鴉取妖怪異譚

松田 詩依

文字の大きさ
34 / 41
第伍話「血ヲ吸ウ鬼」

血ヲ吸ウ鬼・壱

しおりを挟む
 ——十月十五日、深夜。東都、八咫烏館前通りで一人の女性の死体が発見された。
 名前は鳥見かえ、二十三歳。職業記者。
 第一発見者は八咫烏館大家鴉取久郎とその住人である作家の三毛縞公人の二名。
 三毛縞の通報によって駆けつけた警官たちはその惨状に目を疑い、息を飲んだ。
 血溜まりの中心に倒れていた彼女の顔はまるで白粉を塗ったかのように真っ白だった。死因は一目瞭然、出血死だ。
 一見外傷がなさそうに見える綺麗な遺体。だが、その首筋にはまるで鋭い牙に噛まれたかのような二つの穴がぽっかりとあいていた。

 警官は第一発見者である鴉取と三毛縞の怪しい風貌を見て、まず彼らが犯人ではないのかと疑いの眼差しを向けた。
 通報者ということで事情聴取の名目の元、二人は家に帰ることなくそのまま署に連れて行かれた。
 参考人とは呼ばれているが、警察官が彼らに向ける眼差しは明らかに容疑者としての疑いの色が込められている。けれど、現場を幾ら探しても犯人につながる証拠は指紋ひとつ出てこない。
 それに被害者が襲われたと見られる時間帯は、二人は仕事で見世物小屋の調査に赴いていた時刻だ。
 露草やリリの証言のおかげで二人は現場不在証明がされ、長い長い事情聴取は幕を閉じたのだった。

「……散々だったな」
「まさか三日連続で徹夜する羽目になるとは思わなかった」

 東都駅近くにある警察署を出て、八咫烏館まで歩いて帰る二人の様子は明らかにやつれていた。
 空は白みがかりもう間もなく朝を迎える頃。連日連夜の寝不足がたたっている三毛縞の目元にはくっきりとしたクマができ上がっている。

「……鴉取、珈琲を飲んでいこう」
「おい、ついに頭がおかしくなったか。まだ店なんて開いている時間じゃないぞ」

 スクイアルの前を通りかかると三毛縞は吸い寄せられるように店の方へと足を進めていく。
 店に入ろうとする三毛縞を止めにかかった鴉取だが、三毛縞は気にせず扉に手をかけ引いた。

「すみません、まだ準備中——おや、三毛縞さんに鴉取さん」

 普段なら閉まっているはずの扉が開いていた。
 鴉取も驚きながら三毛縞の後に続いて店の中に入る。するとそこには店の掃除をしている店主がいた。

「どうも、店主殿。すまない、三毛縞が徹夜続きで頭がおかしくなっているようで……また後ほど出直します」

 鴉取は店主に頭を下げ、三毛縞の腕を引き店を出ようとするのを店主は引き留めた。

「昨晩は大変だったでしょう。宜しければ入ってください、熱い珈琲お淹れしますよ」
「……もしかして、もうそちらまでお噂が?」

 なにが、とも言わずともその一言で全てが伝わった。
 店主が苦笑を浮かべながらええ、と頷くと鴉取はその言葉に甘え店に足を踏み入れた。
 カウンターの席に座り、店主と向かい合う。開店前の店内はいつも賑わいを見せている場所とは思えないほどしんと静まり返っている。

「開店準備のために早く店に来てみると駅前に野次馬ができたのでなにがあったか尋ねてみたんです。すると八咫烏館の前で女性が死んだというじゃないですか……お二人がご無事か心配していたんですよ」
「それはお気遣い傷みいる。先ほどまで警察に事情聴取を受けていてね……」
「本当にお疲れ様でした。こちら、私からの労いの気持ちです」

 鴉取が珍しく軽く着物の裾を寛げた。余程疲れているのだろう。三毛縞に至っては鴉取の隣で力尽きたように机に突っ伏していた。
 店主は鴉取から事情を聞くと、心底同情するように暖かい珈琲を淹れてくれた。
 香ばしい香りが疲れを解してくれるようだ。

「お疲れのようですし、お砂糖入れますか? 甘くて美味しいですよ」

 角砂糖を摘みながら店主は鴉取に尋ねる。

「ええ。是非お願いします」

 疲れ果てた体は今すぐにでも糖分を欲していた。
 いつもは砂糖を入れずに飲む鴉取も今日ばかりは砂糖を入れた甘い珈琲を飲むことにしたようだ。

「いただきます」

 そうして一口啜ると熱い珈琲が腹を温めてくれる。また砂糖の甘みが全身に広がっていくかのようだ。

「鴉取さん、これからどうするおつもりで? やはり探偵としては、事件を追うのですか?」

 店主の問いに、鴉取は珈琲カップを軽く揺らしながら口を開いた。

「決まっていますよ。帰って、寝ます」

 拍子抜けの言葉に店主は驚いて目を瞬かせる。

「なに。疲れ果てた頭であれこれ考えたところでろくなことにならない。私の助手ももう電池が切れているようですしね……ひとまずお互いしっかりと休息をとって体勢を立て直します」

 人間は寝ないと死にますから、と鴉取は隣で死んだように眠っている友人をみながらゆっくりと早朝の珈琲を味わうのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

処理中です...