36 / 41
第伍話「血ヲ吸ウ鬼」
血ヲ吸ウ鬼・参
しおりを挟むそして、鴉取の推理は現実となってしまった。
「号外、号外! 通り魔事件、新たな被害者が出ました! 号外! 号外!」
八咫烏館の前での殺人事件以来、通り魔事件の被害者は加速の一途を辿っていた。
連日駅前でばら撒かれる号外新聞。一面記事はどれももちろん通り魔事件についてのものだ。
殺人事件は例の一件のみだが、通り魔に襲われた人数が桁違い。この一週間ほどで十人もの人間が通り魔に襲われ、貧血の症状で病院に運び込まれたらしい。
最初は若い女性だけが狙いかと思われたが、次第に青年、男子学生、さらには子供までと性別問わず被害を増やしていった。
なりふり構わない犯行に警察も混乱しているようだ。被害者の数が増えたというのに、一向に犯人の証拠は見つからず、目撃証言もないという。唯一の手がかりは被害者皆に共通している首筋に開いた二つの小さな穴のみ。
誰もが被害者になりかねない状態。正体不明、神出鬼没の通り魔は東都を一気に恐怖の底へと陥れた。
「三毛縞先生、近頃も物騒になりましたね」
「……そうですね」
昼下がりの喫茶スクイアル。三毛縞は井守と新連載の打ち合わせ会議のために店にやってきた。
しかし中々本題に入ることなく、井守はここに来る間に貰ったであろう号外新聞を三毛縞に見せながら深刻そうに言葉を溢す。
「三毛縞先生、例の殺人事件の第一発見者だったんですよね……大丈夫でしたか?」
井守から発された言葉に三毛縞は目を見開いた。
「え……井守さんまでそのことご存知なんですか?」
「ええ、まぁ……この業界、噂が広がるのはすぐですから」
「なるほど……」
三毛縞の言葉に井守は苦笑を浮かべながら人差し指で頬をかく。
知られて困ることではないが、いざ知られてしまうとなんともいえない心境になってしまう。
「出版社は大丈夫ですか。記事などで忙しいでしょう」
「ええ。おかげさまで記者たちは忙しく駆けずり回ってますよ。その内、三毛縞先生にも第一発見者として取材をさせてくれという者が出てくるかも……」
「それは、ちょっと困るかもしれないですね。ただでさえ小説、書けていないのに」
珈琲を啜りながら三毛縞は肩を竦めた。
ただでさえ締め切りが近いこの頃だ、事件のことは気になるがあまり余計なことには首を突っ込むまでの余裕は持ち合わせてはいなかった。
するとそんな三毛縞の心を読んだのか、井守は大丈夫ですよと力強くいい放つ。
「三毛縞先生は僕が守ります。ですから、安心して原稿に集中してください」
「……はは、頑張ります」
それは遠回しに早く原稿を上げてくれ、という注文に違いない。
三毛縞はそんな井守の意図をわざと汲まずに乾いた笑みを浮かべながらそれとなく交わした。
「……それにしても、この店もお客さんが減りましたね。女給さんの姿も少なく見える」
井守はちらりと店内を見回した。
彼のいう通り、いつも沢山の客で賑わっている昼間の時間帯だというのに空席が幾つもあった。いつも笑顔で接客をしている女給の姿も少ない。以前体調不良で休んでいた、三毛縞の想い人である兎沢の姿も見えなかった。
「最近は通り魔の噂でもっぱらですからね。女給の子たちが皆外に出るのを怖がってしまって、休む人が多くなったんです」
「そうだったんですか」
井守の言葉が聞こえていたように店主が珈琲のおかわりを持ってやってきた。
女給の代わりに忙しそうに働いている店主の顔には少し疲れの色が滲んでいた。
「でも、ちょうどいいのかもしれません。もし仕事の行き帰りに襲われたりでもしたら私も心苦しいですからね」
そう世間話をしていると呼び声がかかり店主は注文の珈琲を置いて立ち去っていった。
確かに、店主の言い分は最もだ。
正体不明の通り魔が街を出歩いている。そのせいで賑わっている東都駅周辺も人がかなり少なくなっていた。この街全体が通り魔という姿形もわからない人物への恐怖で恐れ淀んでいるように思えた。
「女性が多く襲われているという話でしたが、最近は男性も襲われているとか。私たちも夜道には気をつけましょう」
「はは、僕は自室に缶詰になって原稿書くので心配には及びませんよ」
「それは私としては助かりますけどね。でも、あまり無理はしないでくださいよ三毛縞先生」
戯けてみせる井守に三毛縞はぎこちなく笑った。
互いにどことなく緊張感や不安感に苛まれている。それは締め切り間際に原稿が完成していないそれとは違う、正体不明のものに対する恐れ。それはきっと通り魔事件が解決するまで続くのだろう。
「通り魔事件……血を吸う鬼、か」
珈琲の水面を見ながら三毛縞はぽつりと呟く。
『通り魔はこの東都に息を顰めている。そして今もずっと舌舐めずりをしながら獲物を探し回っているに違いない。通り魔事件の本番はこれからだ』
いつしかの鴉取の言葉が頭の中で蘇る。
彼はきっともうこの事件の犯人をわかっているのだろう。ただ、彼はそれが自分の前に現れるのを——自分が事件に巻き込まれるのをじっと待っているのだろう。
この街に越してきてもうすぐ半年。色々な人と出会った。
彼らの平穏が汚されるのは嫌だ。元の活気ある平和な街に早く戻って欲しいと三毛縞は祈るのであった。
0
あなたにおすすめの小説
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる