ロイレシア戦記:赤の章

方正

文字の大きさ
14 / 27

第十四話

しおりを挟む
 赤く燃える舞台で躍る彼ら。
 武器と武器が重なる音、防具に当たる音は音楽のようだ。
 刃を交える動きはダンスを踊っているように見える。
 達人同士の戦いは無駄な動きが削ぎ落されるという。
 それに命のやり取り、一回の攻撃がすべて致命傷を与える事ができるような技術ばかりだ。
 クロウとヴァンの二人は、それだけの域に達しているのだろう。
「クロウ……」
フィオが呟くと彼らは、同じだけ飛んで距離を取る。
 彼らは武器を小さく動かし、構えを変えていた。
 次はどんな攻撃を仕掛けるのだろうか。三人から感じる雰囲気が変わった。
 終わりが近い、そう感じる。
 サーベルの柄を握り占めた。
「久々だ。こんなに楽しいのは、魔人と貴様らの国王と戦った以来だな」
バンディットはハルバードを地面に突き刺して、左手で顔を拭いて汗を振り落とした。
 その表情は悪魔のようだ。二人との戦いを楽しんでいる。
 一方、ヴァンとクロウは冷え切った表情。
 二人とも決着を付けるつもりだろう。
「一度も勝ったことのない親方様と同じ力を持っていると思われているとは光栄なこった」
クロウがそれに答える。白い歯を見せて不気味な笑みを浮かべていた。
 彼の言葉から察するに、父上とヴァンが同じ実力を持っているのだろう。
 ヴァンなら、誉れ高いときっと答える。
「そろそろ、この戦いに飽きただろ?貴様らを倒してしまえば、あとはほとんどは負傷兵だ。殺す事は容易かろうな」
ハルバードの切先を二人に向けた。彼はいつでも戦える準備はできているという事らしい。
 ヴァンは剣を両手で握り占めて構える。剣先はバンディットに向けてだ。
 クロウが耳元に囁く。次の動きを知らせているのだろう。
 それを聞くとヴァンは静かに頷いた。
 二人とも満身創痍。それに対してバンディットは傷だらけだが、疲労の色は見られない。
「貴様はここで死ぬ。誰一人とも殺す事はできない」
ヴァンが大きく叫ぶと切りかかる。二回の衝突音が聞こえた。
 1回目は上からの振りかざし。ハルバードの柄で遮られる。
 二回目は下からの切り返し。刃で攻撃が阻止された。
 ヴァンの影から光る軌跡が走る。それはバンディットの胸に突き刺さっている。
 死角からの一閃が放たれていた。絶妙なタイミング。
「貴様ら!!」
バンディットはクロウが突き刺した刀を掴んで、彼は二人を睨みつけていた。
 彼の手は刃に裂けて刀身を血で濡らしている。
 血は滴り、地面に水滴となって落ちていた。
「クロウ!まだ、心臓を捉えていない!」
フィオの声に反応したクロウが更に刀を押し込もうとしたが遅かった。
 バンディットは自ら大きく後ろに飛んで、胸に刺さった刀を抜く。
 胸から血が吹き出る。
 ヴァンがさらにもう一度切りかかろうとしたが、クロウが手を前に出してヴァンの動きを止めた。
「フィオ?あのまま続けていれば、仕留める事ができたのではないですか?」
私はクロウが動きを止めた理由をフィオに尋ねた。
 フィオは戦いをジッと見つめたまま答える。
「決めるのは1回でなければダメ。1回でも負傷した相手は予測できない力を生み出すものよ」
勝機を逃してしまった事と同じではないかと思ってしまう。
 バンディットの表情は怒りに染まりきっている。
 まるで、悪魔の様な顔。目を思いっ切り開いて、歯を噛み締めている表情。
 なるほど。
 動かしている原動力は怒りと憎悪だ。
 彼のプライドはへし折られた。命を絶たれるかもしれない一撃を受けてしまったのだから。
 フィオが樹を支えとして立ち上がり、彼女の騎士である者の名を叫んだ。
「クロウ!!」
クロウが前、ヴァンが後ろ。
 バンディットが向けたハルバードの切先をの前に立ちはだかる二人。
 突きを繰り出す姿勢に対して、先にクロウが刀を軽く振ってから飛び込む。
 体を横向きにしてハルバードの突きに対して半身で回避して、バンディットの握る手に目掛けて刀を振りかざした。
 これも私が知らない技。クロウの引き出しはどれだけあるのだろう。
 手を狙った攻撃に察したのだろう、ハルバードを横に振り、クロウを宙へと舞い上げた。
 とっさに刀身をハルバードに当てて、ダメージを減らしたように見える。見事としか言えない。
「うおおぉぉぉぉぉおおお!!!!!!」
ヴァンの叫び声とバンディットの叫び声と共に、武器同士がぶつかり合う音がした。
 何度も何度も。
 私では立ち入ることができない戦士達の領域。そこを狙うクロウがいた。
 鞘に刀を納めて、深く腰を落として柄を力強く握り占めている。
 間違いない、ヴァンのクレイモアを避けてショートソードを砕いた技だ。
 前と違う所はクロウ自身が動いた事。この技は動きを止めた上で、相手の力を利用して繰り出すものだと思っていた。
 クロウは駆け出した。同時にハルバードを打ち上げてヴァンは後方へと飛ぶ。
 バンディットの視線は近づいてくるクロウへと移る。
 ハルバードが振り下ろされると同時に刀を抜いた。クロウへと振り下ろされる武器は処刑人のように思えた。
 そして、クロウはバンディットの影と同化する。
 地面に打ち付けられると土煙が巻き上がり、二人を包み込む。
 煙が薄くなるとそこにはクロウの刀に背中まで貫かれたバンディットの姿がそこに見えた。
 クロウが刀を抜き取ると、血が先ほど違う量の血が流れ出ていた。
 確実に心臓を仕留めていただろう。
「貴様あぁぁぁあああああ」
バンディットは片膝を地面に着けて、クロウに目掛けて手を伸ばしていた。
「ここで終わるのはおまえだったのさ」
首を掴んだ刹那に白刃の刃が胸から飛び出る。ヴァンのクレイモアだった。
「皇帝陛下……ここで終わる我を……お許しください……」
クレイモアをヴァンが引き抜くと、バンディットは虚空の眼差しで地面にひれ伏す。
 帝国の英雄の最後は人として終わった。
 私は静かに目を閉じる。彼の勇ましい戦いは記憶に留めておく必要があるだろう。
 満身創痍のクロウは地面に倒れた。
 フィオは倒れているクロウに向かって走り出す。
 クレイモアを背中に納めて私へと戻るヴァンを待つ。
 私の前に跪いて深く頭を下げた。
「敵将軍のバンディットを討ち取ってくださいました」
彼をただただ見つめた。
 よかった。彼が帰ってきてくれた。
 遠目からではわからなかったが鎧は凹み、鎧の合間からは血がにじみ出ている。
 私の代わりに戦ってくれた。
 私の代わりに傷ついてくれた。
「いえ、姫様の命令に従っただけです」
少しだけ距離を近づく。彼に片手を伸ばして、頬を触れた。
 驚いた表情をしたヴァンは久しぶりに見た気がする。
 その瞳にしっかりと映るように私は微笑んで見せた。
「姫……様……?」
もう片方の手で反対側の頬を触れる。
「私はあなたが、勝利を運んで来てくれると信じていました。褒美は後ほど用意いたしましょう」
私は彼の肩に手を置いてから、皮が分厚く血にまみれ赤く腫れた右手を握る。
 これは私の好意。
 彼に対する今すぐに渡す事ができる褒美。
 私は手の甲に口付けをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

『25歳独身、マイホームのクローゼットが異世界に繋がってた件』 ──†黒翼の夜叉†、異世界で伝説(レジェンド)になる!

風来坊
ファンタジー
25歳で夢のマイホームを手に入れた男・九条カケル。 185cmのモデル体型に彫刻のような顔立ち。街で振り返られるほどの美貌の持ち主――だがその正体は、重度のゲーム&コスプレオタク! ある日、自宅のクローゼットを開けた瞬間、突如現れた異世界へのゲートに吸い込まれてしまう。 そこで彼は、伝説の職業《深淵の支配者(アビスロード)》として召喚され、 チートスキル「†黒翼召喚†」や「アビスコード」、 さらにはなぜか「女子からの好感度+999」まで付与されて―― 「厨二病、発症したまま異世界転生とかマジで罰ゲームかよ!!」 オタク知識と美貌を武器に、異世界と現代を股にかけ、ハーレムと戦乱に巻き込まれながら、 †黒翼の夜叉†は“本物の伝説”になっていく!

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

【完結】追放勇者は辺境でスローライフ〜気づいたら最強国の宰相になってました〜

シマセイ
ファンタジー
日本人高校生の佐藤健太は異世界ソレイユ王国に勇者として召喚されるが、騎士団長アルフレッドの陰謀により「無能」のレッテルを貼られ、わずか半年で王国から追放されてしまう。 辺境の村ベルクに逃れた健太は、そこで平和な農民生活を始める。 彼の「分析」スキルは農作業にも役立ち、村人たちから感謝される日々を送る。 しかし、王国の重税取り立てに抵抗した健太は、思わぬ形で隣国ガリア帝国の騎士団と遭遇。 帝国の王族イザベラに才能を認められ、ガリア帝国への亡命を決意する。

処理中です...