異世界はどこまでも自由で

メルティック

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ヴィルハント平原(現在、書き直し作業中)

1-4.ヴィルム街へ《済》

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「……ろっ!……ーい!」

 ――声が、する。確かに聞き覚えのある声が霞んだ意識の中に潜り込んでくる。今はもう何も考えたくないんだ、これ以上俺の中に入るのはよしてくれ。

「おいっ!……るだろ!」

 芯の通った声に頭が痺れる。暗闇から俺を引きずり出そうとする声に何度も揺さぶられ続ける。不快極まりない、今は寝ていたいんだ。

「おっ! きっ! ろっ!」

 三度頭をどつかれ、無理やり頭が起こされる。地味に痛いし、流石に我慢の限界だ。

「あぁー、なんだよさっきから!」

「ほらっ、さっさとクエストに行くぞー!……って感じなんだけど。何か文句あんのか、おぉ?」

 急に拳を掲げて笑顔になったかと思えば急に怒り出したり、朝っから随分と騒がしいなこの女の子。名前はなんていったっけか、えーと……

「あぁ、おはようロコ」

「あらまー私の知らないところでまた女作ったの? ふーん、ロコかぁー」

「あーそうだヨトだったね、おはよう」

「ん、君の挨拶すべきハニーはロコちゃんじゃないの? ヨトってどこのどなた? ん?」

 これは最悪な同行相手に遭遇したかもしれない。エプリオ神様、チェンジできませんかね。

「あーほらもう準備始めるぞ!」

 とはいえ、おかげで目はすっかり醒めた。
 ――そして、ここがギルドの簡易宿屋である事にも気付いた。周りで色んな人間がすやすや寝てるのにこんなやり取りをしてしまったとは。誰かの眠りを妨害していなければ良いのだが。

「そういえば山中ちゃんは、っと」

 えーっと、三人横並びだったか縦並びだったかなのですぐ分かるはず――っと、いたいた。まだ寝てる。というかこれヨトと俺以外誰も起きてないんじゃないか?

「まぁいいや。おーい、山中ちゃん起きて起きて」

 随分寝相の良い寝姿を揺さぶると、その目はすぐさまぱっちりと開いた。

「うぇ。あっ、おはようございます」

 おまけに寝覚めも凄く良いこと、何気に育ちが良かったのかもしれない。

「うん、おはよう。さーて、準備はいいけど早起きしすぎてもまずいんじゃないか? ギルドの扉とか開いてるの?」

「開いてるよー、大丈夫よー、私経験者よー」

 大分自信満々なヨト、常連なのだろうか。
 一時的な定住もしない冒険者はいるだろうが、彼女もその一種だったりするのかな。



 泥棒みたいに真っ暗なギルドを抜け出し、準備をするためにまだ人もまばらな街中を歩いていく。
 ギルドも店も、まだどこもやってない。

「あーパン屋とかないのー? パン屋パン屋パン屋パン屋」

「もしかしてここに来るの初めてだったりする?」

「そうだけど、初めて来た感じはしないね!」

「えぇ……」

 和服という時点でもうどこから来たのか、どこを経由してきたのかは特定できる。
 しかし、ここにはあまり極東とか欧米だとかいったような区別はないため何と言えばいいものか……まぁ、一応南から来たということにはなるのかな。

「あの、ヨトさんはどこの国の人なんですか? 和服ならもしかして、日本なんですか……?」

 まじまじとその服装を見る山中の質問に、ヨトはちょっと悩んだ様子だった。

「んー、私のとこにはそういう区別ないかな。シャオグルって村で生まれたんだけどね」

「そ、そうなんですか……」

 シャオグルという村がある場所は、恐らく唯一この世界で和といえる要素を内包した場所であろう。

「じゃあ君はどこ生まれなのかな、ヤマナカ!」

「僕は日本です。あぁ、聞いたことなくても不思議じゃないですよ。実は僕この世界の人間じゃないんですから……」

 顔に哀愁を漂わせてそう言う山中、地味に演技臭い。

「そりゃーそーでしょ。ニホンねぇ、さっきの口ぶりといいまさか大分近かったり?」

「え?」

 恐らく山中は「まっさかー、この世界の人間じゃないって意味分かんないんだけど!」みたいな反応が欲しかったのだろう。目を見開いて固まってる彼を見れば容易に分かる。

「どっちも髪黒いし、もしかしたら私達中々近かったりするのかなー?」

 無邪気に笑ってヨトは話を止めた。その様に山中が更に動揺する。見ていて少し面白いくらいに。

「まーそれはさておき。ヨトちゃん、パン屋くらいなら案内しようか?」

「おっ、ホント、いいの? ゴチになります!」

「誰もおごるとは言ってないけどねぇー……」

「え、あの、僕この世界の人間じゃ――」

 という訳で、こんな朝早く(夜遅く?)にも関わらず開いているパン屋まで行き腹ごしらえを済ませた。
 こんな時間でも開いてるパン屋万歳だ、こっちのパン屋というのはどこも二十四時間営業なのだろうか。



 その後、準備に帰るところをヨトもついてくる。結局三人で家の中に入ったが、初めて女の子を家に入れるのがこんな形になるとはな。

「なんか大分ボロっちいねここ」

 安っぽい木扉を潜り抜けて早々ヨトが一言こぼす。

「あっ、それ僕も思いました。やっぱりボロいんですね」

 それにつられて……え、山中?

「いやいやこのボロさがいいわけでしょ、この木のにおいといい、ね? ほら、俺の槍と盾は――」

 そういえば、山中を置いていく事になるなぁ。大体何日かかるかも分からないのに大丈夫だろうか。少し心配だが、こっちに来て過酷な境遇に立たされても生き延びたのだからきっと大丈夫だろう。

「じゃあ山中ちゃん、お金はこの無駄にでっかい木箱に入ってるから俺がいない間は自由に使ってよ。多分足りると思うし、もし俺に何かあったらギルドできけると思うから――」

「え、一緒に連れてってくれるんじゃないんですか?」

 途中山中の口からそうこぼれる。遠足の日、父に「え、おべんとうは?」と玄関できく子供のように。

「いやぁ危ないと思うし、移動手段馬よ馬、馬車じゃなくて。大分今は無理があると思うからまた今度ね」

「え、何、ヤマナカとかいうやつは馬乗ったことないの?」

 素朴だろう疑問をなぜかうきうきできいてくるヨト。ちらと彼女の方を見てから返事、を……断りもなく人の家のベッドでごろごろしないでいただきたいものだ。

「あぁ、まぁ。少し今まで色々あってね」

「そっか。何、もしかしてどーれいだったところを買ったとか?」

 お、地味にいい線いった回答だ。

「いえ、奴隷ってわけじゃないんですけど。僕、実は少し前にこの世界に来たばっかで、勝手が分からなくて」

「……え、そんなに?」

「とっ、当然じゃないですか!」

「ふーん、変わってるんだね」

 二人の会話をばっくぐらうんどみゅうじっく、略してBGMにして準備を終わらせた。とはいえ、槍と盾を持つ以外にすることは金の整理だけなのだが。

「まぁ、これくらいあれば十分かな。じゃあヨトちゃん、行こうか」

「ちょっと名残惜しいけどしょーがない、二度と会うことはないだろうさらばだヤマナカ!」

 地味に薄情なのは分かってるが、昨日はここ、ジェネルード城下街の案内はしたから生きる上で大事な場所は大体分かっているだろうし大丈夫だろう。分からなければギルドで聞けばいいということも伝えたし。

「まぁ、どうしても心細かったら簡易宿屋に泊まり続ければいいと思うよ。酒場の姐さんやミルチュットさん――ええと、受付嬢さんにも話はしっかり通しておくから。ミルチュットさんは時間によっては忙しいけど姐さんはお酒飲めなくても優しくしてくれるし」

 返事はない。あまりの静けさについ振り返ると、なんとも言えない顔の山中が視界に映った。随分と縮こまっているところをみると、嫌というほど嫌だということが伝わってくる。

 ――何だか逃げるみたいに、勢いで扉を開いてしまった。

「わっ、ちょっと待ってよ! あ、ヤマナカさらばね!」

 敢えて考えないようにして割り切らないと。
 何故だかひどく、残した彼の事を心配してしまう。ギルドには山中の事を伝えとくし、その事も教えたのだから心配ないはずなのだが。

「ほらっ、さっさと急ぐ急ぐ! 流石にもうギルド開いてるでしょ!」

 突如追い抜いてきたヨトが俺の腕を掴み、引っ張り倒さんばかりの勢いで駆けていく。

「ちょっ、転ぶ転ぶ――うぇっ」

 追いつくこともままならず、転んで顔を打ち付けるもヨトは俺に気配りすらせずスピードも緩めず俺を引きずり続けていく。



「まーだ暗いねぇ」

 どう衝撃を逃がそうかジタバタし続け、やっと止まったかと思えばギルドについてしまったらしい。耳には軽いざわめきが……顔をあげたくない。

「宿屋まで戻って待つ?……って、大丈夫?」

 大丈夫じゃないと言いたいところだがこのまま寝転がり続けるのはかえって恥さらしだ、頭をぺしんと叩かれるのと同時に、咄嗟に起き上がってやった。

「わっ、びっくりした!」

 と言われた割には全く顔に驚きの色が見えない、寧ろ地味に嬉しそうに笑っている。

「そうだね、戻って待とうか」

「もし速かったらなら速かったって言ってくれても――」

「ほら、早く戻るぞ」

 後ろからくすりと聞こえたのを気にせず、重々しいドアを小さく開いて隙間から泥棒のようにギルドの中へと戻るが、さっきヨトが呟いた通り本当にまだ真っ暗――

 受付の方から何か激しい物音がする、恐らく受付向こうの扉の中からだろう。一瞬であれば何かが崩れたとも受け取れるが、しかしこの断続的な音は――間違いない、誰かが争っている。
 もしも何か手遅れになるような事があればまずい。急いで駆け寄り受付まで着くと、音が止まり向こうの扉が開いた。
 そこから現れたのは桃髪の受付嬢、ミルチュットだった。

「え、タジさん?」

 若干寝ぼけ眼の寝癖ぐしゅぐしゅな彼女は目を擦りながら近付いてくる。

「……ふぅ。いえ、ちょっと凄い物音したなぁって」

 いつもの日常の象徴のような彼女の姿を見て、ホッとした。

「少し良からぬ輩が入ってきたみたいでですねー、偶によくあるんですよねぇ」

「そ、それって大丈夫なんですか?」

「まったく問題ないですねぇ」

 本当に問題無さそうに言ってのけるミルチュット。
 この温度差をどうすればいいのか迷っていると、扉の側にかかった燭台に灯りがともった。蝋燭の火とはかけ離れて明るく、電球のように輝く、火を模した光体は受付を隅に至りかけるまで橙色に照らした。
 ……なんで点いたの?

「しかしまぁ随分早いですねぇ。クエストでしょう、行くんですかぁ?」

 とっ、ともかく、良からぬ輩というのは本当に問題無さそうだし、ま、まぁもういいとして。

「はい、もう早速行ってしまおうかと思いまして」

 そういえばヨトはと振り返るも、ただ真っ暗な入り口があるだけだった。まだ入ってきていないのかと考える前に、ある意味二人きりだという事実がべったり頭に張り付いてきた。

「思いまして、ね。ただまだ朝も早いので少し時間でも潰そうか――」

「わっ!!!」

「なぁっ!」

 耳をつんざくような声が背後からビリっとやってきた。

「なに、なんで時間潰そうとしたの!」

 どうやらスタンバイしていたみたいだ、俺が振り返ったのを危ないと感じて驚かせにきたのだろう。何故気付けなかった。悔しい。
 ミルチュットは何の反応も示さなかった。一切ビクつかないのはすごいとおもいます。

「まぁいいや。ということでいいよねっ、ねっ! 早くご飯頂戴ご飯!」

 ヨトがはしゃぎながら言ってるご飯とは支給品の事のはずだ。彼女なら謎の勢いで本当にねだりそうで、一瞬本当にご飯をねだっているのかと思ってしまった。

「……待っていてくださいねぇ」

 眠たそうな目のままミルチュットはまた受付奥の扉の中に消えてしまう。
 こういう時、ヨトに静かにされてると……困る。

 支給品を受け取った俺達は、ミルチュットさんに山中の事を話した。聞き入れてくれた事を確認して、そのまま街の西門近くにある厩舎まで向かう。ヴィルム街まで行くための馬を借りるのだ。
 広い街道の中央に植わった街路樹に沿って、ヨトの話を聞きながら歩き続けていた。

「でね、ばらりといったの! いやぁ見惚れちゃうよあの太刀筋は、なんたってその巨像が一瞬で――」

「…………」

 ギルドを出た瞬間から僅かに違和感があったのだが、やはり気になって仕方がない。誰かにつけられているのだが、その誰かというのが分かりきっているからこそ気にかけざるを得ないというか。
 試しに一つ振り向いてみれば黒髪の彼は目先を逸して佇む男のフリを始める。バレバレだ、木陰にも隠れない。

「何、何見てんの? ってヤマナカじゃん、おーい! どしたー!」

 俺の視線の先にいる人物に、ヨトはすぐさま気付いて大声でその名前を言い放ってしまった。しかし本人も俺にはとっくにバレていたと思っていたからか、何の驚きも示さずにこちらまで走り寄ってきた。

「すみません、やっぱり僕も行きたいです」

 弱々しい物腰で山中はそれだけ言った。

「しかしさ――」

「いーじゃんいーじゃん、それならついてくればいいよ!」

 俺の言葉を遮って、ヨトは楽しそうに言ってのけて再び歩を進めた。結局また三人横並びになってしまった。

「山中ちゃん。馬乗って砂漠渡るんだよ? もし途中で落馬なんかしても俺には責任取れないし、なんたって本当に魔物が出るから山中ちゃんの身の安全も保証できないんだ」

 ヨトが何か言いたそうにこっちを向いたが、何も言わなかったのを確認して再び山中の方を向く。
 少し歩いてから、山中の言葉が返ってくる。

「それでも僕、行ってみたいんです。何なら死んでも構いません、寧ろ冒険の最中で死ぬなら本望といいますか――」

「でも、流石に馬に乗れなきゃどうしようもないよ。無理して乗って落馬しても俺達はすぐ駆けつけてやれないだろうし、申し訳ないけどやっぱりギルドや家で待っていて欲しいな」

 山中は眉を八の字にしたまま、俺の言葉をきいてくれていた。

「んーとさ、なんなら二人で乗ればいいんじゃない?」

 ヨトの提案をきいた山中が表情を明るくさせて俺に言う。

「あっ、あの! それなら、もし良ければ乗せてくれませんか!?」

「まぁ、それなら大丈夫かな。分かった、ツアーみたいな感覚で楽しんでいいよ」

「本当!? やった、やった! ヨトさんありがとうございます!」

「よいよ、よいよ。ちっさい面倒事は全部押し付けてあげるから喜んでね?」

 途端にはしゃぎだす山中に良からぬ事を企むヨト。誰かと一緒に馬に乗ったということがないため思いつかなかったが、合理的ではあるのかな。
 危険なクエストでもないし、危険らしい危険といえばサンドワームくらいか。人を守ることに関しては大分自信があるため、これくらいなら楽勝だ。
 三人横並びのまま厩舎まで向かったが、辿り着く頃にはクエストに行くというよりどこか旅行に行くような雰囲気になっていた。



 二人乗りを許可され、俺は山中を前に乗せて馬を走らせることになった。
 しかし初めての乗馬に乗ることすらままならなそうな様子だったのが既にすんなり適応してしまっている、そういえば俺もそうだったっけな、と思い返してみれば感じた。確かあの時は自分の才に惚れたような感覚を覚えたが、案外乗馬って簡単なのだろうか。

 ――門を出て街の外に出る、山中が少し屈んでくれているおかげかしっかり前は見える。

 だが俺達の借りた馬というのは一匹だけ、というのもなにやらヨトは自分の馬を持っているらしい。後から追いつくと言っていたけど砂漠に出てしまうと絶対合流できる気がしないし、それに山中の感覚をより慣らすためにもゆっくりめに歩いている。

「それにしても、森を抜けたら砂漠があるんですか……何か変な感じですね、こんなに涼しいのに」

「そうだねぇ」

 山中の話に適当に相槌をうったが確かにおかしいとは思う。しかし確かにこの木々のしげる森を抜けたら砂砂漠が待っているのだ、この現実に変わりはない。
 深く考え込んでも俺に出せる答えなんて限られている。ただの冒険者ならそんなものはいつか識者に教えてもらうだけで良いのだ。

「やっぱり異世界だと気候とかも違うんでしょうかね。あっ、タジさんがこの世界で経験した一番おかしい事って何ですか?」

「一番かぁ、そうだなぁ。おかしい事だらけだから一番ってなると少し難しいけど、んー……」

 考え込むうち、とうとう馬の足音のみが森に響くようになった。
 山中が屈んだまま待ってくれているのを見てふと申し訳なく感じてしまう。

「じゃあこういう気候に似たような話をしようかな。魔法で精一杯暖を取っても寒い場所が――」

 寒い場所。この世界に来てから、あそこ程寒さというものを感じさせられた場所は他になかった。変に繋がってしまった感情がじわじわとまた蝕んでくる。孤独と、二度と帰らぬことで結ばれた友愛が。

「…………えっと、タジさん?」

「あっ、ごめんごめん! で、その寒い場所っていうのが――」

 ――馬の駆ける音が後ろからどんどん近付いてきて、一気に俺達を越していった。

「ちょーっと何でまだこんな所にいるの!」

 愉快な大声は耳の後ろから前へと一気に飛んでいき、徐々にスピードを緩めていった彼女の馬は数馬身先でとまり、俺はすぐさま追いつくように加速をかけた。
 少しゆっくりしすぎたかと思ったが、声の主のヨトは特に気にかけている様子でもなかった。

 再度横並びになるも、俺の目は彼女の馬に奪われる。
 美しい白毛にすらりとした体型が美を感じさせ、この土臭い森の中を駆けるべき存在ではないと思える程に白く眩く、俺の目には輝いていた。ふわりと漂う、熱に乗ってやってくる甘い香りは刀を片手に乗りこなす袴の少女から来るものか、はたまた跨る馬からくるものなのか本当に区別がつかない程の優美な容姿と走りを持っている。

「あーあー私のシンキがまた人の心を奪っちゃったよぉ、ごめんね綺麗で」

 白馬の大和撫子、その呼称が似合う彼女も口を開いてしまえば宝の持ち腐れのように思えてしまう。

「――うわっ!」

「アッハ、今気付いたの?」

 ふと我に返ると、その白馬と接触せんばかりの勢いで寄っていることに気付いて慌てて向きを戻す。山中まで見惚れていたようだから気付かなかったら下手すりゃ惨事になっていただろう。

「……びっくりしたよ、色んな意味で」

「でしょー、本当に綺麗だよねシンキは。もう、私なんかが貰っていいのかってくらいにー!」

 そう言ったヨトの笑顔がふと文字通り一気に明るくなり、途端に頭上からの熱を感じた。森を抜けたのだ。

「あらまぁもう森抜けちゃった。ここから砂漠だよ、飛ばす準備はできてるかなぁ?」

「城下街を囲む森ってこんなに小さかったっけかなぁ……山中ちゃんはどう、大丈夫?」

「あっ、が、頑張ります!」

 少し話を聞きたいところだが、それはヴィルム街についてからにしよう。

「山中ちゃん、大丈夫だよ落ち着いて。できるだけ馬の動きに合わせるんだよ」

「は、はい!」

 無理を言ってるのは承知だ、不安がるのは仕方ないだろう。
 灼熱とまではいかないが流石は砂漠、地味に熱いためさっさと駆けて風に当たろう。僅かな傾斜を成す黄色い砂が視界いっぱいに広がり漠然とした不安が押し寄せてくるが、それすら置き去りにする勢いで駆け抜けてしまおう。

「よしっ、じゃあ行くぞー!」

 ヨトがそう切り出すと片手に持っていた刀の峰でシンキの尻を思いっきり叩いた。シンキは瞬時に飛ぶように加速し、あっという間に小さくなっていく。

「うわぁ、危ないなぁ」

 思わず呟いてしまったのは彼女が刀で尻を叩いたからじゃない、彼女がずっと刀を片手にしていた事実に今気付いたからだ。さっきもう少し近付いてたら刀が馬にぶっ刺さっていたはずだ。

「あ、あのっ、僕達もはやく追いつかないと!」

「そうだね。じゃあ、落ちないように気を付けて」

「は、はい!」

 こちらも追いつくよう加速するが、彼女のスピードに追いつきそうにない。どんどん距離を離されると流石に焦ってくる。となるとこのまま彼女の後を追っていくのは危険だ。少し横にそれて、右斜め後ろからできる限り彼女を追うようにする。

 彼女の馬が通った跡からぼこりぼこりと穴が開き、ぽつぽつとクリーム色の物体が飛び出してくる。馬がこちらの軌道上に入ってきたものを踏み潰すと、緑の粘っこい飛沫が飛んだ。
 ならばと、追いつかれた際の備えとして片手に槍を握り込む。
 突然目の前から甲高い女の子みたいな悲鳴が襲い掛かってきた。

「イャーー! タジさっ、これぇぇ!」

 どうやら山中の服にべっちょり飛沫がひっついてしまったみたいだ。

「大丈夫、人間に害はない。馬にも」

「それは良かったです、ってそうじゃなくてなんなんですか今の!」

「サンドワームの幼体だよ。大丈夫、追いつかれなければ何の問題もないし、例え追いつかれたってどうにでもなるよ。馬があの穴に足を取られないようにすればそれでいい」

 砂砂漠はサンドワームの巣窟であると考えても良い。地下に潜む彼ら、サンドワームの子は音や振動を感知し、特に馬を、砂中に引きずり込み餌にしてしまう事がよくある。ワームの口には幾重にも重なった牙があり、口を大きく開けば馬の脚をすっぽり覆うことは容易い。その牙を強く食い込ませ砂中に引っ張り込むのだが、子と思って侮るなかれ、馬を食い物にしている彼らの力は強力だ。
 例え反撃の手段を持っていようとも馬などの移動手段となる足を攻撃、無力化されれば彼らにとっては格好の的だ。囲まれ引きずり込まれ、食い荒らされる。そうなったら窒息死するか圧死するか、できるだけ早い死を望むしかないだろう。

 親となるサンドワームを殺せば子は消える、長期的な駆除によって。おまけにその親となるサンドワームは地中深くに潜んでいるためその駆除というのは中々現実的なことではない。
 駆除法として、ワームに聞こえる程の大振動を起こし、地上に引き出すものがある。それをどうにか狩る事で駆除を行うのだが、どうやら強力な魔物らしく、子も応戦するためそれすら一苦労らしい。駆除が終われば残った幼体の除去を行い、十分な安全が確保できればそこに街などを作る。
 これから向かうヴィルム街というのもそうやってできた街の一つだろう。付近にたどり着くまでは彼らに付き合うしかない。

 あぁそうそう、ヨトのように一直線に突っ切れるなら良いのだが、こう遅れて後続になると不都合が発生する。
 地上近くまで来た子ワーム達が足を取るため無造作に穴を作っていく。更に足を奪うためにとそこから無造作に飛び交うため、魚の跳ねる海面のような状態になっていく。実際、彼らにとってここは海のようなものなのだろうが。
 よって、誰にも予測できない動きが辺り一面を覆い尽くす前にさっさと行かなければならない、ヨトの跡を少し逸れたのは僅かな時間稼ぎのためだ。

 案の定ぼこぼことヨトの軌跡から拡散するように穴が湧いて、ワームが跳ねて出てくる。それがこちらに向かってきている事も予測済み。こうなればいずれ追いつかれるし、流れ弾に当たる。
 対処法はただ一つ。ひとつひとつの動きを捉え、断つ。シンプルで最も確実な方法だ。

 ――ひとつ忘れてはならないことがある。ヨトが一人で突っ走ってなきゃこんな事する必要もないということだ。
 絶対忘れてはいけない。後で絶対文句の一つは言ってやるからな。

 槍先に魔力を流し込み風を纏わせる。一度覆い、更に重ねて魔力を込めれば風の層はより厚く形作られる。このひとつひとつを弾丸のように飛ばすことで相手の身体を貫く。
 この技術は「風棘」と呼ばれるらしく、先が尖ってさえいればどんな媒体でも応用可能だ。ネックとなるのはその短い射程距離程度、魔法を使い慣れていなければ不安定な魔力の風は媒体を離れるとすぐさま崩れ文字通りのどこ吹く風と化す。逆に言えば扱いに長けていれば相当の射程距離を発揮する……と思っている。
 俺もそこまで慣れてるってわけではないが、子ワーム程度ならば全く問題はない。問題なく貫ける。

 じわじわにじり寄るように飛びかかっていたちっこいワームの大群がいよいよこちらに食らいつける距離まで追いついてきた。

「山中ちゃん、ちょっと目つむってた方がいいと思うよ」

「えっそれって――」

「覚悟しておきなさいってこと!」

 風棘を一つ、一層、飛び出してきた子ワームへと撃ち込む。勢いよく飛び出た鋭い風はワームの身体に穴を開け、広げ、身体を真っ二つへと裂いた。
 緑の粘液が辺りに拡散し、馬や山中を汚した。馬に乗ってがたんがたん上下に揺れていた山中の身体が左右に小刻みに震えだした。

「そうそう、我慢しておいてね」

 今襲いかかってきたのは流れ弾の一つだ。波はこれから来る。それまでに、より厚く風棘を槍先へと塗り固めておかねば。薄い魔力の風はいよいよそれ自体から風を感じる程に分厚くなった。頃合いだろう、あとは解き放つ覚悟を決めるだけだ。
 ここまでこの槍先に溜め込めば一層一層飛ばすのは逆に難しくなる。一つ飛ばせば連続的に何層も一緒に飛んでいくだろう。しかし波を乗り越えるにあたっては実に丁度良い。

 しかし辺りを無闇に飛び交う子ワームの流れ弾が今ここで飛んできたらどうなるか――

「タジさんっ! 危ない!」

 ――そうなれば、このまま槍で突き刺せば良い。このただの槍は、現在風の力を付与された強力な魔法の槍と化しているのだから。勿論それで風棘が離れることなんてない。
 しかしこのまま貫くと子ワームの体液が風によってスプリンクラーみたく辺りに拡散されるのが難点。山中が声にならない悲鳴を上げている。

 さて、緩やかな砂山を尽力しスピードを落とさず登りきると、ここを下った先、その向こうに街が見えてきた。ヨトはもうワームに追われぬ安全圏内に到達しているようだが、だからこそ彼女を地中で追いかけていたであろう残りのワームは近くの餌を逃さぬよう総員で襲いかかってくるだろう。

 ここまで逃げ切れた事に我ながら惚れ惚れする、どうせならこのまま安全圏内まで行きたかったがそれは叶わぬみたいだ。馬を通して地が尋常じゃなく揺れているのを感じる、子ワームの大群がすぐ近くまで来ている印だ。

 ――思ったより唐突に、ドーム状にこちらを囲うみたくワーム達が飛び出してくる。前面、そして食らいかかられる可能性のある背面を狙えばいい。しかし前には山中が、上手く狙える状況でもない。であれば斜めに撃ち込み、手綱を曲げる――

 右前方へと風棘を放って道を作り、すぐさま手綱を右へと引く。線を描くように風棘は連続して槍から射出されていくがその一つ一つを無駄にせぬよう、手綱を引く流れに乗っかり右から背面へと槍を振り右方・後方からの襲撃を一掃した。より高く飛びかかってきた背面からの刺客を蹴散らすため、そのまま振り上げ風棘の線に巻き込んだ。
 緑粘液に塗れ、どこもかしこも緑色のドロドロになったがなんとか襲撃を抜けることができた。真上からびしゃびしゃとクリーム色の肉片が降り注ぎ、苦く不快なにおいがつんと鼻をつく。槍を構え直し残心、すばやく後ろを確認すると残ったワームが二匹もこちらを捉えていた。
 一匹を突き殺し、もう一匹を薙ぎ払い叩き落とした。

「――真下」

 嫌な直感が走った、地から馬を通して僅かな蠢きを感じた。なんとか槍をこのまま馬の下に滑り込ませようとするも、走り続けている馬の足に当たらぬように突くというのはあまりにも難しい――

「まっ、真下ですか!?」

 山中が俺の独り言に反応したようで腰に携えていた鞘から直剣を――

「わわっ、よせ! 危ない!」

 咄嗟に馬の腹へ潜り込んでいった彼の上半身を起こすと、両手にしていた剣には子ワームが突き刺さりうぞうぞと蠢いていた。安全のためこちらの槍で口部近くを突き刺し、ねじって直剣から引き抜く。

「ど、どうですか! 僕やりましたよ!」

「あ、あぁ。すごい、な」

 下手すりゃ大事故に繋がっていたのだが、成功してしまっては彼の無謀ともいえる勇気も評価せざるを得なくなってしまう。むしろ日和っていた俺が情けなくなって……身体中べっとり緑色で女の子みたいな悲鳴あげてたのに、こんな時に変なガッツを。強運と言うべきなのだろうか。

「助かったのは事実だ、ありがとう」

「お役に立てて良かったです!」

 顔は見えないが本当に嬉しそうに言うもんだし、連れてきて良かったかなと思い始めている。この砂砂漠を抜けてこれたんだ、これから何が待ち受けているかは分からないがとにかく一安心だ。



「ん、ふふっ……ね、ねぇ、なんでそんなに緑なの?」

 ヴィルム街の門前で待っていたヨトのところまで追いつくと開口一番がそれだった。

「そうだよ誰のせいだと思ってるんだいヨトちゃん、しっかり先頭合わせてればこうなることも無かっただろうに」

「いいじゃっん、来れたんだから、細かいことは気にしなくたって、んん、んふっ……」

 相当シュールなのだろうか、この様相は。

「こ、怖かったんですからね! ヨトさん、次はできるだけ一緒にお願いします!」

 山中が勇気を出してヨトに不満を。

「んふふ、分かった、分かったから、とりあえず厩舎に馬入れてきてよ、私もう済ませてあるから」

「厩舎までご案内致しましょう。えっとお二方、大丈夫ですか? よろしければ浴場までご案内致しますが」

「……ありがとうございます」

 鉄甲の門番さんの心遣いが身に染みる。

 厩舎に馬を預け、門番さんと四人でヴィルム街の中へと入った。暗い色の木で作られた家屋が目につく。どれもこれもが木造で、砂漠の中にある街としては異様な光景である。そして向こうに何か丸っこい巨大な建物が見えるが、ドーム状の木造建築物だろうか。
 景観だけであれば廃墟と見まごう程暗く、そんな雰囲気に反した人々の賑わいの声が響いて聞こえる。

「なんていうか、ちょっと怖いですね」

「気持ちは分かりますよ、冒険者さん」

 視線が集まっているのは……少し申し訳なく思う。これから彼に導かれて浴場を汚しに行くのだから、尚更。



 ――それにしても、何かが臭う。この街から一際嫌なニオイが漂ってくる。
 そして、何か怒りのようなものが、ふつふつと芽生えていた。
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