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ヴィルハント平原(現在、書き直し作業中)
1-5.ヴィルムの双英雄《済》
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浴場まで案内までしてもらって、更にはありがたいことに着替えまで用意してくれるらしい。門番さんの優しさが身に染みる。
「本当にありがとうございます」
「いえ、お気になさらず、ワームのせいで衣服を汚される方はいますので。ワームの体液を洗い落とすための浴槽がありますのでご心配なさらず、こちらです」
――にしても、彼の鉄甲、どこかで見たことがあるような……
「あの、もしかしてジェネルードから?」
「そうですよ、実は昨日付けでこちらに配属されましてね。護衛の魔術師がおりましたので砂漠を越えるのは容易でしたが」
「ぼっ、僕たちもジェネルードから来たんです!」
「でしょうね。ここに来るのは城下町からかノクロスからかのどちらかでしょうからね。皆さんのいずれかは少なからずワームの体液で汚れるんですが、まさか全身ねぇ」
「実はワームの猛攻を受けてしまいまして、アハハ」
「いよいよ餌がとれずに切羽詰まってきたんですかね奴らも」
門番さんと談笑して浴場までの時間を潰していたが、先程から沸き起こる何かを誤魔化すためにも口を動かしていることに気が付いた。
やはり張り付く、何か異常な空気がこの街に漂っている。
街の暗い景観と反して陽気な住民達、おそらく彼らはこれに気付いていないのだろう。
――気付いていたら、冷静になんかなれない。
「タジさん、大丈夫ですか?」
「え? あぁ、全然、全然」
何が全然なのかは分からないがとりあえず口をついた。山中はやはり不審らしく俺の方をちらちらと見ている。おそらくは山中も、ヨトも気付いていないのだろうか――
「ねぇねぇ、アレ? あの大きいのが浴場?」
「いえ、あれは大穴を囲っているドームですね」
「大穴かぁ、もしかしてサンドラが出てきたっていう、あの?」
「実際出たかは知りませんけどね、そう言われたら大抵の人は信じるんじゃないでしょうかね」
「門番さんは信じてないの? っていうか名前何ていうの?」
「私ですか、ライアンです。サンドラは伝説の魔物ですよ、大山一つ丸呑みする怪物があそこから出てきたと言われると、それは伝説を過小評価しているのではと私個人としては思うのですがね」
気にせず門番さんとニコニコお話している。
……気のせいなのか?
ただ単にこの街の空気が気に入らないと肌が感じているだけか、ワームの粘液に塗れているせいでただ不快に思っているだけかもしれない。なんか馬鹿みたいだった、ひとまず、今は気のせいで片付けてしまっていい。もし気になるようなら後で考えればいいんだし。
ワームの体液を洗い流すための浴場は、その名の通りだいぶ使い込まれている形跡があった。
緑がかったお湯、敷かれた石畳にへばりついたコケのようなシミ、カビでも発生したのかと見紛うほどに汚れた桶……俺たちはここにまた一つ、軌跡を残す。
「オハハ、兄ちゃんたちはすっげぇなー! 隅から隅まで汚れてらぁ、ちまちま洗わずにこっちきてどぼーんと洗い流しちまいなよ!」
浴槽に人がいたとは、緑色で全く気付かなかった。水面からべたべたと彼の周りに緑の粘液がひっついては離れ、ひっついては離れを繰り返している。絶対入りたくない。
風呂からあがり、門番さんの持ってきてくれた着替えを着て浴場を出るとなんと律儀なことか、ヨトが待ってくれていた。
辺りは既に薄暗く、ぽつぽつ民家からカンテラの灯りが見える。
「遅かったじゃん、それにちょっとまだ汚いんじゃない?」
「あんまり冗談言わないでくれよ、これでも必死こいて洗い落としたんだからな」
「分かってるよ、宿取ってここまで戻ってきてもまだ出てきてなかったんだし」
いつの間にそんな事を、気が利く一面に驚いてしまった。
「ん、何その顔。もしかしてこれから出発したかった?」
「いや、まさかそこまでしてくれてるとは思わなくって」
「そっかぁ、その一言で私に対する評価がよーく分かったよ」
不敵にニヤニヤしだすと、ヨトはそのまま振り向いて走り出した。
「ほら、宿まで案内するからはやく来て来て! じゃないと理由は知らないけどご飯が少なくなるよ?」
「あっ、ちょっ――」
まさか支給品を独り占めする気かと追いかけ出した所で豪快にずっこけた。
「あの、僕がヨトさんを追っかけますし、見ておきますので、もう一回お風呂に入ってきたらどうですか?」
「山中ちゃんも冗談上手くなったねぇ、いちいちこんな事で風呂入ってられるか追っかけるぞ!」
正直入りなおしたい。でもなんかやだ、こんなみじめな再入浴は。
「ねぇねぇヤマナカ、あーんしてよあーん」
「え? あ、あーん?」
宿に行った後、三人で一つの部屋に集まって支給品の干し肉をいただいていた。
そんな貴重な食糧をまさかのまさか、あのヨトが山中に分け与えようとしているのだ。いや、あれはどちらかというと反応を楽しんでいるのかもしれない。なんか少し山中の顔が赤くなってるし。
「美味しい?」
「は、はい……美味しい、です」
なんか見ていてこそばゆい、ヨトが完全にからかっている空気なのに対して山中のそれは正しくガチものだ。気付け、気付け山中。お前は遊ばれているってことにはやく気付くんだ。
「はい、タジもあーん」
「え? あぁ、はい」
いざ唐突にされてみると、なんかどぎまぎしてしまう。視界の端に映った山中は俺を恨めしそうに見ていた。気付け山中。
「ってこれワームじゃねぇか何持ってきてんだお前!?」
口に運ばれる直前に気付いた、こいつ子ワームの肉片を人の口に突っ込もうとしていたのだ。
「だってタジとヤマナカお風呂長かったんだもん、暇だったから……」
暇だったからワームを食糧として持ってきたと、そういう事か。やれやれまったく。
「頼む、もうそれを見せないでくれ」
「え、もしかしてタジ知らない? ワームって結構美味しいんだよ?」
そう言って彼女は俺の口に運ばれかけた子ワームの肉片を自分の口の中に入れ、咀嚼を繰り返す。
「んー、美味い、勿体無いなぁ。ほら、ヤマナカ食べてごらんよ」
「あっ、はい! あ、あーん」
「はいあーん」
「……ほ、本当だ! タジさんこれ美味しいですよ、すっごく!」
…………
「これが賢い生き方って奴だよ、やれやれ冒険者としての格の違いってやつを見せつけちゃったか」
「お、俺にも……」
「え? もう見たくないんじゃなかったの?」
「…………」
俺には支給品の干し肉がある。そもそもギルドが夕食分をくれたんだ、これがあれば問題ない。いっぱい食べたいヤツはそうすればいい、俺はこいつがあるからそうしないだけだがね。
うん、流石ギルドの支給品、美味しい。美味しいけど、硬いんだこれ……
「ワーム食べる?」
「いや、大丈夫大丈夫」
「強がっちゃって、はっずかしいなぁ、ねぇヤマナカ」
自分でも変なプライドが邪魔してみじめだということは分かっている、ぶっちゃけ食いたい。
駄目だ、とにかく空気を誤魔化そう――あっそうだ、とっておきの話題があるじゃないか。
「そういえばヴィルム英雄刀サングリッドだっけ、ここの名前がついてるよな、ヴィルムって」
「おっ、刀の話で誤魔化そうって気だね? いいよ乗ってあげる、まったく上手いねぇ」
目に見えて分かるくらいうずうずしてる、やっぱり刀に目がないみたいだこの子。
「世界の救世主タジャの刀、サングリッド! 知る人ぞ知る刀でね、生死不明、突如姿をくらました英雄タジャの刀だよ! これと対になるムーンレバトって刀もあるんだけれど、こっちは英雄ナッキの刀! タジャとナッキは二人合わせて双英雄って呼ばれてたんだ! そのタジャとナッキがここヴィルム街に住んでいたから、ヴィルム英雄刀って名前がついていたんだとか!」
「へぇー、英雄の刀だったんだ。サンにムーン、太陽と月ねぇ……」
まさに双英雄の刀って感じだな、二つ合わせて双刀として使うと面白そうな刀だ。
「その双英雄ってのは、何をした人なんだ?」
「闇の王を倒したんだって」
「闇の王ですか、なんか格好いいですね」
山中が反応した、どうやらそういうのが好きみたいだ。
ここがその闇の王を倒した英雄の故郷だと思うと、確かにすごい所に来たなー、というような感じにはさせられるが。
「闇の王が世界を闇で染め上げんと画策するも、その悪虐もタジャとナッキの手にするサングリッドとムーンレバトによって断ち切られたってわけさ! その後彼らは行方知れず、しかしタジャの携えていた愛刀サングリッドがこんな所に埋もれていたってことに私は奇跡を感じている!」
「そりゃ確かに中々の一級品だなぁ」
そんな逸話が存在するだなんて知らなかったが、実物が実際報酬として寄越されているみたいだし……
「そのさ、偽物だったらどうするの?」
「確かに無きにしもあらずな可能性だけれど、それでもいいかなって思ってる」
「え?」
「そりゃあ実物は見たこと無いし確かめようなんて無いけど、そこに確かに素晴らしい刀があるなら私はただ頂くってだけ。ギルドで見せてもらったけど、私の御眼鏡に適う出来だったから偽物であろうとなかろうと、もうその時点で十分さ」
「そう、か」
ヨトがそれで良いなら俺が言うことは何もない。それに、刀に対するというより、それ以上の何か異様な熱を彼女の話から感じ取れた。
「――なぁ、そういえば気になっていたんだけどさ」
「ん? どうしたの?」
「ヴィルム街に来た時から、何か変なにおいというか、そんな嫌に張り付く空気があるんだが、それって俺だけだったりするか?」
――気のせいで済ませられる段階じゃなくなってきた。時間が経つにつれこの嫌な感覚はじわじわ強くなってきていたのだが、今まさに、それが確かなものであると、確信した。
「ヤマナカは何か感じた?」
「え、僕は何も……」
「そっか、私も特に何か感じたりはしない、かなー」
僅かな言葉の詰まりが気にかかった。
「頼む、何か感じ取っているなら話してくれ」
「え? そう言われても、んー……ちょっと何か、安心する?」
「え?」
「うん、何かそんな雰囲気がするってだけ。嫌な感じはしないかな」
「そう、か」
俺の感じたものとは真逆な捉え方。この正体を俺は探しに行くべきなのだろうか。
「気になって怖いなら一緒に寝てあげよっか?」
「変に茶化さなくてよろしい、まったく。っと、ワームいただき!」
「あ、こら! 返せ!」
「俺たちを置いて先を走ったお返しだ……あー、確かに美味いな!」
確かにヨトもヤマナカも絶賛していた通り、クリーミーな感じがして肉厚なため美味い。これは進んで食べたくなる。
夕食を済ませると、ヨトは自分の部屋に戻った。男性用と女性用で別々に部屋が取られており、俺と山中はこの部屋で眠ることになるのだ。
窓から外を見ると、真っ暗な中、橙色の民家のカンテラの光がぽつぽつ灯っているのに風流を感じた――
「山中、おやすみ」
「え? あ、おやすみなさい!」
――震える。身ががたがたする。
何か漠然とした恐怖の波が、風のように突然吹き抜けてきた。
俺はそれを前にして、ただ縮こまり、震えることしかできなかった。
このまま時間が過ぎ去る事を願って……
~~~ ~~~ ~~~~~~~
「ハァ、ハァ……」
とっくに干からび骨と皮だけになった遺体の傍らで、擦り切れた黒衣の男はもたれこんでいた。
男の様相は傍らの遺体と同じく、干からびたように骨と皮しか残っていないような状態だった。眼窩は窪みきり、とうに眼球など失っている。激しく息を切らし身体を上下させていなければ、野垂れ死んだ骸骨と見間違えてもおかしくはないだろう。
「こんばんは。こんな夜遅くに疲れ切っているようで、どうしたのです?」
男の耳に、優しく甘い声が届く。彼はそこに皮肉の意が込められていることを知っていた。
「ハハッ、もう飽きたってわけですか……」
「いえ、飽きたというよりようやく興味が出たという感じでしょうか。ねぇ、どんな気持ちですか? このまま死んでいくっていうのは」
彼女は、男の目の前でしゃがみ込み、その苦しむ様をじっくり眺めていた。
「確かに私達は、彼女たちに苦しめられたかもしれない……しかしやっと気付いた、タジャも、ナッキも、あなた達に誑かされていただけに過ぎないと」
「え? 何ですって? た、た誑かす? 人に害を成す闇を殲滅することがあなた達にはそう捉えられていたのですか。やっぱり闇人さん達はちょっと……フフ、ここがおかしいんですかね?」
彼女はそう言って、首を傾げつつ己のこめかみ辺りをつんつんと人差し指でつついた。
「クク……変わってない、相変わらずそうやって人を馬鹿にするばかりか。その無能が変わっていないのであれば、私達にもまだまだ兆しはあるということだ。どうせここに来たのも、闇の最期を茶化すためだろう?」
「死の間際なら何とでも言えますね。リカードちゃん大丈夫? もう死んじゃうかもしれないよ? ウフフっ」
男の呟きを聞きすらせず、彼女は男の惨めな最期を笑うだけだった。
「心して聞いておけ、闇は今一度貴様らに牙をむく。世界がまだお前達のものであるとは思わぬことだ」
「ああそうそう、私、まだまだあの時の事忘れられなくって」
彼女は陽気にそう言い足を上げ、崩れかけた男の頭蓋骨に靴裏を乗せた。
「サイカ、後は全て頼みました……」
誰にも聞こえぬか細い声で、男はぼそりと呟いて――
「我らが闇に、栄光あれ!」
声高に叫ぶと同時に、男の頭蓋骨は踏み抜かれぐしゃぐしゃに砕け散った。
微かに滲み出た黒い液が地面に落ちると燃え上がり、黒い火を残し、そして消えた。
「あーあ、ばっちいばっちい。ウフ、ウフフフっ、アっハハハっハハハ……」
女は小さく笑いつつ夜が明けるまで何度も何度も黒衣に隠れた骨を足で小突き、飽きることなくいたぶりつづけた。
「本当にありがとうございます」
「いえ、お気になさらず、ワームのせいで衣服を汚される方はいますので。ワームの体液を洗い落とすための浴槽がありますのでご心配なさらず、こちらです」
――にしても、彼の鉄甲、どこかで見たことがあるような……
「あの、もしかしてジェネルードから?」
「そうですよ、実は昨日付けでこちらに配属されましてね。護衛の魔術師がおりましたので砂漠を越えるのは容易でしたが」
「ぼっ、僕たちもジェネルードから来たんです!」
「でしょうね。ここに来るのは城下町からかノクロスからかのどちらかでしょうからね。皆さんのいずれかは少なからずワームの体液で汚れるんですが、まさか全身ねぇ」
「実はワームの猛攻を受けてしまいまして、アハハ」
「いよいよ餌がとれずに切羽詰まってきたんですかね奴らも」
門番さんと談笑して浴場までの時間を潰していたが、先程から沸き起こる何かを誤魔化すためにも口を動かしていることに気が付いた。
やはり張り付く、何か異常な空気がこの街に漂っている。
街の暗い景観と反して陽気な住民達、おそらく彼らはこれに気付いていないのだろう。
――気付いていたら、冷静になんかなれない。
「タジさん、大丈夫ですか?」
「え? あぁ、全然、全然」
何が全然なのかは分からないがとりあえず口をついた。山中はやはり不審らしく俺の方をちらちらと見ている。おそらくは山中も、ヨトも気付いていないのだろうか――
「ねぇねぇ、アレ? あの大きいのが浴場?」
「いえ、あれは大穴を囲っているドームですね」
「大穴かぁ、もしかしてサンドラが出てきたっていう、あの?」
「実際出たかは知りませんけどね、そう言われたら大抵の人は信じるんじゃないでしょうかね」
「門番さんは信じてないの? っていうか名前何ていうの?」
「私ですか、ライアンです。サンドラは伝説の魔物ですよ、大山一つ丸呑みする怪物があそこから出てきたと言われると、それは伝説を過小評価しているのではと私個人としては思うのですがね」
気にせず門番さんとニコニコお話している。
……気のせいなのか?
ただ単にこの街の空気が気に入らないと肌が感じているだけか、ワームの粘液に塗れているせいでただ不快に思っているだけかもしれない。なんか馬鹿みたいだった、ひとまず、今は気のせいで片付けてしまっていい。もし気になるようなら後で考えればいいんだし。
ワームの体液を洗い流すための浴場は、その名の通りだいぶ使い込まれている形跡があった。
緑がかったお湯、敷かれた石畳にへばりついたコケのようなシミ、カビでも発生したのかと見紛うほどに汚れた桶……俺たちはここにまた一つ、軌跡を残す。
「オハハ、兄ちゃんたちはすっげぇなー! 隅から隅まで汚れてらぁ、ちまちま洗わずにこっちきてどぼーんと洗い流しちまいなよ!」
浴槽に人がいたとは、緑色で全く気付かなかった。水面からべたべたと彼の周りに緑の粘液がひっついては離れ、ひっついては離れを繰り返している。絶対入りたくない。
風呂からあがり、門番さんの持ってきてくれた着替えを着て浴場を出るとなんと律儀なことか、ヨトが待ってくれていた。
辺りは既に薄暗く、ぽつぽつ民家からカンテラの灯りが見える。
「遅かったじゃん、それにちょっとまだ汚いんじゃない?」
「あんまり冗談言わないでくれよ、これでも必死こいて洗い落としたんだからな」
「分かってるよ、宿取ってここまで戻ってきてもまだ出てきてなかったんだし」
いつの間にそんな事を、気が利く一面に驚いてしまった。
「ん、何その顔。もしかしてこれから出発したかった?」
「いや、まさかそこまでしてくれてるとは思わなくって」
「そっかぁ、その一言で私に対する評価がよーく分かったよ」
不敵にニヤニヤしだすと、ヨトはそのまま振り向いて走り出した。
「ほら、宿まで案内するからはやく来て来て! じゃないと理由は知らないけどご飯が少なくなるよ?」
「あっ、ちょっ――」
まさか支給品を独り占めする気かと追いかけ出した所で豪快にずっこけた。
「あの、僕がヨトさんを追っかけますし、見ておきますので、もう一回お風呂に入ってきたらどうですか?」
「山中ちゃんも冗談上手くなったねぇ、いちいちこんな事で風呂入ってられるか追っかけるぞ!」
正直入りなおしたい。でもなんかやだ、こんなみじめな再入浴は。
「ねぇねぇヤマナカ、あーんしてよあーん」
「え? あ、あーん?」
宿に行った後、三人で一つの部屋に集まって支給品の干し肉をいただいていた。
そんな貴重な食糧をまさかのまさか、あのヨトが山中に分け与えようとしているのだ。いや、あれはどちらかというと反応を楽しんでいるのかもしれない。なんか少し山中の顔が赤くなってるし。
「美味しい?」
「は、はい……美味しい、です」
なんか見ていてこそばゆい、ヨトが完全にからかっている空気なのに対して山中のそれは正しくガチものだ。気付け、気付け山中。お前は遊ばれているってことにはやく気付くんだ。
「はい、タジもあーん」
「え? あぁ、はい」
いざ唐突にされてみると、なんかどぎまぎしてしまう。視界の端に映った山中は俺を恨めしそうに見ていた。気付け山中。
「ってこれワームじゃねぇか何持ってきてんだお前!?」
口に運ばれる直前に気付いた、こいつ子ワームの肉片を人の口に突っ込もうとしていたのだ。
「だってタジとヤマナカお風呂長かったんだもん、暇だったから……」
暇だったからワームを食糧として持ってきたと、そういう事か。やれやれまったく。
「頼む、もうそれを見せないでくれ」
「え、もしかしてタジ知らない? ワームって結構美味しいんだよ?」
そう言って彼女は俺の口に運ばれかけた子ワームの肉片を自分の口の中に入れ、咀嚼を繰り返す。
「んー、美味い、勿体無いなぁ。ほら、ヤマナカ食べてごらんよ」
「あっ、はい! あ、あーん」
「はいあーん」
「……ほ、本当だ! タジさんこれ美味しいですよ、すっごく!」
…………
「これが賢い生き方って奴だよ、やれやれ冒険者としての格の違いってやつを見せつけちゃったか」
「お、俺にも……」
「え? もう見たくないんじゃなかったの?」
「…………」
俺には支給品の干し肉がある。そもそもギルドが夕食分をくれたんだ、これがあれば問題ない。いっぱい食べたいヤツはそうすればいい、俺はこいつがあるからそうしないだけだがね。
うん、流石ギルドの支給品、美味しい。美味しいけど、硬いんだこれ……
「ワーム食べる?」
「いや、大丈夫大丈夫」
「強がっちゃって、はっずかしいなぁ、ねぇヤマナカ」
自分でも変なプライドが邪魔してみじめだということは分かっている、ぶっちゃけ食いたい。
駄目だ、とにかく空気を誤魔化そう――あっそうだ、とっておきの話題があるじゃないか。
「そういえばヴィルム英雄刀サングリッドだっけ、ここの名前がついてるよな、ヴィルムって」
「おっ、刀の話で誤魔化そうって気だね? いいよ乗ってあげる、まったく上手いねぇ」
目に見えて分かるくらいうずうずしてる、やっぱり刀に目がないみたいだこの子。
「世界の救世主タジャの刀、サングリッド! 知る人ぞ知る刀でね、生死不明、突如姿をくらました英雄タジャの刀だよ! これと対になるムーンレバトって刀もあるんだけれど、こっちは英雄ナッキの刀! タジャとナッキは二人合わせて双英雄って呼ばれてたんだ! そのタジャとナッキがここヴィルム街に住んでいたから、ヴィルム英雄刀って名前がついていたんだとか!」
「へぇー、英雄の刀だったんだ。サンにムーン、太陽と月ねぇ……」
まさに双英雄の刀って感じだな、二つ合わせて双刀として使うと面白そうな刀だ。
「その双英雄ってのは、何をした人なんだ?」
「闇の王を倒したんだって」
「闇の王ですか、なんか格好いいですね」
山中が反応した、どうやらそういうのが好きみたいだ。
ここがその闇の王を倒した英雄の故郷だと思うと、確かにすごい所に来たなー、というような感じにはさせられるが。
「闇の王が世界を闇で染め上げんと画策するも、その悪虐もタジャとナッキの手にするサングリッドとムーンレバトによって断ち切られたってわけさ! その後彼らは行方知れず、しかしタジャの携えていた愛刀サングリッドがこんな所に埋もれていたってことに私は奇跡を感じている!」
「そりゃ確かに中々の一級品だなぁ」
そんな逸話が存在するだなんて知らなかったが、実物が実際報酬として寄越されているみたいだし……
「そのさ、偽物だったらどうするの?」
「確かに無きにしもあらずな可能性だけれど、それでもいいかなって思ってる」
「え?」
「そりゃあ実物は見たこと無いし確かめようなんて無いけど、そこに確かに素晴らしい刀があるなら私はただ頂くってだけ。ギルドで見せてもらったけど、私の御眼鏡に適う出来だったから偽物であろうとなかろうと、もうその時点で十分さ」
「そう、か」
ヨトがそれで良いなら俺が言うことは何もない。それに、刀に対するというより、それ以上の何か異様な熱を彼女の話から感じ取れた。
「――なぁ、そういえば気になっていたんだけどさ」
「ん? どうしたの?」
「ヴィルム街に来た時から、何か変なにおいというか、そんな嫌に張り付く空気があるんだが、それって俺だけだったりするか?」
――気のせいで済ませられる段階じゃなくなってきた。時間が経つにつれこの嫌な感覚はじわじわ強くなってきていたのだが、今まさに、それが確かなものであると、確信した。
「ヤマナカは何か感じた?」
「え、僕は何も……」
「そっか、私も特に何か感じたりはしない、かなー」
僅かな言葉の詰まりが気にかかった。
「頼む、何か感じ取っているなら話してくれ」
「え? そう言われても、んー……ちょっと何か、安心する?」
「え?」
「うん、何かそんな雰囲気がするってだけ。嫌な感じはしないかな」
「そう、か」
俺の感じたものとは真逆な捉え方。この正体を俺は探しに行くべきなのだろうか。
「気になって怖いなら一緒に寝てあげよっか?」
「変に茶化さなくてよろしい、まったく。っと、ワームいただき!」
「あ、こら! 返せ!」
「俺たちを置いて先を走ったお返しだ……あー、確かに美味いな!」
確かにヨトもヤマナカも絶賛していた通り、クリーミーな感じがして肉厚なため美味い。これは進んで食べたくなる。
夕食を済ませると、ヨトは自分の部屋に戻った。男性用と女性用で別々に部屋が取られており、俺と山中はこの部屋で眠ることになるのだ。
窓から外を見ると、真っ暗な中、橙色の民家のカンテラの光がぽつぽつ灯っているのに風流を感じた――
「山中、おやすみ」
「え? あ、おやすみなさい!」
――震える。身ががたがたする。
何か漠然とした恐怖の波が、風のように突然吹き抜けてきた。
俺はそれを前にして、ただ縮こまり、震えることしかできなかった。
このまま時間が過ぎ去る事を願って……
~~~ ~~~ ~~~~~~~
「ハァ、ハァ……」
とっくに干からび骨と皮だけになった遺体の傍らで、擦り切れた黒衣の男はもたれこんでいた。
男の様相は傍らの遺体と同じく、干からびたように骨と皮しか残っていないような状態だった。眼窩は窪みきり、とうに眼球など失っている。激しく息を切らし身体を上下させていなければ、野垂れ死んだ骸骨と見間違えてもおかしくはないだろう。
「こんばんは。こんな夜遅くに疲れ切っているようで、どうしたのです?」
男の耳に、優しく甘い声が届く。彼はそこに皮肉の意が込められていることを知っていた。
「ハハッ、もう飽きたってわけですか……」
「いえ、飽きたというよりようやく興味が出たという感じでしょうか。ねぇ、どんな気持ちですか? このまま死んでいくっていうのは」
彼女は、男の目の前でしゃがみ込み、その苦しむ様をじっくり眺めていた。
「確かに私達は、彼女たちに苦しめられたかもしれない……しかしやっと気付いた、タジャも、ナッキも、あなた達に誑かされていただけに過ぎないと」
「え? 何ですって? た、た誑かす? 人に害を成す闇を殲滅することがあなた達にはそう捉えられていたのですか。やっぱり闇人さん達はちょっと……フフ、ここがおかしいんですかね?」
彼女はそう言って、首を傾げつつ己のこめかみ辺りをつんつんと人差し指でつついた。
「クク……変わってない、相変わらずそうやって人を馬鹿にするばかりか。その無能が変わっていないのであれば、私達にもまだまだ兆しはあるということだ。どうせここに来たのも、闇の最期を茶化すためだろう?」
「死の間際なら何とでも言えますね。リカードちゃん大丈夫? もう死んじゃうかもしれないよ? ウフフっ」
男の呟きを聞きすらせず、彼女は男の惨めな最期を笑うだけだった。
「心して聞いておけ、闇は今一度貴様らに牙をむく。世界がまだお前達のものであるとは思わぬことだ」
「ああそうそう、私、まだまだあの時の事忘れられなくって」
彼女は陽気にそう言い足を上げ、崩れかけた男の頭蓋骨に靴裏を乗せた。
「サイカ、後は全て頼みました……」
誰にも聞こえぬか細い声で、男はぼそりと呟いて――
「我らが闇に、栄光あれ!」
声高に叫ぶと同時に、男の頭蓋骨は踏み抜かれぐしゃぐしゃに砕け散った。
微かに滲み出た黒い液が地面に落ちると燃え上がり、黒い火を残し、そして消えた。
「あーあ、ばっちいばっちい。ウフ、ウフフフっ、アっハハハっハハハ……」
女は小さく笑いつつ夜が明けるまで何度も何度も黒衣に隠れた骨を足で小突き、飽きることなくいたぶりつづけた。
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