異世界はどこまでも自由で

メルティック

文字の大きさ
10 / 37
ヴィルハント平原(現在、書き直し作業中)

1-9.炎に散り、闇は蝕む

しおりを挟む
 ここで、一対一の決闘をさせるつもりは全くない。両者が殺し合う決意をしているのであれば、勿論全力でヨトのサポートをさせてもらう。飽くまでも目的はクエストの達成、この状況じゃ彼女が勝たなきゃ俺の未来も閉ざされることになる。
 ――つまりは、ヨトと翁が互いの動向を伺っているこの瞬間に、文字通り横槍を入れてやるということだ。大きく振りかぶってから微かに長槍に魔力を込め、瞬時に翁に突き立てる。
 刀で弾こうとする動作がはっきりと目に見えた。そいつを左手の盾で受け止め、喉元を貫けば一瞬で終わる。
 
 ――驚く程すんなりと、刀が――盾を弾き、身体は衝撃でまともに言うことをきかなかった。

「ううっ……」

 そのまま右によろけていって、追い打ちをかけられそうになったところをヨトがサイカで防いでくれた。

「今までそんな事ばっかやってきたの?」

 ヨトの刀が纏っていた黒紫の炎は、その黒刀を受け止めると同時に音を立てて強く燃えだした。

「正々堂々やんないとさ、君の技が泣いちゃうんじゃないかな? 助けはいらないから私だけにやらせて」

 刀をするりと引いたヨトは、そのまま翁の後ろに回り込み素早く斬り込んだ。翁はよろけた俺を蹴飛ばし――飛ばされた先が崖だということに気付いて、焦って踏ん張りなんとか動きを止めた。
 咄嗟に振り向いた俺が見たのは、素早く身を翻らせヨトの刀をしっかり受け止めた翁の姿だった。
 その黒刀からは飛沫が飛び、またもあのこびりつく泥のような物質がヨトの和服を黒く染める。

 彼女がどう言おうが構わない、彼女がしたい正々堂々の勝負も負けてしまえば意味がない。それでこちらが不利になることは確実で、たまったもんではない。
 しかしただ単に自分のペースでやりたいとか俺がただの邪魔でしかない――今のはそう判断された可能性が高い――とかいうのもあるだろうし、ヨトがそういうのであれば俺はできるところまで彼女の事を信頼しよう。
 盾を構えたまま、俺は潔く崖から離れたところに下がり、彼らの闘いを――今のところは――静観することにした。

「タっ、タジさん……」
「うぉっ、いたんだ。な、何?」

 ――いつの間にかこちらに来ていた山中が俺の肩を叩いてきた。存在を忘れていたため若干びっくりしたが、取り直して対応する。

「その、桜の下の箱だけ取り出すことってできないんですかね? 仮に何かの拍子でこっちの広い方に二人が来たとしたら、そのスキに……」
「――バレなきゃ、やってみよっかなぁ」

 山中の、とりあえずクエストの目的物を先に取ってしまうという提案を軽く受け入れ、そういったスキをうかがうためにも二人の勝負を傍から見ることにした。

 二人が刀を交えるたび、黒い泥がヨトの和服にこびりつく。弾き、攻撃を加えるたびに弾かれ、翁が空振りをした際にもその黒刀からその泥が飛び散っていく。
 まるで際限なく刀から湧き出しているようなこの泥の正体が何なのか分からない、恐らくは、闇の類だと思うのだが……
 ――ヨトの刀が翁の左肩を掠めた。すると一気にそこから黒紫の炎が噴き出し、次いで大量の血飛沫のようなものとなって黒泥が辺りに飛び散り――俺達の方まで降り掛かってきた。

「うわっ、何だありゃ!」
「ひぃっ!?」

 俺は盾を傘にし、同時に山中を黒泥からかばう。多少肌にはひっついたが、それはさっさとはたき落とせば――

「……っ、何だこれっ、うわぁっ……」

 肌にひっついたところから、まるで体内に蛆が侵入してきたかのような、くすぐられる感触が全身に回ってきた。急いで泥を落とすが、それでもこの感覚は収まらず、遂には脳の中で反芻することとなった。
 そのまま思考がままならなくなり、暗闇に閉ざされそうになったところで白い光が闇を弾き返した。くすぐったい感覚は消えて、意識はたちまち明瞭になる。

「うぅぅ……うぉっ、山中、だ、大丈夫か――山中っ!?」

 山中は倒れながら、笑っていた。脳のキャパシティを越えたように、低く乾いた笑いを何度も何度も続けるようになった。急いで彼についた泥も落としてやるが、それでも状態は良くならないようだった。むしろ泥を落とす際にまたもあの感覚が身体を駆け巡り、たったこれだけの事でも精神をぐちゃぐちゃにされそうだ。
 俺と山中の馬の挙動もおかしくなり、狂ったように嘶き、足踏みを繰り返しながら来た道を戻っていく。

「何なんだよこれ……」

 草原を汚した泥を見ながら、勝手につぶやいていた。先程の巨人のものとは全く違うものなのだろうか。ただ動きを抑制されるだけだと思っていた、軽くみていたこの黒い物質が、一気におぞましく見えるようになった。
 ――シンキと、ヨトの様子は一切変わっていない。ヨトはそれが肌につこうがお構いなしで、変わらず翁と刀を交えている。
 翁の左肩にははっきりと焼け跡が残り、薄灰色のローブにもその焦げ目がくっきりとついていた。

 とにかくこっちは山中の事が最優先だ。できるだけ地面についた泥もわきに除け、くすぐられる感覚に耐えながら、山中の身体についた全ての泥をまた念入りにはたき落とした。
 その際、俺もまたあの感覚に襲われる事になるが、ある程度経ったところで白い光が頭のなかに現れ、蝕まれる感覚を打ち消していくのだ。
 ――ダメもとでいい、もしもこの白い光が何か無意識で発せられたものなら、何か潜在的な魔法の一種なのかもしれない。こいつを山中の頭の中でも照らすことができるのなら、それに託すしかない。
 もしも魔法であれば、山中にも……


 ――山中が、笑いを止めた。次第に元の表情にもどっていって、多少やつれてはいるが、目に光が戻ったように感じた。

「……ははっ、死ぬかとおもいました」

 口だけ笑わせてそう漏らした山中を見て、俺もまた、少しだけ笑ってしまった。

「――なぁ、治ってよかったけどさ、それもあるけど、ちょっとだんだんこっちに来てないか」

 俺はこのチャンスを逃すまいと思っていた。あの大量の泥飛沫が飛んでから、ヨトの方が無意識ではあるのだろうが広い場所に翁を誘導しているのだ。

「……すみません、ちょっと、もう少し休んでていいですか? ちょっと、きついです」
「気にすんなよ、誰だってあんなもん食らえばそうなるって」

 申し訳なさそうに笑う山中を後にして、俺は急いで桜の元へと向かった。


 二人の戦闘を横目に見ながら走ると、すぐに桜の元へとたどり着いた。この下に俺達の求めていたものがある。
 ……地面に槍を突き刺し、それを抜く。そうやって固まった土を柔らかくして掘っていった。幸いここの土だけはふかふかと柔らかく、簡単に掘り進めることができる――

「馬鹿っ! 後ろ!」

 ――振り向くと、翁がこちらへと跳んできていた。迫力に圧倒されながらも素早く盾を手に取り、瞬時に意識を集中させた。
 これはただ一つ、次の攻撃を防ぐためだけに使う技……大防護。構えた盾は強大な力に溢れ、如何なる攻撃をも受け止める。これは使い手を守る絶対防御の技、たとえ盾をかいくぐるような攻撃をしてこようが、盾から溢れた力がそれを防ぐ。

 見事悟られることなく盾を構える事ができ、翁はそのまま俺を斬りつけることとなった。盾から白い光が溢れ、それは刀から飛ばされる飛沫すらも弾き飛ばした。

 ――刹那、襲いかかる灼熱と同時に大量の黒泥が辺りに撒き散らされたようだった。大防護の力は既に消えていたため、俺の身体にもまたあの泥がこびりつく。
 恐る恐る構えた盾を下ろすと、翁の腹から黒紫色の炎を纏った刃が突き出ていた。

「……馬鹿なんだからさ、気をつけてよ。またその馬鹿さに助けて貰っちゃったけどさ」

「少し、焦ってしまったようだ。これは全く、儂の愚であろう……」

 翁はそのまま、全身が黒い泥のように化し地面に染み込むように消えていった。

「――ハハッ、ヨトちゃんも結構卑怯なことやってんじゃん」
「あっちがよそ見したのが悪いんでしょ」

 身体についた黒泥をはたき落としながら、彼女はそう言って笑った。俺もまた、あの奇妙な感覚に耐えながら、先程の泥を落とす。

「あぁっ、気持ち悪い! 身体中カサカサカサカサ虫が這い回ってるみたいに!」
「そんなに気持ち悪い? なんか、きもいよ?」
「こっちからしたらそんな平然としていられる方がキモいわ!」

 また俺はあの白い光が来るまで、脳をかき回すこそばゆさと戦うことになった。
 彼女が平気なのは、恐らくは翁の言っていた、彼女に流れる血のおかげなのだろう。段々と彼女の生い立ちが気になってきたが、クエストが終わってしまえば赤の他人で、それぐらいの関係だ。これで終わるのなら、これ以上深追いする必要もないだろう。





「とにかく、後は箱を回収して終わりかな」
「……そう、だね」

「すみません、ずっと見てることしかできなくて」
「大丈夫、気にしないで。誰だってあんなの延々食らってたら狂っちゃうよ」

 翁を倒して、俺達は三人桜の前で集まった。逃げていった馬の事も頭にちらついてはいるが、ここを掘って箱を手にすることが優先だ。
 翁が彼女と戦ってでも守りたかった箱の中には、一体何が入っているのだろうか――

「あ、タジ、ヤマナカくん。太陽が……」

 ヨトは桜の向こうの太陽を指差していた。それは急速に落ちていき、どんどん海へと沈んでいく。明るかった世界が一気に暗くなり、星々が辺りを照らし、月が宙に現れた。

「うわっ、プラネタリウムみたいだな……」
「何それ、何かの化け物の名前?」

 星や月が照らしてくれているからだろうか、先程と全く見える明るさというものは変わっていない。
 ものの数秒で迎えた夜は神秘的で、どこか妖しくもあった。

「多分、この世界が終わりを迎えるんじゃないかな……」

 月を見つめながら、俺は一人呟いた。そのまま月は高く上がり、静止した。

 ――足元が震える。というよりは、近くに落ちた、翁の黒身の刀が大きく震え、そしてそのまま、消し炭のような塵と化していった。

「これが、風流ってやつなんですかね?」
「多分違うと思うよ、山中くん……いや、違くはないのかな」

 一つの物語の終わりをしみじみと感じてから、俺達は桜の下にあるという箱を堀り出すことにした――







「ここで尽きるなら、惜しむことなどない」

 ――突如後ろから響いた声に、俺は振り向く。

「全てを尽くし、全てを終わらせよう」

 平原に、白髪の老人がいた。その両手に刀を携えて一歩、一歩、こちらへと歩を進めている。

 ――その右目の中では、赤い太陽が燃えていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』

宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?

処理中です...