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ヴィルハント平原(現在、書き直し作業中)
1-10.月下に舞う三刀の軌炎
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――ただならぬ気配を察知して咄嗟に発動した防護魔法が一瞬でかき消され、身体が強い衝撃で押し飛ばされた。
そのまま背中から桜に激突し、口から大きく空気を漏らした。
「……え?」
「タジさ――」
山中とヨトもそこから振り返って、何が起きたか悟ったようだった。
ぐらぐらする視界が徐々に鮮明になって、気が付けばまたヨトが翁と刀を交えていた。しかし先程のような一進一退の攻防でない――明らかに押され続けて、着物は破けていき、ところどころから血が滲み出ている。山中は何とか勇気を出して戦おうとしているのだろうか、引け腰で中途半端な間合いから直剣だけ構えて突っ立っている。
重い体が一気に軽くなり、精神が研ぎ澄まれていき、頭の中で風が吹いているかのように回転が素早くなった。
そこから、盾を構え深く集中する。そのまま盾に引っ張られるがままに突進をしていき、ヨトの肌に触れそうになった刀を無理やり弾き飛ばしたところで槍を構えながら勢いを落として滑るように制止していく。勢いに乗ったまま飛ばした槍先は翁の二刀流に弾き返されたが、ヨトが負うはずだった傷を減らすことができたのだから結果オーライだ。
「悪い、一瞬でそんな身体にされてちゃ見過ごせなくて」
「えへへっ、何それ……」
何も文句を言われないところ、彼女も一人で相手するのはきつかったのだろう。こんな化け物じみたパワーを滲み出しているやつと一対一なんて、俺だったらごめんだ。
――先程みていたよぼよぼの爺さんなんか比にもならない、そこにいるのは正真正銘の怪物。本能が震え上がり、気を緩めたら恐怖に駆られて身体は一気にすくんでしまうだろう。
突如として現れた右目の中の球体、主にそこから、強大なエネルギーが吹き荒れている。
「ヨトちゃんは、ただ攻撃することにだけ考えを割けばいい。それ以外の事は何も考えるなよ――それ以外の事は、任せろ」
ただ一つ、ヨトの鼻から音のこもった息が漏れる。それを肯定と捉えて、俺はゆっくりと目を閉ざし――見開いた。
構えた盾がみるみるうちに白い光に包まれる。今なら全く、集中が尽きる気もしない。身体の内から感じる魔力のような流れが限界を感じない内に、出せる限りの魔力を盾に捧げていく。
翁は左手に握った刀を叩きつけるように振り下ろすが、盾から溢れる光波がそれを弾き飛ばす。
「ヨトちゃん、出来る限り速めに、ね」
このまま一歩も動かず、ただ盾に集中――魔力を込めていけば良い。『光盾』は、一回限りの盾を無限に作り出すような、そんな魔法だ。そのまま今持っている盾のかたさが複製されて、光波となって飛ばされていく。
ヨトは素早く回り込んで、翁に向かって刀を振った。それを弾こうとする翁の刀に光波を滑り込ませ、守る手段を奪う。一瞬の判断で飛び退いた翁がそのまま俺に向かって刀を薙ぎ払ってくるが、それも光波で――返しきれなかった。
刀の前で虚しく弾け、そのまま刀身は俺の首に向かってくる。急いで盾を構え防ぐが、またも弾かれ、後ろに仰け反った身体が自然と反動で倒れていく。
倒れ込んだ俺に向かって二方向、前面と右面から刀が振られた。できるだけ身体に盾を密着させ、咄嗟の防護を繰り出す。大防護とは比にもならない程劣った防御力だが、それでも二つの攻撃を一つの衝撃として処理ができるなら――盾を構えた左手が痺れ、身体が衝撃で転がされるが防御の成功に一息ついた。
そのまま倒れた姿勢で盾を構えて光波を飛ばす。ただ翁の方向に向けて、確認もせずに飛ばした光波はそのまま彼の刀に命中する。
それでよろけた翁に向かって振り下ろされた黒紫炎を纏う刀身が、翁の身体に食い込んだようであった。そのまま身体を貫こうと、ヨトは身を一回転させてから突きを入れた。
僅かに退いて回避した翁は手首を回すだけで向けられた刀身を弾き、もう一本の刀を――その素振りを察知して素早く光波を飛ばすが、ただ虚しく、光波は両者の間を飛んでいっただけであった。
一瞬後に刀は振られたが、すぐにヨトの刀で弾かれ、彼女は連撃を食らわせようと切り返す。翁が片手の刀で弾き返そうとするところに、俺が光波を飛ばして防御の手段をどんどん消していく――そしてそのまま連続して、すこし右の空間に光波を飛ばした。
飛び退こうとした翁の身体は光波にぶつかり、動きが止まった。突如そこに見えない壁が現れたように感じたろう、次の行動が咄嗟に出てこない様から、混乱がはっきり見て取れる。
ヨトの刀は翁を切り裂き、加えてもう一つ切り返し、なんとか防御しようと動いた翁の片手がヨトの足で蹴り飛ばされ、翁の肩を掴んだかと思うと、刀が身体を貫いた。
――先程と違って、一切黒い液体は飛び出さない。代わりに出てきたのは、翁の呻くような弱々しい叫び声。黒紫色の炎が激しく燃え盛り、翁の身体を燃やしていくようだった。
翁を蹴飛ばして刀を引き抜いたヨトは、倒れたままの俺を一瞥してから燃える翁をただ見つめた。このまま寝そべっても仕方ないので、身体を起こしてヨトの傍に近寄った。
山中くんも後ろから近付いてきているようだ、草を踏んで駆けてくる音がこちらに向かってくる。
翁を燃やす炎はすぐに勢いが弱まり、みるみる内に消えていく。そこにいた翁はまるで黒く焦げたような姿になっており、所々が煤となって、風に乗って空気を舞っていく。
――右目に燃える太陽から一筋のエネルギーの帯が、右手の刀に向かって伸びていき、刀を取り巻くと同時に強く燃える赤い炎を纏った。
そして右から唐突に射してきた白い――月の光が翁の左手の刀に吸い込まれていき、静かに燃える青い炎を纏った。
俯いていた顔がこちらを向き、両手の刀が下に向けて振られると更に激しく、更に静かに炎は燃え盛った。
「…………」
――そして、刀がそれに共鳴するように、更に黒く、激しく、纏った炎を燃え上がらせていた。
視界の中でクロスするように赤と青がちらつく――その真ん中に黒紫の縦線が割り入る――向かってくる二つの刀を、ヨトが瞬時に抑えつけていたのだ。彼女はこちらを一瞬振り返って、
「危ないから下がってて」
そう一言だけ残してから、そのまま刀を押し込ませて漂う炎の中に消えていく。
言葉が出なかった、しかし、この場所にいるべきでない、か弱い存在の身を案じて振り向く事はできた。そこにいた黒髪の少年は、恐怖で目を見開きながら身をすくませている。
「……なんか、ごめんな。本当に軽いクエストに行く気持ちで来たのに、こんな事に巻き込ませちゃってて。まぁ、俺の技がこいつに通用してよかったよ」
笑ってそう言いながら、山中の肩を押して、彼をうねる三色の炎から遠ざけていった。
「し、仕方ないですよ……だって、こんな事になるなんて、誰も分かりゃしませんし……」
彼の目はただただ盛る炎を見据えて、恐怖を纏いながらも勇敢に事態を受け止めているようだった。
「ヨトちゃんには止められたけどさ、やっぱり行くわ」
山中は確かに聞いているようだったが、俺の言葉に対して応えることはなかった。
俺はまた向き直って、炎の飛び交う空間に向かって走っていった。
――風棘は負担が軽く、それと同時に威力も低いためあまり使わなかった。理由としては、勿論それよりも強いものを既に身につけていたためだ。
走りながら槍に魔力で風を纏わせていき、炎の近くまで辿り着くと同時に、やや上に向かって槍を投げ飛ばすように突き出した。
槍の形をした風はそのまま一直線に大気を貫いていき、燃え盛る炎を吹き飛ばした――そこには二人の化け物がいた。一人は右目に太陽を湛え、赤と青の双刀を振るっていた。一人はただただ無心に、黒紫の刀を振り回していた。
前者はこちらの行動に気付いた素振りを見せていたが、もう一方は何の反応も示さずに、ただ相手を切り散らすことしか考えていないようだった。
その迫力に気圧され一歩後ずさり、本能が危険信号を発する。このままこの空間に割り入れば――死ぬ。
構えた槍をそっと下ろして後ろを振り向く。しかしそこに彼の姿は無い。辺りを見回すと、彼は桜の前にいた。
桜の前で、必死に土を掘り進めている――彼は自分のできることを精一杯やろうとしているようだった。
俺は静かに彼の所によっていって、箱を掘り出す作業を手伝った。
――あった。
硬く冷たいものが指に触れ、その周りにまとわりつく土を崩してから、一気に引き抜く。
緑色の箱が、黒い紐のようなものでぐるぐる巻きにされている。そこにはあの黒い液体が染み付いているのか、またもぞわぞわとした気色悪い感触が身体中を這いずり回ってきた。
思わず小さな奇声を上げてしまう。山中がそれを察して、箱に伸ばそうとした手を止める。
……しばらくすればまた白い光が出てきてこいつを解決してくれる、とはいえずっと持ち続けるというのは何度もこの感覚に襲われ続けるのと同じことだ。
「……見つけ、ましたね」
「ようやく、な」
「どうしましょう?」
「どうするって?」
「――開けてみちゃいますか?」
山中の提案に、俺は迷う素振りを見せた。翁が命がけで守ろうとしている、世界の安寧に関わるこの箱を果たして開けてよいのか、俺は迷う素振りを見せた。
――始めっから決まりきっていることだ。俺はするするとその紐を解いていく。
この箱が封印されているというのなら、この中にあるものが世界の平和に繋がる、そういうことだろう。この箱の中に何が入っているかなどさして重要じゃない、ただその箱を開ければいい。
ただ単純に、箱の中に興味があるだけだ。そして、箱の中に入っているもの、こいつを解き放てば、きっと世界が平和になる気がする。
それにしても頭の中の黒く蠢く感触が全く消えていかない、邪魔だ。これもこの箱を解き放てばどうにかなるだろう、いや、どうにかなる。この箱を開ければたちまち楽になるだろう。
俺は知っているんだ。この箱の中のもののために数々の命が散っていったことを、また、彼らの想いがこいつにも伝わっている事を。
奴は、あいつはここにこいつを閉じ込めて封印した。この桜の下に、遥か昔の苦い想い出の場所にあなたを閉じ込めた。沈む闇のタジャとナッキが、あなたをここに封じたのです。
紐が解けると、更にその下に黒い封がある事に気がつく。これを引き剥がせば貴方様は蘇り、世界に真の安寧をもたらしてくださる。我々はそれを知っている、また一度闇を世界に引き戻し、我らの自由を冒涜するエプリオへの反逆の手立てを――
――白い光が頭で弾け、きれいさっぱり何かが抜け落ちた。
「……ん? うわっ、いつの間に開けてたんだ俺」
「怖かったですよ開けてる時のタジさん、迷いがありませんでしたもん」
そこには紐が完全に解かれ、隠れていた黒い封が露わになった緑色の箱があった。先程の感触も白い光で抜け落ちたのだろう、脳みそがスッキリしている。
「これは開けちゃダメだろ、とにかく何かヤバそうだし、こんなもん見て開ける奴いないだろ」
「……すみません、最初はちょっと開けちゃおうかなって思ったんですけど」
「まぁ、それは人それぞれだし、いいんじゃないか? この中に何が入ってるか知りたいって思うのは、俺だってやまやまだしね――山中くんもやまやまでしょ、やまやま」
「タジさん……?」
俺はそのまま箱を持って、後ろを振り向いた。
「さーて、後はヨトちゃんの戦いがどうなるか――」
――目の前には、赤い炎があった。咄嗟に盾を構えて大防護を繰り出そうとするが、すっかり気が抜けていたので中途半端なものに仕上がってしまった。
弱々しく光る白いオーラが盾を包み込むが、心許ない事この上ない。防ぎきらなくても良いが、勢いでこのまま桜を吹き飛ばして後ろの海まで吹っ飛んでいくとか、そうなってしまうのはお断りだ。
しかし、オーラが消える事はなかった。代わりに目の前で、黒紫の炎が燃え盛っている。
盾を下ろすと――翁の身体が無茶苦茶に、刀によって切り裂かれていた。何度も何度も切り裂かれ、何度も何度も……
赤と青の炎を纏った双刀は遂に手から崩れ落ちる。左手の刀は一瞬で塵となり、虚しく積もった。右手の刀はそのまま幻影であったかのように、姿を消した。それでも未だに刀は翁の身体を切り刻んでおり、黒紫色の炎はなお激しく燃え盛っていた――翁の身体を焼き尽くさんとするばかりに。
徐々にその炎は小さくなっていき、鎮まる頃には既に翁の姿はそこになかった。それでも彼女は一心不乱に刀を振り続け、その勢いもどんどん落ちていき、遂に止まる。
場には、翁が消え去って尚どこか張り詰めた空気があった。ヨトはただただ無表情で刀を振り続けていた。どこか狂気じみたその行動で、山中が戦慄でもしているのだろう。
「――やっ、やれやれ、あのお爺さん学ばないのかなぁ」
彼女は何かに驚き声を上ずらせた後に言い直して、刀をすぐさま鞘に納めた。恐らく彼女ですらなぜあれほど狂ったように刀を振っていたのかわからないのだろう。
「よっぽどこの箱を開けられたくないのかな……」
「こ、怖かったです……」
「安心してヤマナカくん! もう私がやっつけちゃったから!」
「あ、いや、あ、はい、ハハ……」
ヨトちゃんの言葉に引きつった笑いで応える山中くん、彼女自身はそれに関して特に気にはしていないようだった。
――気が付くと、徐々に世界が色褪せていた。
「あれ、また何か」
「あぁ、うん。私もまた暗くなってきた」
桜が漂っている事もあってか、俺はそれを見上げながら振り向いていた。
――桜がどんどん散って、風に乗って飛んでいく。色褪せたそれを見ると、やはりその光景はどこか絵本を連想させた。後ろにあった月はいつの間にか消えており、完全に満天の星で埋め尽くされている。
「今度こそ、終わりなのかなぁ」
「……だろうね」
そしてそれも、次第にぽつぽつと姿を消していき、桜もまた、全てを散り終える。
徐々に桜は枯れ木と化し、空は橙色に光る。
――そこには元の色づいた世界があって、枯れ木の向こうには沈む夕日に染められた琥珀色の海があった。風の吹く音だけがする乾いた大地で、さざ波の音を響かせていた。
そのまま背中から桜に激突し、口から大きく空気を漏らした。
「……え?」
「タジさ――」
山中とヨトもそこから振り返って、何が起きたか悟ったようだった。
ぐらぐらする視界が徐々に鮮明になって、気が付けばまたヨトが翁と刀を交えていた。しかし先程のような一進一退の攻防でない――明らかに押され続けて、着物は破けていき、ところどころから血が滲み出ている。山中は何とか勇気を出して戦おうとしているのだろうか、引け腰で中途半端な間合いから直剣だけ構えて突っ立っている。
重い体が一気に軽くなり、精神が研ぎ澄まれていき、頭の中で風が吹いているかのように回転が素早くなった。
そこから、盾を構え深く集中する。そのまま盾に引っ張られるがままに突進をしていき、ヨトの肌に触れそうになった刀を無理やり弾き飛ばしたところで槍を構えながら勢いを落として滑るように制止していく。勢いに乗ったまま飛ばした槍先は翁の二刀流に弾き返されたが、ヨトが負うはずだった傷を減らすことができたのだから結果オーライだ。
「悪い、一瞬でそんな身体にされてちゃ見過ごせなくて」
「えへへっ、何それ……」
何も文句を言われないところ、彼女も一人で相手するのはきつかったのだろう。こんな化け物じみたパワーを滲み出しているやつと一対一なんて、俺だったらごめんだ。
――先程みていたよぼよぼの爺さんなんか比にもならない、そこにいるのは正真正銘の怪物。本能が震え上がり、気を緩めたら恐怖に駆られて身体は一気にすくんでしまうだろう。
突如として現れた右目の中の球体、主にそこから、強大なエネルギーが吹き荒れている。
「ヨトちゃんは、ただ攻撃することにだけ考えを割けばいい。それ以外の事は何も考えるなよ――それ以外の事は、任せろ」
ただ一つ、ヨトの鼻から音のこもった息が漏れる。それを肯定と捉えて、俺はゆっくりと目を閉ざし――見開いた。
構えた盾がみるみるうちに白い光に包まれる。今なら全く、集中が尽きる気もしない。身体の内から感じる魔力のような流れが限界を感じない内に、出せる限りの魔力を盾に捧げていく。
翁は左手に握った刀を叩きつけるように振り下ろすが、盾から溢れる光波がそれを弾き飛ばす。
「ヨトちゃん、出来る限り速めに、ね」
このまま一歩も動かず、ただ盾に集中――魔力を込めていけば良い。『光盾』は、一回限りの盾を無限に作り出すような、そんな魔法だ。そのまま今持っている盾のかたさが複製されて、光波となって飛ばされていく。
ヨトは素早く回り込んで、翁に向かって刀を振った。それを弾こうとする翁の刀に光波を滑り込ませ、守る手段を奪う。一瞬の判断で飛び退いた翁がそのまま俺に向かって刀を薙ぎ払ってくるが、それも光波で――返しきれなかった。
刀の前で虚しく弾け、そのまま刀身は俺の首に向かってくる。急いで盾を構え防ぐが、またも弾かれ、後ろに仰け反った身体が自然と反動で倒れていく。
倒れ込んだ俺に向かって二方向、前面と右面から刀が振られた。できるだけ身体に盾を密着させ、咄嗟の防護を繰り出す。大防護とは比にもならない程劣った防御力だが、それでも二つの攻撃を一つの衝撃として処理ができるなら――盾を構えた左手が痺れ、身体が衝撃で転がされるが防御の成功に一息ついた。
そのまま倒れた姿勢で盾を構えて光波を飛ばす。ただ翁の方向に向けて、確認もせずに飛ばした光波はそのまま彼の刀に命中する。
それでよろけた翁に向かって振り下ろされた黒紫炎を纏う刀身が、翁の身体に食い込んだようであった。そのまま身体を貫こうと、ヨトは身を一回転させてから突きを入れた。
僅かに退いて回避した翁は手首を回すだけで向けられた刀身を弾き、もう一本の刀を――その素振りを察知して素早く光波を飛ばすが、ただ虚しく、光波は両者の間を飛んでいっただけであった。
一瞬後に刀は振られたが、すぐにヨトの刀で弾かれ、彼女は連撃を食らわせようと切り返す。翁が片手の刀で弾き返そうとするところに、俺が光波を飛ばして防御の手段をどんどん消していく――そしてそのまま連続して、すこし右の空間に光波を飛ばした。
飛び退こうとした翁の身体は光波にぶつかり、動きが止まった。突如そこに見えない壁が現れたように感じたろう、次の行動が咄嗟に出てこない様から、混乱がはっきり見て取れる。
ヨトの刀は翁を切り裂き、加えてもう一つ切り返し、なんとか防御しようと動いた翁の片手がヨトの足で蹴り飛ばされ、翁の肩を掴んだかと思うと、刀が身体を貫いた。
――先程と違って、一切黒い液体は飛び出さない。代わりに出てきたのは、翁の呻くような弱々しい叫び声。黒紫色の炎が激しく燃え盛り、翁の身体を燃やしていくようだった。
翁を蹴飛ばして刀を引き抜いたヨトは、倒れたままの俺を一瞥してから燃える翁をただ見つめた。このまま寝そべっても仕方ないので、身体を起こしてヨトの傍に近寄った。
山中くんも後ろから近付いてきているようだ、草を踏んで駆けてくる音がこちらに向かってくる。
翁を燃やす炎はすぐに勢いが弱まり、みるみる内に消えていく。そこにいた翁はまるで黒く焦げたような姿になっており、所々が煤となって、風に乗って空気を舞っていく。
――右目に燃える太陽から一筋のエネルギーの帯が、右手の刀に向かって伸びていき、刀を取り巻くと同時に強く燃える赤い炎を纏った。
そして右から唐突に射してきた白い――月の光が翁の左手の刀に吸い込まれていき、静かに燃える青い炎を纏った。
俯いていた顔がこちらを向き、両手の刀が下に向けて振られると更に激しく、更に静かに炎は燃え盛った。
「…………」
――そして、刀がそれに共鳴するように、更に黒く、激しく、纏った炎を燃え上がらせていた。
視界の中でクロスするように赤と青がちらつく――その真ん中に黒紫の縦線が割り入る――向かってくる二つの刀を、ヨトが瞬時に抑えつけていたのだ。彼女はこちらを一瞬振り返って、
「危ないから下がってて」
そう一言だけ残してから、そのまま刀を押し込ませて漂う炎の中に消えていく。
言葉が出なかった、しかし、この場所にいるべきでない、か弱い存在の身を案じて振り向く事はできた。そこにいた黒髪の少年は、恐怖で目を見開きながら身をすくませている。
「……なんか、ごめんな。本当に軽いクエストに行く気持ちで来たのに、こんな事に巻き込ませちゃってて。まぁ、俺の技がこいつに通用してよかったよ」
笑ってそう言いながら、山中の肩を押して、彼をうねる三色の炎から遠ざけていった。
「し、仕方ないですよ……だって、こんな事になるなんて、誰も分かりゃしませんし……」
彼の目はただただ盛る炎を見据えて、恐怖を纏いながらも勇敢に事態を受け止めているようだった。
「ヨトちゃんには止められたけどさ、やっぱり行くわ」
山中は確かに聞いているようだったが、俺の言葉に対して応えることはなかった。
俺はまた向き直って、炎の飛び交う空間に向かって走っていった。
――風棘は負担が軽く、それと同時に威力も低いためあまり使わなかった。理由としては、勿論それよりも強いものを既に身につけていたためだ。
走りながら槍に魔力で風を纏わせていき、炎の近くまで辿り着くと同時に、やや上に向かって槍を投げ飛ばすように突き出した。
槍の形をした風はそのまま一直線に大気を貫いていき、燃え盛る炎を吹き飛ばした――そこには二人の化け物がいた。一人は右目に太陽を湛え、赤と青の双刀を振るっていた。一人はただただ無心に、黒紫の刀を振り回していた。
前者はこちらの行動に気付いた素振りを見せていたが、もう一方は何の反応も示さずに、ただ相手を切り散らすことしか考えていないようだった。
その迫力に気圧され一歩後ずさり、本能が危険信号を発する。このままこの空間に割り入れば――死ぬ。
構えた槍をそっと下ろして後ろを振り向く。しかしそこに彼の姿は無い。辺りを見回すと、彼は桜の前にいた。
桜の前で、必死に土を掘り進めている――彼は自分のできることを精一杯やろうとしているようだった。
俺は静かに彼の所によっていって、箱を掘り出す作業を手伝った。
――あった。
硬く冷たいものが指に触れ、その周りにまとわりつく土を崩してから、一気に引き抜く。
緑色の箱が、黒い紐のようなものでぐるぐる巻きにされている。そこにはあの黒い液体が染み付いているのか、またもぞわぞわとした気色悪い感触が身体中を這いずり回ってきた。
思わず小さな奇声を上げてしまう。山中がそれを察して、箱に伸ばそうとした手を止める。
……しばらくすればまた白い光が出てきてこいつを解決してくれる、とはいえずっと持ち続けるというのは何度もこの感覚に襲われ続けるのと同じことだ。
「……見つけ、ましたね」
「ようやく、な」
「どうしましょう?」
「どうするって?」
「――開けてみちゃいますか?」
山中の提案に、俺は迷う素振りを見せた。翁が命がけで守ろうとしている、世界の安寧に関わるこの箱を果たして開けてよいのか、俺は迷う素振りを見せた。
――始めっから決まりきっていることだ。俺はするするとその紐を解いていく。
この箱が封印されているというのなら、この中にあるものが世界の平和に繋がる、そういうことだろう。この箱の中に何が入っているかなどさして重要じゃない、ただその箱を開ければいい。
ただ単純に、箱の中に興味があるだけだ。そして、箱の中に入っているもの、こいつを解き放てば、きっと世界が平和になる気がする。
それにしても頭の中の黒く蠢く感触が全く消えていかない、邪魔だ。これもこの箱を解き放てばどうにかなるだろう、いや、どうにかなる。この箱を開ければたちまち楽になるだろう。
俺は知っているんだ。この箱の中のもののために数々の命が散っていったことを、また、彼らの想いがこいつにも伝わっている事を。
奴は、あいつはここにこいつを閉じ込めて封印した。この桜の下に、遥か昔の苦い想い出の場所にあなたを閉じ込めた。沈む闇のタジャとナッキが、あなたをここに封じたのです。
紐が解けると、更にその下に黒い封がある事に気がつく。これを引き剥がせば貴方様は蘇り、世界に真の安寧をもたらしてくださる。我々はそれを知っている、また一度闇を世界に引き戻し、我らの自由を冒涜するエプリオへの反逆の手立てを――
――白い光が頭で弾け、きれいさっぱり何かが抜け落ちた。
「……ん? うわっ、いつの間に開けてたんだ俺」
「怖かったですよ開けてる時のタジさん、迷いがありませんでしたもん」
そこには紐が完全に解かれ、隠れていた黒い封が露わになった緑色の箱があった。先程の感触も白い光で抜け落ちたのだろう、脳みそがスッキリしている。
「これは開けちゃダメだろ、とにかく何かヤバそうだし、こんなもん見て開ける奴いないだろ」
「……すみません、最初はちょっと開けちゃおうかなって思ったんですけど」
「まぁ、それは人それぞれだし、いいんじゃないか? この中に何が入ってるか知りたいって思うのは、俺だってやまやまだしね――山中くんもやまやまでしょ、やまやま」
「タジさん……?」
俺はそのまま箱を持って、後ろを振り向いた。
「さーて、後はヨトちゃんの戦いがどうなるか――」
――目の前には、赤い炎があった。咄嗟に盾を構えて大防護を繰り出そうとするが、すっかり気が抜けていたので中途半端なものに仕上がってしまった。
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しかし、オーラが消える事はなかった。代わりに目の前で、黒紫の炎が燃え盛っている。
盾を下ろすと――翁の身体が無茶苦茶に、刀によって切り裂かれていた。何度も何度も切り裂かれ、何度も何度も……
赤と青の炎を纏った双刀は遂に手から崩れ落ちる。左手の刀は一瞬で塵となり、虚しく積もった。右手の刀はそのまま幻影であったかのように、姿を消した。それでも未だに刀は翁の身体を切り刻んでおり、黒紫色の炎はなお激しく燃え盛っていた――翁の身体を焼き尽くさんとするばかりに。
徐々にその炎は小さくなっていき、鎮まる頃には既に翁の姿はそこになかった。それでも彼女は一心不乱に刀を振り続け、その勢いもどんどん落ちていき、遂に止まる。
場には、翁が消え去って尚どこか張り詰めた空気があった。ヨトはただただ無表情で刀を振り続けていた。どこか狂気じみたその行動で、山中が戦慄でもしているのだろう。
「――やっ、やれやれ、あのお爺さん学ばないのかなぁ」
彼女は何かに驚き声を上ずらせた後に言い直して、刀をすぐさま鞘に納めた。恐らく彼女ですらなぜあれほど狂ったように刀を振っていたのかわからないのだろう。
「よっぽどこの箱を開けられたくないのかな……」
「こ、怖かったです……」
「安心してヤマナカくん! もう私がやっつけちゃったから!」
「あ、いや、あ、はい、ハハ……」
ヨトちゃんの言葉に引きつった笑いで応える山中くん、彼女自身はそれに関して特に気にはしていないようだった。
――気が付くと、徐々に世界が色褪せていた。
「あれ、また何か」
「あぁ、うん。私もまた暗くなってきた」
桜が漂っている事もあってか、俺はそれを見上げながら振り向いていた。
――桜がどんどん散って、風に乗って飛んでいく。色褪せたそれを見ると、やはりその光景はどこか絵本を連想させた。後ろにあった月はいつの間にか消えており、完全に満天の星で埋め尽くされている。
「今度こそ、終わりなのかなぁ」
「……だろうね」
そしてそれも、次第にぽつぽつと姿を消していき、桜もまた、全てを散り終える。
徐々に桜は枯れ木と化し、空は橙色に光る。
――そこには元の色づいた世界があって、枯れ木の向こうには沈む夕日に染められた琥珀色の海があった。風の吹く音だけがする乾いた大地で、さざ波の音を響かせていた。
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手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
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