異世界はどこまでも自由で

メルティック

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ホロトコ村

2-7.オトコ様

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「本当に化け物じゃないっていうんなら、その怪しい顔を取ってみろー」
「これで満足か」
「中々良い顔してるのがむかつく、やっぱりお前は化け物だ」
「なぁ、俺はどうすればいいんだ」
「う、う――こら、ミューゼ!」

 寒村によく響く話し声、その元へと俺達は向かっていた。勿論、その中に聞き覚えのある声がはいっていたからだ。

「あれ、いつの間に降り縺ヲ縺阪◆繧薙□? ようやく着いたな、あまり顔を出したくねぇんだが……」
「あっ――ほ、ほらっ、そのままでは貴方たちも村人たちも不幸なままなのですよ! シトレアさんも近くにいることですし、ほら!」

 何やら表情を曇らせたかと思えばしかめっ面になってアーケラスを叱るエリシエ、しかし山賊の一端が彼女らに近付く事は無く、向こうからこちらを振り向いた。

「お帰り――その髭の人は、山賊の人?」

 旅人を迎えるような口調、目つきでアーケラスを迎えるシトレアに違和感を覚える。忘れていたが、彼女は山賊を目の敵にしていたのだ。普通に歓迎してくれているようで良かったが、もし何か違っていたなら――

「そうですっ! その、彼はっ! 村人について、お話したいことがあるんです!」

 率先して声を上ずらせながら山中が発する。アーケラスは頭をかいてバツの悪そうな顔をする。

「その、村のお偉いさんとかはいねぇのか? 話をつけるならそっちからの方がいいと思うんだが――」
「いないよ、村長さんがいなくなってからおかしいなって皆でなったんだもん。もう殆ど村の人はいないよ」

 アーケラスが黙りこくると、シトレアの肩にひっついていた白いもさもさがうごめいて顔が現れた。

「言う事があるなら早く言ってね、姉ちゃーも皆も勘違いしてたから」

 赤髪を齧りながらそう言った白髪の子――おそらく襖の向こうにいたであろう子――の言葉を聞いて、アーケラスは口を開いた。

「そうだな。シっ、シトレア、お前に話したいことが幾つかあるんだ」

 彼はここに来た経緯を全て話し、なぜ村人を攫っていたのかも全てシトレアに吐き出した。しかし何故だろう、その様を見ていると妙にこそばゆいというかくすぐったいというか、妙にへっぴり腰なのだ。

「……意味わかんない、お前みたいな奴らに守られてるなんて、村の皆はお前たちに何されたか忘れちゃったのかな」

 恐らくは彼が逃亡してきた際の事を言っているのだろう、その事に対してアーケラスはただただ頭を下げることしかできなかったようだった。次にシトレアは突然人物の特徴を唱え始めた。保護した者の中に合致する者がいるか聞くが、アーケラスは首を横に振るだけだった。表情は動かなかったが、空気が重くなるのを感じた。

「母ちゃー、駄目だったんだね」
「まぁいいよ、今はそんな事言い合ってる場合じゃない。本当の犯人が誰なのか――」

 ――そう彼女が言いかけた瞬間、ぽちゃりと水音が聞こえた。瞬時にヴィルシスが鞘から剣を抜き出したと思えば、シトレア達は辺りを見回す。

「気を付けろ。この音の正体が真犯人って野郎だ、気を抜くなよ」

 強い殺気がシトレアから滲み出してくる、その右手に持っていた大斧がぶるぶると震え出し、それを必死で抑えようとしているのも伝わってくる。
 直後、俺達の間に黒いものが生えるように現れた。地面に波紋を作りながら、完全に地表に出ると同時に地面が赤く染まっていく。

「クククッ、確かここいら――うおっ!?」

 そこにピンポイントに叩きつけられた大斧を咄嗟に回避した黒い物は次にヴィルシスに腕に掴まれていた。その身体だけを両断するように薙ぎ払われた斧を、ヴィルシスの腕にしがみつく事によってなんとか逃れているようだった。


「なんじゃなんじゃっ!? よもや我を忘れたわけではなかろう!?」

 ぴらりと黒い翼が垂れ落ちて現れたのは、暫く姿を見せていなかったリジッドラットだった。頭を鷲掴みにされながらも目を丸くしてシトレアの様子を伺っている。しかし別れた時とは違い紫色の髪には所々赤が滲んでおり、その顔も血まみれだ。おまけに左肩から腹にかけて裂かれたような傷があり、多量の血が流れている。

「あっ、リジッドラットさん……ご、ごめんなさい! そ、その傷私のせいで!」
「おーおー、これなら構わぬ。元々ついていた傷だ――ところで、誰だか知らんがそろそろ離してもらいたいのだが」

 宙ぶらりんのままでも余裕を取り戻してきたのか、落ち着いた声でヴィルシスに乞う。しかし彼と彼女は初対面、ヴィルシスからしてみればという可能性が拭えない状況、俺達が彼女の事について教えると、彼はすぐに手を離した。

「ふぅ、我だってお主らの前に現れてびっくりさせるつもりはなかったんだからな、まったく」
「ところでその傷、大丈夫ですか?」

 エリシエが彼女の深い傷についてきくと、リジッドラットは己に酔っているように右手で頭をおさえながら、優雅にも見えるように身体をふらふらと揺らした。

「ククッ、この程度お茶の子さいさいよ。いや、寧ろこちらの方が都合が良くなってっきているかもしれんな」

 回復魔法の用意をしていたであろうエリシエを即座に手で制すと、頭をおさえる手に力が込められた。すると、傷口から夥しい量の血液が噴射される。

「うわー! 何やってるのこの人、やめて!」
「えっ」
「え、リジッドラットさん?」 
「ほぎゃぁぁぁ!? うわっ! うわっ! うわぁぁぁぁ!」

 シトレアの肩を掴んでいる女の子が慌ててリジッドラットに手を伸ばし、掴まれているシトレアは何が起きたか分からず呆然とし、二人共噴き出してきた血を思いっきり浴びていた。俺はなんとか手で少しは防ぐことができたが、それでも身体中に血液を浴びてしまう。山中は配偶者の突然死を目の当たりにしたかのような錯乱ぶりを見せ、付着した血をスプリンクラーのように飛ばしていた。
 当の本人は一切気にしていないようで、元々白い肌が更に白く見えるようになっていた――人のような艶はなく、しかし妖艶な色気を醸し出していた。傷口は開ききったままで、血の通わない白身魚のような肉が覗いていた。

 一つ艶めかしく息づいたリジッドラットは、改めて辺りを見回す。エリシエに目をやって、身体が少し強張っていた。

「さて、とりあえずは我がいなかった間のお主らの話を聞くとしよう」
「だ、大丈夫なんですか……?」
「我が大丈夫だと思っておるのだ、大丈夫にきまっているだろう」

 エリシエがいるから多少は安心感があるが、彼女がいなければ落ち着けたものじゃなかっただろう。こんなのいつ倒れてもおかしくないはずだ。リジッドラットの身振りを見れば特に異常はないが、やはり大量の血が抜け出たという事実は恐ろしい。山中はまた塞ぎ込んでしまったし。
 それはともかく、俺はエリシエ達やアーケラスの事をリジッドラットに紹介し、そして二グループが得た情報の交換をした。

「じゃあ、その建物に向かうって事でいいんですね?」
「その筈だったが、そこのギルドの奴が来たなら話が変わる。聞きたいことがあるんだよ」

 ヴィルシスがリジッドラットの方を向く、おそらく兜の中じゃ睨みつけているのだろう。彼のきこうとしていることは分かる、それは――

「あぁ、どうやってあやつの領域に侵入できたか、という事だろう? クク、残念ながら下手っぴには無理だ」
「何かあるんだな」
「ククク、今もそこらをと思うぞ?」

 その言葉に引っかかったのか、ヴィルシスが更に聞き出す。リジッドラットは疑問の余地を残さぬように、といったように自分の知っていることを恐らく全て、話し始めた。

「そうだなぁ、あれは魚人とでも言うべきか。そいつが少なからず複数はいるはずだ。地の中を泳ぎ、そこから顔を出しては獲物を見つけてひっ捕らえているようだ。山賊が子供を連れてくのを尾行していたらたまたま発見してな、我の妨害を食らいながらも必死に獲物を追いかけてたぞ、ククク」
「なんか信じらんねぇなぁ……で、てめぇはどうやってその、泳いだ、って言えばいいのかな」
「奴に張り付いて、ついていけば良い」

 非常にシンプルに言い切ったリジッドラットだが、ヴィルシスの話によれば、話に出てくる魚人は滅多に姿を現さないそうだ。そしてその方法というのも、いまいちパッとしない。

「え、ついていくって?」
「そのままだ、ついていけば良い。気付かれないようにやつの頭に張り付いて、そのままそいつと同化するように引きずり込んでもらえばよい」

 簡単に言いのけたリジッドラットだが、更にわからなくなった。

「クク、だから下手っぴには無理だと言うのだ。分からないのであれば、我だけが奴らの巣へと向かうが挑戦してみたいやつはいるか?」
「ヴィルシス、やってみてください」
「……」
「ぼ、僕もやってみます!」
「緊急クエストで来たんですから、解決できるんならやるに決まってるでしょう!」

 どうやってその魚人とやらが現れるのかとかは全く分からないが、とりあえずはリジッドラットの案に乗ってやるだけやってみようと思う。彼女の言う通り巣があるというのなら、そこに何か望みがあるかもしれない。
 そんな意気込んだ空気の中で、シトレアと肩の少女――ミューゼだったか、は、黙りこくったままだった。

「シトレアさんは、どうします?」
「……ちょっと気になる事があって。その、魚人、っていったよね?」

 シトレアがリジッドラットに訊くと彼女はこくこく頷く。「青緑?」ときかれればまた彼女は頷き、「大きい?」ときかれれば少し悩んだ様子をみせてから、こくりと頷いた。

「それ、多分オトコ様だと思う……」
「なんじゃ、様?」
「その、村の神様って言われてるの。村を護ってくださる魚神だって、村長さんとかお母さんが言ってた」
「おとこさまー、夢の中におとこさまが出るとその日は幸せー」

 それを聞いてそれぞれ何を思ったのかは分からない、ただ俺が最初に思ったことは――

「本当は、神様なんかじゃなくてただの化け物だったのかもしれないっすね」
「どうだろうな、もしかしたら何かの影響でトチ狂ったのかもしれねぇ」

 俺とヴィルシスはそれぞれそう発して、自然と顔を合わせていた。

「わ、私はオトコ様を信じる! だって、村の神様だもん……」
「姉ちゃー、現実を見たほうが良いかもしれない」
「きっとその、おとこ様がこんな事をしてるのも何か理由があるはずです!」

 シトレアやエリシエはその魚人とやらは危険でないと考えているようだ。村の神様が意味もなくこんな事をするはずはないと思うが、今その決断を下すのは早いだろう。
 リジッドラットは自分の頬を小さな鉄のナイフで叩きながら神だ邪神だ言い合っているのを聞き続けて、遂に口を開いた。

「さて、我は晩御飯までには間に合わせたいのだ。行きたい奴だけ着いてくると良い」

 また勝手にスタスタ去っていくリジッドラットを止める者はおらず、俺とヴィルシス――山中がついていくことになった。

「山中ちゃん、大丈夫なの?」
「はい! ずっと役立たずの空気のまま終わりたくないんです!」

 ヴィルシスは何も言わず、俺達はそのままリジッドラットの後をついていった。後ろを向くとエリシエが手を振っており、シトレア、ミューゼとアーケラスはただ黙って見送っている。



~~~ ~~~ ~~~~~~~



 俺達は村から離れ、川の流れる森の中に入っていた。

「魚人共は何やら山賊を目の敵にしているようだ。アーケラスとやらが心配だが、まぁ、心配ないだろう」
「どっちですか……」
「お主は何も分からないのか、あのエリシエとかいうのがいる限り何があっても大丈夫だ」

 リジッドラットはふざけた風でもなく、はっきりとそう言いのけた。ヴィルシスが一つ、鼻で笑った。

「ハッ、ババアは戦いに関しちゃド素人だぞ? 回復魔法がいかに優れていようとも限りがある」
「……あいつが回復魔法のエリートであろうと、やはりどこか気にくわぬ」
「どうしたんすか? 何がそんなに気になってるんですか?」

 黙ったままの彼女は、突然懐から長い毛皮を取り出した。

「何でもないからとりあえずタジ、お前これに着替えてそこらをほっつき歩いてろ」
「……へ?」
「囮だ、死にはしないはずだぞ?」
「え、それアーケラスさんにやらせとけば――」
「ついてくるならやらせた、来ないならお主がやれ!」

 ふとリジッドラットの身体についた裂傷が目についた。

「あの、それはその魚人に?」
「これは少し無理してしまっただけだ、お前なら大丈夫だ大防護でもかけとけ!」

 ぐいと毛皮を押し付けられ、仕方なく着替えることにした。左手に槍、右手に盾を持った毛皮一枚の男が出来上がり、それを見たリジッドラットは口を抑えながら笑っている。山中は失笑し、ヴィルシスは目も合わせてくれない。彼の鎧がやけに震えている。

「そんなに変ですか?」
「うん、きもい」

 彼女、言葉がどストレートすぎる。あとはこれでほっつき歩けばいいようだが、そんな簡単に現れるのだろうか――と思って彼女らと離れて歩き出した際に、突然水の音が聞こえてくる。川を流れる水の音だが、近くにそんなものはない。不思議に思っていると、音はどんどん近付いてくる。

 完全にやつらに目をつけられたらしい、ならば態勢は整えておこう。
 目を閉ざして魔力の流れに意識を注ぐ。それらを身体に、蜘蛛の巣のように、スポンジのように張り巡らせていく。こうすることによって、流れる魔力がある程度衝撃を緩和するようになる。その特性からシンプルに『衝撃緩和』といわれている、一度きりの大防護と違い、持続性のあるものだ――とはいえ、もちろん大きな攻撃を食らってしまえば緩和など意味を為さない。

 水の音が足元に近付いてくるが、それでも気にせず歩き続けた――突如視界が急落していき、完全に土に埋まったと思えば、一気に目の前が明るくなった。

 そこは水の世界とでもいえばいいのか、薄透明な空色に包まれた空間で水のような圧力を感じるが息はできるという不思議な空間だった。
 急いで足元を確認すると、白く鋭い爪を生やした指と水かきのようなものが張りついていた。青緑色の鱗はそのまま下に続いていき、一本の腕へとつながり、全体像がくっきりと目に映った。
 完全に人の形をしているが、要所要所が魚のような特有のしなやかさを持っている。目立つ違いというのはやはり足と手だろう、開けば扇を成すように三本の指と水かきがついている。そして、目のない頭がそこにあった。青緑の鱗がびっしり生えそろった頭には口だけがあり、鋭い牙を覗かせている――その頭を掴むようにリジッドラットが、そして肩には山中と、辛うじてヴィルシスが掴まっていた。

「どうだタジ、このまま泳いではくれまいか」
「えっ――えっ!?」

 水中でそのまま喋り声が聞こえることに驚き、普通に喋れることに驚いた――そして同時に、魚人の爪が俺に襲いかかる。盾を使って防ぐが、水中でなければすっぱりと足を切られていただろう。

「お主ら、こやつの攻撃にもできるだけぶつからぬようにして、存在を悟られぬようにせいよ。掴む手も繊細に、声は大丈夫みたいだがな。息は必要ならこやつの吐く泡で補えい」
「が、頑張ります!」
「……」

 魚人は掴んだ手を振り回したり、ぐいっと近付けて爪を食い込ませようとしてくるが、どれも動きが単調で盾で簡単に防げるものだった。リジッドラット達はそれに合わせて、できるだけ魚人の動きを阻害しないようにぴったりひっついて立ち回っている。

「タジ、我らにはこやつらの巣が見える、誘導するからそこまで泳いでくれい」
「巣って、あの丸いもやもやですか!? 僕あれにあんまり良い想い出無いんですけど!」

 彼女らの言葉から推測するに、恐らくエプリオの霧があるのだろう。リジッドラットが次に後ろ、下、と方向を示してきたため、魚人の攻撃を防ぎながら泳いで魚人を誘導し、進んでいく――にしても、相当弱く感じる。俺が強すぎるのだろうか。とはいえ、盾も何もない山賊ならまともにこの爪を食らってしまうだろう。盾で防げているだけマシだが、中々に鋭いものかもしれないため気は抜けない。
 魚人とわちゃわちゃ戯れるようにしてリジッドラットの指示に従っていると、いよいよ視界が灰色の靄に包まれていく。世界と世界の境界を象徴、体現するエプリオの霧はそのまま突き抜けていけば別世界へと通じるワープゲートのようなものだ。

 ――霧が晴れると、水の中だった。先程とは違うじっとりと肌にまとわりつくような水の冷たさに肌を震わせた。それでもまだ息は普通にできる。
 山中はすぐに魚人から手を離してしまったようで、リジッドラットもヴィルシスも、それに続いて手を離して浮上している。

 俺も早めの浮上を試みたが、こいつが足を掴んで引っ張り込んでくる。手を離しても大丈夫なら、離されても大丈夫だろう――槍で思いっきり腕を突くと手はすぐに開いてくれた。そのまま浮上する勢いで自然と槍は青緑の腕から抜けていき、ようやく俺も水面に顔を出すことができた。

「ふぅっ……上手くいったんですかね」
「うむ、上出来だ! お主らも中々水中での立ち回りが上手かったではないか、我だけになっても良いように対策しておいたのだがな」
「いえ、楽しかったです!」
「ほう、これが楽しかったと」

 山中はひと泳ぎしたような感想を吐いて、リジッドラットはそれに感心しているようだ。

 ――改めて見回すと、この世界の中央であろう場所に石造りの大きなブロックがぽつりと置かれているだけで、他は異様に大きな鍾乳洞という印象しか与えなかった。そしてそのブロックの上には魚人が数人存在し、村人であろう人達も一箇所に集まっているのが目についた。

「ビンゴ……だが、何だこれは」

 リジッドラットにはその光景が奇妙にしか見えないようだった――しかし、俺もその内の一人だ。
 魚人は村人を囲うようにして動き出し、そしてその全員がこちらへと頭を向けていた。
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