異世界はどこまでも自由で

メルティック

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ホーナスト小国

3-5.記憶胎動

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 ――あぁ、また灰色だ。どこまでも続いてく灰の砂の上に、また俺は立っているんだ。
 ここに来れば全てを思い出す。フークに出会った山中の事、俺が何度もこのような夢を見ている事、そして、あのクエストの張り紙を見た際に覚えた異様な興奮の正体。
 今日ははっきりと、日中に何度も違和感を覚えていた。つまりここは俺にとってある種もう一つの現実のようなもので、ただの夢だと言い切れなくなってしまっている。それと、この灰色の世界にくると妙に達観しているような気がするのだ。俺は昔からこんな奴だったろうか、はっきりは覚えていない。ただ、今この夢の中のように何があっても冷静ってわけじゃなく、寧ろ現実から逃げるようにぼーっとしていたような奴だと覚えている。
 ――俺は、いつこの世界に来たのか。これだけはここに来ても思い出せない。僅かに感じる苛立ちからか、不貞腐れるように寝転ぶ。

「おーっ、やっと私の方から来れたねぇ!」

 うるさい声が聞こえる。誰の声だったか、少なくともフークや老人の声ではない。耳を微かに痛めるような高音が鼻歌になって耳の中を掠めていく。

「やっほー、タジ! 元気してたかっ!」

 俺の視界に無理やり映り込むように、そいつは俺の目前に倒れ込んできて――エリシエ? いや違う、よく似た誰か――

「エリシャっ!」

 身体が自然に動いて、その身体を抱きすくめていた。胸中にすっぽり収まるような小さい身体を、苦しめないように優しくしながらも強く抱きしめ続けた。

「うあぁー、ギブッ、ギブギブッ……」
「ごめんっ……本当に、ごめんっ! 俺! 俺――」
「もういつまで私の事引きずってんのさぁ! 私はここにいるから大丈夫だって。それに、私が一番分かってるからいいんだよ。タジは一番正しい選択をしたんだって」

 エリシャの言葉が、声が、耳に届く度涙が溢れていく。もう聞けるはずのないあの声を、はっきり思い出した。

「本物、なんだよな?」
「む、夢だと思ってるの? そんなわけ無いっていうのはタジが一番分かってるんじゃないかな」

 彼女の言う通りだ、俺はもうこのまま離したくないとまで感じている。この夢のような現実が、一生終わらないで欲しいと。

「雪、綺麗だったよね。タジが私の事を殺してくれたあの日、はっきり覚えてるよ。集落の皆から、タジのお友達からも反対されてたのに、タジだけは私の事を助けてくれたよね」
「でも、俺は結局あれから、開き直ろうにも、開き直れなくって」

 相変わらず、優しい声だった。最期の日、自ら手を広げて「殺して」と優しく囁いたあの時の声――包み込んでいるはずなのに、包み込まれている。

「タジ、私はこう思ってるの。タジじゃなきゃ私を殺せなかったって」

 白い光が目の前一杯に広がっていく、このまま目覚めるのは嫌だと思った。しかし何故だろう、また明日会えばいいと、ぐらついた思考が瞬時に冷静に処理されていってしまった。ならばこの一瞬の幸福を最期まで享受しよう。安心しきった赤子のように、朦朧とする感覚に意識を委ねて……

 嫌だ、やっぱり寂し――



~~~ ~~~ ~~~~~~~



 鳥のさえずりが聞こえる。目を開けたらそこには何があるのだろうか、もしこのまま目を開かなければ俺は真っ暗な世界に居続けるままなのだろうか――なんてよく分からない事を考えてから目を開くと、窓から差し込む日光が眩しかった。昨日とは打って変わって快晴だ。
 大きなあくびをして目をこすると、随分と涙が出てくる。流石高級宿、快適な風呂に快適なベッドで俺の身体が別れを拒んでいるのだろう。

「あぁ、おはようフーク」

「っ!? 縺ゅ▲、縺翫?、お縺ッ繧う!」

 何故か一緒のベッドで眠っていたフークに朝の謖ィ諡カ繧偵@縺ヲ ――名残惜しいが仕方ない、箱入りお姫様にうんと楽しい旅をさせてやらなければ、だからな。
 丁度タイミング良く扉がノックされたので、すぐに対応する。

「はいはーい……おはようございますディードさん、いい朝ですね!」
「おはようタジちゃん。いい朝なのはいいんだけどねぇ、良すぎて姫様がベッドから出てきてくれないのよ」

 どうやら、姫様も名残惜しいようだ。



 昨晩のように最高な朝食を頂く。なぜただのパンがこれ程美味なのだろうか、昨日程節操なしにがっついてはいないが、表面上どう振る舞おうともこの心の躍動は止まらない。ネーアは瞼を擦りながら朝食を口の中に入れているのだがその目は半分寝ている。

 宿を出ると、この街にあるものが気になると言ったネーアがどんどん勝手に歩き回るので手つなぎの刑に処された。昨日とは打って変わって、手を繋いで喜んでいたのがなんだか捕まった宇宙人状態だ。しかしネーアはそれを楽しんでいたようで何度も俺達の手にぶら下がっては履物を地面に引きずらせた。

 その状態のまま色んな物を見回っていると、何やら珍しい催し物を見つけた。

「ほら、しっかり見ていてくださいよ! この指に挟まれた銀貨を掴みますと……はいっ! 一瞬にして消えちゃいました!」

 見物人が彼に拍手を送り、子供達からは歓声があがる。奇抜な服を着た男は深々と礼をした。どうやらネーアもその魔法のような光景に驚いたようで、食い入るように見つめていた。男がまた銀貨を指の間に戻すと、場は再び盛り上がる。

 マジックだ。この世界では奇術と呼ばれているようで、魔力を使わない魔法だと謳われている。一般的に知られている魔法でできるような事は勿論この世界では奇術などと呼ばれない、ただの魔法だと嘲笑われるだけだ。
 例えば指から火を出すマジックは、ここではまず奇術とは言われないだろう、非常に微弱な魔力で再現が可能なのだから。ただ、とてつもなく大きな炎を出すものならマジックとして認められるかもしれない。規模の大きい魔法であれば、必ず魔力の流れというものを感じるからだ。ちなみに物を消したりなんていう魔法は――知るところ、ない。



「ディード、タジ、見てみて! ここにある銀貨が……ほらっ――あれ?」

 マジックショーが終わると早速ネーアが再現しようと試みるが、種も仕掛けも無いためできるはずもなかった。指で挟んだ銀貨を反対側の手で掴み取って、その手を開くと銀貨が無いし、挟んでいた方の指にも銀貨がないというマジック――ネーアは何度も挑戦するが、何度やっても掴んだ手に入った銀貨が地面に落ちるだけだった。

「ネーア、ちょっと俺がお手本を見せよう!」
「タジできるの?」
「んー、できないかもしれないしできるかもしれない。ただもしかしたら俺ならできるんじゃないかなって、そんな気がしてな」

 幸運なことに、俺はこのマジックのトリックを知っている。さりげなく壁際に辿り着くまでお話をして、壁を背にした後銀貨を取り出す。

「ほら、この銀貨をしっかり握り込むと――ほらっ! 消えただろ?」

 ネーアが目を丸くさせ、口をぽかんと開けたまま固まっている。銀貨をまた指の間に戻してやると彼女の目がじっと銀貨を見据えた。

「す、すごい……!」
「へへっ、それ程でも」
「まさかあなたも、奇術の使い手だったの?」

 ディードさんまで俺のマジックを見て驚いているみたいで、通行人も立ち止まってまでこちらをじろじろ見ていた。

「いやいやこれくらいどうってことありませんよ」

 どこかこそばゆくて意味もなく頭をかく。しかし彼らの視線がとても気になる、なんだか見世物を楽しむようなもの以上の何かがそこに込められているような気がした。

「あーほら他にも色々あるかもしれないし早く行きましょうよ!」

 空気に耐えきれなくなって、ネーアの手を引っ張りさっさと逃げるようにして街を歩いた。



 しばらく街中を見物しているとネーアが満足して、またどこかへ行きたいと言ったので俺達は再び馬車を走らせることにした。次は北に行くことになり、早速馬車が街を離れるために進みだす。
 ふと来た方を見ると大きな岩山が目に映り込む、あちら側の遙か向こうから来たのだと思うと更に胸が高ぶってくる――まだまだ進むんだって気分で。

 街を出ると草原が広がっていた。この風景には見覚えがある、このまま草原を駆けていけばツィルフィー界に出るだろう。辺りを見回すと左には岩山が、右を見てみれば木の家々が遠くに見える、恐らくあそこに村があるのだろう。あの家々もまた記憶の中にあるのだが、プロコ街一直線に進んでいたため特に気にかけてもいなかったっけ。
 ただ家々を考えなしに見続けていたら、視界にネーアが割り込んできた。

「ん、どした?」
「ねぇねぇ、銀貨のやつもっかいやって!」

 マジックが気に入ったようなので何度も披露していると、ふと襲ってきた馬車の大きながたつきで隠した銀貨を落としてしまった。

「おっとっと、あーこれはあれだよほらちょっと奇術がズレたっていうか?」

 必死に言い訳をするが、姫様は俯いたままだった。まさかタネがバレてしまっただろうか。

「こ、これってどうやってやってるの?」

 そんな事はなかったようで、銀貨を拾って渡してくれた。ネーアの目が期待に満ちたようにこちらを見続けている。どうせそんな大したことでもないので、ネタを教えることにした。

「えっとね、親指と中指で掴んでるでしょ? それを握り込む時に――」

 俺がマジックの説明をするとネーアは熱心に聞いてくれた。全てを伝え終えると彼女は早速それを再現しようと、早速説明に用いた銀貨を使ってマジックを始めた。

「えーっと、この銀貨を掴んで……あぁっ、落ちちゃった」

 馬車の中で何度も練習をする姫様を温かく見守っていた。その内行動に焦りが見えてきて、表情もどこか小難しいものになってくる。

「タジもっかい見せて!」
「はいはい、じゃあ良く見ててね?」

 今度はマジックのコツを見せるように手の内を明かしながら披露していると、窓が強く叩かれる。前を見ると御者が額に汗を浮かべながら何度も窓を叩き続けていた。
 何事かとすぐに窓を開けると即座にディードの言葉が飛び込んできた。

「後ろから魔物が馬車を追っかけてるみたいなの、どうにかできないかしら!?」

 咄嗟に扉の窓を開け後ろを見ると、青い体毛の狼が何匹もこちらを追ってきているのがすぐに分かった。今の俺が持ってきているのは護身用の頼りないナイフだけだが、やれるところまでやるしかないだろう。

「昨日買った砥石をくれませんか?」
「えぇ、使うの? ちょっと待ってて」
「一応俺が持っておきます」

 ディードが片手で懐を弄ると、即座に砥石を投げ飛ばしてきたのでしっかりキャッチして受け取る。
 ネーアにはできるだけ席の右側に寄ってもらって、俺は馬車の扉を開けて段差の上に立つ。二段ある段差を一つ降り、振り落とされないために二段目をしっかり掴んだ。
 視界のすぐ傍を金の車輪が回っている――青い狼はどんどん距離を詰めていき、馬車に追いつかんとする所でナイフを抜いた。要領は槍となんら変わりない、ただ魔力を込めながら意識を集中させる。ナイフの刃に風が纏わりつき、それを放り投げるように突き出した。

 風が一直線に大気を貫いていき、そのまま狼の足を貫通した。地面を転げていく狼を確認してから、残り頭数を把握する。反対側から近付いていた狼が馬車で隠れてしまったためこちらから見えるものは早めに処理をしなければ。
 風槍を繰り返すことですぐにこちら側は片付いたが、問題は反対側だ。馬車の下を覗き込めばその足は見える。しかしここから風槍を放ってしまうと馬車を巻き込んでしまい傷をつけてしまうおそれがある。
 残りは一、二――三頭だ。馬車の中に戻り、早く始末するためにも反対側の窓を開ける――一匹が窓の中に突っ込むように飛びかかってきた。わざと腕を噛ませ、こちらを睨む黄色い目玉にナイフを思い切り刺し込む。怯んで牙を離す前に、僅かな魔力を刃に乗せて、微弱な風を纏わせ頭の中に解き放った。だらんとなった狼の首根っこを素早く掴み、近付いてきたもう一体に向かって放り投げると見事に命中し両者地面に転げて横たわった。それを見た最後の一体は、馬車を追いかけるのをやめたようだ。

 馬車の中で血を垂らすのもまずいので、狼の様子を観察しつつ腕を窓から出したままヒールをかけた。最中、後ろから扉を閉める音が聞こえる、そういえば開けっ放しだったっけ。

「これで大丈夫ですよ」

 そこからディードに声をかけると、「そうみたいね、ありがとう」と御礼の言葉が返ってきた。治癒を済ませて窓を閉め、ナイフを懐に戻したらまた席に戻って旅の続きだ。

「そうだ、扉ありがとう」

 ネーアに声をかけるも返事はなかった。気になって彼女の方を向くと、俯いたまま震えていた。

「大丈夫、もしまた何か来たら俺が守ってやるから、ね?」
「あ、う、腕大丈夫なの?」

 どうやらばっちり見ていたようだが、治癒も終わったし傷も残っていない。噛まれた腕を見せてしっかり治ってるのを確認させた。

「ほら、ちょっと回復魔法の心得があるから大丈夫だよ」

 微笑みながらそう言ってやると、彼女が返してくれたのは引きつったような笑顔だった。

「ごめん、タジの戦ってるところがちょっと怖くて……」
「こっちこそごめん、あんな戦い方しないほうが良かったかな」
「ううん、なんだか私まで殺されそうな感じがして」

 殺意のようなものが強かったのだろうか。とにかくこのままちょっと微妙な空気のまま馬車が走っても気まずい旅になってしまいそうだし、実際彼女の言葉が終わってからの数秒が長く感じることだし……

「あ、そうだ続きやろうよ、これ!」

 銀貨を取り出すと、彼女の表情はすぐに和らいだ。



 しばらくネーアとマジックの練習をしていると、馬車の上に何か重いものが落ちたような音が響いてきた。ディードの振り向く姿が視界に映り、彼はすぐさまこちらに視線を向けた。直感的にすぐさま窓を開けると――

「タジちゃん魔物が!」

 窓から御者台に、身を乗り出しながらナイフを取り出す。ディードの見ている方を向くと、先程逃げていったはずの青い狼がそこにいた。
 落ち着くことが大事だ、魔力を流して精神を集中させる。青い狼はディードに向かって飛びついた。その牙が彼の頭に食らいつく前まで刃に風を纏わせ続ける。狼の口が閉じ始めた瞬間、ナイフで象った風の槍を思い切り解き放つと、青い身体を突き刺し、吹き飛ばした。

「すみません、まさかまだ追いかけていたとは思っていなくて」
「いえ、少しばかりヒヤッとしたけれど大丈夫よ」

 俺も流石に少しばかりひやりとした――いつの間にかディードが手綱から手を離している。そういえば狼の口を閉じる瞬間はしっかり捉えることが出来たが、飛びつく瞬間は全く目で追えなかったはずだ。まさか……
 とにかく無事だったことにほっとして、数分に感じた一瞬から解き放たれた俺は御者台に身を乗り出したまま倒れ込んで、青空を見つめる。
 すると偶然珍しいものを見つけた。小さな竜が上空を飛んでいるのだ、黄土色のそれが飛び続けているのを見ると最近行った小竜村の旅クエを思い出す。因みに小竜村もまた、これから行くであろうツィルフィー界に位置しているのだが、その時見た竜と全く同じ形をしている。

「ディードさん、竜ですよ竜」
「あら本当? 珍しいわねー」

 手綱を握り直していたディードは少しだけ空を見てから、すぐに前を見つめ直した。それから首を左右に動かして忙しなく辺りを見回しているところ魔物の警戒を続けているようだ。無理もない、また奇襲みたいなものを仕掛けられちゃひとたまりもないし。

「竜、いるの?」

 馬車の中から声が投げかけられ、咄嗟に身体を戻す。改めて席に着いてからネーアの質問に答えた。

「興味ある?」

 ネーアは少し震えながらも頷く、表情はどこか曇っている。

「見る?」
「窓、もう開けても大丈夫?」
「姫様大丈夫よ、それに早く見ないと山の向こうへ行っちゃうかもしれないわよ?」

 ディードの言葉で安心したネーアは勢い良く窓を開けて、結構な身の乗り出し具合を保ちながら空を見上げているようだ。ちょっと心配なので俺も隙間に割って一緒に竜を見た。案の定見上げていたのだが、風で彼女のベールが飛んでいかないかも少し不安だ。

「分かる? あれが竜だよ」
「うん。赤くてでっかくて、がおーってしてるのだけじゃないんだね」

 本物のでっかいのはがおーで済むような声じゃないけどね。
 一緒に飛び続ける竜を見上げながら色々と質問された。「強いの?」ってきかれて強いと答えて、「どこに行ってるのかな」ときかれて竜の家と答えて、「何処に有るのかな」ってきかれて岩山のてっぺんと答えた。知らないけど。そして岩山の向こうに消えていった黄色い小竜に向かって、手を振ってバイバイした。そんなネーアの様子を見ていると、とても和む。しかしこんなに純粋だとすぐ悪い人についていってしまわないか心配にもなる。要するに、とっても守りたくなる。



 しばらくすると、先程見えていた木の家々に接近してから馬車が止まる。とても静かで、なんだか金ピカの馬車で来てしまうのが憚られるような穏やかな場所だった。

「んー、ちょっとここで休憩していきましょう」

 ディードがそう言って御者台から降りていき、扉が叩かれるのを合図にして俺達も降りる。岩山に囲まれたテント群、洞窟街から騒がしい冒険者街へ、今度は山からも喧騒からも解き放たれ、ちょっと暖かい穏やかな地に足をつく。どこか少し贅沢をしている気分だ。

 一つの村のような感じはするのだが、人気は全く無い。ただ、湿った桶がそこらに転がっていたりニワトリが飼われていたりするところ生活感に満ち溢れている。ネーアが関心を示して戯れ始めるのを横目に、店か何かがやっていないか見回す。
 すると、所謂無人販売所なるものを見つけてしまった。不用心だと思ったが、それ程ここに来る輩は滅多にいないということなのだろうか。しかし並べられていた野菜はどれも新鮮に見えて、トマトみたいな野菜が五個で壱ゴールドと随分安めだ。視線を感じてそちらを向くと、婦人がこっそりこちらの様子を家の中から伺っていた。

「あぁ、どうも。これ貰っていきますね」

 お金をおいてから野菜を小さな布袋に詰める作業を、彼女にしっかり見えるよう丁寧に行った。ふと見直すとやっぱりまだこちらをじっと見ているようだった。少しやり辛い。
 また金を置いて、布袋に詰めようとすると既にぎゅうぎゅうだ。まだ入るんじゃないかと思って少し小突いたが無理くさい。戻そうとしたところで自分が大根のようなものを手にしていることに気づく、こんなの袋が空っぽでもはいるわけないだろう……まだ見られてる。

「あーいい天気ですね今日は、昨日に比べると随分と日光が気持ちよくて。こんな日に会えたのも何かの縁でしょう、俺と一緒にお食事どうですか?」

 トマトかもしれないものを手に取りながら婦人に話しかけると、ちょっと顔が引っ込んだ。一歩彼女に近付いてみると、また顔が引っ込む。一気に距離を詰めると顔は完全に見えなくなるが、扉が開いているので真ん前まで行くと及び腰のまま固まっている彼女がすぐそこにいた。

「大丈夫ですよそんな怪しいものじゃないんですから、ちょっと旅をしているところここを見つけた訳でしてね、別に襲いにきた訳でもないんですしそんな気にするようなもんじゃないですって」

 俺が身振り手振りつけながら話すと、婦人の険しい表情からちょっとかたさが抜けた気がする。

「なんならどうですやっぱり一緒に俺と食事でも――」

 そう言うや否や勢い良く扉が閉められた。そこまでされるとは思わず少し心にひびが入ったが、きっと旅だろうと何だろうと俺みたいな奴は珍しいんだろう。買った野菜を持って来た道を戻ろうとすると、ネーアが向こうからこちらを見ていたようだった。ディードも一緒に。

「野菜買ったんですよ一杯、これでも食べていきましょうよ」

 声をかけるもなぜだかネーアまでこちらをじっと見つめている。俺、何か悪い事したのだろうか。しかもディードはディードで哀れむような目でこちらを見ている。
 ぎこちない足取りで彼女らの元に戻ると、やっぱりこちらをじっと見続けている。どこから見ていたのかは分からないが、先程の婦人とのやりとりで何か誤解されているのだろうか。

「いやあの、あれですよ? 別にナンパに失敗していたとかそういう訳じゃないんですよ? 俺が何かそんな軽い男に見られてるならちょっと心外なんですけどね、寧ろ惚れた女には一筋! っていうタイプでしてね?」

 必死の弁明をしていると彼女らの表情には明らかに困惑の色が浮き出ていた。

「タジちゃん、ナンパしてたの?」
「いやだからしてないって言ってるでしょう!? あれはそういう現場じゃないですから、というか普通食事くらい男だろうと女だろうとお構いなしに一緒に食べるでしょう!」
「……うん」

 ネーアが肯定したっきり誰も喋ることなく、微妙な空気が流れた。しばらくしてから再度ネーアが口を開く。

「ね、ねぇ、あの鳥一匹貰っちゃダメなの?」
「姫様がずっと欲しいって言ってきかなくてね、ちょっと困ってたのよ」

「あぁ、あれはダメだよ。他の場所なら買えるところあるかもしれないから、今度ディードさんに買ってもらったらどうかな?」

 ネーアは長い唸り声をあげてから、首を一回縦に振った。「ね、今度買ってあげるわよ姫様」とディードが声をかけて二人は馬車の方へ向かった、俺に背を向けたまま気にもかけず。

「あの、ちょっ、休憩していきましょうよ」
「分かってはいたけどできそうな場所が全く無いのよ。タジちゃん野菜買ったんでしょう? 馬車で食べながら行きましょう」

 馬車までの道中、これ以降の会話が一切なかった。途中大根そっくりなものを購入し直し、片手に持って遠くなる背中を追っかける。
 馬車に戻ってもネーアが黙ったきりで、どう振る舞えば良いのか分からない空気にいよいよ耐えきれなくなった。

「ネーア、ほら見てみて」

 若干目つきの悪くなってる姫様がこちらをきっと睨む。大根らしき野菜の上側にトマトっぽいものを乗せて――

「コケーッ! コッコッコッコ!」

 と叫びながら上下左右に揺らす。できるだけニワトリの動きを再現しながら叫び続けていると一瞬、より強く睨まれてからそっぽを向かれてしまった。
 ……そういえば、彼女ニワトリの鳴き声とか聞いたことあるのかな。



 なんとか機嫌をなおしてくれた姫様と一緒にお野菜を食べ終えてから暫くマジックの練習等をして過ごしていると、窓ガラスが叩かれる。すぐに開けようとしたところで、ディードが何を伝えようとしたのかすぐに分かった。
 前方に霧が出ている、ここを抜けるとツィルフィー界にある深い森に出るはずだ。そしてそこからすぐさま南に向かうと――

「んー……はいっ! 銀貨が消えました!」

 おっとようやくネーアのマジックが成功したみたいだ、ばっちり銀貨を隠せている。

「おー、いいねいいね、自然だったよ! じゃあ戻してごらん」
「戻す? タジ、私は銀貨を消したのですよー?」

 得意げな顔でネーアがひらひらと両手を明かしてみせる。隠したと思わせて手の中に隠すというマジックなのだが、一体何処に?

「えへへ、これが姫流奇術ですっ!」

 そこから一回大げさに左腕を振ったかと思えば、その手には銀貨が掴まれていた。同時に揺れた白い袖を見て、彼女が何をしたのかすぐに気付く。

「あー、あーあーあー成る程成る程、やられたよ。咄嗟に思いついたの?」
「うん! こっちの方が私はやりやすいかなー」

 誇らしげに袖を揺らすネーア、更に一瞬銀貨を握ったかと思えばまたも消滅した。 

「タジに教えてもらった方もできるようになったけどね!」

 瞬時に手の内が明かされれば銀貨はたちまち復活する。大分、いや思ったよりも器用な指技に驚かされた。一回要領を得てから自転車を漕ぐように、彼女は何度もすいすいとマジックを成功させる。そして成功する度に笑顔を作った。そんな彼女に出来る限りの拍手と賞賛を与えていると、その笑顔がふと霧の中に隠れてしまった。

「やぁー、またー!?」

 ネーアが不満そうにこぼすが、こればかりは少し我慢してもらわなければならない。これが晴れた後、彼女が飽きるまでマジックを、笑顔の彼女を見てやろう。



~~~ ~~~ ~~~~~~~



「――ではないですか、あのまま――」
「何で俺――、お前の――」


 霧を進んで少し経つと随分大きな声が聞こえてくる、それも最近聞いた覚えのあるような――霧が晴れて真っ先に目に飛び込んできたのは、白いローブが黒馬に撥ね飛ばされる光景だった。

「ハッ、いい気味だなー!」

 馬車は急停止され、ネーアが転げそうになるのをしっかり支える。

「大丈夫?」
「うぅ……ありがとう、タジ」

 特に容態に変化はないようなので、すぐに抱えた腕から離してやる。窓越しに声の聞こえた方を見ると、一度見たら忘れられないあの白い羊兜が目に映った。
 向こうもすぐさまこちらに気付いたようで目が合ってしまう。じゃあさっき飛んでった白いローブってまさか――気付けば身体は扉を開けて馬車を出ていた。

「エリシエちゃんっ!」

 無我夢中でローブの飛んでった先まで走っていく。倒れた小さい身体は数日前見たそれと全く変わりなく、ただ塞がったこの身体をひっくり返すのが怖かった。

「んん、いたたた……」

 エリシエが顔を上げるも、こちらに気付かずどこか目は朦朧としていた。

「おっ、俺の事見えてないの? 大丈夫?」
「フーク、僕は別に痛いわけじゃ――」

 どこかを見つめながらそう言った彼女は、唐突に頭を抑え始める。フーク? どこかでそんな名前を聞いたことがある気がするが、どこだったろうか。
 考えれば考える程頭が痛くなり、光る何かが俺の脳裏をよぎる。思い出そうとすればするほど耳鳴りがしだして、それが激しくなり、痛みに耐えかね喉が震えた。
 白い光が頭の中で弾ける。

「あぁ、エリシエちゃん大丈夫?」
「酷く頭が痛みます、しかし貴方がたの馬車のせいではないのでご安心ください」

 エリシエはすぐに立ち上がって、ローブをはらうとヴィルシスに向かって怒鳴り出す。

「ヴィルシスッ! 貴方さっき私が轢かれたのを笑ったでしょう! 私は貴方をそんな子に育てた覚えはありませんよ!?」

 ヴィルシスは俺達の乗ってきた馬車によっかかったまま一切口を開かない、おまけに腕まで組み出した。

「あの、ごめんなさいね。治療費なら全額負担するわ」

 ディードが近付いてエリシエにそう声をかけるが彼女はすぐさま拒否する。

「タジちゃんはタジちゃんでどうしたの!? この子知り合い!? さっき痛がってたけど馬車のせいかしら!?」
「大丈夫ですっ、大丈夫ですって! ちょっとした知り合いですけど、この人はこんなやわなことじゃ死にはしないと思いますよ!」

 ディードが凄く取り乱していて、それからも何度も身体の事を心配され続けた。

「とにかく私達は先を急いでいるので、ヴィルシスも人様の馬車によっかかっていないでほら!」

 一切口をきくことのないヴィルシスの手を無理やり引っ張って、エリシエ達は木々の中に消えてしまった。

「あの人達、大丈夫なのかしら」
「大丈夫だと思いますよ、凄く強いですから」

 結局何事も無かったかのように馬車はまた走り出したが、エリシエ達が何故こんな所にいたのかがとても気になっている。あの足だけでホロトコ村から森の中を歩き続けて、第一ジェネルード界から、ここツィルフィー界まで来たのだろうか。そんなのただただ過酷な旅のはずなのだが、単にそういうものに挑戦して思い出づくりでもしているのだろうか?

 何か、胸騒ぎがする。
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隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

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