異世界はどこまでも自由で

メルティック

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ホーナスト小国

3-6.夢幻を越えた先に見えるもの

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 日が落ちかけるも、馬車は整備された森の道をただただ走り続ける。この先に何があるのか俺には分からないが、彼は、ディードは知っているのだろうか。不安な感情を押し殺したまま馬車の行く先を見つめ続けるも、いよいよ獣道同然の場所に無理やり馬車を突っ込ませているような状態になってしまった。
 それでも、閉めた窓から目先の木々を見続けるネーアの表情は穏やかだった――いや、うとうとしていると言ったほうが正しいのだろうか。

 ――気がかりだ。先程の衝突は彼女だって体験しているはずだ、しかし彼女はその事について一切の言及もしないし、しようとする気すらない。まるで何事もなかったかのように、全くエリシエ達についての話がないまま馬車は平然と進み続けているのだ。
 じゃなきゃネーアが安心しきった顔で馬車の中に留まり続ける事ができるだろうか、たった数日の付き合いではあるけれど、少なくともネーアはそんな子じゃないと言える。

 馬車がぐらつき、傾き出した。どうやら傾斜のある場所を登っているようだ。揺れがだんだんと激しくなっていき、ネーアもたまらず飛び起きる程だ。

「ちょっとディードさんっ! このまま進むんですか、馬車が転覆しますって、まずいですよ!」

 耐えきれず窓を開けて抗議するも、ディードは軽い口調でこたえた。

「私に任せてちょうだい、ここだけだから大丈夫よ。ここを抜けた先にあるものを見せたくってね」

 二頭の黒馬は器用に木々をかいくぐり、馬車を傷つける事無く獣道を突き進んでいく。馬車を通らせるためにこの道が作られたのではないかと思うほど綺麗に開けられた草木のトンネルを。

 ――ディード、彼もまた現場で慌てたっきり衝突の件については何も言わないままだった。気にしている様子もなく気軽に馬を走らせている。

「あの、さっきぶつかったのって、向こうがさっさと行っちゃったからもうどうにもできませんけど、やっぱりまずかったんじゃないんですかね?」
「そうねー、でも仕方ないわよ」

 咄嗟に窓を開けてきくもやはり素っ気ない返答しか寄越してくれない、しかし人とぶつかったという事はしっかり理解しているようだ。俺は彼女が熟練した回復魔法の使い手だということを理解しているためあまり気にかからないが、ディード達はどうしてこんな平然としていられるのだろうか。

「ディード、大丈夫なの!?」

 ネーアが慌てながら横入りしてくるが、ディードは彼女にもまた軽く答えた。

「大丈夫よ姫様、そろそろ揺れも収まると思うから安心してちょうだい」

 ほっとしたように座席にもたれるネーア、返答に満足しきっているようだった。窓を閉めて、俺もまた座りなおす。やはりおかしい。



 御者の言う通りすぐさま揺れが収まり、そして木々を抜け一気に窓の外が晴れた。馬車はこのまま橙色の光に照らされた大地を登り続けるように進んでいく。
 ネーアが窓を開けて思いっきり身を乗り出した。

「おぉー、見てみて! すっごく綺麗!」

 俺も彼女と一緒に外を見てみると、まず登ってきていた森が辺り一面を埋め尽くしているのが目に映る。そして森の向こう側に大きな川が流れており俺まで感嘆の声を漏らしてしまった。
 馬車の傾きが無くなったところでゆっくり止まりだし、完全に停止して少し経ってから扉が叩かれる。御者からの合図を受け取り、即座にネーアと一緒に馬車から飛び出す。

 そこは崖の上だった。僅かに届いていない頂上まで登りきると、向こう側にナイアガラさながら大きな滝が流れており、滝の中に沈み込むように真っ赤な夕日が顔を覗かせていた。
 もう少し前へ出ようと思い数歩先に、しかし崖っぷち近くまで行くと途端に、遙か先に現れた灰色の霧が全てを遮る。

「綺麗でしょう? たまたまこんな所見つけちゃって、折角お外に出たんだし姫様にも見てもらいたくて来ちゃったの」

 ディードがそう言いながら俺の横に立つと、前方を指差した。

「この霧のせいで滝の近くまで行けないのが残念なのよね」

 一歩、二歩と下がると霧が晴れまた夕日が姿を現す。

「それって、なんだかもどかしいですねぇ」

 ネーアも滝に目を奪われているようで、ぽかんと口まで開いている。滝から落ちた水の行く先を目で追うと崖横を通る川に繋がっている事が分かり、更にその先を追いかけるとまた滝になって落ちているようだった。ここは高い山の上で、更にその山よりも高い所にある崖なのだろう。
 この世界、行ける範囲の全容を見渡すことが出来ているようで気分が良い。ぐるりと回ってみたところ、ええと太陽が滝の方に落ちているから――おおよそ、南南東の方向に何やら集落があるように見えた。一部の建物は白い石造りでやけに豪勢な飾り付けをされているが、大半は間に合わせで建てたような黒い小さな木の家だった。

 日が沈みきった崖の上、馬車の中に備え付けられていたカンテラの中に魔法で火を灯す。満点の星の下で、涼しく澄んだ空気の中で眠ろうとしている。ディードは御者台で眠ると言い放ったまま、本当に窓の向こうで横になっている。窓ガラスは全て開けっ放しにしているが、寒くもなく暑くもなく、どこかほのかにあたたかい。
 それは恐らく、というか絶対ネーアが俺にもたれかかっているからだろうけど。おまけに寝息っぽいのまですやすや立てているし。
 こんな時には、失礼して身体を掴んでちょっと動かして……ほうら、膝枕だ。それからもう一丁失礼して、頭を撫でさせてもらって……あぁー、癒される。これで彼女も寝心地良いはずだ。
 ネーアの頭をなで続けてどれくらい時間が経ったのかは分からない。しかし俺も若干うとうとしてきた、このままこの睡魔に任せて目を瞑ってしまおう。



~~~ ~~~ ~~~~~~~



 眠気が一気に吹き飛んだ。身体に違和感を覚えて目を開けると、どこまでも続くような闇と灰色の砂しか目に映らなかった。膝枕していたはずのネーアがいない、馬車もない、俺は何故こんな所に?
 答えは一つ、ここは夢の中だってこと。そして無味乾燥な夢の中で、あまりにもつまらなさすぎてここが夢だと気付いてしまったということ。頬をつねればほら――

「い、痛っ! えっ、何、マジなの?」

 いやいやいや何だよこれなんでこんな所にいるんだよ、なんてこんな所にいるんだっけか……初めてじゃない、そんな気がした。どこか懐かしくて、怖くありながらも次第に落ち着いてきた。断言できる、俺はここに来たことあるんだ。

「おっ、上手くいったみたいだねぇ! タジ、どう? どんな気分?」

 後ろから声をかけられて振り向くと、そこには金髪の少女エリシエ――いや、

「エリシャ、だったね」

「えーもっと驚かないのー? 私、死んだじゃん? タジの目の前にいるじゃん? 不思議じゃん!」

「昨日も会ったからもう驚かないよ、まさかこんな形で会えるとは思ってもみなかったけどさ」

「ありゃーそんな所まで一気にずばばーんと繋がっちゃったんだねっ、流石タジ! 殺人者っ! よっ、よっ!」

 随分変わったおだて方をされて地味に心の傷に染みたが、彼女の嬉しそうな姿を見ているとそんな傷心すぐ忘れてしまう。
 再会の喜びには、昨日思いっきり耽ったわけだし色々彼女に聞きたいことがある。

「エリシャ、まず色々聞きたいんだけど――」

「皆まで言わなくても分かる分かる、なんで私がこんな所で生きてるかってことでしょ?」

 得意げな顔で指を差された。エリシャはそのまま口角をあげながら話を続けた。

「私は確かにタジに殺されたかもしれません……するとあら不思議、私の意識がタジの中に吸い取られていったんだよっ!」

「お、俺の中に……?」

「うんうんっ! そこからは良く分かんないんだけどねー、でもずっとタジと一緒だったんだ。ほらっ、この前この前! なんかこしょこしょされてくすぐったくってさ」

「へ、こしょこしょ?」

「うん、すっごくこそばゆくて、それで私まだ生きてるんだって自覚できたんだ」

 先日の、ヴィルハント平原で降り掛かった黒泥が脳裏に浮かぶ。あの時は確か、意識が壊れる一歩手前で白い光が現れて……

「あれね、すっごく危ない虫だったよ? 私が力を貸してなきゃ、タジ今頃どうなっちゃってたんだろうねー?」

「じゃああの白い光って、エリシャが?」

「うんっ、飽くまでも使ったのはタジだけど」

 あの白い光、何か潜在的な魔法の一種ではないかと疑っていたが、昔殺した少女が与えてくれた力が源だったとは。

「ほら、感謝の一つくらい寄越しなさい!」
「うん。ありがとう、エリシャ」
「いひひ、もっともーっと感謝してくれたまえ?」

 なんという巡り合わせだろうか、救えなかったと思っていたはずの少女に気付かぬ内に救われていたとは。そして、こんな奇っ怪な形ではあるが結果的には彼女を救っていたとは。

「……エリシャ、もう一ついいかな?」

「分かってるって、『じゃあここは一体全体どこなんだ、夢ではないんだろう!?』って事をききたいんじゃないの?」
「そ、そうだけど」

 また得意げな顔で指を差されたが、そこでエリシャの表情から笑みが消えた。

「私も良く分かんない」
「え?」

「分かんないから、その、きかれても困ってしまうわけだよ? でも、これだけは確実に言えるかなぁ……」

 エリシャは一つ間を置いてから、話を続ける。

「普通じゃないってこと!」
「そ、それは分かってるけど」

「まぁー私がここで頑張ってタジと繋がる事が出来たわけだし、きっと何かとてつもなく凄い所だと思うよ!」

 どこまでも続く闇に、ただただ積もる灰の砂。何かで例えるなら、認知することのできない潜在意識の底の底だろうか。
 いきなり俺ってものがでっかく見えてきたぞ。

 と、そんな事をしみじみ考えていると目の前がだんだん白く――

「タジくんっ!!」

 唐突に響いた叫び声に続いて、

「ホロトコ村が無くなってた! ホーナストが危ない、お願い早くホーナストに――」

 気を抜いたまま享受しようとした俺の意識が、必死にもがき喘いだ。このまま目を覚ましてしまったら、また全部忘れてしまう……
 いっその事何も知らなければ良かったと後悔する、きっと俺はこのまま再び記憶を封じられ、今度はホーナスト消滅の報せを聞き、いつしかの夜にこの世界の中で苦悶することだろう。

「おねーちゃん大丈夫だよ、それより早く出た方がいいよ?」

 エリシャの声が響き渡り、視界は完全な白に包まれた。



~~~ ~~~ ~~~~~~~



「――いタジくんこのままだとオトコ様の言伝通りホーナストまで滅んじゃって」

 がくがくと身体を揺さぶられる感覚でたまらず目を開いた。

「なんだ人が気持ちよく寝ている時に!」
「気持ちよく寝てる場合じゃないんだってホーナストが――え?」

「ん?」

 目の前には、記号のような黄色い瞳が。そいつは揺さぶりをやめるも、ずっとこちらをじっと見つめていた。負けじと俺も見続ける。

「え、見えてるの?」
「見えてるし、聞こえてる」

 見える。聞こえる。何故か忘れ去ってしまう彼女の事をはっきり認知できている。

「……フーク、だよね?」
「え、みえ、みえ、きこえて、え、うそ」

 彼女の言葉が震え出すが、マフラーから覗く唇を一旦引き結ぶと怯えたような顔が一転して真剣な面持ちになる。

「タジくん、私の話、覚えてる?」
「あぁ」

 目覚める間際に聞こえた報せすら、あの灰色の世界で起こった事象すら全て、今じゃ頭の中で思い起こせる。
 ――ふと、得意げに微笑む少女の姿が脳裏に浮かぶ。

「ありがとう、エリシャ」
「……フークだよ?」

「いや、何でもない。どうやら俺はお前を認知できるようになったみたいだ」

 もう彼女の言葉を、姿を忘れたりもしないだろう。まだすやすやと膝の上で眠りこけているネーアを起こさないようにしながら馬車の扉を開けて、御者台に向かった。

 振り向けば、フークがいる。目を合わせると頷いてくれた。

「ディードさん、起きてください」

 まだ日すら登りきっていないが、そんな事を気にしている場合ではない。激しく身体を揺さぶると唸り声をあげた。

「うぅん……タジちゃん、どうしたの?」

「ホーナスト小国に連れて行ってもらえますか」
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