35 / 37
ホーナスト小国
3-10.国は今宵、禍に呑まれ
しおりを挟む
俺はまた、あのどこまでも暗い世界の夢を見た。また、あの爺さんは見つからない。ホーナスト滞在を決め込んで二日目の夜なのだが、昨日見た夢ではただ一人ぼっちのまま、ひたすら何にも会えないまま時間が過ぎ去った。
――それに、昨日の朝からフークがまだ帰ってこない。考えられないような事態が本当に発生しているのなら、俺はホーナストに残るべきなのか、それとも大袈裟に事を伝え、無理にでもホーナストの人々全員をできるだけこの地から遠ざけるべきなのか。そもそも災厄の対象はホーナストの地そのものなのか、ホーナストの人々なのか。
誰かに相談してみたかったがエリシャは出てこない、探したってどうせいない。何故かって、もう探して大分時間が経ったからだ。名前を大声で叫んで呼んだって誰も来なかった。この無限にも思えるほど広大な闇の中で今まで偶然奇跡的にも彼女らが俺の近くに現れたというのならば、俺は今運命に弄ばれているという事になる。
「遅くなってごめんね、タジくん」
待っていた彼女の声が聞こえた。振り向くと、やけにうなだれた彼女の姿が見える。
「どうしたの?」
「……タジくん、今すぐ起きることってできる?」
そんな事ができるなら、昨日はさっさと起きていた。静かに首を横に振る。
「そっか」
それだけ言ったきり、フークは黙った。
「えっと、何があったの?」
どう考えたって普通じゃない、ここまで暗い彼女を少なくとも俺は見たことがない。
「災厄に関わる事なんだけど、ね。覚悟して聞いて欲しいんだ」
「……わかった」
彼女の言葉を待ったが、フークはただただ目を泳がせている。
「――えっと、逃げよう?」
ようやく、露骨な作り笑いを浮かべながら出てきたのはその一言だけだった。
「うん、了解」
「え、いいの?」
何やら彼女は俺の返答に驚いているようだったが全く異論はない、残るか逃げるかで決め悩んでいた俺にとって、その一言はとても有り難かった。
「あぁ、丁度迷ってた所だったんだ。じゃあ起きたら王様に頼んでみるよ。難しいかもしれないけど、全滅するよりはマシだろうからね」
俺の言葉の途中、彼女は何かを言おうとしていたが最後まで聞いてくれた。
「タジ、あまり長い交渉はしないで。ううん、一言。一言だけ王様にいったら早く逃げよう。最悪、私がタジだけ連れて逃げる」
そう残して背を向けた彼女は、ふとこの世界から姿を消してしまった。
「え、フ、フーク? ちょ、えっと、あれ? お、おーい、フーク!?」
彼女が何を知ったのかは分からないが、とにかく急いだ方がいいという事は伝わった。それはつまり、それ程災厄の時が近いという事なのだろう。
~~~ ~~~ ~~~~~~~
あれからずーーーーっと体育座りして目覚めを待っていたが、まさか誰もいないとあんなにも退屈だったなんてな。
すぐさま起立した身体は自然と動いていた。隣で眠っていたネーアを抱きかかえ、日も昇っていない暗い宮殿内で王様の部屋まで一直線に走っていって――
「そんなに急いで、どうした?」
――誰かに足をかけられた? ネーアを傷つけないこと第一優先で、抱きかかえたまま長い廊下を転がった。とにかく急いで王様の部屋まで行かねば――
「おい、訊いてるんだ」
そのまま走り出したところで、背中を蹴飛ばされた。身体が吹っ飛ぶ程強く蹴られ――このままでは、姫様もろとも扉にぶつかる。
無理やり身体をよじらせ、俺だけがぶつかるようにとにかくネーアを守ることに専念した。
右半身全体に強い衝撃、痺れが走る。そのまま崩れるように姫様が腕から離れてっ……なんとか左腕だけで頭は守ったが、足をそのまま地にぶつけてしまったせいか「痛っ!?」と叫んでネーアは起きてしまった。
「んえっ……えっ? タジ、どうしたの?」
寝惚けるネーアが目に映るが、俺はその向こうに見えた光景にただただ困惑するばかりだった。首を傾げながらも、ネーアは俺と同じ方向を見る。
窓から差し込む月光に照らされて、白い羊がこちらを見据えていた。
「わりぃな、どうしてもお前に止まってほしくてよ」
言い終えると同時に、瞬時に剣を引き抜いた。
ネーアを庇うように身体を回転させ、そのまま彼女を強く腕の中に留める。
「とりあえず、しまってくれないかなそれ。まずは落ち着いて話をしよう」
数メートルは遠くにいたはずのヴィルシスが、いつの間にか俺の目前で首元に剣先をつきつけていた。
「それは……お前の態度次第かもな。返答によっては、そいつの頭もろともぶっ刺す事になるがな」
「いきなりどうしたんだ、エリシエちゃんと一緒に出たはずじゃ――」
――僅かだが剣先が突き刺さり、一筋の血が垂れ出す。
「俺が訊く時間なんだ、分かってんのか?」
冗談では無いのは既に明らかだ、無駄口は叩かないようにしておこう。
「フーク、とか言ったかな。そいつの居場所を吐け、三つ数えるまでにだ。いち――」
すぐさまカウントを始め出され、焦って出た言葉は――
「この近くだっ、さっきまで部屋にいたはずなんだけど……」
そういえば彼女今すぐ逃げ出すと言っておきながらいないじゃないか、どこに行ったんだろうか。
腕の中の少女が震えるのを感じて、力が強く篭った。
「へぇ、じゃあ今はどこにいるんだ?」
「この近くにいるはずなんだけど、ちょっと言い辛い事が――」
僅かに深く剣先が突き刺さる。
「俺以外には見えないんだよっ、だからフークと会うことはできないと思うんだ。俺が彼女の言葉を代弁することはできるかもしれないけど……」
「へーえ」
わざとらしくヴィルシスは相槌を打った。気怠そうな口調からして、全く話を信じていないようだった。
「俺が仲を取り持つ、フークに用があるならそれしか手はない」
剣先を刺したまま小さくぐりぐりとかき回し出した。
「で、すぐにフークさんを見つけてきて、お前の妄想ごっこを聞かされるわけだな?」
一瞬で強まった殺気を感知し、とにかく俺は言葉を吐いた。
「ここで俺を殺したら、お前は永遠にフークの情報を得られない」
羊頭を睨みつけて、続ける。
「何を急いでいるのか知らないが、これは本当だ。何なら彼女の言った言葉を一つお前に聞かせてやる」
冷たい剣先は、ただただ留まり続ける。
「……お前は、クリミナレドの子供なんかじゃない。彼女はそう言っていた」
「そう、か。良く知らんが、お前の話は全部本当って事だな」
剣が僅かに離れ、首元から抜けた。
「信じてくれるのか?」
「あぁ、嘘はついてなさそうだ」
平和的な解決は、何とかできたようだ。数日前から様子がおかしいと思っていたが、何故ここまで気が立っているのだろうか。
まだ震える姫様を再度抱きかかえて、ヴィルシスの方に向き直る。
「それで、フークに何が聞きたいんだ?」
「いや、そいつにもう用は無くなった」
――その兜の中から放たれていたのは、無機物越しにも分かる酷く冷たい視線だった。それは粉塵爆発のように、一気に燃え上がる。
「なら尚更、お前を殺せばいいだけだからな」
――嫌な予感で下げた頭の上を通ったのは、瞬時に解き放たれた剣筋だった。軌道上に位置する白い石壁には、豆腐に切り込みを入れたような跡ができていた。
「……本気なのか?」
「本気だ」
迷いのない剣撃からも伝わってきてはいたが、それと同時に俺の無力さまで思い知らされた。当然のように放っていた技を一切見極められなかった。ヴィルシスが俺を殺すつもりならば、奇跡でも起きない限りは確実に、次の一手で殺されるだろう。
――なら、どんな抵抗ならばできるのか。
「俺が死ねば、それでいいのか?」
「あぁ、それでいい。お前だけが死ねば全て丸く収まってくれる、だからこそ俺は躊躇わずに済んでいる」
先程までとは違い、話を聞いてくれている。たった一つの質問ではあったが――
「そうか、じゃあ教えてくれないか?」
「何だ?」
やはり、聞いてくれる。
「どうして、俺なんだ?」
ヴィルシスの動きがぴたりと止まった。
「お前はイレギュラーだからだ。これ以上の説明が、何か欲しいか?」
「イレギュラー?」
「それについて説明する義理は一切ない」
徐々に翳されていく歪な剣を見つめながらも、心は落ち着いていた。
「待て、俺を殺すだけならネーアを殺す必要はないよな?」
「…………」
ネーアを腕から降ろし、その顔を見据えた。
「ごめんな、ネーア。ディードさんと一緒に、この国から逃げてくれ」
ネーアにそう言うも、彼女は頷かなかった。
「やだ」
唐突に振り向いた彼女は、そのまま両手を広げヴィルシスの兜を見上げた。
「わっ、私は殺さなくてもいいんでしょっ!? だ、だったら……わたしが、私がタジを守る!」
恐怖で怯え震えきった身体ながらも、思いっきり叫んだ声が響き渡っていく。ヴィルシスは剣を掲げたまま全く動く素振りを見せない。
「なぁ、お姫様。確かにお前は殺さなくてもいい。殺す必要はない、だがそれだけだ」
――例え彼女が守ろうと、逃げようと、あの切れ味ならば確実に俺は死ぬだろう。その餌食に、ネーアが含まれるか含まれないかの違いだ。あの落ち着いた言動、ヴィルシスはネーア諸共俺を殺すつもりだろうから。
「ネーアっ――ごめん」
魔力を集中させ、手に纏わせる。すぐさま後ろの扉を開ければ、更に続く長い廊下が現れる。手に纏った魔力を『光盾』として光らせ、光波と共に彼女の身体を投げ飛ばした。
「ひゃっ、えっ、タジ――」
ネーアに全てを託し、振り返る。
わざと余らせた魔力で身体を防護し、最後の抵抗の用意を済ませた。
間近で手に力をこめるヴィルシスを見据えながら、最後の機会を祈る。
軽々しく振られた剣が防護によって一旦弾かれた。
「ハッ、めんどくせぇな」
――直後、俺の身体は一気に後ろへと引っ張られ、丁寧なヴィルシスの一振りは宙を裂く事となった。
「……遅いよ」
「ごめんね、ちょっと様子を見に行った間にこいつが来るとは思わなくって」
間一髪といったところか。ずっと彼女の帰りを待っていた。
軽々しく俺の身体を引っ張り、抱きかかえた少女はヴィルシスをきっと睨みつける。
「んっ? あぁ、そういう事か」
ヴィルシスは冷静なままそう呟いてから、振り切った剣を静止させたまま一切動く様子を見せない。
「なぁ、フークとやら。そんなにその男が大切か?」
「お前にこれ以上、私の大事なものを奪われたくない」
「……ハハッ、それなら精々必死にそいつを守ってみろよ」
ヴィルシスには何も聞こえていないはずだが、確かに会話は成り立っていた。
緩やかに上っていく歪な剣の刃に嫌な予感を覚える。
――廊下の向こうに投げ飛ばしたはずのネーアがいなくなっている。ネーア、どうにか俺の代わりに役目を果たしてくれ。
「フーク、全力で走ってくれないか」
「……逃げるの――」
「急げッ!」
次の瞬間、俺の身体は窓の外まで運び出されていた。次いで一瞬後、宮殿の壁が勢いよく崩壊し瓦礫が弾丸のように飛び散っていく。
フークは俺を抱えたまま器用に空中で一つ一つの瓦礫を避けていった。
――欠片が頬を掠め、痺れる感覚を覚える。
軽々しく着地したかと思えばフークの身体はジェット機のように駆け出し、国を突っ切っていった。
「ぐぅっ!?」
まるで身体が風につぶされているみたいにフークの胸に押し付けられていく。音を置き去りにした走りは、俺を瞬時に国外まで連れ出していった。
――そしてその背後にべったりと張り付くように、唸るような雄叫びが俺の身体を追い続ける。
「タっ、タジくんっ! ごめんっ、厳しいっ!」
息を漏らすような声で彼女はそう発した。フークも無理をして駆けたのだろうか、既に呼吸がきいて分かるほど浅くなっている。
――頭の中で白い光が明滅する。
「あっ!」
不意に霧の中に潜ったところで、俺の身体は宙に放り出された。
霧の境界から一直線、ならば俺達が辿り着く先は平原の広がる第二ジェネルード界……
――あるいは、深い森の中の第一ジェネルード界だ。
もし第一であるなら、この超速のまま木にぶつかり俺の身体は木っ端微塵になるだろう。どうにか魔力をかき集め衝撃緩和を試みるが、間に合わぬ内に鈍い衝撃が背中から全体にかけて襲い掛かってきた。
声にもならない呼気が絞り出されるように漏れ出し、みしみしとひびの入る音が身体中から響き出す。
――感覚もなく朦朧とした意識の中、ぼやけた視界にはただ一つ、光る緑があった。
~~~ ~~~ ~~~~~~~
高速で飛びかかる白い刃は、霧を抜けた先でただただ森林を斬り尽くしていた。
霧と化したかの如く散っていく木々の中でブレーキをかけるように地を滑ってから、彼はただ一匹佇む。
「いない……? そうか、ならそれでもいい。どっちみち今は、イレギュラーはもうあの国にいないんだからな」
己の気を紛らわすようにぶつぶつと吐き出した男は、踵を返し再度霧の中を突き抜けていった。
男の進んだ道は一目見ただけで分かるほどに晴れていた。障害物の無残な跡が、彼の軌跡を物語っている。
気分は高揚していた、ようやく殺しにありつけるという気持ちだけが今の彼の心を満たしていた。
塵を辿って来た道を戻っていく白い怪物は、喘ぐように嗤い、昂奮に酔いしれ始める。
「貴方、この前の。どうやら災厄っていうのは、貴方のことだったみたいね」
見知った緑のとんがりが至福への門となって立ち塞がるも、閂は一瞬にして切り飛ばされた。
「あ、そんな、姫様――」
「あぁ、そんなにてめぇの姫様が大事か。安心しろ、きっとすぐ一緒になれる」
――そう言ったも束の間、彼の酔いは一瞬にして覚めていった。
一刀両断したはずの男の身体が瞬時に接合され、目の輝きが戻っていく。
「……ヴィルシス、私は貴方を信じています」
どこからともなく現れた白いローブの少女は、いつになく鋭い眼差しを子羊に向けていた。
「落ち着いたら一度、お話しをしましょう」
――それに、昨日の朝からフークがまだ帰ってこない。考えられないような事態が本当に発生しているのなら、俺はホーナストに残るべきなのか、それとも大袈裟に事を伝え、無理にでもホーナストの人々全員をできるだけこの地から遠ざけるべきなのか。そもそも災厄の対象はホーナストの地そのものなのか、ホーナストの人々なのか。
誰かに相談してみたかったがエリシャは出てこない、探したってどうせいない。何故かって、もう探して大分時間が経ったからだ。名前を大声で叫んで呼んだって誰も来なかった。この無限にも思えるほど広大な闇の中で今まで偶然奇跡的にも彼女らが俺の近くに現れたというのならば、俺は今運命に弄ばれているという事になる。
「遅くなってごめんね、タジくん」
待っていた彼女の声が聞こえた。振り向くと、やけにうなだれた彼女の姿が見える。
「どうしたの?」
「……タジくん、今すぐ起きることってできる?」
そんな事ができるなら、昨日はさっさと起きていた。静かに首を横に振る。
「そっか」
それだけ言ったきり、フークは黙った。
「えっと、何があったの?」
どう考えたって普通じゃない、ここまで暗い彼女を少なくとも俺は見たことがない。
「災厄に関わる事なんだけど、ね。覚悟して聞いて欲しいんだ」
「……わかった」
彼女の言葉を待ったが、フークはただただ目を泳がせている。
「――えっと、逃げよう?」
ようやく、露骨な作り笑いを浮かべながら出てきたのはその一言だけだった。
「うん、了解」
「え、いいの?」
何やら彼女は俺の返答に驚いているようだったが全く異論はない、残るか逃げるかで決め悩んでいた俺にとって、その一言はとても有り難かった。
「あぁ、丁度迷ってた所だったんだ。じゃあ起きたら王様に頼んでみるよ。難しいかもしれないけど、全滅するよりはマシだろうからね」
俺の言葉の途中、彼女は何かを言おうとしていたが最後まで聞いてくれた。
「タジ、あまり長い交渉はしないで。ううん、一言。一言だけ王様にいったら早く逃げよう。最悪、私がタジだけ連れて逃げる」
そう残して背を向けた彼女は、ふとこの世界から姿を消してしまった。
「え、フ、フーク? ちょ、えっと、あれ? お、おーい、フーク!?」
彼女が何を知ったのかは分からないが、とにかく急いだ方がいいという事は伝わった。それはつまり、それ程災厄の時が近いという事なのだろう。
~~~ ~~~ ~~~~~~~
あれからずーーーーっと体育座りして目覚めを待っていたが、まさか誰もいないとあんなにも退屈だったなんてな。
すぐさま起立した身体は自然と動いていた。隣で眠っていたネーアを抱きかかえ、日も昇っていない暗い宮殿内で王様の部屋まで一直線に走っていって――
「そんなに急いで、どうした?」
――誰かに足をかけられた? ネーアを傷つけないこと第一優先で、抱きかかえたまま長い廊下を転がった。とにかく急いで王様の部屋まで行かねば――
「おい、訊いてるんだ」
そのまま走り出したところで、背中を蹴飛ばされた。身体が吹っ飛ぶ程強く蹴られ――このままでは、姫様もろとも扉にぶつかる。
無理やり身体をよじらせ、俺だけがぶつかるようにとにかくネーアを守ることに専念した。
右半身全体に強い衝撃、痺れが走る。そのまま崩れるように姫様が腕から離れてっ……なんとか左腕だけで頭は守ったが、足をそのまま地にぶつけてしまったせいか「痛っ!?」と叫んでネーアは起きてしまった。
「んえっ……えっ? タジ、どうしたの?」
寝惚けるネーアが目に映るが、俺はその向こうに見えた光景にただただ困惑するばかりだった。首を傾げながらも、ネーアは俺と同じ方向を見る。
窓から差し込む月光に照らされて、白い羊がこちらを見据えていた。
「わりぃな、どうしてもお前に止まってほしくてよ」
言い終えると同時に、瞬時に剣を引き抜いた。
ネーアを庇うように身体を回転させ、そのまま彼女を強く腕の中に留める。
「とりあえず、しまってくれないかなそれ。まずは落ち着いて話をしよう」
数メートルは遠くにいたはずのヴィルシスが、いつの間にか俺の目前で首元に剣先をつきつけていた。
「それは……お前の態度次第かもな。返答によっては、そいつの頭もろともぶっ刺す事になるがな」
「いきなりどうしたんだ、エリシエちゃんと一緒に出たはずじゃ――」
――僅かだが剣先が突き刺さり、一筋の血が垂れ出す。
「俺が訊く時間なんだ、分かってんのか?」
冗談では無いのは既に明らかだ、無駄口は叩かないようにしておこう。
「フーク、とか言ったかな。そいつの居場所を吐け、三つ数えるまでにだ。いち――」
すぐさまカウントを始め出され、焦って出た言葉は――
「この近くだっ、さっきまで部屋にいたはずなんだけど……」
そういえば彼女今すぐ逃げ出すと言っておきながらいないじゃないか、どこに行ったんだろうか。
腕の中の少女が震えるのを感じて、力が強く篭った。
「へぇ、じゃあ今はどこにいるんだ?」
「この近くにいるはずなんだけど、ちょっと言い辛い事が――」
僅かに深く剣先が突き刺さる。
「俺以外には見えないんだよっ、だからフークと会うことはできないと思うんだ。俺が彼女の言葉を代弁することはできるかもしれないけど……」
「へーえ」
わざとらしくヴィルシスは相槌を打った。気怠そうな口調からして、全く話を信じていないようだった。
「俺が仲を取り持つ、フークに用があるならそれしか手はない」
剣先を刺したまま小さくぐりぐりとかき回し出した。
「で、すぐにフークさんを見つけてきて、お前の妄想ごっこを聞かされるわけだな?」
一瞬で強まった殺気を感知し、とにかく俺は言葉を吐いた。
「ここで俺を殺したら、お前は永遠にフークの情報を得られない」
羊頭を睨みつけて、続ける。
「何を急いでいるのか知らないが、これは本当だ。何なら彼女の言った言葉を一つお前に聞かせてやる」
冷たい剣先は、ただただ留まり続ける。
「……お前は、クリミナレドの子供なんかじゃない。彼女はそう言っていた」
「そう、か。良く知らんが、お前の話は全部本当って事だな」
剣が僅かに離れ、首元から抜けた。
「信じてくれるのか?」
「あぁ、嘘はついてなさそうだ」
平和的な解決は、何とかできたようだ。数日前から様子がおかしいと思っていたが、何故ここまで気が立っているのだろうか。
まだ震える姫様を再度抱きかかえて、ヴィルシスの方に向き直る。
「それで、フークに何が聞きたいんだ?」
「いや、そいつにもう用は無くなった」
――その兜の中から放たれていたのは、無機物越しにも分かる酷く冷たい視線だった。それは粉塵爆発のように、一気に燃え上がる。
「なら尚更、お前を殺せばいいだけだからな」
――嫌な予感で下げた頭の上を通ったのは、瞬時に解き放たれた剣筋だった。軌道上に位置する白い石壁には、豆腐に切り込みを入れたような跡ができていた。
「……本気なのか?」
「本気だ」
迷いのない剣撃からも伝わってきてはいたが、それと同時に俺の無力さまで思い知らされた。当然のように放っていた技を一切見極められなかった。ヴィルシスが俺を殺すつもりならば、奇跡でも起きない限りは確実に、次の一手で殺されるだろう。
――なら、どんな抵抗ならばできるのか。
「俺が死ねば、それでいいのか?」
「あぁ、それでいい。お前だけが死ねば全て丸く収まってくれる、だからこそ俺は躊躇わずに済んでいる」
先程までとは違い、話を聞いてくれている。たった一つの質問ではあったが――
「そうか、じゃあ教えてくれないか?」
「何だ?」
やはり、聞いてくれる。
「どうして、俺なんだ?」
ヴィルシスの動きがぴたりと止まった。
「お前はイレギュラーだからだ。これ以上の説明が、何か欲しいか?」
「イレギュラー?」
「それについて説明する義理は一切ない」
徐々に翳されていく歪な剣を見つめながらも、心は落ち着いていた。
「待て、俺を殺すだけならネーアを殺す必要はないよな?」
「…………」
ネーアを腕から降ろし、その顔を見据えた。
「ごめんな、ネーア。ディードさんと一緒に、この国から逃げてくれ」
ネーアにそう言うも、彼女は頷かなかった。
「やだ」
唐突に振り向いた彼女は、そのまま両手を広げヴィルシスの兜を見上げた。
「わっ、私は殺さなくてもいいんでしょっ!? だ、だったら……わたしが、私がタジを守る!」
恐怖で怯え震えきった身体ながらも、思いっきり叫んだ声が響き渡っていく。ヴィルシスは剣を掲げたまま全く動く素振りを見せない。
「なぁ、お姫様。確かにお前は殺さなくてもいい。殺す必要はない、だがそれだけだ」
――例え彼女が守ろうと、逃げようと、あの切れ味ならば確実に俺は死ぬだろう。その餌食に、ネーアが含まれるか含まれないかの違いだ。あの落ち着いた言動、ヴィルシスはネーア諸共俺を殺すつもりだろうから。
「ネーアっ――ごめん」
魔力を集中させ、手に纏わせる。すぐさま後ろの扉を開ければ、更に続く長い廊下が現れる。手に纏った魔力を『光盾』として光らせ、光波と共に彼女の身体を投げ飛ばした。
「ひゃっ、えっ、タジ――」
ネーアに全てを託し、振り返る。
わざと余らせた魔力で身体を防護し、最後の抵抗の用意を済ませた。
間近で手に力をこめるヴィルシスを見据えながら、最後の機会を祈る。
軽々しく振られた剣が防護によって一旦弾かれた。
「ハッ、めんどくせぇな」
――直後、俺の身体は一気に後ろへと引っ張られ、丁寧なヴィルシスの一振りは宙を裂く事となった。
「……遅いよ」
「ごめんね、ちょっと様子を見に行った間にこいつが来るとは思わなくって」
間一髪といったところか。ずっと彼女の帰りを待っていた。
軽々しく俺の身体を引っ張り、抱きかかえた少女はヴィルシスをきっと睨みつける。
「んっ? あぁ、そういう事か」
ヴィルシスは冷静なままそう呟いてから、振り切った剣を静止させたまま一切動く様子を見せない。
「なぁ、フークとやら。そんなにその男が大切か?」
「お前にこれ以上、私の大事なものを奪われたくない」
「……ハハッ、それなら精々必死にそいつを守ってみろよ」
ヴィルシスには何も聞こえていないはずだが、確かに会話は成り立っていた。
緩やかに上っていく歪な剣の刃に嫌な予感を覚える。
――廊下の向こうに投げ飛ばしたはずのネーアがいなくなっている。ネーア、どうにか俺の代わりに役目を果たしてくれ。
「フーク、全力で走ってくれないか」
「……逃げるの――」
「急げッ!」
次の瞬間、俺の身体は窓の外まで運び出されていた。次いで一瞬後、宮殿の壁が勢いよく崩壊し瓦礫が弾丸のように飛び散っていく。
フークは俺を抱えたまま器用に空中で一つ一つの瓦礫を避けていった。
――欠片が頬を掠め、痺れる感覚を覚える。
軽々しく着地したかと思えばフークの身体はジェット機のように駆け出し、国を突っ切っていった。
「ぐぅっ!?」
まるで身体が風につぶされているみたいにフークの胸に押し付けられていく。音を置き去りにした走りは、俺を瞬時に国外まで連れ出していった。
――そしてその背後にべったりと張り付くように、唸るような雄叫びが俺の身体を追い続ける。
「タっ、タジくんっ! ごめんっ、厳しいっ!」
息を漏らすような声で彼女はそう発した。フークも無理をして駆けたのだろうか、既に呼吸がきいて分かるほど浅くなっている。
――頭の中で白い光が明滅する。
「あっ!」
不意に霧の中に潜ったところで、俺の身体は宙に放り出された。
霧の境界から一直線、ならば俺達が辿り着く先は平原の広がる第二ジェネルード界……
――あるいは、深い森の中の第一ジェネルード界だ。
もし第一であるなら、この超速のまま木にぶつかり俺の身体は木っ端微塵になるだろう。どうにか魔力をかき集め衝撃緩和を試みるが、間に合わぬ内に鈍い衝撃が背中から全体にかけて襲い掛かってきた。
声にもならない呼気が絞り出されるように漏れ出し、みしみしとひびの入る音が身体中から響き出す。
――感覚もなく朦朧とした意識の中、ぼやけた視界にはただ一つ、光る緑があった。
~~~ ~~~ ~~~~~~~
高速で飛びかかる白い刃は、霧を抜けた先でただただ森林を斬り尽くしていた。
霧と化したかの如く散っていく木々の中でブレーキをかけるように地を滑ってから、彼はただ一匹佇む。
「いない……? そうか、ならそれでもいい。どっちみち今は、イレギュラーはもうあの国にいないんだからな」
己の気を紛らわすようにぶつぶつと吐き出した男は、踵を返し再度霧の中を突き抜けていった。
男の進んだ道は一目見ただけで分かるほどに晴れていた。障害物の無残な跡が、彼の軌跡を物語っている。
気分は高揚していた、ようやく殺しにありつけるという気持ちだけが今の彼の心を満たしていた。
塵を辿って来た道を戻っていく白い怪物は、喘ぐように嗤い、昂奮に酔いしれ始める。
「貴方、この前の。どうやら災厄っていうのは、貴方のことだったみたいね」
見知った緑のとんがりが至福への門となって立ち塞がるも、閂は一瞬にして切り飛ばされた。
「あ、そんな、姫様――」
「あぁ、そんなにてめぇの姫様が大事か。安心しろ、きっとすぐ一緒になれる」
――そう言ったも束の間、彼の酔いは一瞬にして覚めていった。
一刀両断したはずの男の身体が瞬時に接合され、目の輝きが戻っていく。
「……ヴィルシス、私は貴方を信じています」
どこからともなく現れた白いローブの少女は、いつになく鋭い眼差しを子羊に向けていた。
「落ち着いたら一度、お話しをしましょう」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜
のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、
偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。
水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは――
古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。
村を立て直し、仲間と絆を築きながら、
やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。
辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、
静かに進む策略と復讐の物語。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる