異世界はどこまでも自由で

メルティック

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ホーナスト小国

3-10.国は今宵、禍に呑まれ

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 俺はまた、あのどこまでも暗い世界の夢を見た。また、あの爺さんは見つからない。ホーナスト滞在を決め込んで二日目の夜なのだが、昨日見た夢ではただ一人ぼっちのまま、ひたすら何にも会えないまま時間が過ぎ去った。
 ――それに、昨日の朝からフークがまだ帰ってこない。考えられないような事態が本当に発生しているのなら、俺はホーナストに残るべきなのか、それとも大袈裟に事を伝え、無理にでもホーナストの人々全員をできるだけこの地から遠ざけるべきなのか。そもそも災厄の対象はホーナストの地そのものなのか、ホーナストの人々なのか。
 誰かに相談してみたかったがエリシャは出てこない、探したってどうせいない。何故かって、もう探して大分時間が経ったからだ。名前を大声で叫んで呼んだって誰も来なかった。この無限にも思えるほど広大な闇の中で今まで偶然奇跡的にも彼女らが俺の近くに現れたというのならば、俺は今運命に弄ばれているという事になる。

「遅くなってごめんね、タジくん」

 待っていた彼女の声が聞こえた。振り向くと、やけにうなだれた彼女の姿が見える。

「どうしたの?」

「……タジくん、今すぐ起きることってできる?」

 そんな事ができるなら、昨日はさっさと起きていた。静かに首を横に振る。

「そっか」

 それだけ言ったきり、フークは黙った。

「えっと、何があったの?」

 どう考えたって普通じゃない、ここまで暗い彼女を少なくとも俺は見たことがない。

「災厄に関わる事なんだけど、ね。覚悟して聞いて欲しいんだ」

「……わかった」

 彼女の言葉を待ったが、フークはただただ目を泳がせている。

「――えっと、逃げよう?」

 ようやく、露骨な作り笑いを浮かべながら出てきたのはその一言だけだった。

「うん、了解」

「え、いいの?」

 何やら彼女は俺の返答に驚いているようだったが全く異論はない、残るか逃げるかで決め悩んでいた俺にとって、その一言はとても有り難かった。

「あぁ、丁度迷ってた所だったんだ。じゃあ起きたら王様に頼んでみるよ。難しいかもしれないけど、全滅するよりはマシだろうからね」

 俺の言葉の途中、彼女は何かを言おうとしていたが最後まで聞いてくれた。

「タジ、あまり長い交渉はしないで。ううん、一言。一言だけ王様にいったら早く逃げよう。最悪、私がタジだけ連れて逃げる」

 そう残して背を向けた彼女は、ふとこの世界から姿を消してしまった。

「え、フ、フーク? ちょ、えっと、あれ? お、おーい、フーク!?」

 彼女が何を知ったのかは分からないが、とにかく急いだ方がいいという事は伝わった。それはつまり、それ程災厄の時が近いという事なのだろう。



~~~ ~~~ ~~~~~~~



 あれからずーーーーっと体育座りして目覚めを待っていたが、まさか誰もいないとあんなにも退屈だったなんてな。
 すぐさま起立した身体は自然と動いていた。隣で眠っていたネーアを抱きかかえ、日も昇っていない暗い宮殿内で王様の部屋まで一直線に走っていって――

「そんなに急いで、どうした?」

 ――誰かに足をかけられた? ネーアを傷つけないこと第一優先で、抱きかかえたまま長い廊下を転がった。とにかく急いで王様の部屋まで行かねば――

「おい、訊いてるんだ」

 そのまま走り出したところで、背中を蹴飛ばされた。身体が吹っ飛ぶ程強く蹴られ――このままでは、姫様もろとも扉にぶつかる。
 無理やり身体をよじらせ、俺だけがぶつかるようにとにかくネーアを守ることに専念した。
 右半身全体に強い衝撃、痺れが走る。そのまま崩れるように姫様が腕から離れてっ……なんとか左腕だけで頭は守ったが、足をそのまま地にぶつけてしまったせいか「痛っ!?」と叫んでネーアは起きてしまった。

「んえっ……えっ? タジ、どうしたの?」

 寝惚けるネーアが目に映るが、俺はその向こうに見えた光景にただただ困惑するばかりだった。首を傾げながらも、ネーアは俺と同じ方向を見る。

 窓から差し込む月光に照らされて、白い羊がこちらを見据えていた。

「わりぃな、どうしてもお前に止まってほしくてよ」

 言い終えると同時に、瞬時に剣を引き抜いた。
 ネーアを庇うように身体を回転させ、そのまま彼女を強く腕の中に留める。

「とりあえず、しまってくれないかなそれ。まずは落ち着いて話をしよう」

 数メートルは遠くにいたはずのヴィルシスが、いつの間にか俺の目前で首元に剣先をつきつけていた。

「それは……お前の態度次第かもな。返答によっては、そいつの頭もろともぶっ刺す事になるがな」

「いきなりどうしたんだ、エリシエちゃんと一緒に出たはずじゃ――」

 ――僅かだが剣先が突き刺さり、一筋の血が垂れ出す。

「俺が訊く時間なんだ、分かってんのか?」

 冗談では無いのは既に明らかだ、無駄口は叩かないようにしておこう。

「フーク、とか言ったかな。そいつの居場所を吐け、三つ数えるまでにだ。いち――」

 すぐさまカウントを始め出され、焦って出た言葉は――

「この近くだっ、さっきまで部屋にいたはずなんだけど……」

 そういえば彼女今すぐ逃げ出すと言っておきながらいないじゃないか、どこに行ったんだろうか。
 腕の中の少女が震えるのを感じて、力が強く篭った。

「へぇ、じゃあ今はどこにいるんだ?」

「この近くにいるはずなんだけど、ちょっと言い辛い事が――」

 僅かに深く剣先が突き刺さる。

「俺以外には見えないんだよっ、だからフークと会うことはできないと思うんだ。俺が彼女の言葉を代弁することはできるかもしれないけど……」

「へーえ」

 わざとらしくヴィルシスは相槌を打った。気怠そうな口調からして、全く話を信じていないようだった。

「俺が仲を取り持つ、フークに用があるならそれしか手はない」

 剣先を刺したまま小さくぐりぐりとかき回し出した。

「で、すぐにフークさんを見つけてきて、お前の妄想ごっこを聞かされるわけだな?」

 一瞬で強まった殺気を感知し、とにかく俺は言葉を吐いた。

「ここで俺を殺したら、お前は永遠にフークの情報を得られない」

 羊頭を睨みつけて、続ける。

「何を急いでいるのか知らないが、これは本当だ。何なら彼女の言った言葉を一つお前に聞かせてやる」

 冷たい剣先は、ただただ留まり続ける。

「……お前は、クリミナレドの子供なんかじゃない。彼女はそう言っていた」

「そう、か。良く知らんが、お前の話は全部本当って事だな」

 剣が僅かに離れ、首元から抜けた。

「信じてくれるのか?」

「あぁ、嘘はついてなさそうだ」

 平和的な解決は、何とかできたようだ。数日前から様子がおかしいと思っていたが、何故ここまで気が立っているのだろうか。
 まだ震える姫様を再度抱きかかえて、ヴィルシスの方に向き直る。

「それで、フークに何が聞きたいんだ?」

「いや、そいつにもう用は無くなった」

 ――その兜の中から放たれていたのは、無機物越しにも分かる酷く冷たい視線だった。それは粉塵爆発のように、一気に燃え上がる。


「なら尚更、お前を殺せばいいだけだからな」


 ――嫌な予感で下げた頭の上を通ったのは、瞬時に解き放たれた剣筋だった。軌道上に位置する白い石壁には、豆腐に切り込みを入れたような跡ができていた。

「……本気なのか?」

「本気だ」

 迷いのない剣撃からも伝わってきてはいたが、それと同時に俺の無力さまで思い知らされた。当然のように放っていた技を一切見極められなかった。ヴィルシスが俺を殺すつもりならば、奇跡でも起きない限りは確実に、次の一手で殺されるだろう。
 ――なら、どんな抵抗ならばできるのか。

「俺が死ねば、それでいいのか?」

「あぁ、それでいい。お前だけが死ねば全て丸く収まってくれる、だからこそ俺は躊躇わずに済んでいる」

 先程までとは違い、話を聞いてくれている。たった一つの質問ではあったが――

「そうか、じゃあ教えてくれないか?」

「何だ?」

 やはり、聞いてくれる。

「どうして、俺なんだ?」

 ヴィルシスの動きがぴたりと止まった。

「お前はイレギュラーだからだ。これ以上の説明が、何か欲しいか?」

「イレギュラー?」

「それについて説明する義理は一切ない」

 徐々に翳されていく歪な剣を見つめながらも、心は落ち着いていた。

「待て、俺を殺すだけならネーアを殺す必要はないよな?」

「…………」

 ネーアを腕から降ろし、その顔を見据えた。

「ごめんな、ネーア。ディードさんと一緒に、この国から逃げてくれ」

 ネーアにそう言うも、彼女は頷かなかった。

「やだ」

 唐突に振り向いた彼女は、そのまま両手を広げヴィルシスの兜を見上げた。

「わっ、私は殺さなくてもいいんでしょっ!? だ、だったら……わたしが、私がタジを守る!」

 恐怖で怯え震えきった身体ながらも、思いっきり叫んだ声が響き渡っていく。ヴィルシスは剣を掲げたまま全く動く素振りを見せない。

「なぁ、お姫様。確かにお前は殺さなくてもいい。殺す必要はない、だがだ」

 ――例え彼女が守ろうと、逃げようと、あの切れ味ならば確実に俺は死ぬだろう。その餌食に、ネーアが含まれるか含まれないかの違いだ。あの落ち着いた言動、ヴィルシスはネーア諸共俺を殺すつもりだろうから。

「ネーアっ――ごめん」

 魔力を集中させ、手に纏わせる。すぐさま後ろの扉を開ければ、更に続く長い廊下が現れる。手に纏った魔力を『光盾』として光らせ、光波と共に彼女の身体を投げ飛ばした。

「ひゃっ、えっ、タジ――」

 ネーアに全てを託し、振り返る。
 わざと余らせた魔力で身体を防護し、最後の抵抗の用意を済ませた。
 間近で手に力をこめるヴィルシスを見据えながら、最後の機会を祈る。

 軽々しく振られた剣が防護によって一旦弾かれた。

「ハッ、めんどくせぇな」


 ――直後、俺の身体は一気に後ろへと引っ張られ、丁寧なヴィルシスの一振りは宙を裂く事となった。

「……遅いよ」

「ごめんね、ちょっと様子を見に行った間にこいつが来るとは思わなくって」

 間一髪といったところか。ずっと彼女の帰りを待っていた。
 軽々しく俺の身体を引っ張り、抱きかかえた少女はヴィルシスをきっと睨みつける。

「んっ? あぁ、そういう事か」

 ヴィルシスは冷静なままそう呟いてから、振り切った剣を静止させたまま一切動く様子を見せない。

「なぁ、フークとやら。そんなにその男が大切か?」

「お前にこれ以上、私の大事なものを奪われたくない」

「……ハハッ、それなら精々必死にそいつを守ってみろよ」

 ヴィルシスには何も聞こえていないはずだが、確かに会話は成り立っていた。
 緩やかに上っていく歪な剣の刃に嫌な予感を覚える。
 ――廊下の向こうに投げ飛ばしたはずのネーアがいなくなっている。ネーア、どうにか俺の代わりに役目を果たしてくれ。

「フーク、全力で走ってくれないか」

「……逃げるの――」

「急げッ!」

 次の瞬間、俺の身体は窓の外まで運び出されていた。次いで一瞬後、宮殿の壁が勢いよく崩壊し瓦礫が弾丸のように飛び散っていく。
 フークは俺を抱えたまま器用に空中で一つ一つの瓦礫を避けていった。
 ――欠片が頬を掠め、痺れる感覚を覚える。

 軽々しく着地したかと思えばフークの身体はジェット機のように駆け出し、国を突っ切っていった。

「ぐぅっ!?」

 まるで身体が風につぶされているみたいにフークの胸に押し付けられていく。音を置き去りにした走りは、俺を瞬時に国外まで連れ出していった。
 ――そしてその背後にべったりと張り付くように、唸るような雄叫びが俺の身体を追い続ける。

「タっ、タジくんっ! ごめんっ、厳しいっ!」

 息を漏らすような声で彼女はそう発した。フークも無理をして駆けたのだろうか、既に呼吸がきいて分かるほど浅くなっている。
 ――頭の中で白い光が明滅する。

「あっ!」

 不意に霧の中に潜ったところで、俺の身体は宙に放り出された。

 霧の境界から一直線、ならば俺達が辿り着く先は平原の広がる第二ジェネルード界……
 ――あるいは、深い森の中の第一ジェネルード界だ。

 もし第一であるなら、この超速のまま木にぶつかり俺の身体は木っ端微塵になるだろう。どうにか魔力をかき集め衝撃緩和を試みるが、間に合わぬ内に鈍い衝撃が背中から全体にかけて襲い掛かってきた。
 声にもならない呼気が絞り出されるように漏れ出し、みしみしとひびの入る音が身体中から響き出す。

 ――感覚もなく朦朧とした意識の中、ぼやけた視界にはただ一つ、光る緑があった。



~~~ ~~~ ~~~~~~~



 高速で飛びかかる白い刃は、霧を抜けた先でただただ森林を斬り尽くしていた。
 霧と化したかの如く散っていく木々の中でブレーキをかけるように地を滑ってから、彼はただ一匹佇む。

「いない……? そうか、ならそれでもいい。どっちみち今は、イレギュラーはもうあの国にいないんだからな」

 己の気を紛らわすようにぶつぶつと吐き出した男は、踵を返し再度霧の中を突き抜けていった。

 男の進んだ道は一目見ただけで分かるほどに晴れていた。障害物の無残な跡が、彼の軌跡を物語っている。
 気分は高揚していた、ようやく殺しにありつけるという気持ちだけが今の彼の心を満たしていた。
 塵を辿って来た道を戻っていく白い怪物は、喘ぐように嗤い、昂奮に酔いしれ始める。


「貴方、この前の。どうやら災厄っていうのは、貴方のことだったみたいね」

 見知った緑のとんがりが至福への門となって立ち塞がるも、閂は一瞬にして切り飛ばされた。

「あ、そんな、姫様――」

「あぁ、そんなにてめぇの姫様が大事か。安心しろ、きっとすぐ一緒になれる」

 ――そう言ったも束の間、彼の酔いは一瞬にして覚めていった。

 一刀両断したはずの男の身体が瞬時に接合され、目の輝きが戻っていく。

「……ヴィルシス、私は貴方を信じています」

 どこからともなく現れた白いローブの少女は、いつになく鋭い眼差しを子羊に向けていた。

「落ち着いたら一度、お話しをしましょう」
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