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ホーナスト小国
3-11.虚と化した生を貪り
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「話しか。ババア、俺にはもうそんな余裕はねぇ、どうしてもしてほしいってんなら一つ条件がある」
「なんですか?」
ヴィルシスからの提案、それはエリシエにとって嬉しい反面この状況だからこそ不穏なものを感じ取っていた。
「――まずはこのまま俺に殺しをさせろ」
さも当然の権利かの如く吐き散らした言葉に、エリシエは首を横に振る。
「ヴィルシス、一体どうしてそのような事を?」
「――あれ、私生きてるの!?」
二人の間に挟まれたディードはぺたぺたと自分の身体を触り出し、斬られたはずの己の身体の無事を確かめる。
遮られたことに苛ついたのか、ヴィルシスが即座に二撃を入れた。
ディードの身体から十字型に血が滲み始めるも、すぐさま黄色い光が彼の身体を癒していく。
「えぇ、私の回復魔法です――」
ヴィルシスは回復の元を断つために剣を振るうも、それは数撃に終わり、驚異的な回復魔法の前ではすぐさま無為と化した。
「……ヴィルシス、一つだけ代案があります」
宮殿の方からぞろぞろと鳴り出す兵士達の乱れる鉄靴の音の中、エリシエは手を広げ人一倍大きく叫んだ。
「私を何度でも傷つけてください! ヴィルシスが望むなら、どんな痛みでも全て受け止めます!」
しかし彼の視線の向く先には少女の必死の懇願などなく、ただ群がる餌だけがあった。
「なぁ、あの数、一瞬で回復させられるか?」
「――ッ!」
ゆらりと幻影のようにヴィルシスは彼女の前から消える。
この状況から置いてけぼりにされたディードは状況整理に戸惑い、ただ目先の光景に従い振り向く他なかった。
――突如彼の脳内に暖かい光が根差され、水面のごとく揺蕩う。困惑も束の間、身体のストッパーが無理矢理外されるように、脳内からイメージのように噴き出された赤い粒子が水面に竜の紋様を形作った。
「ヴィルシスの足止めを、一瞬だけでもお願いできますか?」
導く言葉に応えられるよう、ディードの身体は動き出していた。内から溢れ出す無尽蔵なパワーを頼りに、ヴィルシスの行く先を捉え、飛び込んでいった。
ヴィルシスの握る歪な剣が小刻みに震え出す。徐々に大きくなるブレはそのまま乱撃と成り代わっていく。
突如目の前に現れた対象の姿をようやっと視認した兵士達の身体には、既にその刃が無数に刻み込まれていた。
――時間に換算すれば、小刻みな震えが始まってから一秒を越えた程度だろうか。軌道上に剣身が差し込まれ、歪な剣との間に激しい火花を散らした。
「……ババアに何か仕込まれたか」
ディードは何も言わぬまま、ヴィルシスの兜を睨む。彼はそこから果てしない殺意を感じ取るも、湧き上がる力が負けじと心を奮い立たせる。今の彼は、全能感に満ち溢れていた。
赤い霧の散る中で短い鍔迫り合いは終わった。ダイヤモンドカッターの如く障害物を削り飛ばした歪な刃はそのままディードの手と共に、彼の握る剣を文字通り霧散させてみせた。
ディードの手はすぐさま再生し元に戻るも、握っていた剣は飛沫となったまま宙を漂った。
「ほら、いいぞ。止めてみろよ」
今のディードには振るわれる剣の揺らめきが視えていた。
その剣撃を止めるためにも、己が巻き込まれながらも、いくら霧散しようとも蘇る今だけの身体を信じてその腕を封じようと試みた。
――山羊の体毛を模した尖った鎧は、そんな彼の干渉を許さなかった。凄まじい速度で動き続けるヴィルシスの身体につられ、鎧そのものが絶対不可侵の刃と化していた。
何度も霧となって切り飛ばされる内に、頭の中の光が弱まり暗くなっていく。何度も再生を繰り返し、エリシエにかけられた回復魔法が途絶えようとしている。
「ぐ――これ以――させないわよっ!!」
意を決してディードが掴んだのは、頭部のカーブする両角だった。そのままヴィルシスの身体を押しやっていき、遂に兵士達から距離を置くことができた。
振り返ると、兵士らは散り散りになっている。それも当然だろう、しかしそこには未だ立ち向かわんとする意思を示す者もいた。
「ディードっ、そのまま抑えていろ!」
己の名を呼ばれた男は、彼らの向かってくる姿が非常に鈍く見えた。これでは例えここに近付こうともただ災厄の餌食になるだけだ。
「――来ちゃダメっ! 逃げてっ!」
「さっさと離せ」
そう言いながらもヴィルシスは掴む手を退けようともせず、ただただディードに無限の連撃を浴びせていた。ディードの頭に浮かぶ光はいよいよ消えかけ、ただ竜の紋様だけが一際紅く輝いた。
――瞬間、羊兜だけがその場に残され、霧散するディードの身体を通り抜けたヴィルシスは兵士に向かって剣を振るう。
丁度最後の回復魔法、ぷつりと水面の光が消えると同時にディードの全身に激痛が走り出した。極限まで高められた身体能力が筋肉を際限なく常時膨張させ、無理やり絞り出すように思考を回転させていく。五感はその処理能力を越え、悲鳴を上げる。
――輝く竜の紋様に沈む意識の中に、再び輝きが根差された。超人的な身体能力、回復力を取り戻す。
そして目にした光景の中には、最早鈍いなどと思えない程機敏に動く兵士がいた。
「……ヴィルシス、私は惜しくも尊い二つの命を散らしてしまいました。貴方はこれ以上を望むのですか?」
勇敢、否、無謀ともいえた兵士達の後ろから、エリシエの声が物悲しそうに発せられた。
兵士達からは先程とは比にならない程の生気が満ち溢れている。それを自身から感じ取った者達の多くは、再び災厄の前線に集まろうとしていた。
「なぁババア、食っても食ってもちっとも腹が膨れない感覚を想像できるか?」
頭のない鎧は、向かってくる兵士の方向に向かって剣を構える。
「――最高に腹が立つんだよ。なぁ、どうだ、このまま根比べでもするか?」
一瞬にして剥がされた兵士達の装備は霧となり、彼らもまた剣を振るうヴィルシスに対して何の抵抗もできなくなっていた。
何度身体が砕け散ろうとも、兵士達は悉く蘇っていく。
ヴィルシスの殺気はどんどん高まるが、エリシエは時間が経つにつれて息をあげるようになる。
無数の死を管理し、これ以上の何人の命も散らさぬよう、常に回復魔法をかけ直している。そんな彼女の脳裏に浮かぶ打開策は、ヴィルシスに諦めてもらう事以外無かった。
「おい、ババア。一番止められる可能性のある方法はお前が知ってるんじゃないのか?」
前線を飛び越え、ヴィルシスは住宅街へと足を踏み入れた。即座に追いついたエリシエは、住人全てに予防策としての回復魔法をかけていく。
家々は霞となって散り、ただそこには人と乾いた大地だけが残っていた。
「……何を言っているのですっ、私はまず貴方の話が聞きたいんですっ!」
「だから、話し合おうじゃねぇか」
宮殿の方に向かって、ジグザグに住宅を散らして行く。無規則な方向に逸れることによって回復魔法の撃ち漏らしを狙うも、エリシエは迅速な対応を続けていく。
既に街は阿鼻叫喚の中だが、そんな声など両者の耳には届いていなかった。
「本気の親子喧嘩でもしようじゃねぇか。このままじゃ収まりがつかねぇんだよ、むしろどんどんてめーに対してイライラしてくるんだ」
「な、何を言ってるんですヴィルシス――」
「良い子ちゃんぶってんじゃねぇぞてめぇ。親なら全力で、てめーの子供叱りつけるのも必要なんじゃねーのか?」
ヴィルシスの口ぶりに対してエリシエが覚えた感情は――深い悲しみだった。失意はない、まだ己に対し心を開かない子に対しての悲しみだけを湧き上がらせた。
そして同時に――
「もしも本気で叱ったら、貴方は話をして、くれるのですか?」
「かもな」
エリシエが思い悩んだ一瞬の隙をついて、ヴィルシスは道を後戻りする。未だ回復魔法の行き届いていない範囲の人々に、歪な刃は触れようとていた。
――その凶刃を振るう鎧に、鋭い氷槍が突き刺さる。
無数に突き刺さる氷槍はヴィルシスの動きを止め、その足元から突出した大地が彼の身体を一瞬で串刺しにした。
「皆さん、今のうちに逃げてください!」
ヴィルシスに追いついた兵士達が一斉に、彼の身体に魔法を放ったのだ。人々に避難の勧告をするも、それは混乱を強めるだけに過ぎなかった。
するりと抜け落ちて行く氷槍、身体を貫く大地は砕け、その鎧には傷一つ残っていない。
「余計な事を……」
「この国は、我々が守る!」
兵士達を切り刻もうとした歪な刃は、頭上から振り下ろされた雷斧によって叩き折られた。
「武装を奪われたって、魔法は使えるのよ。観念しなさい」
ディードはそのまま雷斧を強く握りしめ、斧刃を乱雑に悍ましい鎧に叩き込んだ。
体毛を象った棘がぐにゃりと折れ、ヴィルシスの身体が僅かによろめく。
「あぁ、俺の事を叩きのめしたいんだろう? 精々頑張ってくれ」
歪な刃がすぐさま再生すると、兵士達の身体はまたも瞬時に刻まれていく。
集中し練り上げた魔力は共に霧散し、殆どは無為に終わってしまった。
「皆さん、離れていてください」
――しかし、彼女が覚悟を決める時間を作るには、十分足りていた。
小さな身体から繰り出された拳は衝撃波を生み、それを吸収し続ける鎧はどんどんひしゃげていく。
「ハッ、ようやく、化けの皮が剥がれたってところか」
「……まずは落ち着いて、話をしましょう」
乱撃一つ一つをエリシエは丁寧に躱し続け、合間合間に叩き込む拳は、一発一発がヴィルシスをよろけさせる程の力を含んでいた。
そこで何が動いているのか、彼女に魔法をかけてもらった者でさえ、分からなかった。
「ヴィルシス、ところで兜はどうしたのですか?」
「取られたんだよ、あの緑のトゲトゲに」
「……ディードさんでしたっけ、兜はどちらに?」
「えーっと、置いてきちゃったわよ……取ってくるわね」
「あぁ、それなら俺が持ってきちまったよ。ほらお嬢ちゃん、受け取ってくれ」
「有難うございます。ヴィルシス、どうぞ」
地に捩じ伏せられた鎧に跨る少女は、小さな両手で空いた兜を被せてやる。
「チッ、どけ」
強引にエリシエをどかしたヴィルシスは、己の手でぐりぐりと兜を押し付ける。
「で、話だったか」
「えぇ、なぜこのような事を?」
「ここで俺に話をさせるつもりか」
気付けば国中の人々がエリシエとヴィルシスの方を睨んでいた。
その多くから感じ取れるのは恐怖であり、少なくとも誰からも良い感情は持たれていない。そう悟ったエリシエは、彼の意向通り場所を変えることに決める。
「すみません皆さん、こんな夜更けにお騒がせしました」
にこりと笑って一言、そう放ったエリシエはヴィルシスと共に国の外まで歩いて行った。人混みは自然と、彼女らの道を作るように開かれていく。
大きく吹き荒れ、一瞬で消えていった竜巻の跡地には、ただただ静寂の時が流れていた。
「お、なんだなんだ、こんな夜にお祭りかぁ?」
無理矢理そこに割り入ろうとしたのは、青い大蜥蜴の集団だった。
襲撃に気付いた兵士達は、徒手空拳ながらも即座に蜥蜴を叩き伏せた。エリシエにかけられた回復魔法は依然として続き、浮かぶ竜の紋様が彼らの力を未だ大きく引き出しているのだ。
「――は? なんだこいつら、こんなのきいてねーぞ、おい、どういうこった!?」
その中でも一際大きな、木と同等の高さを持つ蜥蜴は兵士達の動きを見てゾッとしていた。
「おい、お前ら気をつけろ! ここら付近は何やら段違いに強いやつが――」
誰に発せられたかも分からない声は瞬時にして途切れる。その巨躯には既に連撃が叩き込まれており、そのままどろどろになって地面に溶けていった。
それにつられ、取り巻きの大蜥蜴達もまた溶け出していく。
「……あんなに奴らのことは速いと思っていたのに、なんだこの力は」
「彼女だ。彼女にかけられた、魔法だ」
兵士達は己らに根付く力を感じながら、心に浮かぶ竜の紋様を畏れていた。
~~~ ~~~ ~~~~~~~
「大丈夫? フークちゃん」
「タジっ、くん……だいじょぉっ、っ……」
倒れながらも息絶え絶えのフークに声がかけられる。彼女にとって、今はその声の主だけが頼りだった。
「それっ、より、ヴィルッ、ヴィルシスはっ……」
「――無理しないでよフークちゃん。ほら、喋っちゃダメだよ。僕が背負ってあげるから」
「ごめっ、ありがとっ……」
「いひひっ、大丈夫大丈夫っ! アイツはどこ行っちゃったんだろうねー、でも僕らが無事ってことは見逃しちゃったんだろうね」
余裕な口ぶりながらもタジの身体はふらふらと揺れており、しかし背負われたフークはそんな揺れを心地よいと感じていた。
――そしてそのまま、彼らの身体は深い霧の中に消えていく。
「なんですか?」
ヴィルシスからの提案、それはエリシエにとって嬉しい反面この状況だからこそ不穏なものを感じ取っていた。
「――まずはこのまま俺に殺しをさせろ」
さも当然の権利かの如く吐き散らした言葉に、エリシエは首を横に振る。
「ヴィルシス、一体どうしてそのような事を?」
「――あれ、私生きてるの!?」
二人の間に挟まれたディードはぺたぺたと自分の身体を触り出し、斬られたはずの己の身体の無事を確かめる。
遮られたことに苛ついたのか、ヴィルシスが即座に二撃を入れた。
ディードの身体から十字型に血が滲み始めるも、すぐさま黄色い光が彼の身体を癒していく。
「えぇ、私の回復魔法です――」
ヴィルシスは回復の元を断つために剣を振るうも、それは数撃に終わり、驚異的な回復魔法の前ではすぐさま無為と化した。
「……ヴィルシス、一つだけ代案があります」
宮殿の方からぞろぞろと鳴り出す兵士達の乱れる鉄靴の音の中、エリシエは手を広げ人一倍大きく叫んだ。
「私を何度でも傷つけてください! ヴィルシスが望むなら、どんな痛みでも全て受け止めます!」
しかし彼の視線の向く先には少女の必死の懇願などなく、ただ群がる餌だけがあった。
「なぁ、あの数、一瞬で回復させられるか?」
「――ッ!」
ゆらりと幻影のようにヴィルシスは彼女の前から消える。
この状況から置いてけぼりにされたディードは状況整理に戸惑い、ただ目先の光景に従い振り向く他なかった。
――突如彼の脳内に暖かい光が根差され、水面のごとく揺蕩う。困惑も束の間、身体のストッパーが無理矢理外されるように、脳内からイメージのように噴き出された赤い粒子が水面に竜の紋様を形作った。
「ヴィルシスの足止めを、一瞬だけでもお願いできますか?」
導く言葉に応えられるよう、ディードの身体は動き出していた。内から溢れ出す無尽蔵なパワーを頼りに、ヴィルシスの行く先を捉え、飛び込んでいった。
ヴィルシスの握る歪な剣が小刻みに震え出す。徐々に大きくなるブレはそのまま乱撃と成り代わっていく。
突如目の前に現れた対象の姿をようやっと視認した兵士達の身体には、既にその刃が無数に刻み込まれていた。
――時間に換算すれば、小刻みな震えが始まってから一秒を越えた程度だろうか。軌道上に剣身が差し込まれ、歪な剣との間に激しい火花を散らした。
「……ババアに何か仕込まれたか」
ディードは何も言わぬまま、ヴィルシスの兜を睨む。彼はそこから果てしない殺意を感じ取るも、湧き上がる力が負けじと心を奮い立たせる。今の彼は、全能感に満ち溢れていた。
赤い霧の散る中で短い鍔迫り合いは終わった。ダイヤモンドカッターの如く障害物を削り飛ばした歪な刃はそのままディードの手と共に、彼の握る剣を文字通り霧散させてみせた。
ディードの手はすぐさま再生し元に戻るも、握っていた剣は飛沫となったまま宙を漂った。
「ほら、いいぞ。止めてみろよ」
今のディードには振るわれる剣の揺らめきが視えていた。
その剣撃を止めるためにも、己が巻き込まれながらも、いくら霧散しようとも蘇る今だけの身体を信じてその腕を封じようと試みた。
――山羊の体毛を模した尖った鎧は、そんな彼の干渉を許さなかった。凄まじい速度で動き続けるヴィルシスの身体につられ、鎧そのものが絶対不可侵の刃と化していた。
何度も霧となって切り飛ばされる内に、頭の中の光が弱まり暗くなっていく。何度も再生を繰り返し、エリシエにかけられた回復魔法が途絶えようとしている。
「ぐ――これ以――させないわよっ!!」
意を決してディードが掴んだのは、頭部のカーブする両角だった。そのままヴィルシスの身体を押しやっていき、遂に兵士達から距離を置くことができた。
振り返ると、兵士らは散り散りになっている。それも当然だろう、しかしそこには未だ立ち向かわんとする意思を示す者もいた。
「ディードっ、そのまま抑えていろ!」
己の名を呼ばれた男は、彼らの向かってくる姿が非常に鈍く見えた。これでは例えここに近付こうともただ災厄の餌食になるだけだ。
「――来ちゃダメっ! 逃げてっ!」
「さっさと離せ」
そう言いながらもヴィルシスは掴む手を退けようともせず、ただただディードに無限の連撃を浴びせていた。ディードの頭に浮かぶ光はいよいよ消えかけ、ただ竜の紋様だけが一際紅く輝いた。
――瞬間、羊兜だけがその場に残され、霧散するディードの身体を通り抜けたヴィルシスは兵士に向かって剣を振るう。
丁度最後の回復魔法、ぷつりと水面の光が消えると同時にディードの全身に激痛が走り出した。極限まで高められた身体能力が筋肉を際限なく常時膨張させ、無理やり絞り出すように思考を回転させていく。五感はその処理能力を越え、悲鳴を上げる。
――輝く竜の紋様に沈む意識の中に、再び輝きが根差された。超人的な身体能力、回復力を取り戻す。
そして目にした光景の中には、最早鈍いなどと思えない程機敏に動く兵士がいた。
「……ヴィルシス、私は惜しくも尊い二つの命を散らしてしまいました。貴方はこれ以上を望むのですか?」
勇敢、否、無謀ともいえた兵士達の後ろから、エリシエの声が物悲しそうに発せられた。
兵士達からは先程とは比にならない程の生気が満ち溢れている。それを自身から感じ取った者達の多くは、再び災厄の前線に集まろうとしていた。
「なぁババア、食っても食ってもちっとも腹が膨れない感覚を想像できるか?」
頭のない鎧は、向かってくる兵士の方向に向かって剣を構える。
「――最高に腹が立つんだよ。なぁ、どうだ、このまま根比べでもするか?」
一瞬にして剥がされた兵士達の装備は霧となり、彼らもまた剣を振るうヴィルシスに対して何の抵抗もできなくなっていた。
何度身体が砕け散ろうとも、兵士達は悉く蘇っていく。
ヴィルシスの殺気はどんどん高まるが、エリシエは時間が経つにつれて息をあげるようになる。
無数の死を管理し、これ以上の何人の命も散らさぬよう、常に回復魔法をかけ直している。そんな彼女の脳裏に浮かぶ打開策は、ヴィルシスに諦めてもらう事以外無かった。
「おい、ババア。一番止められる可能性のある方法はお前が知ってるんじゃないのか?」
前線を飛び越え、ヴィルシスは住宅街へと足を踏み入れた。即座に追いついたエリシエは、住人全てに予防策としての回復魔法をかけていく。
家々は霞となって散り、ただそこには人と乾いた大地だけが残っていた。
「……何を言っているのですっ、私はまず貴方の話が聞きたいんですっ!」
「だから、話し合おうじゃねぇか」
宮殿の方に向かって、ジグザグに住宅を散らして行く。無規則な方向に逸れることによって回復魔法の撃ち漏らしを狙うも、エリシエは迅速な対応を続けていく。
既に街は阿鼻叫喚の中だが、そんな声など両者の耳には届いていなかった。
「本気の親子喧嘩でもしようじゃねぇか。このままじゃ収まりがつかねぇんだよ、むしろどんどんてめーに対してイライラしてくるんだ」
「な、何を言ってるんですヴィルシス――」
「良い子ちゃんぶってんじゃねぇぞてめぇ。親なら全力で、てめーの子供叱りつけるのも必要なんじゃねーのか?」
ヴィルシスの口ぶりに対してエリシエが覚えた感情は――深い悲しみだった。失意はない、まだ己に対し心を開かない子に対しての悲しみだけを湧き上がらせた。
そして同時に――
「もしも本気で叱ったら、貴方は話をして、くれるのですか?」
「かもな」
エリシエが思い悩んだ一瞬の隙をついて、ヴィルシスは道を後戻りする。未だ回復魔法の行き届いていない範囲の人々に、歪な刃は触れようとていた。
――その凶刃を振るう鎧に、鋭い氷槍が突き刺さる。
無数に突き刺さる氷槍はヴィルシスの動きを止め、その足元から突出した大地が彼の身体を一瞬で串刺しにした。
「皆さん、今のうちに逃げてください!」
ヴィルシスに追いついた兵士達が一斉に、彼の身体に魔法を放ったのだ。人々に避難の勧告をするも、それは混乱を強めるだけに過ぎなかった。
するりと抜け落ちて行く氷槍、身体を貫く大地は砕け、その鎧には傷一つ残っていない。
「余計な事を……」
「この国は、我々が守る!」
兵士達を切り刻もうとした歪な刃は、頭上から振り下ろされた雷斧によって叩き折られた。
「武装を奪われたって、魔法は使えるのよ。観念しなさい」
ディードはそのまま雷斧を強く握りしめ、斧刃を乱雑に悍ましい鎧に叩き込んだ。
体毛を象った棘がぐにゃりと折れ、ヴィルシスの身体が僅かによろめく。
「あぁ、俺の事を叩きのめしたいんだろう? 精々頑張ってくれ」
歪な刃がすぐさま再生すると、兵士達の身体はまたも瞬時に刻まれていく。
集中し練り上げた魔力は共に霧散し、殆どは無為に終わってしまった。
「皆さん、離れていてください」
――しかし、彼女が覚悟を決める時間を作るには、十分足りていた。
小さな身体から繰り出された拳は衝撃波を生み、それを吸収し続ける鎧はどんどんひしゃげていく。
「ハッ、ようやく、化けの皮が剥がれたってところか」
「……まずは落ち着いて、話をしましょう」
乱撃一つ一つをエリシエは丁寧に躱し続け、合間合間に叩き込む拳は、一発一発がヴィルシスをよろけさせる程の力を含んでいた。
そこで何が動いているのか、彼女に魔法をかけてもらった者でさえ、分からなかった。
「ヴィルシス、ところで兜はどうしたのですか?」
「取られたんだよ、あの緑のトゲトゲに」
「……ディードさんでしたっけ、兜はどちらに?」
「えーっと、置いてきちゃったわよ……取ってくるわね」
「あぁ、それなら俺が持ってきちまったよ。ほらお嬢ちゃん、受け取ってくれ」
「有難うございます。ヴィルシス、どうぞ」
地に捩じ伏せられた鎧に跨る少女は、小さな両手で空いた兜を被せてやる。
「チッ、どけ」
強引にエリシエをどかしたヴィルシスは、己の手でぐりぐりと兜を押し付ける。
「で、話だったか」
「えぇ、なぜこのような事を?」
「ここで俺に話をさせるつもりか」
気付けば国中の人々がエリシエとヴィルシスの方を睨んでいた。
その多くから感じ取れるのは恐怖であり、少なくとも誰からも良い感情は持たれていない。そう悟ったエリシエは、彼の意向通り場所を変えることに決める。
「すみません皆さん、こんな夜更けにお騒がせしました」
にこりと笑って一言、そう放ったエリシエはヴィルシスと共に国の外まで歩いて行った。人混みは自然と、彼女らの道を作るように開かれていく。
大きく吹き荒れ、一瞬で消えていった竜巻の跡地には、ただただ静寂の時が流れていた。
「お、なんだなんだ、こんな夜にお祭りかぁ?」
無理矢理そこに割り入ろうとしたのは、青い大蜥蜴の集団だった。
襲撃に気付いた兵士達は、徒手空拳ながらも即座に蜥蜴を叩き伏せた。エリシエにかけられた回復魔法は依然として続き、浮かぶ竜の紋様が彼らの力を未だ大きく引き出しているのだ。
「――は? なんだこいつら、こんなのきいてねーぞ、おい、どういうこった!?」
その中でも一際大きな、木と同等の高さを持つ蜥蜴は兵士達の動きを見てゾッとしていた。
「おい、お前ら気をつけろ! ここら付近は何やら段違いに強いやつが――」
誰に発せられたかも分からない声は瞬時にして途切れる。その巨躯には既に連撃が叩き込まれており、そのままどろどろになって地面に溶けていった。
それにつられ、取り巻きの大蜥蜴達もまた溶け出していく。
「……あんなに奴らのことは速いと思っていたのに、なんだこの力は」
「彼女だ。彼女にかけられた、魔法だ」
兵士達は己らに根付く力を感じながら、心に浮かぶ竜の紋様を畏れていた。
~~~ ~~~ ~~~~~~~
「大丈夫? フークちゃん」
「タジっ、くん……だいじょぉっ、っ……」
倒れながらも息絶え絶えのフークに声がかけられる。彼女にとって、今はその声の主だけが頼りだった。
「それっ、より、ヴィルッ、ヴィルシスはっ……」
「――無理しないでよフークちゃん。ほら、喋っちゃダメだよ。僕が背負ってあげるから」
「ごめっ、ありがとっ……」
「いひひっ、大丈夫大丈夫っ! アイツはどこ行っちゃったんだろうねー、でも僕らが無事ってことは見逃しちゃったんだろうね」
余裕な口ぶりながらもタジの身体はふらふらと揺れており、しかし背負われたフークはそんな揺れを心地よいと感じていた。
――そしてそのまま、彼らの身体は深い霧の中に消えていく。
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しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
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隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
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※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
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