俺の友人は。

なつか

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孝太郎の場合 2.

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「うっま」
完璧な家庭料理である大皿に乗せられた大量の野菜炒めが、こいつの前に置かれると、円盤の机が回転する高級中華料理屋で出てくるような料理に見えるのはなぜなのか。
いや、違うな。いつもは一対九くらいの比率でしか入っていない肉が、今日は三対七くらいで入っているからだ。決してこいつのせいではない。しかも黒豚らしいし。
確かに、いつもより分厚いのに、柔らかい。コクがある? とでもいうのかな。
まぁ明希ちゃんの料理はいつもなんでもおいしいけど。

取り分けた野菜炒めをお上品に口に運びながら、元から深い幅の広い二重をさらに深めるそいつ、諏訪野 翔の嬉しそうな顔に思わず蹴りを入れたくなる衝動をぐっと抑える。
だって、それを見た明希ちゃんが嬉しそうにしているから。

あぁ、明希ちゃんのそんな顔、初めて見たな。
諏訪野を見る明希ちゃんの目に、心がざわつく。

明希ちゃんは不機嫌そうな顔がデフォルトだから。
だらしない俺を叱って、あきれて、仕方ないなってため息まじりにふっと笑って。
そんな表情を見られるのは、俺だけだったのにね。

心を落ち着けようと、その隣に座るのんちゃんを見やれば、丁度こちらを見ていたらしいのんちゃんと視線がかち合い、クマの残る目を細めて優しく微笑まれた。
その表情に、ふと少し前に諏訪野のことを愚痴った時のことを思い出した。



「明希くんを取られちゃいそうだから?」
とにかく気に入らない、そんなふうに言う俺にのんちゃんは今と同じように優しい笑顔を浮かべながら俺にそう問いかけた。

高二になって同じクラスになった諏訪野は、突然、しかも強引に明希ちゃんの内側に入り込んできた。
初めは戸惑っていた明希ちゃんが徐々にほだされて行く様子を、俺は横で見ていることしかできなくて。
あいつは確かに俺にも興味を持ったようだった。
それでも、諏訪野が俺に向ける視線も、行動も、そのすべてが明希ちゃんを手中に収めるための手段にしか思えなかった。

怖かった。
のんちゃんの言う通り『明希ちゃんがとられる』、そう感じたんだと思う。
どうにかして、明希ちゃんから諏訪野を排除したくて。
”悪口”なんて子供じみたことをしても、どう考えても悪手でしかないのにね。

『明希ちゃんに一番近いのは俺で、俺に一番近いのは明希ちゃん。』

ずっとそう思っていた。
それでも、俺は明希ちゃんの内側には入らなかったし、俺も、俺の内側に明希ちゃんを入れなかった。
二人の間にある境界線を超えることはなかった。

それなのに、諏訪野はそれを優に飛び越した。
そしてそれを、明希ちゃんは受け入れつつある。
今、ここにこいつがいるのがその証拠だ。

そうして境界線の向こう側に残るのは、きっと俺だけなんだね。


「孝太郎、炊飯器にまだ米残ってるからな」
突然かけられた声にはっとして手に持った茶碗を見たらいつの間にかほとんど空で。テーブルに置かれた大皿の上にあったはずの大量の野菜炒めもかなり減っている。
そして、相変わらず上品に、でも野菜炒めを次々と口に運んでいく諏訪野。
「ちょっと、諏訪野食べすぎじゃない?!」
さっと大皿を俺のほうに寄せても、すかさず諏訪野は箸を伸ばしてくる。
「だっておいしいんだもん」
「”もん”とか、かわいこぶってんなよ、キモい」
「おい、孝太郎! この肉は翔が買ってきたんだからな」
「作ったのは明希ちゃんだし、野菜はうちのでしょ!」
やっぱり諏訪野をかばう明希ちゃんにイラっとする。ひと際でかい肉にぶすりと箸をさして取ってこれ見よがしに食べて見せれば、明希ちゃんははぁっとため息をついた。
それなのに、ニコニコと楽しそうな諏訪野がさらに癇に障る。

同席している俺の父さんとのんちゃんはどうしてるかって?
俺たちの言い争いなんて気にも留めず、二人で「おいしいね」、「仲良しねぇ」なんて穏やかに会話しながらご飯食べてるよ!
ちなみに俊希さんはまだ帰ってきてない。まぁいても、父さんとイチャイチャするだけだけど。それを見てニヨニヨするのんちゃんを想像すると、いなくてよかったと思うべきか。
どのみち俺はアウェイだ。俺の家なのにさ。
こうなったらもう、やけ食いだ!
空になった茶碗を手におかわりをよそいに席を立つ。
「悪いな、翔…」
「いや、急に来た俺が悪いし。浮かれてる自覚あるし」
わかってるなら帰れよ、いや、来るなよ。
「こうやってワイワイとみんなで夕飯を食べるのなんて初めてだから、ほんと楽しくってさ」
その言葉に米を山盛りにしていた手が思わず止まった。

諏訪野の家はお金持ちだってことだけは聞いたことあるけど、お金持ちのおうちは静かに夕食をとるものなのかな。まぁしつけとかも厳しそうだもんね。
多分、俺と同じ疑問が明希ちゃんの顔に出てたっぽい。
テーブルに戻ろうとしたら、明希ちゃんを見て柔らかく眉を下げる諏訪野が目に入った。
「うちの両親は仕事でほとんどいないから、家族で食卓を囲むなんてことはめったにないし、そもそもご飯を作ってくれるのもお手伝いさんだから。”家庭の味”なんてのも初体験だよ」
これにはさすがに俺の父さんも驚いた顔をしていた。

諏訪野は顔がよくて、頭もよくて、運動もできて、さらに家はお金持ち。
今時少女漫画でも出てこないような全方位型イケメン。
苦労なんてしたこともない、恵まれたやつ、なんて思ってた。だからこそ、今まで悪態をついてこれた。

でも、どんな人だって、それぞれの悩みがあって、それぞれの傷がある。のかもしれない。

そう思うと、諏訪野のことなんて何も知らないのに、これまでの俺の態度はあまりにも一方的で、少しやりすぎだったかも……。
若干、神妙な面持ちにながら俺が椅子に座った時、テーブルの上の大皿にはもうキャベツしか残っていなかった。

やっぱりいけ好かないやつ!
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