俺の友人は。

なつか

文字の大きさ
26 / 38

明希の場合 14.

しおりを挟む
あれは、もともと住んでいた家を出る少し前だったと思う。まだ離婚の話は聞いていなかったけど、子供なりに不穏な空気を察していた頃だ。
自分の部屋で寝ていた俺は、何となく目を覚ましてしまって。隣の部屋から聞こえてきた声に誘われて、つい、布団から抜け出した。

「明希は、俺が引き取るんでいいんだな」
「うん、いいよ」
「面会は、」
「あぁ別にいいよ、そういうのめんどくさいし」
「おまえ……、本当にいいのか?」
「いい、いい。私、本当は女の子が欲しかったんだよねぇ。それなのに男の子だし、あんたそっくりでかわいくないし。全然いらないわ」

母の発言に父はとても怒っていたと思う。何を言っていたのかまでは覚えていないけど。
その時の俺は、母の言ったことがうまく呑み込めていなくて、ただ「そうなんだ」と思いながら、二人に見つからないようにそっと部屋に戻った。

それから、父に母とは離れて暮らすことになったことと、引っ越すことを教えられたけど、しばらくは何事もなかったように、それまでと変わらない生活が続いた。
まぁ母はその時にはもうほとんど帰ってこなくなっていたんだけどね。

だから、その言葉の意味を本当に理解できたのは、母が家を出た日だった。
小さな鞄を抱えた母はとても楽しそうに、「じゃあね」とだけ言って振り返ることなく家を出て行った。
それを見た父は何か言いかけた言葉を飲み込み、唇を噛んでいたことを覚えている。

父と母と三人で住んでいたころの記憶はおぼろげだけど、幼いころ母にひどく扱われたということはないと思う。むしろ、記憶にある母は俺を「かわいい」と抱きしめ、笑っていた。
だからこそ、俺は母を何の疑いもなく信じていたし、愛されていると思っていた。
でも、違った。
母にとって俺は、望んでいない、かわいくない、いらない子供だったのだ。
だから、俺は捨てられたのだ。もう二度と母には会えないのだと、思っていた。


それなのに、記憶の中の母とはほとんど共通点のないその人は、急に現れたその日の翌日も、その次の日も、俺の前に現れた。

もちろん無視していたんだけど、俺の後をついてくるもんだからスーパーでバイトしていることは早々にばれてしまって。その人は毎日スーパーにやって来るようになった。
それでも、なんとか避けようとしたんだけど、今度は他の店員に俺がいるかどうか話しかけるようになってしまって。
やめてくれ、と言ったら、それならバイトが終わるのを待っているからシフトを教えてと言われた。
断ったらまた他の人に迷惑がかかる。最悪、バイトをやめなければならなくなるかもしれない。それは、すごく困るから。
いたしかたなく教えたら、バイト終わりに待ち伏せをされるようになった。
無視すれば、後をついてくる。ついてこないでくれと言ったら、じゃあもっと話をしたい、だってさ。
いまさら何を話すことがあるのかと、思っていたけれど、その人は一方的に自分の話をするだけで、俺の話を聞きたがることはなかったし、家までばれるのは避けたかったから、仕方なく承諾した。


困っていたし、正直嫌だった。
でも、父親にその人のことは言えなくて。
離婚した後、無理をして作った笑顔ばかりだった父親は、今、優一朗さんといることで、とても幸せそうな顔をするようになった。その顔を曇らせてしまいたくなかった。


翔にも、話していない。
それどころか、あれ以来、翔と少しだけ距離をとってしまっている。

「明希、なんか最近疲れてない? バイト大変?」

翔は何も変わらない。ずっと、ずっと優しいまま。
でも、今はその優しさがつらい。
俺のご飯が食べたいと言ってくれるけど、どうしても家に呼ぶ気にはなれなかった。
孝太郎と一緒にいるところを想像するだけで、じくじくと胸が痛むから。

前から同じようなことがあった。その時は、ストレスのせいで腹が痛くなったんだと思っていたけど、そんなことはない。痛いのは胸で、原因はただの嫉妬だ。
わかってしまえば簡単な話だった。
初めてできた親しい友人を、翔を孝太郎にとられるのが俺は嫌だったんだ。
自分に嫉妬なんて感情があることに驚いてしまって、なかなかうまく消化できない。
前のように翔の目を見られない俺を、翔は変わらず心配してくれる。慮ってくれる。
だから、つい求めてしまいたくなる。

―――い、――――けて。

つい口に出そうになる言葉を必死に飲み込む。
言ったところで、きっとどうしようもなくて、翔を困らせるだけなんだから。

「大丈夫、ありがとな」

なんでもないふりをするしかなかった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

「好きって言ったら負け!」完璧すぎる生徒会コンビの恋愛頭脳戦は今日も平行線です~恋は勝ち負けじゃないと知るまでの攻防戦

中岡 始
BL
「好きって言ったら負け」 それが、俺たちの間にある、たったひとつのルールだった。 星遥学園の顔、生徒会長・一ノ瀬結翔と副会長・神城凪。 容姿、成績、カリスマ性――すべてが完璧なふたりは、周囲から「最強ペア」と呼ばれている。 けれどその内側では、日々繰り広げられる仁義なき恋愛頭脳戦があった。 ・さりげない言葉の応酬 ・SNSでの匂わせ合戦 ・触れそうで触れない、静かな視線の駆け引き 恋してるなんて認めたくない。 でも、相手からの“告白”を待ち続けてしまう―― そんなふたりの関係が変わったのは、修学旅行での一夜。 「俺、たぶん君に“負けてもいい”って思いかけてる」 その一言が、沈黙を揺るがし、心の距離を塗り替えていく。 勝ち負けなんかじゃない、想いのかたちにたどり着くまで。 これは、美形ふたりの駆け引きまみれなラブコメ戦線、 ついに“終戦”の火蓋が落ちるまでの物語。

青い炎

瑞原唯子
BL
今日、僕は同時にふたつの失恋をした——。 もともと叶うことのない想いだった。 にもかかわらず、胸の内で静かな激情の炎を燃やし続けてきた。 これからもこの想いを燻らせていくのだろう。 仲睦まじい二人を誰よりも近くで見守りながら。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

王様の恋

うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」 突然王に言われた一言。 王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。 ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。 ※エセ王国 ※エセファンタジー ※惚れ薬 ※異世界トリップ表現が少しあります

処理中です...