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明希の場合 17.
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俺が金を渡すといった後、その人は見たことがないほど顔を輝かせた。
「ありがとう、明希! 持つべきものはやっぱりかわいい息子ね♡」
なんて、思ってもいないようなこと言いって、「また給料日の日に来るから」と振り返ることもなく去っていった。
それ以来、来ていない。
多分、金を受け取るときにしかもう来ないだろう。
別に俺も会いたくないし、それはそれでいいのだけど、さすがにあからさまにもほどがある。
むなしいな、と思うのは、いくら働いてもバイト代が俺の手元に残らないことが確定しているからか、それとも、どこかで”期待”してしまっていたからだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、倉庫に山積みになった段ボールをつぶしていく。
バイトでの俺の主な仕事は品出しとバックヤードの整理だ。レジにはほとんど立たない。人相も悪ければ愛想もないからね。
スーパーでのバイトは割と気に入っている。店長も他の人もいい人ばっかりだし、シフトの融通も利く。個人経営のお店だから、ちょっと傷んじゃって店に出せない野菜とか、新作のお惣菜の試作とかもらえることもあるしね。
なにより、こういう単純労働は脳が休まる。無心で作業をしていたらいつの間にか山積みだった段ボールはすべてぺったんこになっていた。
でも、悪いことってなぜか重なるもんなんだよな。
ばらした段ボールを店の外に捨てに出たとき、見慣れた二つの後姿を見つけてしまったのだ。
そうか、俺が距離を置いている間にあの二人は学校の後に二人で出掛けるくらい仲良くなっていたのか。
その並んで歩く姿がとても自然で、ふとこの間、テレビでカップルの理想の身長差は15センチくらいだと言っていたことを思い出した
この間、翔は身長がまた伸びて、187センチになったと言っていた。そんでもって、孝太郎は俺よりも少し小さくて、172センチくらいだったはず。すげぇ、ぴったりじゃん。
いや、待てよ。別に悪いことなんかじゃないだろ。
二人の仲が縮まることを俺だって望んでいたじゃないか。だからむしろいいことだ。
それなのに俺の心にはしっかりとダメージが入ってしまっている。俺の中に生まれた嫉妬心はなかなか根が深いらしい。
このままいけばあの二人は付き合い始めるかもしれない。その進展を考えれば、俺はどう考えても邪魔だ。それなら、今みたいにちょっと距離を置いておいたほうがいいかもしれない。
「明希くーん!」
ぼうっと二人の姿を眺めていたら店内から呼ばれ、俺は仕事に戻った。
それからも翔は変わらず俺に優しかった。「無理しないで。俺が力になれることがあったらなんでもするからね」と気遣ってくれた。やっぱり翔は優しいなと思う反面、どこかで「そんなことを言うくせに、孝太郎とよろしくやってるんだろ」なんて思ってしまう自分がいて。
嫉妬心というのは本当に厄介だ。自分では抑えられないし、なくし方も分からない。
もともと好きなところなんてなかった自分のことを、もっと嫌いになっていく。
なるべくなんでもないように過ごしていたつもりだったけど、やっぱりつらくって。俺は何でもない用事を作っては、さらに翔と顔を合わせる時間を減らした。
だから、俺は翔がどんな顔で俺を見ていたのかも、その言葉の本当の意味にも、気づいていなかったんだ。
そうしてやってきた給料日。
もともと来週は修学旅行だからとバイトは休みにしてもらっていたし、そのあとからはシフトも週二回に戻る。
あの人も、金を渡したらもう俺に用はなくなるだろう。
翔との距離は元通りとはいかないかもしれないから、みんなが修学旅行に行っている間に、どうするか考えようか。
そんなことをぼんやりと考えながら帰る準備をしていたら、翔が話しかけてきた。
「明希、今日もバイト?」
「あぁ。翔は部活?」
「うん。……ねぇ明希。もうすぐ誕生日だね。一緒にお祝いしよ。何か欲しいものがあったら言ってね」
そういえばそうだった。時期的には修学旅行の少しあと。いつもは父がケーキを買ってきてくれるくらいで、プレゼントはいつからだったか、俺から「いらない」と言ってもらわなくなった。だから、あんまり意識していなかった。というかほとんど忘れてた。
「いや、別に……欲しいものもないし。気持ちだけでいいよ」
祝ってくれるという気持ちだけでいい。それだけで十分に嬉しいから。本当にそう思ったんだけど、翔は不満だったらしい。あからさまに眉間にしわを寄せた。
「ダメだよ、明希。それはダメ。物じゃなくてもいい。一緒にやりたいこととか、俺にしてほしいことがあったらちゃんと言って? 我慢しなくていい。一人で、頑張らなくてもいいんだよ」
そう言って、俺の頭を撫でるから。弱った心の内を見透かされているような気がして、不意にこぼれそうになった涙を、必死に押し留める。
「ん、わかった。考えとく」
嬉しいと思う。本当に。
でも、年明けにある翔の誕生日に同じだけのものが返せるだろうか……。そんな心配が先に来てしまう。
本当に、惨めだ。
「ありがとう、明希! 持つべきものはやっぱりかわいい息子ね♡」
なんて、思ってもいないようなこと言いって、「また給料日の日に来るから」と振り返ることもなく去っていった。
それ以来、来ていない。
多分、金を受け取るときにしかもう来ないだろう。
別に俺も会いたくないし、それはそれでいいのだけど、さすがにあからさまにもほどがある。
むなしいな、と思うのは、いくら働いてもバイト代が俺の手元に残らないことが確定しているからか、それとも、どこかで”期待”してしまっていたからだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、倉庫に山積みになった段ボールをつぶしていく。
バイトでの俺の主な仕事は品出しとバックヤードの整理だ。レジにはほとんど立たない。人相も悪ければ愛想もないからね。
スーパーでのバイトは割と気に入っている。店長も他の人もいい人ばっかりだし、シフトの融通も利く。個人経営のお店だから、ちょっと傷んじゃって店に出せない野菜とか、新作のお惣菜の試作とかもらえることもあるしね。
なにより、こういう単純労働は脳が休まる。無心で作業をしていたらいつの間にか山積みだった段ボールはすべてぺったんこになっていた。
でも、悪いことってなぜか重なるもんなんだよな。
ばらした段ボールを店の外に捨てに出たとき、見慣れた二つの後姿を見つけてしまったのだ。
そうか、俺が距離を置いている間にあの二人は学校の後に二人で出掛けるくらい仲良くなっていたのか。
その並んで歩く姿がとても自然で、ふとこの間、テレビでカップルの理想の身長差は15センチくらいだと言っていたことを思い出した
この間、翔は身長がまた伸びて、187センチになったと言っていた。そんでもって、孝太郎は俺よりも少し小さくて、172センチくらいだったはず。すげぇ、ぴったりじゃん。
いや、待てよ。別に悪いことなんかじゃないだろ。
二人の仲が縮まることを俺だって望んでいたじゃないか。だからむしろいいことだ。
それなのに俺の心にはしっかりとダメージが入ってしまっている。俺の中に生まれた嫉妬心はなかなか根が深いらしい。
このままいけばあの二人は付き合い始めるかもしれない。その進展を考えれば、俺はどう考えても邪魔だ。それなら、今みたいにちょっと距離を置いておいたほうがいいかもしれない。
「明希くーん!」
ぼうっと二人の姿を眺めていたら店内から呼ばれ、俺は仕事に戻った。
それからも翔は変わらず俺に優しかった。「無理しないで。俺が力になれることがあったらなんでもするからね」と気遣ってくれた。やっぱり翔は優しいなと思う反面、どこかで「そんなことを言うくせに、孝太郎とよろしくやってるんだろ」なんて思ってしまう自分がいて。
嫉妬心というのは本当に厄介だ。自分では抑えられないし、なくし方も分からない。
もともと好きなところなんてなかった自分のことを、もっと嫌いになっていく。
なるべくなんでもないように過ごしていたつもりだったけど、やっぱりつらくって。俺は何でもない用事を作っては、さらに翔と顔を合わせる時間を減らした。
だから、俺は翔がどんな顔で俺を見ていたのかも、その言葉の本当の意味にも、気づいていなかったんだ。
そうしてやってきた給料日。
もともと来週は修学旅行だからとバイトは休みにしてもらっていたし、そのあとからはシフトも週二回に戻る。
あの人も、金を渡したらもう俺に用はなくなるだろう。
翔との距離は元通りとはいかないかもしれないから、みんなが修学旅行に行っている間に、どうするか考えようか。
そんなことをぼんやりと考えながら帰る準備をしていたら、翔が話しかけてきた。
「明希、今日もバイト?」
「あぁ。翔は部活?」
「うん。……ねぇ明希。もうすぐ誕生日だね。一緒にお祝いしよ。何か欲しいものがあったら言ってね」
そういえばそうだった。時期的には修学旅行の少しあと。いつもは父がケーキを買ってきてくれるくらいで、プレゼントはいつからだったか、俺から「いらない」と言ってもらわなくなった。だから、あんまり意識していなかった。というかほとんど忘れてた。
「いや、別に……欲しいものもないし。気持ちだけでいいよ」
祝ってくれるという気持ちだけでいい。それだけで十分に嬉しいから。本当にそう思ったんだけど、翔は不満だったらしい。あからさまに眉間にしわを寄せた。
「ダメだよ、明希。それはダメ。物じゃなくてもいい。一緒にやりたいこととか、俺にしてほしいことがあったらちゃんと言って? 我慢しなくていい。一人で、頑張らなくてもいいんだよ」
そう言って、俺の頭を撫でるから。弱った心の内を見透かされているような気がして、不意にこぼれそうになった涙を、必死に押し留める。
「ん、わかった。考えとく」
嬉しいと思う。本当に。
でも、年明けにある翔の誕生日に同じだけのものが返せるだろうか……。そんな心配が先に来てしまう。
本当に、惨めだ。
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