俺の友人は。

なつか

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明希の場合 20.

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回らない頭のまま何とか家に帰った俺が、事の重大さを思い出すのは号泣する父親の顔を見てからだった。
正直、叱られた方がましだなと思ってしまうくらい、親に泣かれるというのは想像以上に堪えた。
しかも、後ろでぶすくれていた孝太郎まで目が赤かったのだ。
これには驚きを通り越して、ショックだった。話を聞けば、孝太郎も翔と同様に俺の様子がおかしいことに気が付いていたというではないか。
バイト中に見た二人の並んで歩く姿も、”放課後デート”などではなく、俺の様子を見に来ていたらしい。

「明希ちゃんのせいで諏訪野と二人で出かける羽目になったんだから!」

なんてキレられて、自分がどれほど視野が狭くなっていたのか思い知らされた。

「ごめん……」
「ほんとに。もう二度としないで」
「はい……」

ちゃんと反省しよう。もう二度と同じ間違いをしないように。大切な人たちに、こんな悲しい顔を、思いをさせないように。



そんなこんなで翌日、うちまで迎えに来た翔に ――顔を見た途端に昨日された例のアレが頭に浮かんでしまい、目を泳がせている俺の様子なんて全く気にすることなく―― 連れ出され俺は今、リンゴのマークがついた電子機器が売っているお店にいる。
翔は着くなり「用事すましてくるから、いろいろ見てて」とか言って何やら店員と話しに行ってしまった。
翔の顔を見ると、昨日された例のアレがどうしても頭に浮かんでしまって落ち着かないが、ここはさらに落ち着かない。
だって、おしゃれ空間なうえに、目に入るすべての商品に値札が付いていないのだ。値札が付いていないものは高いものだと相場が決まっている。気軽に触れられるわけがない。壊したらどうする。
店の隅っこでキョドキョドとしながら立っていると、用事を終えたらしい翔が紙袋をもって戻ってきた。

「どうしたの、そんな隅っこで」
「場違いすぎる……」
「なにそれ」

笑う陽キャには一生わからないだろう。
劣等感がなくなったわけじゃない。それでも俺は、翔と一緒にいることを選んだから。前よりも心は軽くなった。
だからこそ、俺はちゃんと翔と話をしなければいけない。

「今回のこと、本当にごめん」

ちょっと休憩しようと入ったこれまたおしゃれなカフェで、コーヒーを ――翔はプラスしてケーキも―― 頼んだあと、俺は何とか話を切り出した。
翔は俺のことを助けてくれた。だから、怒られたとしても、「友人をやめる」とまでは言われないとは思う。それでも、俺の奥深くに残る「捨てられるかもしれない」という恐怖は根強い。
冷や汗は噴き出るし、心臓はバクバク言ってるし、翔の目も見られない。
俯いて、薄っぺらいジーパンをきつく握りしめたまま、翔の答えを待つ。

「それは、なんに対するごめん?」
「め、迷惑かけて……」
「迷惑はかけられてないよ? だからそこは謝ってくれなくて大丈夫」
「でも……」
「俺が謝ってほしいのは違うところ」

翔の言葉の意図を探ろうと恐る恐る顔を上げると、目があったとたんに恐ろしいほどにきれいな笑顔で微笑まれた。運ばれてきたコーヒーのカップを長い指で口元に運ぶ姿はまるでどこかの貴族のようだ。周りのお客さんがぽーっとしていらっしゃる。
俺も意識を奪われかけたが、見惚れている場合ではない。
迷惑をかけられたとは思っていないみたいだけど、謝ってほしいことはあるわけで。
それはやっぱり、

「約束……やぶって、ごめん」
「うん、あとは?」
「あ、あと?! え、えっと、」

”約束”は、嘘をつかないこと、そして、隠し事をしないこと。そのほかに、翔に謝らないといけないことは、

「避けてごめん」
「うん、すっごい悲しかった」
「本当にごめん、反省してます」

また、心がしおれてきて俯く。安いジーパンは握りすぎて穴が開きそうだ。

「……許してあげる。って言いたいところなんだけど、」

やっぱり、許してはもらえないのか。ズキンと心臓に杭を打たれたような痛みが走る。

「俺さ、明希が自分のことを話してくれないのは、俺に信用がないからだと思ってたんだよね」
「それは違う!」

顔を上げた俺を見つめるまなざしには真剣さが籠る。イケメンはまじめな顔にこそ色気があるものなのかもしれない。

「うん、そうなんだよね。俺は明希のこと、まだ全然わかってなかった。
明希はさ、人に頼ったり、甘えたりするのがそもそも苦手、っていうか、怖いのかな?」

図星をつかれた現実逃避に使うのにこの顔は贅沢すぎる。それでも翔から目が離せなくて。

「明希が俺から勝手に離れていかないようにするにはさ、まずはそれをどうにかしないとだめだって気が付いたんだよね。
だからさ、これからは俺がめいっぱい甘やかすことにした」
「なんで???」

昨日から翔がほんとによくわからない。キっ、キ、すしたり、昨日も去り際によくわからないことを言っていた。
頭の中に大量の疑問符を抱えたままでいると、翔はケーキを口に運んでいたフォークを置き、ごそごそとリンゴのマークのお店の紙袋を探り出した。

「ということで、まずはこれね」

そう言って差し出されたのは、リンゴのマークの付いたスマホの本体。
「これが?」と首をかしげると、翔はもう一台同じようなスマホをポケットから取り出した。

「こっちがさっき機種変したやつで、そっちが今まで俺が使ってたやつ。もういらないやつだから、それは明希にあげる」
「は?」
「SIMはちゃんと俊希さんの許可もらって契約したやつがもう入ってるし、すぐに使えるように設定しておいたから」

間の抜けた俺の声を無視して翔は、つらつらと使い方を説明し始めている。
だが、ちょっと待て。さすがの俺だって、このリンゴのマークのスマホがとてもお高いということは知っている。それこそ、俺のバイト代をすべて使っても買えないくらいの値段のものだ。いくらおさがりとはいえ、こんなものもらえるはずがない。

「ちょっと待てって! こんなのもらえない!」
「だめだよ」

今迄に聞いたことのない重い声に、思わずびくりと体が震えた。

「これから俺は、俺の持ってるもの全部使って、明希のこと全力で甘やかすから。それに慣れて、俺に甘えられるようになったら、今回のことは許してあげるね」

絶句。絶句としか言いようがない。
意味が分からないし、なぜかついでにといわんばかりに「あ~ん」とケーキのイチゴが乗せられたフォークを差し出してくるし。本当にわからない。
実は目の前にいるのは翔じゃなくて、翔の皮をかぶった宇宙人なんじゃないかと思うくらい、理解が及ばない。

「どうして……。そんなことしても、翔にはなにも、むぐっ」

話している途中でものを口に突っ込むのは危ないと思う。
少し前はひたすら甘いはちみつのようだった瞳が、今は口に突っ込まれたイチゴのように、甘さの中に少しだけ酸味のような鋭さが宿る。甘やかすんじゃなかったのか。

「俺がどうしてこんなことするのか、その理由もわかるようになって欲しいところだけど、それはまぁおいおいね」

獲物を見据えるライオンのような瞳で見つめながら手を伸ばしてきた翔は、俺の唇の端についていたらしいクリームを拭うと、そのままぺろりと舐めた。

俺はいつか食われるのだろうか。
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