神様の言うとおりに

なつか

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3. 結局

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 頬に当たる水の冷たさで意識を取り戻し、目を開くと、旭は一面に水が張られただけの真っ白で何もない場所にいた。立ち上がり、当たりを見回すが、先にも後にも何もない。呆然としていると、先ほど確認した時には何もなかったはずの後ろから声がした。
「間の抜けた顔をしておるな」
 そこにいた男は、銀色の長い髪を揺らし、憎らしげに口の端を上げた。
「土地神……」
「“様”をつけろ、“様”を」
「イヤだね、敬うところがない」
「かわいくないやつだ」
 かわいくなど思ってもらってもらわなくても結構だと言う気持ちを込めて睨み上げると、土地神はフンッと鼻を鳴らし、腕を組んだ。
「まぁよい。もたもたしておるからどうなるかと思っておったが、無事に御珠に種が付いたな」
「は? 種が付いた??」
「なんだ、覚えておらんのか。発情を無理に抑えようとするから暴走するんだ。結局、宇多川の男を選ぶのなら初めから、」
「宇多川の男?! まさか…俺、巴になんかしたのか……?!」
 動揺する旭に向かって土地神は呆れ顔でハァと深いため息を吐いた。
「本当に面倒なやつだ。宇多川の男なら事情も話しやすいし、幼い頃からの仲なのだろう? 種主には適任ではないか。なんの問題がある」
「巴は……ただでさえ村に苦しめられた。ようやく出てこられたのに、こんなこと……」
 巴は村を出た母親が三歳の時に連れて帰ってきた。父親は本人も知らないらしい。母親も巴を村においてすぐにいなくなった。それ以降、祖父母と一緒に暮らしていた。
 閉鎖的な村でそれは大きなスキャンダルとなり、格好の噂の的だった。巴に向けられた好奇と侮蔑の眼は子供であった旭でも感じ取れるほど露骨なものだった。
 巴は子供のころから格別に美しかった。見た目も、中身も。いつも優しくて、怒ったところなんて見たことがない。いつも、どこでも一緒にいた、大切な、大切な幼馴染。
 それなのになぜ、村の人たちは巴に悪意の矛先を向けるのか、旭には理解できなかった。村の人が巴に向けるその目が、囃し立てるその口が、旭は大嫌いだった。
 うわべだけの愛情を注ぐだけで、守ってやらない巴の祖父母も、『仕方ない』としか言わない旭の両親も、梅雨時の雨のように降り続ける悪意から助けてやれない自分も、何もかもが大っ嫌いだった。
 ようやく村から出ることができたのに、逃げられないしがらみなどに捕らわれるのは自分だけでいい。巴だけは絶対に巻き込みたくない。

 ――そう思ってたのに、結局巻き込んだのか……?

 巴の家に行ったところまでは記憶にある。そこで意識を失ったのだと思っていた。記憶にない自分の“悪行”に足元が崩れ落ちていくような恐怖で体が震える。青ざめる旭を見て、土地神はまたため息を吐いた。
「前にも言ったが種主はずっと同じ者である必要はない。巴とやらが嫌ならまた見繕え。この間のとやらで選んだ男も種主としては申し分なかっただろう?」
「な、なんで知って……」
「我は御珠でお前とつながっておるからな。お前の成すことは全て我も認知できる」
「はぁ?! プライバシーの侵害だ!」
「何を言う。で良い男に当たったのは我が御珠を通じてお前に加護を授けたおかげだ。感謝しろ」
 確かにコウは良い男だったが、旭的には結局最悪な結果になっている。加護なんて何の意味もないじゃないかとつい恨みがましく土地神を睨む。もちろん、土地神はそんなものを気にする様子もない。
「だが、他の男を探すなら急いだほうがいい。種の付いた御珠はさらに精を得ようとする。そのために発情も強さを増すだろう。無理に抑えようとすれば今回のようにまた暴走するぞ。それだけは心にとめておけ」
 そう最後に爆弾発言を残して土地神がパチンと指を鳴らすと、旭の意識は体へと戻った。目を開くと、そこは先ほどの何もない空間ではなく、真っ白な柔らかいシーツに覆われたベッドの上だった。

 ――ここは……巴の部屋……。

 巴が引っ越してから何度か来たことのあるベッドしかない部屋。とっくに夜が明けていることを知らせるかのように、カーテンのかけられた窓には陽の光が差し込んでいた。
 ベッドの中に巴はおらず、少しだけ空いた扉の先から人の気配を感じる。何やらいい匂いもするから、きっと巴が旭のために朝食を準備しているのだろう。
 でも、食欲はない。旭は重い体をのろのろと起こすと、下半身に今まで感じたことのない違和感があることに気が付いた。腰と足は動かそうとするとギシギシと痛み、下腹には異物感が残っている。旭は奥歯を噛み、着せられた巴であろうぶかぶかなTシャツの胸元をぎゅっと握り締めた。

「あっ、旭、起きた?」
 ふいに扉が開き、巴が部屋に入ってきた。いつもと変わらない優しい声に体がビクッと震える。顔を上げることができず下を向いたままでいたると、巴はベッドに腰を掛け、旭の髪を撫でた。
「体、大丈夫?」
「あ……うん……」
「よかった。お風呂湧いてるから、先に入っておいで。そしたら朝ごはんにしよう」
 いつもは気持ちがほぐれる巴の優しさが今は痛くて仕方がない。顔を上げられないまま頷き、ベッドから起き上がろうと床に足を着けたが、そのままカクンと膝が落ち、バランスを崩してベッドから布団ごとずり落ちた。
「旭! 大丈夫?!」
「ごめ……大丈夫だから……」
 慌てて立ち上がろうにも足に力が入らない。布団に埋もれたままでいると、巴は何も言わずに旭を抱え上げた。巴は旭より十センチほど身長が高いが、モデルをやっているだけあって細身だ。それなのにあまりにも軽々と抱え上げられて旭は驚いて思わず声を上げた。
「と、巴、大丈夫だから、降ろせ……! 重いだろ?!」
「大丈夫だよ。こう見えても鍛えてるから」
 巴はそのまま風呂場に向かい、旭を抱えて膝に乗せた状態で浴槽のふちに腰を掛けた。
「旭、バンザイして」
「い、いや、一人で入れるから」
 巴から顔を背け、膝から降りようとしたが、やはり力の入らない足は言うことを聞かず、洗い場にがくんと座り込んでしまった。その瞬間、下半身の後ろ側から“なにか”が伝い漏れていく。その生ぬるい感触に、ゾクッと背筋が凍った。
「大丈夫?! 危ないから一緒に入ろ。きれいにしないといけないし……」
 巴は呆然と座り込む旭から着ていたTシャツを脱がせ、自分も服を脱いだ。今度は正面から旭を抱き上げ、シャワーをもったまま向かい合った状態で洗い場の床に座った。
「床でごめん。また落ちちゃうと危ないし、ちょっと我慢してね」
 全裸で抱き合っている状態に旭は動揺と混乱で固まっていたが、巴はそんなこと気にも掛けない様子でシャワーを旭の尻にかけながら、後孔に指を当てた。
「ちょ、なにして?! やめ……っ!」
「中の掻き出すだけだから、じっとしてて」
 挿し込まれた指が探るように中で動くたびに違和感で体が震える。そんなところから、何を掻き出されているのか、考えるだけでゾッとする。思考と感触を放棄するように旭はきつく目を瞑った。
「旭、多分もう大丈夫だと思う。痛くない?」
 気づくと無意識のうちに巴の首に腕を回し、しがみついていた。ハッとして手を離すと巴は少し離れた旭の体を抱き寄せ、額にキスをした。
 驚きすぎて、目を丸めるとかいうレベルでないほど大きく開いた目で顔を上げると、巴はいつもの優しい笑顔を少しだけはにかませて、旭を見つめていた。
 その顔にドクンと大きく動いた心臓を起爆スイッチにして、爆発したかのように顔から熱が弾ける。何も言えないまま、また巴に抱え上げられ、抱きしめられたまま一緒に湯船に沈んだ。
 今度は後ろから旭を抱え込んだ巴は、旭の髪に頬を摺り寄せている。顔があげられずまた下を向くと、胸元から太ももにかけてたくさん赤い小さな斑点ができていることに気が付いた。何だろうかとそっと触れてみるが、痛くはない。ぼうっとその斑点を見つめていると、巴の長い指が太ももにあるその斑点をなぞった。
「ごめん、跡いっぱいつけっちゃった」
 跡とは、と頭の中の辞書を引く。理解した瞬間、また顔が爆ぜた。咄嗟にギュッと膝を両腕で抱え込むと、巴は旭の首筋にそっとキスをした。
 驚いて勢いよく振り向くと、今度は唇が重なった。すぐに離れようとしたが、頭をグッと抱え込まれて離れられない。そのまま舌が入り込み、絡められる。段々と息が上がり、その息苦しさと、舌先に与えられる快楽とで頭が痺れていく。スルッと背に触れた巴の指の熱でようやく意識を取り戻し、両手で巴の体を精一杯押した。
「ま、待って。やめろって。……昨日……何があったか想像はついてるんだけど……全然覚えてないんだ……だから、こういうのやめてくれ……」
 荒くなった息で、目も合わせられず、なんてひどいことを言っているんだと自分でも思う。でも、きっと巴だって、昨日のことに責任を感じているだけだ。何とか、昨日のことはなかったことにしなければならない。巴とは“ただの”幼馴染みでいたい。
「やっぱり覚えてないんだね。昨日も様子おかしかったし、朝も『どうしよう』って顔してるから、そうかなとは思ったんだけど……」
「昨日は多分慣れない酒飲んだせいで……ほんとごめん。だから、忘れてほしい」
「……お酒のせい、ね。残念ながら、忘れるのは無理だよ」
「えっ?!」
 当然『わかった』と言っていつものように優しく笑ってくれると思っていた。それなのに顔を上げた先にあった巴の美しい顔は、口角は上を向いているのに、目の奥に冷気が映る。それは温かい風呂に浸かっているはずなのに、一気に氷水を頭からかけられたかと錯覚するほどの冷ややかさだった。
「忘れるって言ったら、また昨日の男のところに行くの? それとも別の男を捜す?」
 巴が纏う冷気に耐えられず後ずさろうとしたが、巴はグッと強く旭の腕を掴んだ。
「ダメだよ、そんなの許さない。必要なんでしょ? 相手してくれる男が。役目、とか言ってたもんね」
 旭の体から一気に血の気が引き、青ざめていく。暴走した意識が何をどこまで話したのか。記憶がないということがこんなにも恐ろしいことだとは思わなかった。
「何の話か、わからない……手、離せよ」
 精一杯とぼけてみるが、氷水に凍えた体は声を震わせる。突き刺さる鋭い視線から逃れるため腕を掴む巴の手をグッと押し返そうとするが、その手はさらに力を増した。痛みに少し顔をゆがませると、巴はパッと手を離して、また旭を抱えて立ち上がった。
「お、降ろせ!!」
 そのままベッドの上に降ろされると、巴は旭に上から跨り、まだ冷ややかさを瞳に湛えたまま、にっこりと微笑んだ。
「昨日、何したか教えてあげる」
 そう言って美しい形の唇を旭に重ねた。
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