神様の言うとおりに

なつか

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14. 真実と事実

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 旭から聞かされた話は想像以上にファンタジーだった。
 まさかと思っていた神様まで出てくるのだ。さすがに驚かずにはいられなかった。

「まだ役目は十日ちょっとあるらしいから、悪いんだけど付き合ってくれるか……?」

 上目遣いに見上げる旭の瞳は不安げで、なぜここ来て断るなどという選択肢があると思うのか逆に疑問だ。
 でも、そう思わせてしまう原因は巴が作ったのだろう。
 これまで、巴はそのすべてが旭につながるように生きてきた。
 交友関係も進路も特技もバイトも。そのすべてが旭を自分だけの神様にするための手段。
 でも、そのどこか知らぬ間に旭に不安を抱かせてしまった。
 何がいけなかったのか、何が間違いだったのか、わからない。
 でも、わかったところで取り戻せないのだから、これからは間違わなければいい。
 巴が望む未来を、二人で望んだ未来にするために。
「“付き合う”は嫌だな」
 だから、まずはわかってもらわなければいけない。
 巴にとって旭がどれほどまでに特別な存在なのかということを。
「えっ……」
 不安げな瞳に今度は絶望を落とした旭の頬を撫でる。
「旭はね、僕に『種主になれ』って言えばいいんだよ」
 神様がヒトに“頼みごと”をすることはない。
 旭の役目も神様から強制的に与えられたものだ。それならば、旭だって同じようにすればいい。
 まぁ旭の性格的に難しいとは思うけど。
「それはちょっと……」
 案の定、旭は困った顔をしたが、少しだけ頬に赤みがさしている。断られたわけではないとわかって安心したんだろう。
「っていうか、疑ったりしないのか?」
「僕が旭を? なんで?」
「なんでって……」
「もし、旭が僕を騙そうとして嘘をついていたとしても、旭の言うことが僕にとっての真実だから」
 そもそも旭は必要もないのに嘘をついたりするような性格ではない。
 だから、嘘をつかねばならなくなったその理由や目的を見極めて、その先にある事実を探ればいい。
 そして、それが巴から離れることにつながるのならば、真実ごと捻じ曲げるだけだ。
 旭がアプリで出会った男に会いに行ったあの日にしたように。

 ベッドのヘッドボードに背をもたれかけさせ、後から旭を抱きしめていた腕に少し力を籠める。すると、旭はその腕を持ち上げ、ぐるりと正面を向いて巴に跨った。
「本当にいいんだな?」
「うん、もちろん」
「……巴、俺の種主になってくれ」
 そう言った旭にはもう不安の色はない。真っ直ぐに強く見つめるその瞳に、巴は目じりを下げた。
「喜んで」
 そうして誓い合うように唇を重ねた。

「契約は成ったな」

 その瞬間、唐突に頭の中に響いた声と共に視界を光に奪われた。
 咄嗟に旭を強く抱きしめ、光で白む目を開いた時には、そこは今までいたホテルの一室ではなく、一面に水が張られた何もない真っ白な空間にいた。

「なに、ここ……」
 床に張られた水は動くたびにパシャリと音を立てるが、冷たくも温かくもない。
 呆然とあたりを見回していると、後ろから「おい」と低い声が聞こえた。
 声のした方へと振り返ると、そこには白い着物を着た銀髪の男が立っていた。
 腕の中にいる旭をさらに隠すようにして囲い込みながら睨みつける。それを見た男は呆れたように深くため息を吐いた。
「ほら見ろ、我の言った通りであっただろう」
「……旭、知り合い?」
「うん、まぁ知り合いと言うかなんというか。あれが土地神だよ」
 目の前にいた男は、床につきそうなほど長い銀色の髪をかき上げ、ふんっと不遜気に口の端を上げた。
「土地神……」
「“様”をつけろ、“様”を」
 神様なのだから仕方がないのかもしれないが、その尊大な態度に少々イラっとする。それは見覚えのある顔つきのせいだろうか。
 どうしたものかと旭を見下ろせば、大丈夫だよと言わんばかりにポンポンと腕を叩かれた。
 まぁとりあえず、危険はないということだろう。旭を抱えていた腕の力を少しだけ抜くと、旭は土地神とやらに顔を向けた。
「言った通りって何が?」
「逃げられん、と」
 その言葉に旭はぐっと苦い顔をした。「どういうこと?」と首をかしげると、旭はあからさまに視線を泳がせる。

 ――“僕から”ってことかな。

 それならば、土地神の言う通り。逃がす気などないのだから、逃げられるはずがない。
 さすが神様、わかっていらっしゃる。って言うところだろうか。
 なんて考えてはいるが、この神様は巴にとって別に敬うべき存在でもない。
 今いる不思議空間と、土地神なんて言う完全に理を外れた存在に驚いていないわけでもないが、巴にとっては旭以外の存在など些末なものだ。
「さっき、『契約は成った』と聞こえました。あれはあなたですか?」
「あぁそうだ。器が種主を選び、お前はその役目を受け入れた。だからここにお前も喚ぶことが出来たというわけだ」
 なるほど、と巴は頷いたが、旭は「そんな話は聞いてない」と不満げだ。
 もともとは巴を種主にすることを嫌がっていたのに、結局は土地神の思い通りのような気がして嫌だという。
 でも、“巴が種主になる”ということ自体には折り合いをつけたようで、そこはほっと胸をなでおろした。
「どのみち、巴以外とそういうことをするなんて無理だったんだ」
 なんて照れ臭そうに言うから、思い余って力いっぱい抱きしめてしまった。いや、抱きしめるだけじゃ足りない。
 キスをしようと旭の頬を撫でると、ゴホンと不機嫌そうな咳払いが聞こえた。
 あぁそうだった。ここには土地神とやらもいるんだった。
「それで、何の御用ですか?」
「お前、今舌打ちしただろう……? 不敬にもほどがあるぞ」
 もう一度言うが、あいにく巴が敬う存在はこの土地神とやらではない。はっきり言って、早く元の場所に戻してもらいたい。なんたって、現実世界ではまだホテルにいる。いつまた旭に発情が起こるかわからないのだ。だから、さっさとチェックアウトして旭を家に連れて帰りたい。
 早くしてくれ、という気持ちを隠すことなく、憎たらしい顔をした男ににっこりと笑って見せる。
「自分と同じ顔に睨まれるというのは腹が立つことだということを初めて知った」
「同感ですが、話しを進めてください」
「はぁ……お前、苦労するぞ?」
 もう何度目かのため息をつきながら、そう憐れむような視線を向けられた旭は、きょとんとしている。
 旭は賢いが、敏くはない。巴が土地神に向ける悪感情が、旭への執着から来ていることには気が付いていないのだろう。
 だからこそ、異常ともいえる巴の執着に喜んで見せたのだろうが。
 明らかに、『何が?』と言わんばかりの旭の表情に、土地神もそれを悟ったのだろう。こいつらだめだ、と言わんばかりにすとんと表情を落とし、これまでのやり取りなどなかったかのようにつらつらと話を始めた。巴からしてみれば最初からそうして欲しかった限りだ。
「前にも言ったが、御珠が孵るまであと十日余りだ。ようやく器が役目を受け入れたから発情はこれまで程強いものにはならないだろう」
「えっなんで?!」
「これも前に言ったぞ? 無理に抑えようとするから暴走するのだと」
 旭はこれまでも一応、役目を果たすために巴から精を受けていた。でもそれは、勝手に体が発情してしまうからであって、実際には役目を嫌悪し、種主として巴のことも受け入れていなかった。
 発情しているときの旭は、何かに操られているかのようだとは思っていたが、どうやら腹の中にある御珠とやらが、精を得るためやっていたことだったらしい。
「器が役目を放棄すれば御珠は孵らない。それならばと自ら精を得ようとするのは当然のことだろう」
 旭が巴の部屋からいなくなる前日に起こった発情の際には、それまでは感じられなかった“旭の意思”を確かに感じた。そして、その次の朝はいつもなら強制的に起こっていた発情は起こらなかった。
 それは偶然ではなく、旭が自らの意思で精を得たから、御珠が”発情”と言う手段を取らなかったということか。まぁそのあと逃げたから、結局ホテルで発情してしまったのだけれど。
 御珠からすれば、己の生誕がかかっているわけで、生物の生存戦略のようなものなのかもしれないけど、生まれる前からそんな力が使えるなんてさすが神様の子というかなんというか。
 とにかく、器である旭が自ら精を得てくれるのであれば御珠とやらも無理な発情は起こさない。でも、足りないとまた暴走する。だから、『残りの期間、ちゃんと役目を果たせ』ということらしい。
 あけすけに言えば、これから十日余りの間、遠慮なく旭を抱けということ。巴からすればそんなのご褒美でしかない。
 役目とやらに旭が縛られているのは気にくわないが、もうことは起こってしまっている。それならばこの機を存分に堪能させてもらうまでだ。
 それに、今旭の腹の中にある御珠とやらは、巴の種から得られる精を糧に孵るらしい。
 今、目の前にいる巴にそっくりの土地神とやらも、宇多川のご先祖様が種主だと聞いた。ということは、旭が生む次代の土地神だって巴に似ている可能性が高いのではないか。
 実をいうと、巴自身は他者から美しいと言われるこの外見が好きではない。この外見のせいで助かったこともあるが、厄介ごとの方がよっぽど多かったからだ。
 だとしても、旭が他でもなく自分に似た子を生んでくれるなんて僥倖でしかない。
 そんなのもう、旭と巴の子と言っても過言はないじゃないか。
 実際は、言わば代理出産なのだが、それはまぁ置いておく。
「わかりました。僕としては正直、願ったり叶ったりなんで任せてください」
 興奮で自然と上向いた口角のままに笑って見せると、土地神は呆れて目をすぼめ、旭は顔を真っ赤にして口を戦慄かせていた

「話はそれだけだ。次は会うのは御珠が孵るときだ」
 そう言って土地神とやらがパチンと指を鳴らすと、また目を開けていられないほどの閃光に包まれ、視界を取り戻したときにはホテルの部屋の中に戻っていた。

「さて、帰ろっか」
「切替はっやいな。巴は、その……引いたりしてないか?」
 引く、とは。
 不安げな顔をする旭に思わず首をかしげてしまった。
「いや、だっていきなり変な空間に飛ばされるし、神様とか出てくるし、どう考えてもおかしいじゃん」
 まぁ、言われてみれば確かにそうだ。
 ヒトならざるもの、と言うのは一般的には恐怖の対象だし、役目のことも含めてどう考えても普通なら簡単に受け入れられることではないだろう。
 でもじゃぁで受け入れられなくて、拒絶したら、旭はどうなる?
 また一人で逃げられない役目を背負って、他の男を探す?
 そっちの方が受け入れられない。
「もしかしてまだ僕のこと、『巻き込んじゃった』って思ってる?」
 巴の言葉に旭はぎくりと肩を跳ねさせた。図星ということだろう。
「前にも言ったけど、僕は旭のためなら何でもできる。それは、僕が旭とずっと一緒にいたいからなんだよ」
 そっと頬を撫でれば、旭はクシャっと顔をゆがめた。泣くのをこらえるためにぐっと尖らせた唇を啄めば、今度は目を丸めている。
 旭は昔からこうだ。表情がころころ変わる。
 それが、かわいくて、愛しくて、大好きだ。

「帰ろう、旭」
「……うん。あっでも服どうしよう」
「大丈夫、持ってきたから」

 用意してきた服を旭に着せ、ホテルの外に出た時には、高く上った太陽が燦燦と輝きながら二人を見下ろしていた。
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