上 下
10 / 15
二章

嵐の前日 パート1

しおりを挟む
  暖かい陽光が周りを包み、鳥のさえずりが聞こえてくる。
時間としては明け方、五時を回ったところ。
外は見るまでもなく快晴だった。

ここはネイム家のとある一室。

鏡台と洋服ダンスとベッドしかない簡素な部屋で、まるで安宿の一室だ。
その簡素な部屋の小さなベッドの隅で大口をあげてイビキをかく少女が一人。
綺麗なブロンド色の髪が陽光に輝き、
まさに天使のような可憐な容姿にこのオッサンのような寝姿は、
まったく似つかしくないといえばその通りだろう。


しばらく少女はがーがーとイビキをかいていたが、
顔にかかる朝の陽光と、外のパタパタとせわしなく鳴る足音で振動するベッドに顔をしかめ、
ふごふごといちど鼻を鳴らし、大きく体をよじらせた。
うつ伏せになった体を猫のように体を伸ばし、アゴを枕に乗せながら、目をしょぼつかせながら、
「…………朝か」
と、少女は呟いた。

こうして鉄廻のソウザがソウザ=ネイムとして生を受けてから十回目の春、
取り留めのない一日が始まった。


「ふあぁ……」
寝癖が戻らない髪をなびかせながら、ソウザはあくびを噛み締めながら食堂にむかう。
食堂に向かう途中慌ただしく動くメイド達とすれ違う。
その度にメイド達におはようございますと声をかけられ、ソウザは気だるそうに手だけで挨拶を返す。

それにしても今日は朝からやたらと騒がしいな、とソウザはあたふたと走り回る使用人達を横目に、お腹をかきながら思考する。

普段はもう少し静かな朝なんだがな、なにかあったか。
確かに春先になり収穫期がきて忙しくなったのは確かだが、それにしたって大げさなもんだ。
祭りでもあるのか? それなら出店でも出してみたいもんだ。
食うだけは飽きて来たし。

「焼きそばでもつくるか」
と思考が横にそれたあたりで食堂入り口が見えてきた。
その脇で花瓶に水を差す見覚えのある若いメイドが視界に入る。

「アルフェリ」
アルフェリと呼ばれたメイドは仕事の手を止めソウザの姿を確認すると、眠たそうな顔で挨拶を返す。
「あっお嬢、おはようございますっす、今日も早起きっすね」
「……お前がメイドのくせに起きるのが遅すぎるんだよ。
ま、そういう意味では明日は雪だな。折角春になったってのに残念なもんだ」
「お嬢、ひどい言い草っす……私だって起きようと思えば起きれるんですよ、今日だってほら」
力なくサムズアップを作るアルフェリに、で、本当のところは? と意地悪そうな顔でソウザが尋ねる。
「いやぁ、今月二回目の寝坊で後がなくてですね
……時間になるときっちりメイド長が叩き起こしにきてくれやがりまして」

アルフェリはえへへ、と眠たそうな顔を動かさないでバツの悪そうな笑顔を作る。
まぁそんなとこだろうな、そう言いながらソウザはアルフェリのお尻をパンパンとはたく。

「お前は本当にケツと胸以外はなんでメイドやれてるのかわからんやつだな」
「お嬢、それセクハラっす、訴えますよ」
「だったら訴えられる前にクビにするようセルベスに頼むよ」

そいつは勘弁してくだせぇと眠たそうな顔を動かさないまま嘆願するアルフェリに、
へいへいと手を振ってソウザは彼女の脇を通ろうした矢先、

「あっ、お嬢一個聞いていいっすか?」
アルフェリがソウザに尋ねてきた。

アルフェリが何かを尋ねて来るなんて珍しい。
ソウザは足を止めアルフェリに、なんだよと次の言葉を促す。
アルフェリは眠たい声でソウザにゆっくり言葉をかける。

「さっき言ってた、ヤキソバってなんすか?」


ソウザはきょとんとした顔を作り、はっ、と笑いをこぼし、こう返した。
「今度作ってやるよ、クソうめぇぞ」



しおりを挟む

処理中です...