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二章

嵐の前日 パート2

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 「あら、おはようソウザ、今日も早いわね」
「おはようソウザ、今日も君の可愛らしい顔が見れて嬉しいよ」
ソウザが食堂に入るなり、ネイム夫妻が声をかけてきた。
ヴィクトリアはいつものように微笑みを絶やさず、
ウェイブはすこし疲れたような顔をしていた。

両親の姿を確認し、ソウザは挨拶を返す。
「おはよう母上殿。
あとセクハラやめろ親父殿、セルベスに伝えとくぞ」
セクハラ!? と口に出すほどショックをうけるウェイブを尻目にどかっと自分の席に座るソウザ。

「で、今日はやたらと忙しそうだなみんな。
親父殿も起きてるし、祭りでもあるのか?」

ああ、それは、とウェイブがいいかけたその時ソウザの後ろから声がした。
「鉱園に査察が入るのですよお嬢様」
いつに間にかソウザの後ろに立っていたセルベスが彼女のカップに紅茶を注ぐ。
「……音もなく後ろに立つなっつうの、で、ササツ? 
こんなど田舎になにを見るもんが……ッあっつ!! ふーふー……」
「お嬢様、猫舌なのにすぐ口をつけるから」
「うるせぇ、それより話の続きだ」
舌を真っ赤にしながら、ソウザは涙目で続きを促す。
じゃあ僕からと、ウェイブがこほんと咳払いする。

「ソウザも知っていると思うけど、うちの鉱園は国に運営管理を委任されているという形でね。
ちゃんと運営できているかという事を抜き打ちでね、国から査察官が来て検証しにくるんだ。
僕の代になってからはじめての査察で、
どれくらいの規模になるかは想像つかない。
来る査察官の人数もね。
取り敢えずどこから手をつけるかということを今考えてる最中さ」

それでメイド達が訳もなく忙しそうだったのか。
ソウザは得心がいった。
国から派遣されてくるということは、とかいう中央の政治機関からの派遣になるのだろう。
確かに祭りなんか目じゃない一大行事だ。

ソウザの目の前にソラ豆のスープとスコーンとパン、そしてベリーのジャムという朝食がソウザの目の前にこの運ばれてくる。
ソウザはスープにパンをひたしながらウェイブに尋ねる。
「で、そのササツカン殿はいつくるんだよ。
一年先とかいったらメイド全員に訴訟を起こされるぞ」
「いやいや流石のぼくでも一年後ならもっとのんびりしてるよ。
査察が来るのが来月っていうから少し焦ってるだけで」

一ヶ月もあるのかよとソウザは内心突っ込んだが、
気の小さいウェイブにはかなりのストレスなのだろうと察した。

貴族というのは中々めんどくさいもんだ、
ソウザはスコーンにジャムをたっぷりつけて多少は温くなった紅茶で胃に流し込む。

貴族といって思い浮かべるのは、まず金持ちで豪邸にすんでいてきらびやかな衣服をみにまとい、
毎日宴を催し、贅を尽くす。
優雅な立ち振舞いや厳格なる気質を領民に見せつけ、
畏怖され慕われる存在。
とうのソウザも生まれ変わる前までは、そう思っていた。

しかしウェイブという男は、そういう貴族感からかけ離れたタダのオッサンというのが、この五年彼と生活した正直な感想だ。


ウェイブという貴族の立ち位置は、現代風に言い替えるならコンビニを経営してる雇われ店長というのが妥当なところだろう。
売り上げは管理され、出た利益は上納し、売り上げが出ないなら店を取り上げられる。
このロックガーデン鉱園も三百年運営を任されてるとはいえ、その仕組み自体はまったく同じだ。

ウェイブからすれば、ヘタを打てば自身の代で、
これまで続いた家業と、そしてネイム家で働く従業者たち、そして家族の生活を終わらす事になるわけだ。

ソウザとしてもそんな気苦労絶えない父の力になってやる気は少しはあるのだが、
荒事ならこの少女の体でも力になれるだろうが今回の件はどうしようもないし、
自分にできることと言えば、いつも通りに振る舞い、両親の心労への負担を軽くしてやる程度であることは自覚している。
生まれ変わる前で35年、少女の体で10年も生きてきてこれぐらいしかできない自分にソウザは少しの羞恥を覚えた。


ソウザは生まれ変わる前は組織に所属していたとはいえ、であるとは言えなかった。
もちろん組織としてルールはあったが基本好き放題していたし、
ソウザには家族がいなかったから体裁を考えることもなかったし、しようともしなかった。

そんな男が今さら人を慮るなどおこがましい話であるとソウザは感じた。

生まれ変わった先、そして少女の体になってから、
こういう真っ当な人間のというものを考えることになろうとは。

オレという人間はホントに喧嘩しかやってこなかったんだな、と
ソウザは内心で苦笑し、最後のスコーンを平らげた。 

「ま、つまりは今日明日の話ではないって事だな。
うっし、ごちそうさん。
じゃあオレは鉱園の方に行くから」
ソウザは服についた食べかすを払い、立ち上がる。


「それと、……ああ、そのなんだ」
ソウザは一瞬なにを伝えるのかを悩んだような顔を作り、それをみた夫妻が不思議そうな顔を作った。
そんな両親の顔を見てソウザは恥ずかしそうに目をそらすと
「まぁ、あんまり考えすぎるなよ」
とだけ伝えソウザは入り口に駆け出した。

夫妻が呼び止めるまもなく、
ソウザは瞬く間に部屋から飛び出した。
部屋に残ったのは少しの静寂。

「……セルベス、最近のソウザはどうなんだい?」
ウェイブはソウザが出ていったドアを眺めながら、
食器を片付けるセルベスに問いかける。

「見ての通りですよ旦那様。まぁ多少お転婆が過ぎますが、
あのように彼女なりに賢い子に育ちました」
まぁ多少は、というのはつけなくてもよかったですね、とセルベスは仕事の手を止めないでそう答える。

「あー……さっきの言葉も態度もやはりそういうことか。
ソウザは起きるのが早くて、最近朝は一緒に食事は取れてなかったけど、
食事はもっとゆっくり食べていたし」
「……確かにあの子、本当に美味しそうにご飯を食べるもの、
ソウザったら貴方にお話しさせて辛気臭い顔をさせたことが嫌だったのね」
ウェイブの言葉にヴィクトリアは相槌をうつ。

のんきに自身の娘を嬉しそうに語る二人を見てセルベスがため息をついた。

「奥方様はともかく、当主である旦那様が子供に気取られるとは、もう少し深刻にものをお考えなさいませ」
「……セルベス、君の方は急な査察で心を痛めてる僕には優しくしてくれないのかい?」
「旦那様が私に対して石を抱きながら廊下で正座できるぐらいの態度がとれるのであれば、いつでも優しくいたしましょう。
その前に病院をオススメするとは思いますがね」
「……ぼくが悪かったよ」

要は気の小さい自分と向き合いながら職務を全うせよと、暗に言われてるわけだ。
ウェイブはかつて自身の教育係でもあったスパルタなメイド長に反論する事を諦め、

「まぁなんとかなるさ」
と、ソウザの出ていったドアを眺めながら呟いた。

ヴィクトリアはそんな夫に、ええなんとかなりますよと、優しく告げながら彼の手を握ったのであった。


多少気が緩み過ぎているとは思ったが、セルベスはあえて夫妻になにも告げなかった。
彼女の心配は既に鉱園でソウザが怪我をしてこないだろうかという方にうつっていたからだ。

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