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二章

嵐の前日 パート3

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    それからソウザは鉱園に行き、鉱夫たちにまじり一日収穫を手伝った。
仕事に区切りをつけ夕方になり家に帰った頃には、
屋敷は朝の喧騒が嘘のようにいつもの穏やかな空気に戻っていた。
ソウザはお風呂に入ってゆっくり体をほぐした後、夕食をとりながら両親と取り留めのない会話をした。
夕食を食べ終えた後、ウェイブからハグとおやすみのキスを求められたがソウザは無視し、
ヴィクトリアとセルベスにだけおやすみと伝え食堂を出、三階にある自分の部屋に戻った。

ソウザの部屋は4畳半ほどの小さな部屋。
小さなベッドと洋服ダンスと鏡台、丸テーブルが一つづつ。
テーブルの上に水差しと数冊の書籍。
おおよそ年頃の女の子には相応しくない簡素で無機質な部屋だ。

元はクローゼットルームとして先代が使っていた古い服を置いていたのだが、
三年前の大掃除の際にこの部屋を見つけたソウザが、
両親の反対を押し切り、前の15畳ほどあった部屋からここに部屋を移した。
家族や使用人からはわざわざ物置に部屋を変えるなど理解できないという反応をもらったが、
ソウザは気にしていないとばかりにこうやって今もここで暮らしている。

部屋のこともそうだが、
そもそもが遊びたい盛りである子供が嗜好品や玩具などには一切興味などないし、
朝早くから起きて、大の大人でも嫌がる鉱園仕事を手伝うその様は、他人からみれば欲などからは程遠い存在に見えていた。

その口の悪さを除けば聖女か何かの生まれ変わりではないのかと、両親は嬉しそうな顔で周りに語るのだが、
ソウザとしてはほっとけとしか言えなかった。

無論本人は修験者の真似事をしてるわけでも、ましてや聖女の真似事をしてる気などない。
本人も自覚の範疇ではあるが、無欲で清貧を信条として振る舞うのは、
生まれ変わる前の性格に起因することの方が大きい。


ソウザが生まれ変わる前は鬼會衆として働きまぁまぁの高給取りであったのに対し、
1Kの安アパートに住んでいたり、仕事の道具や食事以外に金をかけない男であったのは、
私生活に無頓着な面があったのと、周りの目を気にしない男であるのも要因ではあったが、
一番は自身がを尽くすという行為自体が、自身にという自戒の念のようなものが存在したからだ。
それが彼にとっての一つの規定ルール
暴力を振るう事に躊躇がなく、傍若無人に振る舞い、個人主義の象徴とも呼ぶべき男であるからこそ、
自身が決めた規定ルールだけには厳格であった。

生まれ変わった後だろうともそれは同じであったし、
何も言わないでもご飯が出てくるこの現状は逆に甘いくらいだと感じていた。
部屋に関していえばルールなど関係なしに、
ぬいぐるみで着飾られただだっ広い少女趣味の部屋に耐えきれなかったという方が理由としては大きいのだが。


またソウザがこうやってお嬢様の身で、手伝う必要もない仕事を手伝っているのは、
どんな境遇においても鍛錬を怠らないという彼なりの規定ルールと、
そしてこの境遇に対する諦観が合わさり、それが彼女が肉体を必要以上にうごかしている理由でもある。


ソウザは水を一杯飲んだ後、ベッドに自身の体を投げ出した。
肉体労働で痛めつけた筋肉にベッドの程よい冷たさが心地いい。
ソウザは目を瞑ればそのまま寝入ってしまいそうな頭の重さに、若干の心地よさを覚えながら、
仰向きになって天井を眺め、今日一日の出来事を反芻する。

朝から両親をたしなめた事、鉱夫たちと一緒にリヤカーで石を運びみんなでお昼を取ったこと。
お隣のお嬢さんにいつまでたっても告白できない鉱夫のペドロの背中を押してやったこと。
仕事の手伝いをサボる悪ガキ達をしめあげたこと。
家に帰って風呂に入り、夕食を食べてこうやって眠りにつこうとしていること。

どれもこれも余りにも微笑ましい出来事すぎて笑ってしまいそうだ。
どれを幸福と指すかの定義はわからないが、この穏やかな時間は、幸せといっても差し支えないのだろう。

だが彼女にとってこの幸せを享受していること自体、
自身が思うと感じるそのものであり、規定ルール違反なのだとソウザは感じていた。 

「あのまま何も思い出さず、ソウザ=ネイムとして生きてれば、何も考える必要はなかったろうにな」
ソウザは自身の右手を眺めながらひとりごちる。

右巻きの印章と名付けられたこの印章が現れてから鉄廻のソウザは、
ソウザ=ネイムとして生きることを強いられた。

生まれ変わる前にいた日本とここの文明レベルからすれば不便もあるが、暮らしに不満はなかった。
優しい家族がいて、衣食住に困ることもない。
女として生きることへの抵抗は多いにあるが、
そこに目を瞑れば何不自由ない、まさに絵に描いたような幸せな家庭そのものなのだろう。
だが生まれ変わる前、鉄廻のソウザの生き方にこんな普通の幸せを享受する資格などあろうはずもない、
とソウザは今でも考えている。

だから正直なところソウザ=ネイムという人生を否定して、
何もかも投げ出してどこかへ逃げ出すという選択肢もあった。

右巻きの印章自体には力はないが、
この世界で一人生きていく程度のことなら十歳の身であろうと可能であるとソウザは自惚れでなくそう確信していた。

——では何故オレはまだソウザ=ネイムとして生きている?

ソウザは天井を眺めながら自問する。


最初は育ててもらった恩義からここに残った。
その後はいつだって何処へなりともいけたはずだ。

とうに鉄廻のソウザとして生きることは諦めている。
境遇を受け入れ、今この時間を楽しく生きようと考えたこともあった。
だが女として、ソウザ=ネイムとして生きることの覚悟は出来てもいないし、出来ようもない。

ならば何故まだここにいる?
自分のため、それとも家族のためか?

ありえない。
そもそもソウザという人間は恩を感じて人を慮る人間などではないはずだ。
今日の朝のこともそうだ。
あんなまるでホンモノの家族のようなやりとり、鉄廻のソウザに似つかしくない。

それに、
そもそもお前には、
父や母など、本当はどこにもいないだろうに。

思考にながれた父と母という単語がソウザの頭蓋をズクンと軋ませる。
ソウザははぁっと短く息を吐いて、シーツを抱きながら体をまるめた。

ソウザが考えることすら無駄な時間だと目を閉じると、
数秒ほどで労働で疲れた体が彼女を眠りに誘った。


ベッドのマットに体が沈んでいく感覚と意識が眠りに落ちていく感覚を同時に感じながら、
ソウザはどうか今日は夢など見ませんようにと願った。

しばらくして部屋には可愛らしい寝息だけが聞こえるのみとなり、

そしてその夜ソウザは夢を見た。


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