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2章

15話

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 新年、明けましておめでとうございます。今年一発目投稿しました。
 今年もまた、私の小説にお付き合いしていただけたら幸いです。
 楽しんでいただけるよう、頑張って参りますので何卒よろしくお願い致します。



 ぼんやりした意識の中、ゆっくりと目を開ける。視線の先にある窓からは朝日が射していて、部屋の中は明るかった。
 どうやら私は座っていたソファーでそのまま寝てしまったようだ。体には毛布が掛かっている。
 体を起こして、掛けられていた毛布を畳んでいると、モリスがそこへやってきた。

「おはよう。起きたのね。昨日、呼びにきた時にはもうすっかり寝ていたわ。とても疲れていたのね。ベッドで寝るように促そうと思ったけど、あまりにもぐっすり寝ていたから起こす事をやめたわ。ソファ―で寝て、体は痛くない?」

「はい。大丈夫です。すいません…。気を使わせてしまって…」

「いいのよ、それよりお腹空いてない?朝食の用意が出来たわ」

 そう言われた瞬間、タイミングよくお腹がなる音が聞こえて、恥ずかしくなって慌ててしまった。そんな私の様子がよほど可笑しかったのか、モリスは豪快に笑っている。
 私も何だかおかしくなって、二人で笑い合っていた。

「さあ、朝食はもう出来ているわ。あっちへ行きましょう」

 そう言われてダイニングに行くと既にテーブルについている人物がいた。

「おはよう。レイ。はじめまして。妻から話は聞いているよ。僕はモリスの夫のダンだよ。昨日はよく寝ていたね。体は休めたかな?」

「おはようございます。はじめまして。はい、お陰様でゆっくり休めました。ご厄介になってしまい、すいません」

「まぁ、そう固くならないで。これも何かの縁だから。遠慮しないで。さぁ飯にしようか」

 朗らかに笑うダンは大柄で太い腕が逞しい、熊のような人だった。穏やかで優しそうな印象だ。

「ところで君、何か事情がありそうだね。行く当てがないなら、ここにずっといればいいよ。でも…。君を心配している人はいないの?そんな人がいるのなら悲しませたらいけないよ」

「悲しむ人…。そうですね…。はい、戻ってみます」

 これ以上の返答が出来なかった。
 私にはもうそんな人はいない。
 この優しい夫婦に嘘をつくつもりはない。でも、自分はすでに一回死んでいて、しかも未来から来たなんて正直に言ったところで信じてもらえないだろう。
 それに、これ以上迷惑をかけるわけにはいかない。

 ここを出たら父の家に行ってみよう。何か情報が手に入るかもしれない。母との婚約が決まるまでどれくらいの時間があるのか知りたい。お金も持っていないので、どこかで日雇いの仕事を探さなくてはいけない。しばらくはどこかで野宿を覚悟した。そうやって少し考えるだけでもやるべき事はたくさんあった。
 ダンからの問いかけにそんな事を考えながらそう答えた。

 いつぶりか分からないスープの味は格別においしかった。体中にその暖かさが染み渡っていく。
 朝食を食べながら夫妻は終始、私の事を気に掛けてくれた。
 それでも優しい夫妻に迷惑をかけるわけにはいかない。見ず知らずの自分に親切にしてくれただけでとても嬉しかった。

「本当に行くの?大丈夫なの?」

 出て行くとき、二人はとても心配していた。

「はい、大丈夫です。御厄介になってすいません。助かりました。ありがとうございます」

「いいのよ!困ったらすぐにここに戻ってきなさい。これも何かの縁だから」

「ありがとうございます」

 丁寧にお礼を言い。彼らの家を後にした。
 その足ですぐ、あの忌々しい父の家に向かった。

 しばらく歩き続けると見慣れた屋敷が見えてきた。あの日、母に手を引かれながら振り返って見た景色がそのままそこにあった。次第にあの時の記憶が蘇っていく。
 ズンと胃が重たくなるような不安と悲しみが押し寄せるなか、屋敷の入り口にいた祖父から送られる冷たい視線はそれらを更に増幅させた。そんな記憶が鮮明に思い出された。

 そんな事を想いながら歩いていると、屋敷の前までやってきていた。
 大きな屋敷は高い鉄柵に囲まれていて、固く閉ざされている門はあの頃の姿そのものだった。
 ここで何か情報を得たい。どうしたものかと考えて、鉄柵の前を一人、行ったり来たりしていた。
 幸い、この辺りの場所がひと気がない事と、柵の向こうは草木で覆われていて、怪しく見えそうな私は誰かに見つかる事はなかった。

 その時だった。屋敷から人が出てくるのが見えた。
 格好からしてこの屋敷の使用人のようだ。メイド服のその女性は手に買い物籠をもっている。どうやらお使いに行くらしい。
 門を出て歩いていく彼女を、気が付かれないよう慎重に後をつける。そうして頃合いを見て大きく迂回をすると彼女と自然にすれ違い、道に迷っている艇を装って彼女に話しかける。

「あの…。突然すいません。迷ってしまって…。ちょっと道をお聞きしたいんですが。ブルックス邸をご存じですか?」

 一か八か、母の旧姓である屋敷の名前を口にだした。

 彼女は私を見るなり、何故だからとても挙動不審になりオロオロしている。
 不審者ではない事をアピールするように親しみをこめて笑顔を向けると、彼女はすぐに顔を赤らめてしまった。

「えっ…。道…?ええと…」

 なぜ彼女は挙動不審になっているのだろう。やはり不信に思われただろうか?私は焦り始めた。

「ブルックス低?あの家のお知り合いの方ですが?」

「ええ。まぁそんなところです」

「まあ!やはりそうでしたか。ローラ様と髪の色も同じだし、どこか雰囲気も似ていらっしゃいますね。では、失礼があってはいけません。途中まで送ります」

 そういうとパッと明るい顔になり私と一緒に歩きだした。

「えっでも、お使いの途中なのでは?」

「ええ。少し時間があるので問題ありません。それに大切なお相手の家の方となれば無下にできませんもの。実は私ウォード家に仕えている者です」

「そうですか…。それは奇遇でしたね。ご親切にどうもありがとうございます」

 ウォード家とは私の父の家の名だ。私は彼女の話に乗り、事情を知っている感じを装った。


「美男美女でお似合いですもの。一年後の結婚式が今からとても楽しみです」

 彼女は私に笑顔を向けながらそう話した。

「えっ…結婚?婚約ではなく?」

「はい…。御婚約はもうとっくに済んでいますよ?お二人の卒業と同時にご結婚される予定ですよ?」
 
 彼女は私を見て、きょとんとしている。

 もうすでに婚約している!?どういう事?
 私は彼女のその言葉に茫然としていた。
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