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2章
16話
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「婚約した…?」
「ええ。そうですよ。どうされました?大丈夫ですか?」
私の激しい動揺に驚いている彼女はオロオロと戸惑っている。
「いえ…。ちなみに正式に婚約したのはいつなのでしょうか…」
「ちょうど半年前ですよ」
「そんなに前…」
どういうことだろう。あの青年は母と父が婚約する少し前に戻れると言っていたのに。
二人が婚約した後の世界に戻っていたのだ。
あんな男と母が、再び縁を結んでしまった事に悪寒が走るほど嫌悪した。
でも…。そもそも、運命をかえるには最終的に結婚事態を阻止できればいいのではないか?そんな風に自分の考えに没頭していた。
視線を感じて顔を上げると、隣を歩いているメイド姿の彼女は、急に黙り込んでしまった私を心配そうに見ていた。
「あの…。一体どうされましたか?」
「あ…。いえ!私の方の問題なので気になさらないでください」
彼女に声をかけられ、ハッと我に返った私は、慌ててそう返答していた。
「そうですか…。ショックだったんですね…。ローラ様、お綺麗ですものね…」
なにかとても大きな勘違いをしている様子の彼女は、私を優しく労いながら親切に道案内をしてくれた。無事に母の家にたどり着くと、丁寧にお礼を言って彼女とそこで別れた。私が何者なのか怪しんでいる様子はなかった。
目の前にそびえ立つ母の生家はかなり大きな屋敷だ。外周は頑丈な鉄柵で囲まれている。私は屋敷の門の前に立っていた。
あの時、この門をくぐって屋敷の入り口まで歩いた。玄関のドアが少しだけ開いて、そこから見えた継母の顔は今でもはっきり覚えている。行き場を無くした私達は、その場で彼女に冷たく突き返されたのだ。
そういえばあの時、この屋敷の主である母の実父、私の祖夫にあたる人物に会う事は叶わなかった。
継母から祖父は忙しいと、それだけ言われた。祖父は継母が私達を突き返した事実を承知していたのだろうか?あの日、私達が帰る事は知らされていたのだろうか?もしかしたら、あの継母の独断行動だったのではないのか?…。なんとなくそう思った。
いや…、たとえ肉親でも父や父方の祖父のように他人同様に扱う人間は沢山いるのだろう。血の繋がりがあるだけで揺るがない愛情があるなんてことはない。そんなものは所詮幻想なのだから。顔もしらない祖父を想いながらそんな事を考えていた。
ここで使用人として働けたらいいのに…。そうしたら婚約破棄に向けて様々な情報が得られやすいだろう。
でもそれは不可能だった。
屋敷の使用人の職は紹介など、口利きがほどんどで、ほぼ市場に求人は出てこない。高価な調度品や重要な情報が沢山ある大きな屋敷では情報が持ち出される事や窃盗などの被害をおそれ、身元がしっかりとしている人間を採用する。前に母がそう言っていた事を思い出した。だから、私のように何の伝手もなく、身元も怪しい人間はそもそも採用にはならない。
そんな事を考えながら鉄柵に沿って屋敷のまわりを歩いていると、柵の間から美しい庭が見えた。庭の隅にはベンチがあり、そこに誰かが座っている。真っ白なワンピースを着た美しい金髪の綺麗な女性だった。今の私と歳は変わらないだろう。記憶の中の母よりずっと若くて綺麗なその姿に、私はハッとして立ち止まり、気が付けば鉄柵を掴んで彼女の姿を凝視していた。
「誰?誰かいるの?」
そう言って、おもむろにベンチから立ち上がった母は、不安そうにあたりを見回している。
マズイ。このままでは見つかってしまう。不審人物として捕まったら面倒だ。私は咄嗟にその場から離れた。
足早に歩きながら振り返ると、彼女の姿はどんどん見えなくなっていく。あなたの未来は私が必ず守るから。その姿にそう誓いながら私はその場を後にした。
これからどうすればいいのか歩きながら考えていた。あのメイドからの情報では結婚まで1年の猶予はある。
一日でも早くあんな男との婚約なんて破棄させたい。気ばかりが焦って、ズンとした重たい感情に押し潰されそうになる。でも、目的を達成するまでは何としてもこの世界にしがみ付いて生きて行かなくてはいけない。しかも今は持ち金もない。現実的な問題がジリジリと目の前に押し寄せて来る。まずは食べる為に職を探す事にした。街の案内所にいけば何か募集があるだろう。
案内所には大抵、単発の仕事の応募が多く張り出されている。流れついた旅人が、旅の資金を稼ぐためだ。
案内所に着いて中に入ると、旅人が大勢いた。港街なので人の往来も多いのだろう。
早速掲示板の求人で仕事を探す。求人は全て日雇いの肉体労働だった。思っていた通り単発の仕事ばかりで住み込みなど長期的な仕事はない。
同じように求人情報をみている旅慣れた様子の男性に声をかけてみた。
「あの、突然すいません。ちょっとお聞きしたいのですが」
「おお。なんだい?」
「住み込みで働けるような長期的な求人はどこで募集をしているのか知っていますか?」
「何かわけありかなのか?そうだなぁ。俺はあちこち旅をしながらこうやって案内所で見つけた仕事で食いつないだりしているが、住み込みでの求人なんて今まで見た事はないなぁ。俺らみたいな流れ者にそういう類の職はないんじゃないかな?そもそもそういった仕事は口利きがないと難しいのかもしれないぞ」
「そうですねよ…。ありがとうございます」
港の荷物運びの求人の紙を手に取り、受付に持っていく。パン屋で働いていたときは、毎日、小麦粉の大袋を何個も運んでいたので少しは筋力はついている。私の体はまるっきり死後直後の肉体が完全に再現されているようだ。
日雇いでもらった賃金を節約しながら食いつないでいこう。ここでの求人はすぐに働く事ができて、しかも高収入の仕事が多い。そうしてお金が貯まったら、どんな場所でもいい、部屋を借りよう。それから地道に長期の仕事を探そう。
受付で案内され、すぐに指定された場所に行くと、その瞬間から労働が始まる。
仕事が終わるころには休みなく酷使した体は悲鳴を上げていた。しかし、対価として良い稼ぎにはなった。
仕事が終わるとすぐに安いパンを一つ買う。それからひと気の少ない川辺でそれを食べているともうじき太陽が沈む時間になっていた。休む間もなく野宿をする場所を探した。
比較的大きな港町なので人の往来も多い。下手にそのあたりで寝ていたら何をされるか分からない。
丁度よく身を隠せる場所があった橋の下で野宿を決めた。急な雨も防げる。暫くここを拠点にしようと決めた。
それから数日間、港での荷物の積み下ろしの仕事を続けた。部屋を借りるにはまだまだお金は足りない。仕事を終えて橋の下に帰ると目の前の川で布を濡らして体を拭いたり、洗髪をしたり。出来る限りの事を背一杯やって生活をしていた。
顔なじみになった仕事仲間に、他に求人が張り出してある場所を教えてもらうと、片っ端からあたってみた。しかし、中々安定した職には採用されない。自分が何者かを証明できないうえに住所もないのだ。その日も何件か当てが外れて街を彷徨っていた時だった。思い通りいに行かない事が続いて不安に押しつぶされそうになっていた。
ふと背後から聞き覚えのある声が聞こえて呼び止められた。
「ねぇ、レイじゃない!?」
驚いて振り返った私の視界にはモリスの姿があった。
「やっぱりレイだ。どうしたの!?随分痩せたね。家に帰らなかったのかい?とりあえず私の家に来なさい。お腹空いているだろう。さぁ行こう」
そういったモリスはあの時と同じように私の手くびを掴むと強引に引っ張っていった。
私は再び彼女に助けられた。
「ええ。そうですよ。どうされました?大丈夫ですか?」
私の激しい動揺に驚いている彼女はオロオロと戸惑っている。
「いえ…。ちなみに正式に婚約したのはいつなのでしょうか…」
「ちょうど半年前ですよ」
「そんなに前…」
どういうことだろう。あの青年は母と父が婚約する少し前に戻れると言っていたのに。
二人が婚約した後の世界に戻っていたのだ。
あんな男と母が、再び縁を結んでしまった事に悪寒が走るほど嫌悪した。
でも…。そもそも、運命をかえるには最終的に結婚事態を阻止できればいいのではないか?そんな風に自分の考えに没頭していた。
視線を感じて顔を上げると、隣を歩いているメイド姿の彼女は、急に黙り込んでしまった私を心配そうに見ていた。
「あの…。一体どうされましたか?」
「あ…。いえ!私の方の問題なので気になさらないでください」
彼女に声をかけられ、ハッと我に返った私は、慌ててそう返答していた。
「そうですか…。ショックだったんですね…。ローラ様、お綺麗ですものね…」
なにかとても大きな勘違いをしている様子の彼女は、私を優しく労いながら親切に道案内をしてくれた。無事に母の家にたどり着くと、丁寧にお礼を言って彼女とそこで別れた。私が何者なのか怪しんでいる様子はなかった。
目の前にそびえ立つ母の生家はかなり大きな屋敷だ。外周は頑丈な鉄柵で囲まれている。私は屋敷の門の前に立っていた。
あの時、この門をくぐって屋敷の入り口まで歩いた。玄関のドアが少しだけ開いて、そこから見えた継母の顔は今でもはっきり覚えている。行き場を無くした私達は、その場で彼女に冷たく突き返されたのだ。
そういえばあの時、この屋敷の主である母の実父、私の祖夫にあたる人物に会う事は叶わなかった。
継母から祖父は忙しいと、それだけ言われた。祖父は継母が私達を突き返した事実を承知していたのだろうか?あの日、私達が帰る事は知らされていたのだろうか?もしかしたら、あの継母の独断行動だったのではないのか?…。なんとなくそう思った。
いや…、たとえ肉親でも父や父方の祖父のように他人同様に扱う人間は沢山いるのだろう。血の繋がりがあるだけで揺るがない愛情があるなんてことはない。そんなものは所詮幻想なのだから。顔もしらない祖父を想いながらそんな事を考えていた。
ここで使用人として働けたらいいのに…。そうしたら婚約破棄に向けて様々な情報が得られやすいだろう。
でもそれは不可能だった。
屋敷の使用人の職は紹介など、口利きがほどんどで、ほぼ市場に求人は出てこない。高価な調度品や重要な情報が沢山ある大きな屋敷では情報が持ち出される事や窃盗などの被害をおそれ、身元がしっかりとしている人間を採用する。前に母がそう言っていた事を思い出した。だから、私のように何の伝手もなく、身元も怪しい人間はそもそも採用にはならない。
そんな事を考えながら鉄柵に沿って屋敷のまわりを歩いていると、柵の間から美しい庭が見えた。庭の隅にはベンチがあり、そこに誰かが座っている。真っ白なワンピースを着た美しい金髪の綺麗な女性だった。今の私と歳は変わらないだろう。記憶の中の母よりずっと若くて綺麗なその姿に、私はハッとして立ち止まり、気が付けば鉄柵を掴んで彼女の姿を凝視していた。
「誰?誰かいるの?」
そう言って、おもむろにベンチから立ち上がった母は、不安そうにあたりを見回している。
マズイ。このままでは見つかってしまう。不審人物として捕まったら面倒だ。私は咄嗟にその場から離れた。
足早に歩きながら振り返ると、彼女の姿はどんどん見えなくなっていく。あなたの未来は私が必ず守るから。その姿にそう誓いながら私はその場を後にした。
これからどうすればいいのか歩きながら考えていた。あのメイドからの情報では結婚まで1年の猶予はある。
一日でも早くあんな男との婚約なんて破棄させたい。気ばかりが焦って、ズンとした重たい感情に押し潰されそうになる。でも、目的を達成するまでは何としてもこの世界にしがみ付いて生きて行かなくてはいけない。しかも今は持ち金もない。現実的な問題がジリジリと目の前に押し寄せて来る。まずは食べる為に職を探す事にした。街の案内所にいけば何か募集があるだろう。
案内所には大抵、単発の仕事の応募が多く張り出されている。流れついた旅人が、旅の資金を稼ぐためだ。
案内所に着いて中に入ると、旅人が大勢いた。港街なので人の往来も多いのだろう。
早速掲示板の求人で仕事を探す。求人は全て日雇いの肉体労働だった。思っていた通り単発の仕事ばかりで住み込みなど長期的な仕事はない。
同じように求人情報をみている旅慣れた様子の男性に声をかけてみた。
「あの、突然すいません。ちょっとお聞きしたいのですが」
「おお。なんだい?」
「住み込みで働けるような長期的な求人はどこで募集をしているのか知っていますか?」
「何かわけありかなのか?そうだなぁ。俺はあちこち旅をしながらこうやって案内所で見つけた仕事で食いつないだりしているが、住み込みでの求人なんて今まで見た事はないなぁ。俺らみたいな流れ者にそういう類の職はないんじゃないかな?そもそもそういった仕事は口利きがないと難しいのかもしれないぞ」
「そうですねよ…。ありがとうございます」
港の荷物運びの求人の紙を手に取り、受付に持っていく。パン屋で働いていたときは、毎日、小麦粉の大袋を何個も運んでいたので少しは筋力はついている。私の体はまるっきり死後直後の肉体が完全に再現されているようだ。
日雇いでもらった賃金を節約しながら食いつないでいこう。ここでの求人はすぐに働く事ができて、しかも高収入の仕事が多い。そうしてお金が貯まったら、どんな場所でもいい、部屋を借りよう。それから地道に長期の仕事を探そう。
受付で案内され、すぐに指定された場所に行くと、その瞬間から労働が始まる。
仕事が終わるころには休みなく酷使した体は悲鳴を上げていた。しかし、対価として良い稼ぎにはなった。
仕事が終わるとすぐに安いパンを一つ買う。それからひと気の少ない川辺でそれを食べているともうじき太陽が沈む時間になっていた。休む間もなく野宿をする場所を探した。
比較的大きな港町なので人の往来も多い。下手にそのあたりで寝ていたら何をされるか分からない。
丁度よく身を隠せる場所があった橋の下で野宿を決めた。急な雨も防げる。暫くここを拠点にしようと決めた。
それから数日間、港での荷物の積み下ろしの仕事を続けた。部屋を借りるにはまだまだお金は足りない。仕事を終えて橋の下に帰ると目の前の川で布を濡らして体を拭いたり、洗髪をしたり。出来る限りの事を背一杯やって生活をしていた。
顔なじみになった仕事仲間に、他に求人が張り出してある場所を教えてもらうと、片っ端からあたってみた。しかし、中々安定した職には採用されない。自分が何者かを証明できないうえに住所もないのだ。その日も何件か当てが外れて街を彷徨っていた時だった。思い通りいに行かない事が続いて不安に押しつぶされそうになっていた。
ふと背後から聞き覚えのある声が聞こえて呼び止められた。
「ねぇ、レイじゃない!?」
驚いて振り返った私の視界にはモリスの姿があった。
「やっぱりレイだ。どうしたの!?随分痩せたね。家に帰らなかったのかい?とりあえず私の家に来なさい。お腹空いているだろう。さぁ行こう」
そういったモリスはあの時と同じように私の手くびを掴むと強引に引っ張っていった。
私は再び彼女に助けられた。
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