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2章
17話
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再びモリスに拾われた私は、彼女に腕をひっぱられながら歩いていた。
しばらくしてモリスの家が見えてくると、落ち着くような懐かしいような、そんな感覚がした。ほんの数日前、一日お世話になっただけなのに不思議とそう感じていた。
家に入るとモリスはすぐ、風呂場に私を案内してくれた。
「まずはお風呂ね。体をゆっくり温めなさい。それと服、洗濯するから籠に入れておいてね。着替えは用意しておくから」
優しい口調で一通り説明を終えるとその場を後にしていった。
清潔で暖かいお湯で体を流してから、石鹸で体を丁寧に洗った。それからゆっくり湯船につかって、徐々に体が温まっていくと、沈んでいた気分は次第に晴れていった。
用意されていた着替えは柔らかな肌触りで、袖を通すと微かな石鹸の匂いがしてふわりと香った。この世界に来て、初めてまともな生活に触れたような気がした。そうして、自分は今生きているのだと、はっきり実感した。
お風呂場を出ると、すでにテーブの上には食事が用意されていて、ダンも席に着いていた。
「やあ。お帰り、レイ。さぁ、夕食にしよう。遠慮しないで食べなさい」
ダンはにこやかにほほ笑むと穏やかな口調で私にそういった。
目の前にはたくさんの料理が並んでいて、一口、二口とそれらを口に運ぶと、暖かくて優しい味が広がる。孤児院に居た頃、みんなで賑やかに食卓を囲んで食べていたあの味によく似ていた。幸せだったあの頃の記憶が蘇ると、気が付けば私はボロボロと涙を流していた。
ダンはそんな様子の私を見つめながら黙って背中をさすり続けてくれた。そんな中、モリスは静かに話しをはじめた。
「レイ…。あなたには何か複雑な事情があるのよね?何も言わなくていいから。だから、このままここにいなさい。あなたがまたここを出ていったら、私はその瞬間から心配で町中を探し回ってしまうわ」
「でも…。私のような素性もよく分からない人間にどうしてそこまで親切にしてくれるのですか?」
「私の勘よ。この子は放ってはおけないって咄嗟に思ったの。だって、レイは悪い子には到底みえないもの。そのせいかしら、強引に連れてきてしまったわ。しかも二回もね」
迷いのないその答えに嘘はないのだろう。
「でも…、ここでただのうのうとお世話になるわけにはいきません」
私がそういうと今度はダンが口を開いた。
「じゃあ、僕の仕事を手伝ってくれ。庭師をしているんだよ。得意先を定期的に回って作業をするんだ。丁度人手が足りなかったんだよ。だから君が手を貸してくれるならとても有難い」
「いいんですか!?もちろんです。やらせてください」
「そうか。じゃあ決まりだ。明日から早速頼むよ。でも君、そうだ…。学校はどうしたの?君の年は?」
「16歳になります。訳があって一度も学校に通った事はありません」
「えっ?今までずっと?」
「はい。基本的な事はすべて母と家庭教師から学びました」
「そうか…。私達が思っている以上に君には何か複雑な事情があるんだね。それなら、これから学校にも通いなさい。仕事は学校が終わってから手伝ってもらうよ」
「でも…。学費はありません。私の手元には日雇いで稼いだ僅かばかりのお金しかないので…」
「それは大丈夫よ。ある程度は補助が受けられるのよ。だから仕事を手伝ってくれる賃金で賄えるわ」
「えっ…。賃金なんてそんな、もらえません!」
「正当な対価は受け取らないといけないわ」
「それでは、得た賃金は生活費と学費で相殺してください。正当な対価の支払いです。でも…足りるでしょうか?」
「余裕で足りるわ。一人増えた所であまり変わらないのよ。あなたがそれで納得してくれるならそうするわ」
「ありがとうございます!」
ここまで良くしてくれている二人にできるだけ嘘はつきたくない。まずは私が本当は女性である事を打ち明けよう。そう思って口を開いた時だった。
「息子の制服があるのよ」
「息子さんがいるんですか?」
「ええ。正確には、いたのよ。随分前に亡くなってしまったのだけど。だからあなたを見ていたら息子が戻ってきてくれたみたいでね。本当は少し嬉しかったの」
ほんの一瞬悲しそうな表情をした彼女はすぐにいつもの笑顔に戻った。
そう聞いた瞬間、私はすぐに口を閉じた。出しかけた言葉を二度と口にする事はなかった。
私がこの姿でいる事で、彼女の悲しみが少しでも和らぐのなら、私は再びこの世界でも男性として生きよう。そう、心に決めたのだった。ただ…。目的が達成した瞬間、私はこの世界から消えてしまう。その時がきたら私はどうしたらいいのだろう…。それだけが気がかりだった。
翌日。早速、通学手続きをする為にダンと学校へ向かった。
正門をくぐって正面に大きな校舎が見えると、その建物の大きさに圧倒されてしまった。
広い学校の敷地を歩いていると、いくつも建物が立っているのが見える。その中でもひと際大きくて古びた建物があって、私がそれをずっと見ている事に気が付いたダンは、その建物が図書館だと教えてくれた。
あの建物の中には何万冊という膨大な量の本が保管してあるのだという。図書館を知らない私にはそんなに膨大な量の本が置いてある光景はとても想像ができなかった。
私は、昔から本を読む事がとても好きだった。読書好きな母の影響だろう。でも、父が書いたあの小説の一件で、読者は一切やめてしまった。本が怖いと思ったからだ。誰の心も魅了してしまうほど美しく、キラキラして見えるものが、本当の姿は悪意に満ち溢れていてドロドロしている。こんなにもおぞましい物があるのだと知ってしまったのだ。
あんな男のせいで、そんなトラウマを抱えてしまった事が悔しくて仕方なかった。また本を読めるようになりたい。あの男に奪われたものはすべて取り戻してみせる。本への嫌悪と恐怖を克服していこう。
通学できるようになったら真っ先にここに来よう。
ひと際大きくて古びたその建物を見ながら私はそう心に誓った。
無事に手続きが終わると、来週から通学が決まった。
それからその日は、家に帰ると早速ダンに仕事を教わりながら手伝いを始めた。
しばらくしてモリスの家が見えてくると、落ち着くような懐かしいような、そんな感覚がした。ほんの数日前、一日お世話になっただけなのに不思議とそう感じていた。
家に入るとモリスはすぐ、風呂場に私を案内してくれた。
「まずはお風呂ね。体をゆっくり温めなさい。それと服、洗濯するから籠に入れておいてね。着替えは用意しておくから」
優しい口調で一通り説明を終えるとその場を後にしていった。
清潔で暖かいお湯で体を流してから、石鹸で体を丁寧に洗った。それからゆっくり湯船につかって、徐々に体が温まっていくと、沈んでいた気分は次第に晴れていった。
用意されていた着替えは柔らかな肌触りで、袖を通すと微かな石鹸の匂いがしてふわりと香った。この世界に来て、初めてまともな生活に触れたような気がした。そうして、自分は今生きているのだと、はっきり実感した。
お風呂場を出ると、すでにテーブの上には食事が用意されていて、ダンも席に着いていた。
「やあ。お帰り、レイ。さぁ、夕食にしよう。遠慮しないで食べなさい」
ダンはにこやかにほほ笑むと穏やかな口調で私にそういった。
目の前にはたくさんの料理が並んでいて、一口、二口とそれらを口に運ぶと、暖かくて優しい味が広がる。孤児院に居た頃、みんなで賑やかに食卓を囲んで食べていたあの味によく似ていた。幸せだったあの頃の記憶が蘇ると、気が付けば私はボロボロと涙を流していた。
ダンはそんな様子の私を見つめながら黙って背中をさすり続けてくれた。そんな中、モリスは静かに話しをはじめた。
「レイ…。あなたには何か複雑な事情があるのよね?何も言わなくていいから。だから、このままここにいなさい。あなたがまたここを出ていったら、私はその瞬間から心配で町中を探し回ってしまうわ」
「でも…。私のような素性もよく分からない人間にどうしてそこまで親切にしてくれるのですか?」
「私の勘よ。この子は放ってはおけないって咄嗟に思ったの。だって、レイは悪い子には到底みえないもの。そのせいかしら、強引に連れてきてしまったわ。しかも二回もね」
迷いのないその答えに嘘はないのだろう。
「でも…、ここでただのうのうとお世話になるわけにはいきません」
私がそういうと今度はダンが口を開いた。
「じゃあ、僕の仕事を手伝ってくれ。庭師をしているんだよ。得意先を定期的に回って作業をするんだ。丁度人手が足りなかったんだよ。だから君が手を貸してくれるならとても有難い」
「いいんですか!?もちろんです。やらせてください」
「そうか。じゃあ決まりだ。明日から早速頼むよ。でも君、そうだ…。学校はどうしたの?君の年は?」
「16歳になります。訳があって一度も学校に通った事はありません」
「えっ?今までずっと?」
「はい。基本的な事はすべて母と家庭教師から学びました」
「そうか…。私達が思っている以上に君には何か複雑な事情があるんだね。それなら、これから学校にも通いなさい。仕事は学校が終わってから手伝ってもらうよ」
「でも…。学費はありません。私の手元には日雇いで稼いだ僅かばかりのお金しかないので…」
「それは大丈夫よ。ある程度は補助が受けられるのよ。だから仕事を手伝ってくれる賃金で賄えるわ」
「えっ…。賃金なんてそんな、もらえません!」
「正当な対価は受け取らないといけないわ」
「それでは、得た賃金は生活費と学費で相殺してください。正当な対価の支払いです。でも…足りるでしょうか?」
「余裕で足りるわ。一人増えた所であまり変わらないのよ。あなたがそれで納得してくれるならそうするわ」
「ありがとうございます!」
ここまで良くしてくれている二人にできるだけ嘘はつきたくない。まずは私が本当は女性である事を打ち明けよう。そう思って口を開いた時だった。
「息子の制服があるのよ」
「息子さんがいるんですか?」
「ええ。正確には、いたのよ。随分前に亡くなってしまったのだけど。だからあなたを見ていたら息子が戻ってきてくれたみたいでね。本当は少し嬉しかったの」
ほんの一瞬悲しそうな表情をした彼女はすぐにいつもの笑顔に戻った。
そう聞いた瞬間、私はすぐに口を閉じた。出しかけた言葉を二度と口にする事はなかった。
私がこの姿でいる事で、彼女の悲しみが少しでも和らぐのなら、私は再びこの世界でも男性として生きよう。そう、心に決めたのだった。ただ…。目的が達成した瞬間、私はこの世界から消えてしまう。その時がきたら私はどうしたらいいのだろう…。それだけが気がかりだった。
翌日。早速、通学手続きをする為にダンと学校へ向かった。
正門をくぐって正面に大きな校舎が見えると、その建物の大きさに圧倒されてしまった。
広い学校の敷地を歩いていると、いくつも建物が立っているのが見える。その中でもひと際大きくて古びた建物があって、私がそれをずっと見ている事に気が付いたダンは、その建物が図書館だと教えてくれた。
あの建物の中には何万冊という膨大な量の本が保管してあるのだという。図書館を知らない私にはそんなに膨大な量の本が置いてある光景はとても想像ができなかった。
私は、昔から本を読む事がとても好きだった。読書好きな母の影響だろう。でも、父が書いたあの小説の一件で、読者は一切やめてしまった。本が怖いと思ったからだ。誰の心も魅了してしまうほど美しく、キラキラして見えるものが、本当の姿は悪意に満ち溢れていてドロドロしている。こんなにもおぞましい物があるのだと知ってしまったのだ。
あんな男のせいで、そんなトラウマを抱えてしまった事が悔しくて仕方なかった。また本を読めるようになりたい。あの男に奪われたものはすべて取り戻してみせる。本への嫌悪と恐怖を克服していこう。
通学できるようになったら真っ先にここに来よう。
ひと際大きくて古びたその建物を見ながら私はそう心に誓った。
無事に手続きが終わると、来週から通学が決まった。
それからその日は、家に帰ると早速ダンに仕事を教わりながら手伝いを始めた。
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