18 / 48
2章
18話
しおりを挟む
学校に通うまでの間、空いている時間は全てダンの仕事を手伝った。
庭師という仕事は思いのほか過酷で、不慣れな私はいつも生傷が絶えなかった。
ただ闇雲に枝を切っていくというものではない。覚える事は沢山あって毎日が勉強だった。
ダンはとても腕がいい職人で、もはやその作業は神業だ。そのうえ、木や花にかける愛情はとても深く、ささいな変化も見逃さない。だからいつも対応が早くて処置も適切なのだ。
そういった事から得意先からの信頼はとても厚く、口コミでの評判もとても良い。だから得意先も多く抱えていて、その分、一日でこなす仕事の量はとても多い。これだけの仕事量を、今までずっと人でやっていた事に私はとても驚いてしまった。
そうやって学校が始まる日まで、朝から晩までみっちり仕事を教わる。
毎日の作業で出来上がった沢山の傷は、それほどこの仕事が過酷だという事を物語っていた。
毎日が新しく教わる事ばかりで、私が知らなかった事なんて、この世界にはごまんとあるのだと思い知った。自分が知っている事なんで、ごくわずかなものなのだと理解した。
世界は広い。いつか母がそう言っていた事を思い出す。
今日も遅くまで作業に時間がかかってしまい、辺りはもう、すっかり暗くなっていた。
クタクタになってダンと一緒に家に帰ると、玄関先で笑顔のモリスが出迎えてくれた。
「お仕事ご苦労様。夕食ができているわよ。でもお風呂が先ね。レイが先に入ってね。随分泥だらけよ?」
今日は初めて花壇の植え替えをしたのだ。以前、ノラから畑仕事を教わっていたので、今日こそは自信をもって作業が出来ると高を括っていたのだが、実際に作業をしてみると、その自身は見事に玉砕した。
言うまでもなく不慣れな私はすぐに泥だらけになった。
お風呂で身綺麗にしてから用意してくれた部屋着に着替える。私が風呂場を出た後ダンも風呂場に入っていった。
ダンが席に着いてみんなで夕飯を食べはじめると、私を見ながらモリスが口を開いた。
「レイ、いよいよ明日から学校ね。制服とその他必要な物は部屋に用意してあるからね。頑張るのよ」
二度目にモリスに拾われたあの日から、有難い事に私は部屋を与えられていた。
亡くなった息子さんが使っていた部屋のようだ。綺麗に片づけられていたが、そこかしこに、以前の主の形跡が残っている。
夕食を終えて部屋に入ると、モリスが言っていたように制服とカバン、その他必要な物が一通り机の上に用意されていた。
ノートにぺン、カバンにそして制服。グレーのズボンにチェックのブレザーだった。試しに着てみるとモリスが言っていたとおり、服は手直しされていて、私の体にピッタリだった。
この制服の持ち主が何故亡くなってしまったのか、モリスが話す事はなかったが、優しい両親を残してこの世を去ってしまった彼は、死後、どんな心境でいるのか少し気がかりになった。
消滅することなく無事に死後の世界に行けたのなら、彼を探して二人の話をしてあげよう。そのためにも絶対に失敗はできない。必ず二人の結婚はぶち壊してやる。
目的が成功しても失敗しても、この世界で生きていられるのは1年間だ。
制服を脱いで丁寧にたたむと、机の上に静かに置く。そうして部屋着に着替えてベットに寝転がりながら学校という場所がどんな所なのか想像してみる。
今までずっと行く事が叶わなかった場所だ。一体、どんな所なのだろう。少しわくわくする。
そんな事を考えていると。ふと、あのメイドが言っていた事を思い出した。母と父は卒業と同時に結婚するという事。
卒業という言葉が出てきたのだから学校に在籍しているのだろう。この辺りに学校は一つしかない。
だとしたらそこで二人に会うのかもしれない。
父を見つけた瞬間、私は冷静さを保つ事が出来るだろうか…。
この世で一番憎い、出来る事なら刺し違えてでも存在を抹消したい相手だ。
それに、あの小説に書いてある事が母の事以外、真実だとしたら、父と駆け落ちした相手だって学校にいるはずだ。
二人は幼馴染なのだと書いてあったから。
憎い二人に出会った時、私はどうなってしまうのだろう。そんな事を考えながら眠りに落ちていった。
翌朝目覚めた私は手際よく準備を整え、制服に袖を通した。
「おはよう。いよいよ今日から学校ね。服のサイズも調度いいわね。サイズの直しも上手くいったようだわ」
そういってモリスはにこやかに笑うと、ダンもその横で嬉しそうに私を見ている。
「さぁ、朝食の用意をしているから。しっかり食べて行きなさいね」
気のせいか、いつもより量が多く感じる。
ダンもそれに気が付いたようで、少し戸惑っているのが分かる。
「さあ、気をつけていくのよ。でも…ちょっと心配だわ」
「大丈夫。僕はそんなに心配されるほど子供じゃないよ」
「そうね。いってらっしゃい」
そういってモリスは笑顔で私を送り出してくれた。
通常より早い時間に家をでた。
今日だけは他の生徒より早く学校に行って、教師から学校生活についての説明を受けるためだ。
正門をくぐると目の前には大きな校舎が見えた。私は歩みを止めると正面の校舎をしっかりと見据えた。
それから、目を閉じて、大きく息を吸い込んだ。
『ここから全てが始まるんだ』
そう心の中で呟くと、私の後ろから風が吹き抜けていく。ゆっくりと目を開いた私は、真っすぐに歩き始めた。
庭師という仕事は思いのほか過酷で、不慣れな私はいつも生傷が絶えなかった。
ただ闇雲に枝を切っていくというものではない。覚える事は沢山あって毎日が勉強だった。
ダンはとても腕がいい職人で、もはやその作業は神業だ。そのうえ、木や花にかける愛情はとても深く、ささいな変化も見逃さない。だからいつも対応が早くて処置も適切なのだ。
そういった事から得意先からの信頼はとても厚く、口コミでの評判もとても良い。だから得意先も多く抱えていて、その分、一日でこなす仕事の量はとても多い。これだけの仕事量を、今までずっと人でやっていた事に私はとても驚いてしまった。
そうやって学校が始まる日まで、朝から晩までみっちり仕事を教わる。
毎日の作業で出来上がった沢山の傷は、それほどこの仕事が過酷だという事を物語っていた。
毎日が新しく教わる事ばかりで、私が知らなかった事なんて、この世界にはごまんとあるのだと思い知った。自分が知っている事なんで、ごくわずかなものなのだと理解した。
世界は広い。いつか母がそう言っていた事を思い出す。
今日も遅くまで作業に時間がかかってしまい、辺りはもう、すっかり暗くなっていた。
クタクタになってダンと一緒に家に帰ると、玄関先で笑顔のモリスが出迎えてくれた。
「お仕事ご苦労様。夕食ができているわよ。でもお風呂が先ね。レイが先に入ってね。随分泥だらけよ?」
今日は初めて花壇の植え替えをしたのだ。以前、ノラから畑仕事を教わっていたので、今日こそは自信をもって作業が出来ると高を括っていたのだが、実際に作業をしてみると、その自身は見事に玉砕した。
言うまでもなく不慣れな私はすぐに泥だらけになった。
お風呂で身綺麗にしてから用意してくれた部屋着に着替える。私が風呂場を出た後ダンも風呂場に入っていった。
ダンが席に着いてみんなで夕飯を食べはじめると、私を見ながらモリスが口を開いた。
「レイ、いよいよ明日から学校ね。制服とその他必要な物は部屋に用意してあるからね。頑張るのよ」
二度目にモリスに拾われたあの日から、有難い事に私は部屋を与えられていた。
亡くなった息子さんが使っていた部屋のようだ。綺麗に片づけられていたが、そこかしこに、以前の主の形跡が残っている。
夕食を終えて部屋に入ると、モリスが言っていたように制服とカバン、その他必要な物が一通り机の上に用意されていた。
ノートにぺン、カバンにそして制服。グレーのズボンにチェックのブレザーだった。試しに着てみるとモリスが言っていたとおり、服は手直しされていて、私の体にピッタリだった。
この制服の持ち主が何故亡くなってしまったのか、モリスが話す事はなかったが、優しい両親を残してこの世を去ってしまった彼は、死後、どんな心境でいるのか少し気がかりになった。
消滅することなく無事に死後の世界に行けたのなら、彼を探して二人の話をしてあげよう。そのためにも絶対に失敗はできない。必ず二人の結婚はぶち壊してやる。
目的が成功しても失敗しても、この世界で生きていられるのは1年間だ。
制服を脱いで丁寧にたたむと、机の上に静かに置く。そうして部屋着に着替えてベットに寝転がりながら学校という場所がどんな所なのか想像してみる。
今までずっと行く事が叶わなかった場所だ。一体、どんな所なのだろう。少しわくわくする。
そんな事を考えていると。ふと、あのメイドが言っていた事を思い出した。母と父は卒業と同時に結婚するという事。
卒業という言葉が出てきたのだから学校に在籍しているのだろう。この辺りに学校は一つしかない。
だとしたらそこで二人に会うのかもしれない。
父を見つけた瞬間、私は冷静さを保つ事が出来るだろうか…。
この世で一番憎い、出来る事なら刺し違えてでも存在を抹消したい相手だ。
それに、あの小説に書いてある事が母の事以外、真実だとしたら、父と駆け落ちした相手だって学校にいるはずだ。
二人は幼馴染なのだと書いてあったから。
憎い二人に出会った時、私はどうなってしまうのだろう。そんな事を考えながら眠りに落ちていった。
翌朝目覚めた私は手際よく準備を整え、制服に袖を通した。
「おはよう。いよいよ今日から学校ね。服のサイズも調度いいわね。サイズの直しも上手くいったようだわ」
そういってモリスはにこやかに笑うと、ダンもその横で嬉しそうに私を見ている。
「さぁ、朝食の用意をしているから。しっかり食べて行きなさいね」
気のせいか、いつもより量が多く感じる。
ダンもそれに気が付いたようで、少し戸惑っているのが分かる。
「さあ、気をつけていくのよ。でも…ちょっと心配だわ」
「大丈夫。僕はそんなに心配されるほど子供じゃないよ」
「そうね。いってらっしゃい」
そういってモリスは笑顔で私を送り出してくれた。
通常より早い時間に家をでた。
今日だけは他の生徒より早く学校に行って、教師から学校生活についての説明を受けるためだ。
正門をくぐると目の前には大きな校舎が見えた。私は歩みを止めると正面の校舎をしっかりと見据えた。
それから、目を閉じて、大きく息を吸い込んだ。
『ここから全てが始まるんだ』
そう心の中で呟くと、私の後ろから風が吹き抜けていく。ゆっくりと目を開いた私は、真っすぐに歩き始めた。
0
あなたにおすすめの小説
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大丈夫のその先は…
水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。
新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。
バレないように、バレないように。
「大丈夫だよ」
すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m
距離を置きたい女子たちを助けてしまった結果、正体バレして迫られる
歩く魚
恋愛
かつて、命を懸けて誰かを助けた日があった。
だがその記憶は、頭を打った衝撃とともに、綺麗さっぱり失われていた。
それは気にしてない。俺は深入りする気はない。
人間は好きだ。けれど、近づきすぎると嫌いになる。
だがそんな俺に、思いもよらぬ刺客が現れる。
――あの日、俺が助けたのは、できれば関わりたくなかった――距離を置きたい女子たちだったらしい。
バイト先の先輩ギャルが実はクラスメイトで、しかも推しが一緒だった件
沢田美
恋愛
「きょ、今日からお世話になります。有馬蓮です……!」
高校二年の有馬蓮は、人生初のアルバイトで緊張しっぱなし。
そんな彼の前に現れたのは、銀髪ピアスのギャル系先輩――白瀬紗良だった。
見た目は派手だけど、話してみるとアニメもゲームも好きな“同類”。
意外な共通点から意気投合する二人。
だけどその日の帰り際、店長から知らされたのは――
> 「白瀬さん、今日で最後のシフトなんだよね」
一期一会の出会い。もう会えないと思っていた。
……翌日、学校で再会するまでは。
実は同じクラスの“白瀬さん”だった――!?
オタクな少年とギャルな少女の、距離ゼロから始まる青春ラブコメ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる