ラブストーリーの片隅に切り捨てられた私達

麦 若葉

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2章

18話

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学校に通うまでの間、空いている時間は全てダンの仕事を手伝った。



 庭師という仕事は思いのほか過酷で、不慣れな私はいつも生傷が絶えなかった。

 ただ闇雲に枝を切っていくというものではない。覚える事は沢山あって毎日が勉強だった。



 ダンはとても腕がいい職人で、もはやその作業は神業だ。そのうえ、木や花にかける愛情はとても深く、ささいな変化も見逃さない。だからいつも対応が早くて処置も適切なのだ。

 そういった事から得意先からの信頼はとても厚く、口コミでの評判もとても良い。だから得意先も多く抱えていて、その分、一日でこなす仕事の量はとても多い。これだけの仕事量を、今までずっと人でやっていた事に私はとても驚いてしまった。



 そうやって学校が始まる日まで、朝から晩までみっちり仕事を教わる。

 毎日の作業で出来上がった沢山の傷は、それほどこの仕事が過酷だという事を物語っていた。

 毎日が新しく教わる事ばかりで、私が知らなかった事なんて、この世界にはごまんとあるのだと思い知った。自分が知っている事なんで、ごくわずかなものなのだと理解した。   

 世界は広い。いつか母がそう言っていた事を思い出す。



 今日も遅くまで作業に時間がかかってしまい、辺りはもう、すっかり暗くなっていた。

クタクタになってダンと一緒に家に帰ると、玄関先で笑顔のモリスが出迎えてくれた。



「お仕事ご苦労様。夕食ができているわよ。でもお風呂が先ね。レイが先に入ってね。随分泥だらけよ?」



 今日は初めて花壇の植え替えをしたのだ。以前、ノラから畑仕事を教わっていたので、今日こそは自信をもって作業が出来ると高を括っていたのだが、実際に作業をしてみると、その自身は見事に玉砕した。

 言うまでもなく不慣れな私はすぐに泥だらけになった。



 お風呂で身綺麗にしてから用意してくれた部屋着に着替える。私が風呂場を出た後ダンも風呂場に入っていった。



 ダンが席に着いてみんなで夕飯を食べはじめると、私を見ながらモリスが口を開いた。



「レイ、いよいよ明日から学校ね。制服とその他必要な物は部屋に用意してあるからね。頑張るのよ」



 二度目にモリスに拾われたあの日から、有難い事に私は部屋を与えられていた。

 亡くなった息子さんが使っていた部屋のようだ。綺麗に片づけられていたが、そこかしこに、以前の主の形跡が残っている。

 夕食を終えて部屋に入ると、モリスが言っていたように制服とカバン、その他必要な物が一通り机の上に用意されていた。

 ノートにぺン、カバンにそして制服。グレーのズボンにチェックのブレザーだった。試しに着てみるとモリスが言っていたとおり、服は手直しされていて、私の体にピッタリだった。



 この制服の持ち主が何故亡くなってしまったのか、モリスが話す事はなかったが、優しい両親を残してこの世を去ってしまった彼は、死後、どんな心境でいるのか少し気がかりになった。

 消滅することなく無事に死後の世界に行けたのなら、彼を探して二人の話をしてあげよう。そのためにも絶対に失敗はできない。必ず二人の結婚はぶち壊してやる。

 目的が成功しても失敗しても、この世界で生きていられるのは1年間だ。



 制服を脱いで丁寧にたたむと、机の上に静かに置く。そうして部屋着に着替えてベットに寝転がりながら学校という場所がどんな所なのか想像してみる。



 今までずっと行く事が叶わなかった場所だ。一体、どんな所なのだろう。少しわくわくする。



 そんな事を考えていると。ふと、あのメイドが言っていた事を思い出した。母と父は卒業と同時に結婚するという事。

 卒業という言葉が出てきたのだから学校に在籍しているのだろう。この辺りに学校は一つしかない。

 だとしたらそこで二人に会うのかもしれない。



 父を見つけた瞬間、私は冷静さを保つ事が出来るだろうか…。

 この世で一番憎い、出来る事なら刺し違えてでも存在を抹消したい相手だ。

 それに、あの小説に書いてある事が母の事以外、真実だとしたら、父と駆け落ちした相手だって学校にいるはずだ。

 二人は幼馴染なのだと書いてあったから。



 憎い二人に出会った時、私はどうなってしまうのだろう。そんな事を考えながら眠りに落ちていった。



 翌朝目覚めた私は手際よく準備を整え、制服に袖を通した。



「おはよう。いよいよ今日から学校ね。服のサイズも調度いいわね。サイズの直しも上手くいったようだわ」



 そういってモリスはにこやかに笑うと、ダンもその横で嬉しそうに私を見ている。



「さぁ、朝食の用意をしているから。しっかり食べて行きなさいね」



 気のせいか、いつもより量が多く感じる。

 ダンもそれに気が付いたようで、少し戸惑っているのが分かる。



「さあ、気をつけていくのよ。でも…ちょっと心配だわ」



「大丈夫。僕はそんなに心配されるほど子供じゃないよ」



「そうね。いってらっしゃい」



そういってモリスは笑顔で私を送り出してくれた。



 通常より早い時間に家をでた。

今日だけは他の生徒より早く学校に行って、教師から学校生活についての説明を受けるためだ。



 正門をくぐると目の前には大きな校舎が見えた。私は歩みを止めると正面の校舎をしっかりと見据えた。

 それから、目を閉じて、大きく息を吸い込んだ。



『ここから全てが始まるんだ』



 そう心の中で呟くと、私の後ろから風が吹き抜けていく。ゆっくりと目を開いた私は、真っすぐに歩き始めた。

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