ラブストーリーの片隅に切り捨てられた私達

麦 若葉

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2章

19話

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 大きな扉を開けて校舎の中に入ると広いエントランスがあった。そこから、右、左、真ん中と、三方に長い通路が伸びている。

 まだ早い時間なので、私以外誰もいない。静まり返ったその場所に一人立ち尽くしていた。



 さて、ここからどこへ行けばいいのだろう。そう思った時だった。



「おはよう!」



 右側に延びる通路の先から大きな声が聞こえた。その方向に目をやると細身で背の高い男性が一人、こちらに歩いてくる姿が見えた。

 そうして、にこやかな笑顔を浮かべながら私の前までやってきた。



「レイ君だね。はじめまして。僕は君の担当教師のケイン・ロビンソンだ。今日からよろしく」



「おはようございます。こちらこそ、よろしくお願いします」



「さあ、早速校舎を案内しよう。歩きながらここでのルールや過ごし方の説明をするよ」



 そう言って、エントランスから真っすぐに伸びる通路へ歩いて行く。



「朝は8時半までに登校だ。それまでに教室に行って、決められた席に着いているんだ。ベルがなったら授業開始。12時から昼食時間だ。その後14時まで授業で、用事がなければ帰宅時間になる。ちなにみ18時に校舎の門が閉まるから、閉じ込められないように注意するんだぞ。万が一、閉じ込められ場合は、屈強な警備員にこっぴどく叱られるか、朝までここにいる事になる」



 その後も歩きながら様々な説明を受けた。

 真っすぐ続く通路の途中、右側には講堂があって、左側には中庭が見える。中庭は結構な広さがあって、その中心には大きな木が立っていた。そうして、さらに通路を進むと、突き当りには食堂があった。天井が高くて広い食堂はとても解放感があり、明るい。テラス席も完備されている。そこから校庭にも出る事ができるようだ。



「あのカウンターで好きな物を選んで食べる事が出来る。ちなみにここの料理はかなりうまい。定番のものもあれば日替わりのものもある。もちろん、作ってきたものをここで食べてもいい」



 説明が終わると、食堂を出た。出るとすぐ、右側にも通路があって、その先にはホールの入り口があった。

 三方に延びる左側の通路の先があのホールの入り口で、通路はこの場所と繋がっているとケイン先生は教えてくれた。

 再びエントランスに戻ると、先生は入り口を背にしてから、右側の通路を指した。最初に彼がやってきた方向だ。



「向こう側には教師たちの個室と学長室がある。後は会議室だな。特に案内出来るものはない。全く整理されていない俺の個室なら見せる事ができるが…」



「いえ。大丈夫です」



「そんなにキッパリ断るなよ…。まぁ…掃除をしてないから見ないほうがいいな」



 ケイン先生は少しショックを受けつつも、笑いながらそう言った。

 そんなやり取りをした後、最後に左側の通路に進んだ。右手側には中庭が見える。

 そのまま通路は、真っすぐに続く通路と右方向に曲がっている通路に分かれた。



 真っすぐに続く通路を指さして先生は説明を始めた。



「向こう側には最年長クラスがあるんだ。まだ君は行く事はないだろう」



 そう言われてすぐ、ドロドロとした黒い感情が体中に湧き上がるのを感じた。この先にあいつが…! そう心の中で呟きながら、私は通路の先をじっと見ていた。



「どうした?何かあったか?」



 ケイン先生の言葉でハッとして我に返る。



「いえ。なんでもありません」



 咄嗟に平然とした口調でそう答えた。



「そうか。じゃあ、次はこっちの通路に行こう」



 右に曲がっている通路を歩く。

 再び右手側に中庭が見えている。中庭はエントランスから伸びる真ん中の通路とここまでの通路で囲まれている作りだ。

 左側には教室棟がある。そこを通り過ぎ、通路の突き当りにはホールの入り口があった。中はかなり広い。この場所で様々なイベントが執り行われるのだと聞いた。



 そうして最後に、さきほど通り過ぎた教室棟に案内された。

 15歳から17歳までの少年少女がここに通っている。教室棟は2階まであって、1階が15歳、2階が16歳のクラスだ。それぞれ30人ほどのクラスが5個ずつある。16歳の私は2階の教室だ。

 自分の教室を教えられて中に入る。先生は教壇の上に置いてあった大きな包みを手に取ると、私に差し出してきた。



「教科書だよ。結構重いだろう。これから沢山勉強するんだそ。覚える事なんていくらでもあるんだから。知識は武器になる。これから先きっと、君の人生で役に立つはずだ」



「はい、頑張ります!」



 そう言って先生から包みを受け取ると、ずっしりとした重さが伝わってくる。

 この重さの分、知識が詰め込まれているんだ。そう思うと少しわくわくした。

 これから先、限られた時間しか生きられない私は、ここで学ぶ知識が役に立つ事はないのかもしれない。それでも、いつだって新しく学ぶ新鮮さや楽しさは変わらない。



「なんだか嬉しそうだな」



「はい。今から色んな事が楽しみで仕方ないんです。ひとつ質問してもいいでしょうか。図書館にはどのように行けばいいのでしょう」



「ああ、図書館か…。…ごめん!案内し忘れていた!図書館は別の棟にあるんだよ。今から行くと少し時間が足りないなぁ…」



「そうですか…。大丈夫です。そのうち誰かに聞きますから」



「そうか…ごめん。じゃあ、場所だけ説明するよ。この教室の窓から見えるんだ。ほら、あれ。茶色の古いレンガの大きな建物。校門を通って校舎にくるまでに、もう一本、左手に延びる道があっただろう?その道の先にあの図書館があるんだ」



 確かに途中で左側に枝道があった。その先に行けば着くのだろう。



「分かりました。ありがとうございます」



 真っ先に行くと決めていた場所だった。

 さっそく昼休みにでも行って見よう。

 ふと教室の外を見ると、ちらほらと他の生徒が目につくようになっていた。



「さて、始業のベルが鳴るまであと少しだ。俺は一回戻って、授業に必要な資料を取って来る。俺と一緒に来て、ベルが鳴ったら教室に入ろう。それとも、このまま教室にいるか?」



「それじゃあ、このまま教室にいます」



「そうか。君はなんだか肝が据わっている。物怖じしないタイプのようだな。じゃあ後で。俺が教室に入った時みんなの前で君を紹介するから」



「はい。分かりました。では、のちほど」



 そういって先生と別れた。



 窓際の一番後ろが私に与えられた席だった。

 南向きの教室なので私の席の位置は、昼過ぎから陽が当たって少し暑そうだ。そんな事を考えながら席に座ると、先ほど手渡された包みの中から教科書を取り出した。

 パラパラとページをめくると、目に入る内容は知っているものがほとんどだった。教わっていない科目もいくつかあって、ページをめくると、まだ知らない知識がならんでいた。



 そうして、もくもくと教科書を読んでいた。



「おい。お前、誰だ?」



 唐突に声が聞こえて驚いて顔を上げた。

 集中していたせいで、誰かが近づいていた事にまったく気が付かなかった。

 見上げた先には、同じ制服を着た、黒髪で少し不機嫌そうな表情の男が私を見下ろして立っていた。

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