卑屈ギャル♂、自己肯定感爆上げな恋をする

野中にんぎょ

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コンシーラーで隠せる秘密、隠せない秘密

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 あの夜、茜はなかなか寝付けなかった。王子様だと思っていた優成には手ひどく拒絶され、一緒に来てくれた紫苑には迷惑をかけてしまった。「これじゃほんとうにストーカーだよ」紫苑の言葉が蘇る。おれ、確かにやりすぎてた。茜は少しだけ泣いて、それからあることを決心した。
「小林っ、ちょっといい?」
 本を読んでいた新はすぐに眼差しを上げ、「どうした?」と尋ねてくれた。新と視線が通うと、どうしてか胸がムズムズする。茜は思い切って「こっち来て」と新を廊下へ連れ出した。
「昨日はごめん」
 ひと気のない場所まで出て、茜は新に頭を下げた。昨晩は「何があったんだ?」と尋ねてくれた新に何の説明もできず、余計な心配をかけてしまった。
「おれ、優成君の気持ちも考えずに突っ走って、いやな思いをさせた。ストーカーって言われても仕方ないことしてたなって、今になって気付いたんだ。紫苑、怒った優成君からおれを庇って、なんか、上手く言えないけど……傷付いちゃってた……」
 新は茜の拙い言葉を補うように、眼差しで相槌を打ってくれた。
「そうか。久住がおまえを守ってくれたんだな。久住は繊細だから、自身の感情の起伏についていけなかったのかもな」
「ん……。そうなのかもしんない……。で、おれとしては、優成君にいやな思いをさせたことを謝りたいし、優成君に紫苑のことを悪く思って欲しくないんだよ」
「なるほど。それで、おれは何をすればいい?」
 新の言葉に、茜の心がぱあっと晴れた。
「おれ、言葉選ぶの下手だし、紫苑はツンツンしてるだろ? 小林はいつでも冷静だから、一緒に来てほしいんだ。おれが変なこと言ったら注意してほしいし、紫苑が気を立て始めたらおれと一緒になって宥めて欲しい。……だめ?」
「分かった。おまえの期待に添えられるよう努力するよ」
「……いいの!? ありがとう!」
「いいよ。おれも気になってたしな」
 新に微笑みかけられ、心がまたムズムズと悶え始める。ひと気がないことも手伝って、心の武装がするりとほどけた。新の眼差しに応え見つめ返すと、思うより淡い光彩がチカチカと輝いた。小林の瞳って、こんな色なんだ……。うるうるした焦色の瞳に自分が映っているのを見ていると、どうしてかこちらの瞳も潤んでしまう。
「きれいな金色」
 呟きと共に髪に触れられ、茜はぴくりと肩を震わせた。ライブハウスで男に髪を梳かれてもなんとも思わなかったのに、今は「次はどうなるんだろう」と、全神経が新の指先に集中してしまう。
「ここまで脱色するのは大変そうだ」
「なんだよ、説教でも始まんの?」
「いいや。黒髪のおまえを知りたいとは思うけど、これがおれの出会ったおまえだから」
 深く見つめられ、茜は咄嗟に顔を伏せた。「あんま見ないで」熱で溶け落ちそうになった面を両手で覆うと、いつもより低い声で「なんで?」と尋ねられ、茜はぶるぶると頭を振った。
「おれ、ぶさいくだから。コンシーラーで隠してるけど、ほんとうは、そばかすもあるし」
 言ってから、しまった、と顔から火が出そうになった。荒れやすい肌に乗ったそばかすはコンプレックス以外の何者でもない。高校デビューしてから出会った新にだけは知られたくなかったのに……。
「知ってる」
 どきりとして顔を上げると、新の頬が赤くなっていた。いつもは緩んでいる目元も、スッと切れ上がっている。
「水泳の授業の後、髪を拭いてるおまえを見て、気付いた。……別にいいんじゃないのか、そばかすぐらい。色白だから目を引くだけだろう。そういう視線に深い意味はないよ」
 もしかしたらあのテナーサックスよりも甘い声音で言い含められて、胸がどきどきした。この鼓動を、誰にも、ましてや新には絶対に聞かれたくなくて、茜は眠っている小鳥のように俯いた。


「で? どういうデジャヴなわけ、これは?」
 青陽高校まで連れて来られ、紫苑は茜と新を前に腕組みした。
「あのさ、紫苑。おれ、優成君に謝りたくて。それから、紫苑と優成君にも仲直りしてほしくて!」
「はあ? 茜がカフェ行きたいって言うから付き合ってあげたのに。ていうか、ボクはあいつと仲良かったことなんて一度もないし、仲良くなろうなんて思ってないから」
 予想以上にツンケンされ、茜は「でもおれはっ、紫苑が誤解されたままなのはいやなんだよっ」と声を張り上げた。
「おれは、思い返せばモロにストーカーだったから、ああいうふうにされて仕方なかったんだよ。でも、紫苑は違うだろ。あんなこと、おれを守るためじゃなかったら、言えた?」
 紫苑はしばらく黙っていたけれど、組んだ腕をほどいてくれた。「言っとくけど、着いて行くだけだから。今回のことでストーカー認定されても、もう庇えないからね」茜は紫苑の言葉にコクコクと頷いた。
「広尾。ほら、あいつじゃないのか」
 新に肩を叩かれ、茜は優成の姿を探した。が、優成の方が先に茜たちを見つけていたようで、視線が合うと「げ」と顔を顰められた。
「ゆうせいくーんっ!」
 ぶんぶんと両手を振りながら駆けて行くと、優成は「げ」の顔を整え、茜へ王子様スマイルを向けた。よかった、話を聞いてもらえるかもしれない!
「優成君、昨日はほんとうに、」
むぐっ。これもデジャヴだろうか。茜は優成に口を塞がれ、ずるずると引きずられながら校門を出た。
「ん、んぐ、むぐぐぅ~!」
「やあ、久しぶりだね。近くの喫茶店にでも入って話そうか」
 言葉は親しげなのに声は刺々しい。静観していた紫苑と新の前まで来ると、優成は途端に王子様スマイルを解き、「なんだよ? 三人がかりでおれをリンチしようって?」と冷たく問いかけた。
「違う! 違うんだって! おれが優成君に謝りたかったから、ついて来てもらっただけ!」
 茜は優成の手を振りほどき全身全霊で訴えた。優成は茜の必死さに虚を衝かれ、瞳を丸くした。
「優成君の言う通りだ。あれは兄貴のつてを使って君のことを調べたり、学校帰りの君の後をつけたりしてた。だから、あの、その、おれは君の、まぎれもないストーカーだった。でも、こんなこともう二度としない! いやな思いをさせて、ほんとうにごめんなさい!」
 深く頭を下げると、紫苑のため息が聞こえた。「そんなことまで言わなくていいのに」と、そのため息が語っている。次いで、誰かに肩を叩かれ、それでも頭を下げたままでいると、「頭上げて」と優成の声が降って来た。
「ここじゃなんだから。おれに着いて来て」
 優成はそう言って、通学路を逸れて行った。
「叔父さん、開店前にごめん。ちょっとだけ友だちとだべってもいい?」
「準備中」の札が掛かった潮騒。カウンターで帳簿を広げていた男は「友だち? 珍しいこともあるもんだな」と言って微笑んだ。
「つーことで、好きなとこ掛けて」
 テーブルを四人で囲むと、優成はオレンジジュースを四本、机に置いた。
「おまえ、名前は?」
 優成に指差され、茜は背筋を伸ばした。
「おれは広尾茜。藤明高校の一年生。こっちは幼馴染の紫苑と、クラスメイトの小林」
「茜ね。おまえみたいなやつ、今までいっぱいいたから。別に頭下げてまで謝らなくていいよ。……でも、わざわざ謝りに来たやつは初めて。そんな小さいなりで、度胸あんのな」
 出会って初めて優成の表情が和らぐ。美貌が一気に華やいで、茜は耳元を火照らせた。
「あんたも謝ってよ」
 紫苑の鋭い声が緩んだ空気を引き裂く。
「あんた、茜を突き飛ばしたよね? 茜は……確かにストーカーみたいなことをしたかもしれないけど、あんたに危害は加えてない」
 茜は紫苑を宥めようと身を乗り出したけれど、言葉に詰まってしまった。そんな茜を見かねてか、新が「久住、やめておけ」と紫苑を窘めた。
「相手をよく知りもせずに、一方的に責めるのはよくない。危害が何かは人それぞれだ」
 紫苑は新に向き直り、睨みつけた。
「なんで小林がこいつの味方するの? ボク、あの日のこと説明したよね?」
 それは、おれが小林にそうするように頼んでいたからで……。茜がその言葉を飲み込んでしまうほど、紫苑は新に落胆していた。狼狽える茜に、新は眼差しで「大丈夫だから」と伝えた。
「小林にはがっかりした」
 紫苑に詰られても、新は無言を貫いた。茜との約束を守るための沈黙だった。
「確かに、おれもやりすぎたな」
 沈黙を破ったのは優成だった。
「茜、乱暴してごめん。ひどいこと言って、ごめん」
 頭を下げる優成に、茜は慌てて両手を振り立てた。
「そんな! 謝らないで! おれは平気だから!」
「……ゆるしてくれて、ありがとう」
 優成は顔を上げ、紫苑に視線を向けた。
「紫苑って呼んでいいのかな。紫苑にも謝らなきゃな。おまえの友だちにひどいことしてごめん。もう、ああいうことはしない」
 紫苑にまで頭を下げた優成の首元は、学ランの襟で苦しそうだった。縋るように見つめてくる茜と旋毛を見せたままの優成に押し負け、紫苑は「分かってくれたんならいいよ」と矛を収めてくれた。
「紫苑と茜、マジで仲良いんだね。電車の時は茜が紫苑を守って、今回は紫苑が茜を守って。そういうの、なんか羨ましい」
 優成の言葉に新が頷く。「紫苑のことも覚えてたんだ?」茜が問うと、優成は慌てたように「ああいう状況じゃ、忘れる方が難しいだろ」と言った。
「すてきなお店」
 内装を眺めていた紫苑がふと呟く。優成は眼差しをパッと打ち上げ、「おれのじいちゃんが始めた店なんだ。今は叔父さんが店の面倒を見てくれてる」と面映ゆそうに言った。
「紫苑、あのポスターが気になる? ジャズ、分かる?」
「アット・ザ・シュライン」
 紫苑の返答に、優成の瞳がパチッと輝いた。「スタン・ゲッツ、知ってるんだ?」紫苑と優成の視線の先には、サックスの形に白抜きされた背景に男の陰影が浮かび上がっているポスター。茜は二人の様子を黙って見つめた。
「知ってるってほどじゃないけど。パパが音楽好きで、なんでも聴く人だから、ボクも自然とそうなっちゃって」
「そうなんだ」
 優成の「そうなんだ」は、いろんな感情で膨らんでいて、茜はいっそ貝のようになった。
「彼のボサノヴァを聴くと、甘ったるくてうっとりする。悪魔の作る砂糖菓子を食べてるみたい」
「いい表現。紫苑は詩人だな」
 音楽が久住家に浸透していることは知っていたけれど、これほどとは。茜がしおれそうになったその時、コツン、と、誰かの靴先が茜の靴先を小突いた。視線を上げると、新が向かいから微笑みかけてくれた。
 もしかして、おれ、慰められてる? ちょっとムッとして、けれど幼い悪戯に肩の力が抜けていく。ふざけて小突き返すと、新は目をきつねみたいにして笑った。小林、こんな笑い方もするんだ。
 くしゃっとなった目元をもう一度見たくて爪先を伸ばすと、今度はピタリとくっついた。気付けば、新の面からあの笑みは消えていて、その代わり、新は照れくさそうに眉を歪めていた。初めて見る表情に、胸がきゅんとした。机を隔てているのに、新との距離がぐっと近づいた気がした。
「ちょっと。茜、小林。机揺れてるから。ふざけないでよ、こんな素敵なお店で」
「小林が先にふざけてきたんだって!」
「そう。おれが広尾にじゃれてたんだ」
 新の返しに、優成は「へえ」と、二人の関係を得心したように眉を上げた。
「ち、ちがう! 小林とはただの友だちでっ……」
 これまでどんなに詰ったり突き放したりしても傷ついた様子のなかった新の面に陰が差す。けれど、それは一瞬のことだった。
「おれ、音楽をよく知らなくて。でも、君の演奏はかっこよかった。もっと他の曲も聴きたくなったよ」
「それは、どうも……」
「よかったら、今度またこの面子で集まらないか。君の学校はいささか窮屈そうだし、この機会に堅苦しくない付き合いを覚えてみるのはどうだろう?」
「君、はやめろよ。優成でいい」
 新と優成が握手を交わす。一瞬、新が優成と遜色ないように見えて、茜は自分の目を疑った。いや、ありえないでしょ。優成君はイケメンの王子様で、小林はガリ勉で変わり者で……。けれど茜は知っている。その変わり者の声が甘く蕩けたようになることも、瞳が天の川のようにきらめくことも。
 どちらに視線を向ければいいのか分からず、茜は紫苑を見やった。紫苑の眼差しは、笑みを浮かべた優成へ注がれていた。

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