すばる君♡BIIIIG LOVE!!!

野中にんぎょ

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バラ色の日々から急転直下

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「七時から予約してた矢部ですっ」
 もう五年も通い詰めているヘアサロン。二十席を擁する大型店舗にも関わらず、店長から新人まで睦月を知らないスタッフはいない。
「むっちゃ~ん。先月ぶり!元気してたあ?」
「してたしてたあ。知里ちゃん、なんかお肌ツヤツヤじゃない!?しあわせオーラ出てる!」
「え~?むっちゃんの方がツヤツヤじゃない?ほっぺに光の玉が浮いてるよ?」
「そ~なの!毎日しあわせ!昴君のおかげで!」
 サロンのドアをくぐるとレセプションの女の子でなく深瀬知里ふかせちりが睦月の元へ飛んで来た。知里は昴の同僚のヘアスタイリストで、顎のラインで切りそろえたボブカットがよく似合うモード系女子だ。五年来の付き合いになる二人は手と手を取って一か月ぶりの再会を喜んだ。
 知里とはしゃいでいると、背後から現れた昴が睦月の旋毛をぺしんと叩いた。「いた~い!昴君、なんで叩くのお」旋毛を両手で押さえながらも、睦月はにやにやが止まらない。黒革のシザーケースを腰掛けにした昴をうっとりと見つめれば「むっちゃんは相変わらず奥泉君が大すきだねえ」と知里にからかわれてしまった。
「今日はどーされますか」
「おまかせでお願いします!昴君のすきな感じにしてくださいっ!」
「ハードル高えな。おまかせって言う人が一番おまかせじゃねえんだよな」
 スタイリングチェアに座り、鏡越しに昴と言葉を交わす。睦月の言葉に珍しく昴が目元を緩ませた。さらさらと地肌に触れる指先が心地いい。睦月は背筋を緊張させた。めったに触れてもらえないから、嬉しいけれど恥ずかしい。
「だ、だって昴君にかっこいいって思われたいし!」
「ふは。俺にかっこよく見られたいんだ?」
「う、そりゃ、僕、こんなんだけど……、ちょっとでも昴君の好みに近づきたいんだもんっ!」
「髪色どーする?ブルーグレーとかは?こんだけ綺麗に色抜けてるから透明感出るのは間違いない」
「じゃあそれで!昴君のおすすめが一番間違いないもん」
 羞恥心を振り切ろうと空元気を出す。鏡越しに昴と何度も視線がかち合ってしまい、睦月はとうとう俯いてしまった。睦月はタウン誌を読みふけるふりをしながらカラーブラシを動かしている昴を盗み見た。真剣な眼差しで仕事をしている彼を見ていると睦月の胸が温かくなった。昴がこうして生き生きと輝いている日々こそが、睦月の何よりの望みだ。
 硝子の向こうの街並みには夕闇が落ちていて、客足の落ち着いた店内でこうしていると、この世界に昴と二人きりになったような気がしてくる。睦月はやっと緊張をほどいて雑誌を手元から下ろした。
「昴君の手って、優しくて、あったかいよね」
「は?なに、いきなり」
 カラー剤を塗布した頭部にラップを巻かれながら睦月は瞼を下ろした。
「この前はああやって怒っちゃったけど、お客さんが昴君のことすきになっちゃうの分かるよ。こんなに優しく触れられたら、気持ちよくって、安心しちゃって、すぐにすきになっちゃう……」
 七時からヘアサロンに来るために家や店のことを前倒しで済ませたからか、ふわふわと眠気がやってくる。昴が何か言いたげにしているような雰囲気があったのだけれど、彼の気配はいつの間にか離れて、睦月はその場に取り残された。浅いまどろみの中で二十分が過ぎ、睦月はラップがはがされる音で目覚めた。
「あ、やだ、寝ちゃってた」
「いいよ。疲れてるんでしょ」
 髪の染まり具合を見つつそんな言葉を返してくれる昴。優しげな言葉が返ってくるのも久々で、睦月は頬をかっと熱くした。が、昴は背後に居た知里に指示を出し「ちょっと別のお客さんしてくる。カットと仕上げは俺がするから」と鏡の中からいなくなってしまった。「うん、頑張ってね」睦月も慣れた様子で昴を送り出す。
「昴君、人気だね~」
「うん、最近ますます指名が増えて。読者モデルのお客さんのSNSから火がついちゃったみたい。シャンプー台どうぞ~」
 シャンプー台に移動する際にちらりと昴を見やれば、彼はロングヘアの女の子と鏡越しにおしゃべりしていた。それを見つめている内に目元へフェイスガーゼが掛けられた。視界が閉ざされ、睦月はどこかほっとした気持ちになった。
「あんまり指名が多いもんだから、店長は奥泉君が独立しちゃうんじゃないかってハラハラしてる」
「そうなんだ。僕、来る頻度減らさなきゃ。昴君の負担になっちゃうし」
「ええ!?むっちゃん来ないと私が寂しい!……この際、私に乗り換えちゃう?この髪、一回カットしてみたいんだよね~。このくせっ毛具合と髪質が絶妙にマッチしてるの!私、真っ直ぐな髪よりもむっちゃんみたいな髪の方が好きだな」
 トリートメントを流されつつ、睦月は「それいいかも」と声を明るくした。「えっ、いいの、奥泉君じゃなくて」知里がぎょっとしたような声を出す。タオルドライを終えシャンプー台がゆっくりと起き上がり、睦月は「全然いいよお」と笑った。
「僕は昴君が働いてるとこ見られたらそれで十分だもん!この後のカットもお願いしよっかな?出来る?知里ちゃんなら安心できるし、昴君忙しそうだし」
「おい」
 ぱっと取られるフェイスガーゼ。睦月が瞳を瞬かせると、目の前には眉を吊り上げた昴が立っていた。
「なに勝手なこと言ってんの。わがまま言ってスタッフ困らせんな」
「ご、ごめんなさい。そんなつもりはなかったの」
 知里は慌てて二人の間に割って入り「ごめん、私がむっちゃんに気軽に提案しちゃって、それで」と睦月を庇った。が、昴は「深瀬、もういいから下がって」と知里を下がらせてしまった。
「お前が思ってる通り、俺、時間ないから。あっちの椅子早く戻って」
 離れた場所から「ごめんね」と両手を合わせたジェスチャーをする知里に「大丈夫」と片手を振り元の椅子へ。不機嫌オーラはバンバン出ていたけれど、髪に触れる昴の指先は優しい。軽くカットしただけなのに、くるくるのくせ毛が見る間にパーマ風に。透明感のあるブルーグレーに染まった髪は照明に当たるとチカチカと輝いていた。前髪を上げたセットをしてもらい、睦月は眉を八の字にした。僕、三十一歳なんだけど、おでこ見せて大丈夫なんだろうか。
「僕、さざんくろすで昴君がお店上がるの待ってるねっ。上がったら連絡ちょうだい。一緒に帰ろう」
「待たなくていいから。先に家に帰ってて」
「いいよ。明日の仕込みしながら待ってるから、きっと連絡してね」
 代金を払い終えると、昴はお釣りをトレイに置いて何も言わずに行ってしまった。知里はそんな昴の背中を気にしつつ睦月の傍に駆け寄った。
「ごめんね、むっちゃん」
「いいのいいの。お腹空いて不機嫌になっちゃってるだけだと思うから。それよりも、これ」
 昼間に焼いたブルーベリーのタルトを人数分ラッピングしたものを知里に渡す。「昴君をこれからもお願いします。店長さんにもよろしくお伝えください」睦月は知里に深々と頭を下げ、店を後にした。螺旋階段を下りて店を見上げると、硝子の向こうではあのロングヘアの女の子と昴が鏡越しに笑い合っていた。
 いいもん。あんなの、うその昴君だもん……。
 睦月は俯いて溜息を吐き、さざんくろすに戻ることにした。
 一つだけ明かりの点いた厨房で明日の仕込みをしたり掃除をしたり新メニューを考案したり。チクタクと進む時計は十時を過ぎて、とうとう十一時を回ってしまった。……さすがに遅すぎる。睦月は居ても立ってもいられなくなりGPSのアプリケーションを起動した。
「AUBEの駐車場……?」
 マップ上の彼は勤めるサロンの従業員駐車場に留まっている。嫌な予感がして、睦月はパーカーを羽織り店を飛び出した。
 嫌な予感は的中した。物陰からそうと駐車場を覗いてみれば、昴がボブヘアの女の子に縋りつかれていた。彼女はひどく興奮し、昴の両腕を掴んで何度も揺さぶっていた。
「な……で、わ……、つ……!」
 切れ切れに聞こえる金切り声は甲高い上に不明瞭で聞き取れず、この状況をより悲惨なものにさせていた。サロンの客だからだろうか、こんなことになっていても昴は彼女を振り切ろうとしない。僕が昴君を助けなきゃ!睦月は無我夢中で昴の元へ駆けつけた。
「すばるくんっ!」
 駆けながら叫べば、昴はハッとこちらを振り返って先ほどよりも表情を強張らせた。女の子は思うよりずっと綺麗な顔立ちをしていて、だからこそ度を失った彼女の表情はこちらが動じてしまうほど鬼気迫っていた。
「昴君を離してっ!」
 睦月は彼女の手を掴み昴の腕から振りほどいた。一瞬の隙を見て昴と女の子の間に割って入り「警察呼びますよ!」と声を張り上げて一喝する。
「あ……な……か」
 がくんと俯いた女の子は何かを繰り返し呟いている。足元におぞけが這い寄り、次に彼女の瞳に捕らえられると、睦月はそこから動けなくなってしまった。
「なんであんたみたいなヤツが奥泉さんと付き合ってんの!?あんたなんか奥泉さんにふさわしくない!」
 正面から憤りををぶつけられ、睦月は息を詰めた。ここで負けたら矛先が昴に戻ってしまう。睦月はぐっと拳を握り込み、大きく息を吸った。……が、唇は動いてくれない。自分は彼女に何と言おうとしたのだろうか。喉の震えが全身に伝播したところで、女の子はさっとスカートを翻して闇の向こうへと去って行った。
「あ……」
 睦月は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。服の下から額から、たらたらと冷たい汗が伝い、自分がひどく張りつめていたことを知る。……ああ、でも、これでよかったんだ、昴君は無事で――。そう思って気を緩め、彼を振り返ったその時だった。
「何してんだよ、お前」
 あ、だめだ。僕、だめなことしちゃったんだ。
 青筋を立てている昴を見て、睦月はすぐに自身の行いを省みた。
「帰ってろって言っただろ!」
「ごめんなさい、昴君、僕、勝手に」
「店のスタッフでもねえのに、客とのトラブルに首突っ込んでんじゃねえよ!」
 夜闇で愛しい人から怒鳴られ、睦月はこれ以上なく身を竦ませた。熱く歪んだ視界が、アスファルトに点々と散った。
「もうお前、俺の仕事に首突っ込むな。客に嫉妬するとことか、職場のスタッフに絡むとことか、過干渉なとことか、いい加減うざいんだよ」
「すばるくん」
「客とのことに首突っ込むなら、俺の仕事に必要以上に絡んで来るなら、お前とは別れる」
 別れる?
 睦月の頭の中でその一言が膨らみ破裂した。……別れる?昴君と僕が……?
 目の前がぐにゃりと崩れ、睦月はぶるぶると震えた。「や、やだ」うち震えた声で現実を拒否し頭を振り立てる。次々あふれる涙で視界はマーブル模様になり、愛しい昴まで飲み込んでしまった。
「やだじゃねえよ。また今日みたいなことになったらマジで別れるから」
 一度ならず二度までも言い含めてくる昴の声は冴え冴えとしている。昴君、本気なんだ。睦月はその場にへたり込んだまま蹲り、声が枯れるまで泣きじゃくった。……どれくらいそうしていただろう。気が付くと、昴も、昴の車もいなくなっていて、まっさらな駐車場を白い光が照らし出していた。おもむろに腕時計を確認する。……午前四時。
 帰らなくっちゃ。ご飯、作らなくっちゃ。
 ふらふらと起き上がり、睦月は店のつっかけのまま自宅のマンションへと向かった。「別れるから」どんなに真新しく美しい光に包まれても、その言葉は呪いのように、睦月の脳裏にこびりついたままだった。


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