6 / 14
労りの一夜、思わぬ一夜
しおりを挟む
風呂から出てソファーでアイスを摘まんでいるところにインターホンが鳴る。睦月はアイスそっちのけで玄関に飛んで行った。
「昴君っ。おかえりなさい。会いたかったよお~!」
お疲れ気味でも華麗にハグをスルーする昴。「おかえり!おかえりなさい!昴君おかえりなさいっ」「はいはい」昴は纏わりつく睦月をいなしながらソファーに直行し倒れ込む。睦月は”昴君お疲れ様セット”を手に昴の傍へ。
「お肌荒れちゃうからメイク落とすね」
瞼を下ろしている彼の前髪を払い、二枚重ねにしたクレンジングシートを優しく置くように滑らせる。メイクが落ちたのを確認して蒸しタオルを当て、化粧水をたっぷり含ませたコットンで優しくふき取る。
カラー剤で荒れがちな手には皮膚科で処方してもらった保湿クリーム。指先から手のひら、指の股までしっかりと潤いをまぶす。手をケアしてもまだ瞼は下りたまま。睦月は机の上のアイスを片付け、昴の部屋から持って来た毛布を彼の身体にそっと掛けた。……ふと、昴の瞼が上がり睦月を見つめた。
「昴君、おやすみなさい」
囁いて頬にキスしても、昴は睦月を見つめ続けた。睦月はなんだか困ってしまって「お腹が減って眠れないの?ご飯用意しようか?」と言葉を重ねた。が、その検討は外れていたようで、昴は視線を下げて項を摩った。
「あのさー……、言い忘れてたんだけど、週末に友達と飲み行こうかって言ってて」
「ともだち」
「うん。だから土曜日は晩飯いらないから」
いつもなら「飲み!?誰が来るの!?友達って、男の子!?それとも女の子!?」と詰め寄るところを、睦月はぎゅっと堪えた。「仕事以外のお酒の場には行かないで!」という一言も、ごっくんと飲み込んだ。
「うん。分かった。楽しんで来てね。教えてくれてありがとう」
そう囁き、もう一度昴の頬にキスを落とす。昴はしばらく睦月を見つめていたけれど「おやすみ」とだけ呟いて寝息を立て始めた。
昴の寝顔を見つめ、睦月はもう一度心に誓った。変わる。僕は、生まれ変わるんだ。
……とは言ったものの。
「はあ~あ……」
土曜日の夕方、閉店後のさざんくろす。明日のモーニングの為に蒸かしたじゃがいもを潰しながら睦月は溜息を吐いた。時計を見やれば時刻は午後九時。今頃昴は「友達」とやらに囲まれて楽しくお酒を飲んでいるのだろうか。
ちょっと、心配。いや、かなり心配だ。
昴はただ見た目がかっこいいだけじゃない。物静かで雰囲気があるのに芯が強く、それでいてやや抜けた一面もある。女心をくすぐるための武器を内面にも山のように潜ませているのだ。昴の口端についたご飯粒や焼き鳥のタレを見て、その場に居る女の子たちは舌なめずりをするだろう。
睦月はいらいらしたりしょげたりしながら明日の準備に精を出した。……コンコン。音のした丸窓の方を見やれば、源城が紙袋を掲げてこちらに笑いかけている。
「源城君!やだ、どうしたの?入って入って!」
「ふふ、良いワインが手に入って。お酒の大好きな誰かさんと飲みたくてね」
「ええ~!?いいの!?ミヒャはおうち?お留守番?」
「飼い主もたまには息抜きさせてもらわないと。若い大型犬の世話は大変なんだ。君も分かるだろ?」
二人でカウンターに即席のつまみをならべ、コーヒーカップになみなみとワインを注ぐ。オリーブを摘まみ辛口の白ワインをあおると鬱々としていた睦月の心に光が差し込んだ。
「源城君が来てくれてよかった。さっきまでひどい気分だったの」
「スバルと何かあったのかい?」
「何かあったっていうか、僕が自然発生させちゃうっていうか……」
源城というこれ以上ないクッション材を得た睦月は怒涛のように抱えていた不安をぶちまけた。カルテを消されたことが本当はショックだったこと、昴に詳しく訳を訊きたかったのにそう出来なかったこと、その昴が今日は友人と飲みに出ていること、快諾したつもりなのに昴が心配でずっとモヤモヤしていること、今すぐに生まれ変わりたいのにそう出来ない自分に腹が立つこと……。白ワインとチーズを交互に口に含みつつ、睦月の親友は実に親身に話を聞いてくれた。
「君はそのままでいい、という言葉を贈りたいけれど……。人間、そう簡単には変われないさ。大切なのは変わることではなく、変わろうとする勇気を持ち努力し続けることだよ。君がスバルを深く愛しているからこそ出来ることだ。親友として君を誇りに思うよ。きっと後から結果がついて来るさ」
親友の言葉に睦月は心を打たれた。「源城君~!」「おいで親友。不安ごと君を抱きしめてあげる」酔いも手伝い、二人はひしと抱き合った。
「このお店もさあ、再開するって決めた時は親戚中に大反対されて。その時もこうやって源城君に泣きついたよね」
「あの時は国際電話だったけどね。……そら。ボクの見立て通りじゃないか。ものの三年でこんなにも愛される店になってる」
肩を組んだまま身を寄せ合い、睦月は照れた表情を隠したくてカップの水面を見つめた。
「スバルはそのとき応援してくれた?もうその頃には恋人同士だったんだろう?」
当時を思い起こし、睦月は噴き出した。
「昴君はね、うーん……。応援……してくれたかな?彼なりに。応援って言うか、すっごいお尻叩いてきて。僕もそれで火がついちゃって」
小首を傾げる源城に睦月は目を細めながらワインを勧めた。
――うじうじうじうじ、うざい。そうやってる暇あんなら、やることやったらどうなの?
祖父との思い出の場所を失くしたくない。その一心で店を継ぐことを決めた睦月だったが、両親をはじめとし親戚中から大反対された。「自営業を甘く見てる」「あんな古い店、続けたところで一文の得にもならない」「病気が治ったのなら就職活動でもしたらどうなんだ」好き放題に言われ、繊細さゆえに家に閉じこもってしまった睦月を布団から放り出したのが昴だった。
――店を始めるなら、やること山ほどあんだろ。なのに、何もせずに理想だけ描いてるからそう言われるんだよ。反対されて当然だろ。
文字通り足蹴にされながら外に放られ、けれど睦月はハッとした。元来の猪突猛進モードも手伝って、そこから三か月の間に喫茶店の開業に必須となる資格を取得。更には一年と半年をかけて夜間の調理師学校に通い調理師免許を、カフェでアルバイトしながらコーヒーマイスターやバリスタライセンスを取得した。
あまりの熱中ぶりに、けしかけた昴でさえ目を点にしていた。睦月の熱意にいつしか両親も押し負け、ものの二年で「さざんくろす」の再開にこぎつけた。
――お前、意外と根性あるじゃん。
二年間ずっと傍で見守ってくれていた昴の一言は、今でも睦月の心の真ん中に残っている。「頑張れ」とか「無理しないで」とか、そんな励ましや気遣いは一切ない。けれど、ずっと目を離さないでいてくれた。昴の眼差しがあったから、一心に前へと進んでいくことが出来た。
当時のことを思い出すだけで心がじんとする。いつのまにか胸の靄も晴れ、睦月は面を上げた。
「ああ、なんだか、心が軽くなった。本当は飲みに行って欲しくなかったの。でも、昴君に必要以上に干渉しないって、決めたから……。GPSのアプリも消してしまったし、自分を安心させる材料が何一つなくて」
「君の不安を拭えるならいくらでも話を聞くさ。君が本当に生まれ変われるまで、抱えている不安をボクにぶつけて発散するといい」
「源城君~。そんなこと言っていいの~?僕、夜だって朝だって連絡しちゃうかもよ」
嬉しくてむず痒く、睦月は肘で源城をつつきながら軽口を叩いた。けれど源城は至って真剣な面持ちで「君の為ならそのくらい何の負担でもないよ」と軽口に見せた強がりをいなした。
思わぬ訪問者に優しく夜が更けていく。結局、白ワインを一本、シャンパンのハーフボトルを一本二人で空けて、深夜にならない内に二人は店の前で別れた。軽くなった心と身体を弾ませて星空の下を行く。友達って、なんて心強いんだろう。
「ただいまあ」
誰もいない部屋で明日の朝食の下準備に取り掛かる。塩水を張ったボウルにシジミを入れてアルミホイルで蓋をし、水を入れたお鍋に出汁昆布をつけておく。早朝五時に二合炊けるように炊飯器をセットし、昴の為に買ったミネラルウォーターを台所の上に出しておく。
明日の昴の為の準備をすると、睦月は心から落ち着くことが出来た。いつもより熱めのお湯をたっぷりと浴槽に張り、砂抜きされるシジミの気分で長風呂する。リビングに布団を敷き横たえると、心地いい疲労感に包まれた。このマンションの一室には、昴の部屋はあっても睦月の部屋はない。それでも、自分に出せる精一杯のお金で借りられたこの一室が、睦月にとっての愛の巣だ。
布団の中でころころしながら睡魔を待っていると、玄関の鍵がカチャンと音を立てた。睦月は頬を緩めた。昴君、日付が変わる前に帰って来てくれたんだ。
廊下が昴の足取りに軋む。疲れているだろうから今日は声を掛けずにこのまま眠ろう。寝返りを打って瞼を下ろした次の瞬間、リビングのドアが開いた。
電気も点けずにミネラルウォーターを傾ける昴。酔っているのか、動作はいつもより緩慢だ。……睦月は再び何かに気が付いた。昴の服から香る、知らない匂い。果実と花の甘ったるい香り……。
まさか、女の子と飲んでたの?睦月の眉間に皺が寄り始めた、その時だった。
「ただいま」
掛布団がはぐられ、小さな「ただいま」と共にシングルサイズの敷布団に昴が横たわった。
え……?え?えっ?
感じたばかりの嫉妬も怒涛のような混乱に飲み込まれ、睦月は見る間に面を熱くした。背中越しに昴の熱を感じる。熱い手のひらが酔っ払い特有の無遠慮さで睦月の身体に触れ、パジャマの下へと潜っていく。
「わ、す、すばるくん」
「やっぱり起きてた」
低い声音が睦月の耳殻をくすぐる。狸寝入りしていたことを咎めるように後ろからきつく抱き寄せられ、睦月の背筋が熱く固くなった。
「昴君、酔ってるの?」
「そりゃあね」
先ほどの甘い香りが鼻をかすめて、けれどもう睦月は嫉妬どころではなくなってしまった。首筋に熱い唇が落ち、肌を食まれる。腹の辺りをまさぐっていた手はそのまま胸まで這うように上がり、薄紅色の突起をくにくにと摘まんだ。久しぶりに素肌に、それも性的な意味をもって触れられて、睦月はぎゅっと丸くなりこれ以上の性感を拒んだ。
「なに?だめなの?」
「ごめん、お腹の中、きれいにしてないから……」
「出来るとこまででいいよ」
顎を引き寄せられ唇にちゅっちゅっと啄むようなキスが降って来る。睦月は身を捩って昴の唇を避けたが、前開きのパジャマはいつの間にか寛げられ、身体は昴に組み敷かれていた。「すばるくん」自分でも情けないほどうち震えた声が出て、なのに昴は目を細めてうっすらと微笑んでいる。裸の肩にキスがいくつも落ちて来て、睦月はぶるぶると頭を振った。
「お前、酒くさ。今日も飲んだの?」
「う~……、昴君の方がお酒の匂いするもん。酔ってるんだよ、大人しく横になってて、僕、ソファーで寝るから……」
布団から出て行こうとする睦月の腕を昴がぱっと掴んだ。昴の大きい手のひらは熱っぽく湿っていて、睦月は途端に身動きがとれなくなってしまった。
「一人で家で飲んだの?」
「さざんくろすで源城君と……」
暗闇の中で昴の瞳がチカリと光った。「ああ、あの、ドイツ帰りのお友達ね」言いながらも、手のひらはパンツの中まで押し入り尻臀をぐにりと掴んでしまう。睦月は慌てて昴の胸を押し返した。
「う、後ろ、久しぶりだから、使えないかも、柔らかくならないかも、全部入らないかも」
「どれだけ久しぶりでもいつもちゃんと奥まで開くじゃん。……なに?マジでやりたくないの?やりたくないならそう言えよ」
セックスなんてものからは、二人はずいぶんと遠ざかっていた。昴は性に淡泊で、一か月に一度誘われればいい方だ。今日のお誘いなど二か月ぶりのこと。求められて嬉しいのに、戸惑いが勝る。ただただ恥ずかしい。こんなにも愛している人に裸を見られるなんて、欲望に直接触れられてしまうなんて。
黙りこくってしまった睦月を、昴はあっという間に暴いた。昴の予言通り、どれだけ久しぶりでも睦月の身体は昴の与える性感を全て歓迎し、奥まで柔らかく開いて彼を迎え入れた。涙を滲ませながら吐息と声を押し殺している睦月を昴は笑った。
「ほら、奥まで入った。全部入った」
結合部に手を誘導され、根元までくわえ込んでいることを確認させられる。睦月は頭を振り立て唇を噛んだ。
「お前ってホント、セックス嫌いな」
呆れたように言われたが、睦月は揺さぶられてまともに思考出来ず、ただただ襲い来る性感に耐えるだけ。シーツを握りしめて震える睦月に宥めるような口づけが落ちて来る。その仕種は、彼に纏わりついた香水よりもずっと甘ったるかった。
「昴君っ。おかえりなさい。会いたかったよお~!」
お疲れ気味でも華麗にハグをスルーする昴。「おかえり!おかえりなさい!昴君おかえりなさいっ」「はいはい」昴は纏わりつく睦月をいなしながらソファーに直行し倒れ込む。睦月は”昴君お疲れ様セット”を手に昴の傍へ。
「お肌荒れちゃうからメイク落とすね」
瞼を下ろしている彼の前髪を払い、二枚重ねにしたクレンジングシートを優しく置くように滑らせる。メイクが落ちたのを確認して蒸しタオルを当て、化粧水をたっぷり含ませたコットンで優しくふき取る。
カラー剤で荒れがちな手には皮膚科で処方してもらった保湿クリーム。指先から手のひら、指の股までしっかりと潤いをまぶす。手をケアしてもまだ瞼は下りたまま。睦月は机の上のアイスを片付け、昴の部屋から持って来た毛布を彼の身体にそっと掛けた。……ふと、昴の瞼が上がり睦月を見つめた。
「昴君、おやすみなさい」
囁いて頬にキスしても、昴は睦月を見つめ続けた。睦月はなんだか困ってしまって「お腹が減って眠れないの?ご飯用意しようか?」と言葉を重ねた。が、その検討は外れていたようで、昴は視線を下げて項を摩った。
「あのさー……、言い忘れてたんだけど、週末に友達と飲み行こうかって言ってて」
「ともだち」
「うん。だから土曜日は晩飯いらないから」
いつもなら「飲み!?誰が来るの!?友達って、男の子!?それとも女の子!?」と詰め寄るところを、睦月はぎゅっと堪えた。「仕事以外のお酒の場には行かないで!」という一言も、ごっくんと飲み込んだ。
「うん。分かった。楽しんで来てね。教えてくれてありがとう」
そう囁き、もう一度昴の頬にキスを落とす。昴はしばらく睦月を見つめていたけれど「おやすみ」とだけ呟いて寝息を立て始めた。
昴の寝顔を見つめ、睦月はもう一度心に誓った。変わる。僕は、生まれ変わるんだ。
……とは言ったものの。
「はあ~あ……」
土曜日の夕方、閉店後のさざんくろす。明日のモーニングの為に蒸かしたじゃがいもを潰しながら睦月は溜息を吐いた。時計を見やれば時刻は午後九時。今頃昴は「友達」とやらに囲まれて楽しくお酒を飲んでいるのだろうか。
ちょっと、心配。いや、かなり心配だ。
昴はただ見た目がかっこいいだけじゃない。物静かで雰囲気があるのに芯が強く、それでいてやや抜けた一面もある。女心をくすぐるための武器を内面にも山のように潜ませているのだ。昴の口端についたご飯粒や焼き鳥のタレを見て、その場に居る女の子たちは舌なめずりをするだろう。
睦月はいらいらしたりしょげたりしながら明日の準備に精を出した。……コンコン。音のした丸窓の方を見やれば、源城が紙袋を掲げてこちらに笑いかけている。
「源城君!やだ、どうしたの?入って入って!」
「ふふ、良いワインが手に入って。お酒の大好きな誰かさんと飲みたくてね」
「ええ~!?いいの!?ミヒャはおうち?お留守番?」
「飼い主もたまには息抜きさせてもらわないと。若い大型犬の世話は大変なんだ。君も分かるだろ?」
二人でカウンターに即席のつまみをならべ、コーヒーカップになみなみとワインを注ぐ。オリーブを摘まみ辛口の白ワインをあおると鬱々としていた睦月の心に光が差し込んだ。
「源城君が来てくれてよかった。さっきまでひどい気分だったの」
「スバルと何かあったのかい?」
「何かあったっていうか、僕が自然発生させちゃうっていうか……」
源城というこれ以上ないクッション材を得た睦月は怒涛のように抱えていた不安をぶちまけた。カルテを消されたことが本当はショックだったこと、昴に詳しく訳を訊きたかったのにそう出来なかったこと、その昴が今日は友人と飲みに出ていること、快諾したつもりなのに昴が心配でずっとモヤモヤしていること、今すぐに生まれ変わりたいのにそう出来ない自分に腹が立つこと……。白ワインとチーズを交互に口に含みつつ、睦月の親友は実に親身に話を聞いてくれた。
「君はそのままでいい、という言葉を贈りたいけれど……。人間、そう簡単には変われないさ。大切なのは変わることではなく、変わろうとする勇気を持ち努力し続けることだよ。君がスバルを深く愛しているからこそ出来ることだ。親友として君を誇りに思うよ。きっと後から結果がついて来るさ」
親友の言葉に睦月は心を打たれた。「源城君~!」「おいで親友。不安ごと君を抱きしめてあげる」酔いも手伝い、二人はひしと抱き合った。
「このお店もさあ、再開するって決めた時は親戚中に大反対されて。その時もこうやって源城君に泣きついたよね」
「あの時は国際電話だったけどね。……そら。ボクの見立て通りじゃないか。ものの三年でこんなにも愛される店になってる」
肩を組んだまま身を寄せ合い、睦月は照れた表情を隠したくてカップの水面を見つめた。
「スバルはそのとき応援してくれた?もうその頃には恋人同士だったんだろう?」
当時を思い起こし、睦月は噴き出した。
「昴君はね、うーん……。応援……してくれたかな?彼なりに。応援って言うか、すっごいお尻叩いてきて。僕もそれで火がついちゃって」
小首を傾げる源城に睦月は目を細めながらワインを勧めた。
――うじうじうじうじ、うざい。そうやってる暇あんなら、やることやったらどうなの?
祖父との思い出の場所を失くしたくない。その一心で店を継ぐことを決めた睦月だったが、両親をはじめとし親戚中から大反対された。「自営業を甘く見てる」「あんな古い店、続けたところで一文の得にもならない」「病気が治ったのなら就職活動でもしたらどうなんだ」好き放題に言われ、繊細さゆえに家に閉じこもってしまった睦月を布団から放り出したのが昴だった。
――店を始めるなら、やること山ほどあんだろ。なのに、何もせずに理想だけ描いてるからそう言われるんだよ。反対されて当然だろ。
文字通り足蹴にされながら外に放られ、けれど睦月はハッとした。元来の猪突猛進モードも手伝って、そこから三か月の間に喫茶店の開業に必須となる資格を取得。更には一年と半年をかけて夜間の調理師学校に通い調理師免許を、カフェでアルバイトしながらコーヒーマイスターやバリスタライセンスを取得した。
あまりの熱中ぶりに、けしかけた昴でさえ目を点にしていた。睦月の熱意にいつしか両親も押し負け、ものの二年で「さざんくろす」の再開にこぎつけた。
――お前、意外と根性あるじゃん。
二年間ずっと傍で見守ってくれていた昴の一言は、今でも睦月の心の真ん中に残っている。「頑張れ」とか「無理しないで」とか、そんな励ましや気遣いは一切ない。けれど、ずっと目を離さないでいてくれた。昴の眼差しがあったから、一心に前へと進んでいくことが出来た。
当時のことを思い出すだけで心がじんとする。いつのまにか胸の靄も晴れ、睦月は面を上げた。
「ああ、なんだか、心が軽くなった。本当は飲みに行って欲しくなかったの。でも、昴君に必要以上に干渉しないって、決めたから……。GPSのアプリも消してしまったし、自分を安心させる材料が何一つなくて」
「君の不安を拭えるならいくらでも話を聞くさ。君が本当に生まれ変われるまで、抱えている不安をボクにぶつけて発散するといい」
「源城君~。そんなこと言っていいの~?僕、夜だって朝だって連絡しちゃうかもよ」
嬉しくてむず痒く、睦月は肘で源城をつつきながら軽口を叩いた。けれど源城は至って真剣な面持ちで「君の為ならそのくらい何の負担でもないよ」と軽口に見せた強がりをいなした。
思わぬ訪問者に優しく夜が更けていく。結局、白ワインを一本、シャンパンのハーフボトルを一本二人で空けて、深夜にならない内に二人は店の前で別れた。軽くなった心と身体を弾ませて星空の下を行く。友達って、なんて心強いんだろう。
「ただいまあ」
誰もいない部屋で明日の朝食の下準備に取り掛かる。塩水を張ったボウルにシジミを入れてアルミホイルで蓋をし、水を入れたお鍋に出汁昆布をつけておく。早朝五時に二合炊けるように炊飯器をセットし、昴の為に買ったミネラルウォーターを台所の上に出しておく。
明日の昴の為の準備をすると、睦月は心から落ち着くことが出来た。いつもより熱めのお湯をたっぷりと浴槽に張り、砂抜きされるシジミの気分で長風呂する。リビングに布団を敷き横たえると、心地いい疲労感に包まれた。このマンションの一室には、昴の部屋はあっても睦月の部屋はない。それでも、自分に出せる精一杯のお金で借りられたこの一室が、睦月にとっての愛の巣だ。
布団の中でころころしながら睡魔を待っていると、玄関の鍵がカチャンと音を立てた。睦月は頬を緩めた。昴君、日付が変わる前に帰って来てくれたんだ。
廊下が昴の足取りに軋む。疲れているだろうから今日は声を掛けずにこのまま眠ろう。寝返りを打って瞼を下ろした次の瞬間、リビングのドアが開いた。
電気も点けずにミネラルウォーターを傾ける昴。酔っているのか、動作はいつもより緩慢だ。……睦月は再び何かに気が付いた。昴の服から香る、知らない匂い。果実と花の甘ったるい香り……。
まさか、女の子と飲んでたの?睦月の眉間に皺が寄り始めた、その時だった。
「ただいま」
掛布団がはぐられ、小さな「ただいま」と共にシングルサイズの敷布団に昴が横たわった。
え……?え?えっ?
感じたばかりの嫉妬も怒涛のような混乱に飲み込まれ、睦月は見る間に面を熱くした。背中越しに昴の熱を感じる。熱い手のひらが酔っ払い特有の無遠慮さで睦月の身体に触れ、パジャマの下へと潜っていく。
「わ、す、すばるくん」
「やっぱり起きてた」
低い声音が睦月の耳殻をくすぐる。狸寝入りしていたことを咎めるように後ろからきつく抱き寄せられ、睦月の背筋が熱く固くなった。
「昴君、酔ってるの?」
「そりゃあね」
先ほどの甘い香りが鼻をかすめて、けれどもう睦月は嫉妬どころではなくなってしまった。首筋に熱い唇が落ち、肌を食まれる。腹の辺りをまさぐっていた手はそのまま胸まで這うように上がり、薄紅色の突起をくにくにと摘まんだ。久しぶりに素肌に、それも性的な意味をもって触れられて、睦月はぎゅっと丸くなりこれ以上の性感を拒んだ。
「なに?だめなの?」
「ごめん、お腹の中、きれいにしてないから……」
「出来るとこまででいいよ」
顎を引き寄せられ唇にちゅっちゅっと啄むようなキスが降って来る。睦月は身を捩って昴の唇を避けたが、前開きのパジャマはいつの間にか寛げられ、身体は昴に組み敷かれていた。「すばるくん」自分でも情けないほどうち震えた声が出て、なのに昴は目を細めてうっすらと微笑んでいる。裸の肩にキスがいくつも落ちて来て、睦月はぶるぶると頭を振った。
「お前、酒くさ。今日も飲んだの?」
「う~……、昴君の方がお酒の匂いするもん。酔ってるんだよ、大人しく横になってて、僕、ソファーで寝るから……」
布団から出て行こうとする睦月の腕を昴がぱっと掴んだ。昴の大きい手のひらは熱っぽく湿っていて、睦月は途端に身動きがとれなくなってしまった。
「一人で家で飲んだの?」
「さざんくろすで源城君と……」
暗闇の中で昴の瞳がチカリと光った。「ああ、あの、ドイツ帰りのお友達ね」言いながらも、手のひらはパンツの中まで押し入り尻臀をぐにりと掴んでしまう。睦月は慌てて昴の胸を押し返した。
「う、後ろ、久しぶりだから、使えないかも、柔らかくならないかも、全部入らないかも」
「どれだけ久しぶりでもいつもちゃんと奥まで開くじゃん。……なに?マジでやりたくないの?やりたくないならそう言えよ」
セックスなんてものからは、二人はずいぶんと遠ざかっていた。昴は性に淡泊で、一か月に一度誘われればいい方だ。今日のお誘いなど二か月ぶりのこと。求められて嬉しいのに、戸惑いが勝る。ただただ恥ずかしい。こんなにも愛している人に裸を見られるなんて、欲望に直接触れられてしまうなんて。
黙りこくってしまった睦月を、昴はあっという間に暴いた。昴の予言通り、どれだけ久しぶりでも睦月の身体は昴の与える性感を全て歓迎し、奥まで柔らかく開いて彼を迎え入れた。涙を滲ませながら吐息と声を押し殺している睦月を昴は笑った。
「ほら、奥まで入った。全部入った」
結合部に手を誘導され、根元までくわえ込んでいることを確認させられる。睦月は頭を振り立て唇を噛んだ。
「お前ってホント、セックス嫌いな」
呆れたように言われたが、睦月は揺さぶられてまともに思考出来ず、ただただ襲い来る性感に耐えるだけ。シーツを握りしめて震える睦月に宥めるような口づけが落ちて来る。その仕種は、彼に纏わりついた香水よりもずっと甘ったるかった。
29
あなたにおすすめの小説
泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。
ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。
高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。
そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。
文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
若頭の溺愛は、今日も平常運転です
なの
BL
『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』続編!
過保護すぎる若頭・鷹臣との同棲生活にツッコミが追いつかない毎日を送る幼なじみの相良悠真。
ホットミルクに外出禁止、舎弟たちのニヤニヤ見守り付き(?)ラブコメ生活はいつだって騒がしく、でもどこかあったかい。
だけどそんな日常の中で、鷹臣の覚悟に触れ、悠真は気づく。
……俺も、ちゃんと応えたい。
笑って泣けて、めいっぱい甘い!
騒がしくて幸せすぎる、ヤクザとツッコミ男子の結婚一直線ラブストーリー!
※前作『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』を読んでからの方が、より深く楽しめます。
病弱の花
雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は
綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。
ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。
成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。
不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。
【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる