すばる君♡BIIIIG LOVE!!!

野中にんぎょ

文字の大きさ
10 / 14

交錯する、愛!愛!愛!愛!

しおりを挟む
 もしかしたら昴から連絡が来るかもしれない。そう思っていたのは一日目だけで、二日目、三日目と時が過ぎるにつれ、そういう期待も霧のように消えていった。
「おいおい、どうした、大丈夫か。みゃー、お前最近おかしいぞ」
 家を出て七日目。目の下にクマを作っている睦月を山木さんがとうとう気遣った。それを皮切りに、常連さんたちが口々に「あの男の子とケンカしたのか」「ちゃんと食べてるのか」と尋ねたが、睦月は力なく笑うことしか出来なかった。
 愛の巣を失った睦月はさざんくろすで寝食を賄っていた。眠ろうとすると昴との思い出が走馬灯のように瞼の裏を駆け巡り、薄い布団の中でしくしくしている内に朝が訪れてしまう。
 さざんくろすの営業が始まっても、ハンバーグを捏ねれば昴の為にタネをハート形にしたことを思い出し、バーニャカウダー風のドレッシングを作れば昴の好きだったベビーリーフのサラダを思い出し、とても仕事にならない。
「一体どうしたんだい、その顔は!」
 若者のあれこれには口を挟まない主義の山木さんが声を掛けるほどなのだ。世話焼きの源城など睦月の真っ青な顔色を見て愕然とした。
「かわいそうに!どこの誰だ君をこんな風にやつれさせたのは!スバルか!?スバルだろう!……ああムツキ、返事をして!」
 ぎゅーっと抱きすくめられたと思ったら両手で両頬を力強く包まれ、睦月はされるがまま青い顔を餅のように伸ばしたり縮めたりした。
「ちがう、昴君のせいじゃないの。僕が至らなくて」
「イタラナイ?一体何のことだ?二人で一組のカップルだろう!相手がある関係なのだから互いに歩み寄るべきだ、どうして君一人が二人分の苦しみを背負う必要がある?……お願いだ、二人でよく話し合って、」
「別れたの」
 その一言に、源城はもちろん、喫茶店に居た客全員が固まった。おんおんおん、と古めかしい空調の音だけが空間を満たす。睦月は目をひん剥いている源城を見つめ「昴君とは終わったんだ。今はその……傷心してるだけだから。大丈夫。じきに元気になるよ」と消え入りそうな声で伝えた。
 源城は額を抑え、眉間に刻んだ皺を深くして悩み抜いた末、「分かった」と意を決した面持ちで睦月の両肩に触れた。
「君は今どこで生活しているんだ」
「お金が貯まるまではここに居ようかなって。その、最近、まとまったお金が必要になっちゃって。でも大丈夫。ここの二階に人が生活できるような部屋もあるから」
 二階を見つめ溜息を吐く源城。まるでここ七日の生活ぶりを透視されているような気分だ。「オーケー。それも分かった」睦月の親友は全て得心したというふうに笑みを浮かべた。
「お金が貯まるまでうちに居るといい。今の君は一人で居るべきじゃない」
 競馬新聞を丸めていた山木さんがいつもの席で二度頷く。
「いや、悪いよ、ミヒャもいるし……」
「構うもんか。唯一無二の親友の為だと伝えればきっとミヒャも分かってくれる」
 睦月は金の毛並みの彼を思い浮かべ、さすがにそれは、と返事を濁したが、源城は無理にでも睦月を家に引っ張り込む気らしかった。
「今日ここが閉まって二時間後に迎えに来るからね。それまでに荷物をまとめておいて。いいね?……さあこの話は終わり。ミャオ、僕にも珈琲を一杯お願いできるかな?」
 源城の珈琲を淹れて間もなくランチタイムが始まり、そのことについて深く考える暇もなくなってしまった。
 昴に源城の家に一泊したことを咎められたせいか、あまり気が進まない。けれど、一人で居ると気が滅入るのも事実。先日ボブヘアの女の子に後をつけられたことがここで後押しになり、睦月は源城の言葉に甘えることを決めた。
 亡霊にならないようにしなければ。
 昴にフラれて「亡霊」になった女の子たちを睦月はたくさん見て来た。大切にしてきた気持ちを昴に受け取ってもらえず、ストーカーまがいの求愛行動を繰り返した彼女たち。今なら彼女たちの気持ちが分かる。そうしてでも、昴の瞳に映りたかったのだ。
 昴の亡霊にならない為にも、傍に居てくれる誰かが必要だ。
 閉店後、睦月は少ない荷物を集め、クマのぬいぐるみを小脇に抱えてさざんくろすを出た。街のネオンがにじんだ涙に揺れて綺麗だ。悲しいのに綺麗だなんて、自分はどれだけおセンチになっているのだろうか。睦月は一人ぼんやりと景色を見つめながら苦笑した。
「源城君、睦月です」
『ムツキ!?迎えに行くと言ったのに!荷物もあるだろう、降りるから下で待っていて』
 オートロックのインターホンを押せば耳に馴染んだ親友の声が聞こえて来た。睦月はもうそれだけで心をほぐして気を抜いてしまった。……その時だった。
「だめだよ、むっちゃん!」
 この間まで身近に感じていたハスキーな声。睦月はハッとして声の主を振り返った。……川辺で背後をつけていた時と同じ、黒いパーカーに身を包んだ知里が今にも泣きそうな顔でマンションのエントランスに佇んでいた。
「知里ちゃん」
 鞄を胸に抱いて後ずさりすれば、知里は取り乱した様子で睦月ににじりよった。彼女は震えている睦月の手を無理に取り「ここにいちゃだめ!むっちゃんがいるべき場所はここじゃないの!」と引き付けるように揺すった。度を失った知里に睦月の背筋は冷えた。どうして知里ちゃんがこんなところに。やっぱり、あの夜、僕をつけていたのは知里ちゃんだったのだろうか。
「君!ムツキに何をしてるんだ!」
 エレベーターから降りて来た源城が全速力でこちらに駆けて来る。睦月は源城と知里を交互に見つめますます混乱した。知里は源城をあからさまに睨みつけ「あんたには関係ないでしょ!むっちゃんをたぶらかさないでよ!」と声を荒げた。
「チリさん。落ち着いて。ムツキを離してくれ。……ムツキ、こっちに来て。彼女は気がどうかしてしまってる」
「はあ!?至って冷静ですけどっ!……むっちゃんだめ!こんな男にたぶらかされて本当の愛を見失わないで!」
 源城は睦月の右腕を、知里はその反対の左腕を、ぐいぐいぐいぐい引っ張る。抱えていたクマがころんと大理石の床に転がり、エントランスに入って来たもう一人の男がそれを拾い上げた。
「何やってんの、お前ら……」
 一人の男の登場に知里は瞳を輝かせ、源城は思い切り顔を顰めた。睦月はどんな顔をしたらいいのかも分からず、けれど両腕を二人に抱えられ身動きも取れず、ただただ狼狽えた。
 クマを手に取った男、昴は、眉間に皺を寄せて目の前の奇妙な光景を見渡した。
「もう!奥泉君!遅い!むっちゃんがわけのわからん海外帰りのハイスペックイケメンに取られちゃうところだったじゃん!自分が当て馬になってもいいわけっ!?」
「スバル、悪いが帰ってもらえるかな。君にムツキを任せるわけにはいかない。それに君たち、もう別れているんだろう。ムツキにこれ以上関わるのはよせ」
 二人が口々に好き勝手を言うので場は収まるどころか火の粉を上げて炎上し始める。睦月の左腕の先で知里は全身を戦慄かせた。
「わ……別れた!?うそでしょ!?うそだよねむっちゃん!」
 殺気迫った顔で詰め寄られ、睦月は「本当だよ。僕たち別れたんだ」と消え入りそうな声で答えた。
「ええええっ!……もう!奥泉君のせいじゃん!奥泉君に甲斐性がないからじゃん!いいのは顔だけか!思いやりみせろよ!男みせろよ!そんなんだからむっちゃんが不安になっちゃうんじゃんか!」
「それには同意だね。ムツキはこんな男のどこがいいのだか。ボクには理解できない」
 両脇の二人が意気投合し始めると同時に昴がつかつかと近づいて来た。眉は吊り上がり、眉間には皺を寄せ、唇は「へ」の字。お、怒ってる!睦月は咄嗟に身体を引いたが、体勢を二人がかりで固定されているためにその場を離れることは叶わなかった。
「別れたって何?勝手に一人で決めんなよ」
「えっ、でもっ」
「でもじゃない。誰が別れるっつった?こんなもん、誰が欲しいっつったよ?一生大切にするとか俺に啖呵切っといて、お前から逃げてんじゃねえよ!」
 胸に叩きつけられたのは家に残してきた普通預金の通帳とキャッシュカードだった。勝手に出て行くのはこちらなのだからと、この先半年の家賃と次の家の敷金礼金分の費用を入れてある。
 昴は震えていた。怒りで?……悲しみで?睦月はそれを確かめたくて昴を深く見つめた。昴の瞳の奥が、水面に浮かぶ星々のように揺れていた。
「スバル。もう帰ってくれ。君の出番は来ない。いいか、君とムツキは終わったんだ。これは立派なストーカー行為だぞ」
「はあ?誰が……」
「君がストーカーでないなら、なぜムツキの居場所が分かったんだ?君、何かよからぬ方法でムツキを四六時中監視しているな?そうでなければこんなタイミングでここに現れることなんて出来ないはずだ」
 源城に鋭く指摘され、昴は唇をぎゅっと結んだ。睦月は訳も分からないまま昴を見つめ続けた。
 睨み合う昴と源城、その様子を固唾を飲んで見つめる睦月と知里。……そこに金色の毛並みの大型犬までやって来た。
「ワタシのミナに何してる!」
 金髪碧眼の王子様が駆けて来て、四人の視線はそちらに釘付けになった。二メートル近い長身の彼は昴の胸ぐらを掴み上げると易々と壁に叩きつけてしまった。
「昴君っ!」
「Michael!Halt!」
 睦月は知里の腕を振りほどき、源城と共に二人へ駆け寄った。源城は英語交じりのドイツ語で金髪碧眼の王子様ことミヒャエルを宥め、睦月は昴の襟元を掴み上げている彼の手を必死にほどこうとした。
 解放され咳き込む昴の背を抱くように摩る。ふと、横顔だった彼が睦月の面を正面から見つめた。
 睦月はハッとした。昴の顔をまともに見るのは久しぶりだった。近くで見つめれば、彼の心が手に取るように分かる気がした。眉は怒りでつんと上を向いているけれど、揺れる瞳は不安そう。頬はいつもより紅潮していて、口元は何か言いたげだ。
 僕、昴君がどんな顔をしているのか、ずっと分かっていなかったんだ。
 昴と見つめ合うと、睦月の心の奥でわだかまっていたものがするするとほどけた。絡まって、もう元には戻らないと思っていたものが、実は蝶々結びで、二人で両端を引っ張れば一瞬でほどけた……、そんな具合に。
「ダイタイ分かった。……チョット待って。ならば……この状況ってナニ?」
 母国の言葉で事情を理解し、それでも残る疑問にミヒャエルは小首を傾げた。彼の恋人の源城も、旅行鞄を抱えた睦月も、シャツを整えている昴も、一人蚊帳の外になってしまった知里も……、誰一人として彼の素朴な疑問に答えられる者はいなかった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。

ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。 高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。 そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。 文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

若頭の溺愛は、今日も平常運転です

なの
BL
『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』続編! 過保護すぎる若頭・鷹臣との同棲生活にツッコミが追いつかない毎日を送る幼なじみの相良悠真。 ホットミルクに外出禁止、舎弟たちのニヤニヤ見守り付き(?)ラブコメ生活はいつだって騒がしく、でもどこかあったかい。 だけどそんな日常の中で、鷹臣の覚悟に触れ、悠真は気づく。 ……俺も、ちゃんと応えたい。 笑って泣けて、めいっぱい甘い! 騒がしくて幸せすぎる、ヤクザとツッコミ男子の結婚一直線ラブストーリー! ※前作『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』を読んでからの方が、より深く楽しめます。

病弱の花

雨水林檎
BL
痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

【完結】君の手を取り、紡ぐ言葉は

綾瀬
BL
図書委員の佐倉遥希は、クラスの人気者である葉山綾に密かに想いを寄せていた。しかし、イケメンでスポーツ万能な彼と、地味で取り柄のない自分は住む世界が違うと感じ、遠くから眺める日々を過ごしていた。 ある放課後、遥希は葉山が数学の課題に苦戦しているのを見かける。戸惑いながらも思い切って声をかけると、葉山は「気になる人にバカだと思われるのが恥ずかしい」と打ち明ける。「気になる人」その一言に胸を高鳴らせながら、二人の勉強会が始まることになった。 成績優秀な遥希と、勉強が苦手な葉山。正反対の二人だが、共に過ごす時間の中で少しずつ距離を縮めていく。 不器用な二人の淡くも甘酸っぱい恋の行方を描く、学園青春ラブストーリー。 【爽やか人気者溺愛攻め×勉強だけが取り柄の天然鈍感平凡受け】

処理中です...