悪服す時、義を掲ぐ

羽田トモ

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第一章

第18話 魔族×残穢

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「魔族……」 

 突如として現れた三体の魔族。 

 闘技場が、一瞬にして緊張感に包まれる。 

「雑魚共が……ん? どうして、下等種がいる?」 

 三体の魔族の一体。先頭に立ち、怒気を放っている魔族がこちらに気付いた。 

(……あの感じ、俺たちが目的でここに来たわけじゃないのか? 雑魚共って、アイツ等のことだよな……。毛皮の服にあの見た目、アイツ等とは違う……いや、若いのか?) 

 見た目の特徴は同じだが、枯れ枝のようだった四体の魔族とは違い、筋骨隆々の体をしており、生気が満ち溢れている。 

 そのあまりの違いに、一瞬別種という考えが過ったが、体の差違は年齢によるものだと推察した。 

 魔族について思慮を巡らしていると、先頭の魔族が侮辱するように声を上げる。 

「ふん。下等種は、言葉も話せな――待て、貴様……?」 

 侮蔑の眼差しを向けていた魔族が、目を見開く。しかもそれは――、 

(俺を見た?) 

 魔族と顔を見合わせた瞬間だった。 

「その力……馬鹿な、ありえん……。いや、ならば、なぜ……?」 

 魔族は信じられないといった表情を浮かべ、独り言を呟く。 

(なんだ?) 

 状況が理解できず、静観を続けていると、魔族の纏う空気が変った。 

「ッ! あの雑魚共ッ!」 

 魔族が殺気を放つ。すると、砂が舞い上がり、大気は震え、鳥籠がガタガタと音を鳴らす。 

 鳥籠の音が気になり、魔族に注意しながらエノディアさんの様子を窺うと、彼女は未だに小刻みに震えながら肩を抱いて蹲っていた。

(エノディアさん……)

 視線を魔族に向けたまま、エノディアさんが殺気を浴びないように鳥籠の前へ移動する。 

(ん? 後ろの二体……) 

 後方で控えている二体の魔族が、なぜか必死に堪えるような表情を浮かべていることに気が付いた。 

「番人代理の立場でありながら、宝具を持ち出す愚行。それだけに飽き足らず、魔王様の宝具を持ち出すという大罪を犯した上、あろうことか下等種に持たすなどッ! 万死に値するッ!」 

 唾を飛ばしながら、魔族は怒声を上げる。 

「――……だが、先ずは貴様だッ、下等種ッ!!!」 

 血走った目を見開き、烈火の如く激高していた魔族が、こちらに向かって飛び掛かってくる。 

「ちッ」 

 エノディアさんを庇うために取った行動が裏目に出た。 

 魔族の突撃を避けること自体は容易だが、後ろにはエノディアさんがいる。 

 ならば、取る行動は一つ。 

 脚に力を込め、向かってくる魔族を遥かに上回る速度で接敵した。 

「何ッ?!」 

 こちらの行動、その速度に魔族は驚愕し、一瞬体を硬直させた。 

 その隙を見逃さず、魔族を壁際まで殴り飛ばす。 

(このスピードに、反応できるのか) 

 横腹を殴ろうと繰り出した拳を、魔族は腕を使って防いだ。 

(魔物より強いな) 

 攻撃を防いだ事や殴った際の手ごたえで、魔物より強いことを理解する。 

「キルト! こっちは任せろ! そっちは任せた!」 

 声がした方へ目を向けると、ラルフさんが二体の魔族の前に移動していた。 

「お願いします! アルシェさん! エノディアさんを頼みます!」 
「お任せください」 

 大声で、且つ、端的なやり取りを行う。その後、地を蹴り、殴り飛ばした魔族の正面に立つ。 

「ギザマッ」 

 魔族は、地面に膝を着いたまま睨んでくる。 

 歯を食いしばる魔族は、口から血が流していた。さらに、攻撃を防いだ右腕は折れ曲がり、骨が飛び出ている。それでも、こちらへの敵意は、衰えるどころか先ほどよりも増していた。 

「畜生の分際でッ! 赦さんッ!!!」 

 魔族が吠える。 

 直後、魔族は跳躍し、もう一度飛び掛かって来た。 

 風を巻く魔族の突撃を、身を翻して躱す。 

 しばらくの間、回避に徹する。 

 ラルフさんと戦っている魔族のどちらかが、エノディアさんを標的、もしくは人質に取る可能性を考慮したためだ。 

 魔族と距離を置かず、ラルフさんの方の動向も注視する。 

 そうして数分が過ぎた頃、目の前の魔族が突然動きを止めた。 

「なぜだッ?! なぜ、当たらないッ?!」 

 攻撃が当たらず、苛立ちを募らせていた魔族が、不可解そうな表情を浮かべる。 

「ありえん――ゴホッ、ゴホッ」 

 声を荒らげていた魔族が、激しく咳き込む。 

(血?) 

 咳き込んだ際に、魔族は血を吐いた。 

 よく見れば、大量に汗をかいており、手で右わき腹を押さえている。さらに、息苦しそうに呼吸をし、その呼吸音は水を含んだような濁音だった。 

(ガードし切れてなかったのか。というかコイツ、火を操れないのか?) 

 魔族の攻撃は苛烈ではあったが、青い火を用いた攻撃は一度もしてこなかった。 

(戦い方も武術とか技っていうより、力任せの喧嘩って感じだな。油断を誘そうようなタイプでもなさそうだし、火を使った攻撃は無いって判断していいな) 

 そう結論付けた後、ラルフさんの方へ目をやる。 

 ラルフさんは、二体の魔族を倒し終えており、エノディアさんの傍で遠巻きにこちらを観戦していた。 

「こっちも終わらせるか……」 

 魔族は、身動ぎ一つせず、こちらを凝視していた。 

 ゆっくりと、魔族へ歩み寄る。 

 手が届く距離まで近づくと、魔族は苦痛に顔を歪ませたまま大口を開ける。 

「下等――」 
「しつけぇよ」 

 魔族が叫けぼうとした瞬間、腹部に蹴りを入れた。 

 蹴られた魔族は、体をくの字に曲げ、闘技場の中央へ吹き飛ぶ。 

 水切りのように地面の上を数度跳ね、全身が土塗れになるほど転がった後、魔族は止まった。 

「あぁ……、う、おぇ――」 

 地面の上でのたうち回る魔族が、先ほど以上の血を吐く。 

「ハァ……ハァ……、お、お前ら……」 

 呻きを上げる魔族は、それでもよろけながら上半身を起こし、二体に助けを求める。 

「なぁ?!」 

 亡骸となって横たわる二体を目にして、魔族の動きが止まった。 

(丈夫だな) 

 魔族の傍へと移動し、見下ろす。 

 気配を察知したのか、魔族はゆっくりとこちらに顔を向けてきた。 

「な……」 

 魔族が息を呑んだ。 

 そして、魔族の黄色く濁った瞳が揺らぐ。 

「――……んだ、何なんだ、貴様は一体、何なんだッ?!」 
「……」 

 返答せずに見下ろし続けていると、魔族が緩慢な動作で後ずさり出す。 

「ありえない……あってはならない……」 

 必死に体を引きずりながら、喚き散らす魔族。 

「私は上位の……魔王様の側近なのだぞ……。そんな私が……」 

 魔族は、この状況を打開する術を求めて視線を彷徨わせる。 

「ッ!?」 

 そしてある方向を向いた瞬間、魔族の動きが止め、力の限り叫んだ。 
「おい、お前ッ! 何をしてる、私を助けろッ! この下等種を殺せッ!」   
「あ? 俺か?」 

 魔族が声を掛けたのは、ラルフさんだった。 

 突然声を掛けられたラルフさんは、自らを指差し、首をかしげる。 

(ラルフさん……) 

 必死に助けを求める魔族と、なぜ声を掛けられたのか理解していないラルフさん。あまりに滑稽で、緊張感のないやり取りを目にし、不覚にも気を緩めてしまう。 

 そのせいで、魔族の動向を見落としてしまった。 

  

  

「……羽虫」 




  
 先ほどまでとは明らかに違う、吃驚の中に、不穏さが孕んでいるような声だった。 

(……誰――) 

 気が緩んでいたこと、そして魔族が口にした呼び名のせいで、誰を指しているのか思考を巡らせてしまった。 

 その隙に、魔族は言葉を続けた。 

「貴様……その胸の魔石……、フ、フハッハッハッハ――、そうか、そういうことか。雑魚共はここで改造を……」 

 高笑いする魔族は、エノディアさんを見つめていた。 

「おい、あの羽虫は貴様の所有物か?」 

 魔族が、愉快そうに嗤いながら尋ねて来る。 

 その嗤い方が、記憶の中のアイツ等を呼び起こす。 

「んなわけねぇだろ!」 

 声を荒らげ、魔族の言葉を否定する。 

「まぁ当然か。知っていて、あの羽虫を傍に置く物好きはいないだろう」 

 魔族の下卑た嗤いと物言いに、怒りが込み上がる。しかし、こちらが感情を表に出せば出すほど、魔族はその嗤いを深めていった。 

「おい、羽虫ッ! お前は分かってるんだろう? 自分がどういう存在か、教えてやったらどうだッ!」 

 エノディアさんに目を向けると、あれだけ震えていた彼女が凍り付いていた。 

「てめぇ! 止せ!」 

 嫌な予感がし、咄嗟に凄んで魔族を黙らせようとした。が、魔族は黙らない。 

「言わぬのなら、私が言ってやろう。あの羽虫に埋め込まれた魔石は、かつて、愚かにも魔王様に逆らった躯の物だ」 

 魔族は、声高らかに語る。 

「魔王様は躯を葬り去った。当然だ。魔王様に盾突いたのだからな。ところがだ。魔石となって尚、躯は死をまき散らし続けたのだ」 


「……」

  
「羽虫! 今まで何体下等種を殺した? 貴様は死の元凶だ。貴様が傍にいるだけで、不吉に憑かれる。そして貴様のせいで、必ず悲惨な死を迎えるのだッ! フハッハッハッハッ――」 




  

  

  

「ハッハッハッハッ――」 

  




  

  

「ヒィヒッヒッ――」 

  

  

  




「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ――」 




  

  


  
「んぐッ?!」 


  

  

  

  

 闘技場が、海に沈んだ。
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