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第二章
第7話 魔法×魔術
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「ごちそうさま。キルト、すっごいおいしかったよー」
「とっても、おいしかったです。キルト様」
「キルト様の手料理、どれも素晴らしかったです」
「口に合ったなら良かったです」
屋敷の食糧庫には、多種多様な食材が保管されていた。しかし、肝心の料理人がいない。エノディアさんはサイズ的に無理として、他の人たちも料理の経験はないというのだ。そのため、消去法で自分が料理することになった。
(……何とかなったな。皇国でレオガルドの料理を食べてて助かった……)
記憶を頼りにレオガルドの料理を再現してみたが、思いのほか好評のようだった。そっと胸を撫で下ろしながら談笑しているみんなを眺めていると、一人だけ黙り込んでいるアルシェさんが目に留まった。
「アルシェさん? どうしました……もしかして、口に合わなかったですか?」
声をかけると、アルシェさんはビクリと肩を震わせた。そして、冷静な彼女とは思えぬほど焦ったように口を開く。
「いえ、そんなことございません! キルト様の料理はどれも素晴らしいものでした。味付けは完璧で、バランスの取れた理想の朝食です。特に、勇者が伝えたとされる出汁巻き卵の再現度が――」
「ちょッ、アルシェさん落ち着いてください」
早口でまくし立てる彼女の姿は、普段とはあまりにもかけ離れている。そんな姿に内心では驚きつつも、落ち着く様に声をかけた。アルシェさんは「申し訳ございません」と呟き、恥ずかしそうに頬を染めながら小さくなる。
エノディアさんとラルフさんが、物珍しそうにアルシェさんのことを眺めている中、アルシェさんは胸に手を置いて深呼吸を繰り返す。やがて、冷静さを取り戻した彼女が改めて味の感想を口にした。
「キルト様、本当に美味しかったです。……ただ、その……」
「ん?」
アルシェさんは僅かに顔を伏せ、目を忙しなく動かす。まるで、何かを言いたげな雰囲気だった。ただ、気恥ずかしそうにしている。そんな彼女と目が合う。すると、彼女は小さく身を縮こませた。本当にらしくないが、同時にそんな彼女に親しみが持てた。
「アルシェさん、何かあれば遠慮なしに言ってください」
出来る限り優しい口調で話しかけると、アルシェさんは暫しの間躊躇ったが、か細い声で呟く。
「……お、大勢で食べる食事は楽しいのですね」
言い終えた瞬間、雪のように白い彼女の肌が夕日のように赤く染まる。そして、限界が訪れたのか、アルシェさんは顔を袖で隠して動かなくなってしまった。
「……ぷッ、ガッハッハ――、確かにな、お嬢の言う通りだッ!」
堰を切ったように、ラルフさんが豪快に笑う。
「そうだね、やっぱりごはんは大勢で食べた方が楽しいよね!」
「うん」
エノディアさんと小夜ちゃんが、互いに笑顔で見合わせながら同意する。闘技場で過ごした日々が嘘のような穏やかな時間。心休まる雰囲気に包まれる中、アルシェさんを見つめた。彼女は一体何者なのだろうか……。
「そうですね、アルシェさんの言う通りです。だから、これからもみんなで食べましょう」
少しずつ、彼女に対する感情が変化していっているのを感じている。正直にいえば、まだ完全に信用はしていない。だが、目の前にいる年相応の反応をする彼女の姿を見て、心が揺れ動くのだ。だから――、
「アルシェさん。話は変わりますけど……俺に魔術を教えてくれませんか?」
自分が抱いてる疑惑を払拭するため、今日も彼女を監視する。
◇◇◇◇◇◇
唐突ではあるが、魔術を習うのにも訳があった。自分の意志で自在に出現でき、屋敷さえも収納することが可能な黒い穴。これが魔術だということは、感覚的に理解していた。ただ、これはあくまで推察。この先、曖昧な把握のせいで不都合が起こる可能性も捨てきれないのだ。そのため、正しい知識を理解しておきたかった。
アルシェさんから魔術を習うと聞き、みんなも興味を持った。こうして、全員参加のエノディアさん命名『第一回アルシェ先生のお勉強会』が開催された。
「魔術とは、想像です。想像によって生み出され、想像によって形作られ、想像によって起こる事象。魔術のすべては、術者の想像の産物なのです」
「はい、先生! 想像してもできない魔術があるのはどうしてですかッ?」
談話室の一画、講師であるアルシェさんを囲むように椅子に座る。そんな中、専用のソファーに姿勢よく座るエノディアさんが律儀に挙手をした後、元気よく質問した。
「それは、術者の想像力が不足しているからです。私の手を見ていてください」
アルシェさんは、あらかじめ用意していた桶を足元に置く。そして、桶のちょうど真上に人差し指を構えた。その数秒後、彼女の指先から勢い良く水が滴り落ちる。
(ん? 今……)
アルシェさんの指先から水が流れ出るその刹那、光が見えた気がした。見間違いかとも思いながら記憶を確認してみる。すると、間違いなく指先から水が出る瞬間、アルシェさんの火光が周囲の魔素に引火して、全身が光に包まれていた。
初めて見る現象だった。だからか、無意識に光について思考を巡らせようとした。しかし――、
「キルト様、何か見えましたか?」
アルシェさんに声をかけられる。彼女は真っ直ぐにこちらを見つめており、しかもその眼差しは、言外に何かを問うているような意図を感じさせる目をしていた。
今は知識を増やす機会だ。素直にアルシェさんの流れに乗る。
「魔術を発動した瞬間、アルシェさんの体が光に包まれました」
「やはり、キルト様は想像と創造の交境が見えるのですね」
「アウレオラ?」
初めて聞く言葉に思わず、反芻してしまった。直後、後悔が襲う。この世界では、常識なのではないかという考えが過ったからだ。どうにか平静を装いつつ、それぞれの反応を観察する。
「何それ?」
エノディアさんは、小首を傾げた。
「お兄ちゃん……?」
小夜ちゃんはもちろんのこと、一夜さんも首を横に振っている。
「あ~……昔、養成所で習った気がするが……思い出せねぇな……」
ラルフさんだけは知っているようではあるが、詳細には覚えていない様子である。この中で、一番実戦経験が多いのは間違いなくラルフさんだろう。そのラルフさんが曖昧ということは、知識としてはあまり重要でなく、常識でもない可能性が高い。墓穴を掘ったわけではないことを理解し、密かに安堵した。
そうやってみんなのことを観察していると、アルシェさんが再び口を開く。
「想像と創造の交境とは、頭で作り上げた魔術が現実の事象となる際の境を越えた時に生じる光のことです。先ほどエノディア様が尋ねてくださった『想像しても出来ない魔術』も、この境を越えられないことが原因です」
「なるほど……。その想像っていうのは、どの程度必要なんですか?」
「事象として現実に起こすだけであれば、それほど明確な想像でなくとも発動は可能です。ですが、戦闘魔術は違います。もう一度、私の手を見ていて下さい」
言われるがままアルシェさんの右手を眺めていると、彼女は両手を置けの真上に構えた。そして、指から水が滴り落ちる。ここまではさっきと同じだが、ある瞬間を境に、まるで蛇口に水風船を取り付けた時のように指先に卓球玉程の水の玉ができた。水球は徐々に大きくなっていき、最後にはバスケットボール程の大きさになる。
「今度は、左手を見てて下さい」
視線を左手に移すと、アウレオラが起こった直後、指先に最初からバスケットボール程の水球が現れた。
「右手と左手の違いは分かりますか?」
アルシェさんの問いかけに、エノディアさんが誰よりも早く答える。
「右手は段階を踏んで水球が出来ました。でも、左手は最初から水球が出来ました」
「正解です」
「ふふん」
「すごい、エノちゃん」
正解したことで腰に手を当てながら胸を張り、自慢げな顔をするエノディアさん。それに対し、隣に座っている小夜ちゃんが小さく拍手を送る。二人のやりとりに和みつつ、アルシェさんに尋ねる。
「魔術は想像が大事で、戦闘魔術は想像の工程がより重要になってくるってことですか?」
「その通りです。水球を作り出すのにわざわざ、『水を出す』『水を球にする』『球を大きくする』という工程を踏まずとも、初めから『大きな水球を作る』という工程だけで済みます。人の想像力には限りがあります。そのため、どれだけ工程を少なく出来るかが重要なのです。それだけではありません。戦闘を行う際は、相手がいます。当然、魔術の阻止してくるでしょう。であれば、単純且つ、効果の高い魔術が求められます」
正論だと思った。たとえ、致命傷を与えられる魔術があったとしても、発動までに時間がかかってしまったら意味がない。
「でもさ、そんな都合のいい魔術なんてあるの?」
アルシェさんの話を聞いていたエノディアさんが、素朴な疑問を口にした。
「だから、流派が生まれたんだ」
その疑問に答えたのは、ラルフさんだった。ただ、その声音はどこか素っ気ない。
「何、流派って?」
「ロマンの欠片もねぇ魔術のことだ」
「ッ!? ……それは、ダメだね」
「だろッ! エノ、お前なら分かってくれると思ってたぜ」
まったく中身のない会話にもかかわらず、共感し合い、うんうんと頷き合う二人。
このまま二人の美意識で会話が進んでも知識は増えない。仕方がないのでアルシェさんに顔を向けると、意図を察してくれた彼女が口を開く。
「そもそも魔術とは、神の御業である魔法を勇者が真似た“術”です。それはつまり、魔術も千年の歴史があるということ。その長き年月を重ね、より効果的で、より実用的な“術”へと昇華されていきました。それが流派なのです」
アルシェさんの返答は、納得のいくものだった。より良いものを作ろうとするならば、改善が必要である。ただ問題は、改善の方向性はいくつかあるということだ。しかし、あらゆる可能性を研究するには人の人生は短すぎる。だが、受け継がれている流派――つまり、千年間研究したデータがあれば、一人では辿り着けない境地に至れるだろう。
(流派……ようは、想像を標準化させる技術体系ってことか……)
ファンタジーの代名詞でもある魔術に対してあまりに夢の無い考え方だが、これこそが正解だと思う。
「ねぇ? ちなみに、どんな流派があるの?」
ロマンのない魔術はお気に召さなかったエノディアさんだが、どんな魔術が存在するのかは気になったのか、ラルフさんに尋ねる。
「俺も全部を知ってるってわけじゃねぇが、大紅蓮流、カルカリアス流、巌鐵流、ヒオウ流。これが所謂、レオガルド四大流派ってヤツだ」
「ふ~ん、どういう魔術なの?」
「大紅蓮流は、勇者から直々に教えを乞うた魔術師が興した最古の流派だ。カルカリアス流と巌鐵流は大紅蓮流から派生した流派でな、だから、三つとも武器を形作るって共通点がある。ただ、それぞれ武器を形作るもんが違ってな、大紅蓮流は火、カルカリアス流は水、巌鐵流は石って具合だ。で、最後にヒオウ流。こいつは毛色が違っててな、火で動物を形作る魔術だ。この流派は門外不出の口伝やら技術やらが多くてな、四大流派の中じゃあ一番門下生が少ねぇな」
ラルフさんの説明に耳を傾け、魔術の理解を深めていく。
確かに正確な想像をするならば、実際に目で見れて、触れられる物が好ましい。現に、頭の異物を取り除く際にそうした。武器や動物はまさしく適当であり、さらに、火や水や石は観察が容易でありながら属性を付与するものとしては申し分ない。
「ん?」
魔術について思考を巡らせていると、小夜ちゃんが頻りに目を開閉させているのに気が付いた。頭も船を漕いでいて、眠気に襲われているのだということが見て取れる。
「アルシェさん、自分から頼んだのに申し訳ないんですが、今日はこの辺にしときましょう」
こうして、勉強会は御開きとなった。
「とっても、おいしかったです。キルト様」
「キルト様の手料理、どれも素晴らしかったです」
「口に合ったなら良かったです」
屋敷の食糧庫には、多種多様な食材が保管されていた。しかし、肝心の料理人がいない。エノディアさんはサイズ的に無理として、他の人たちも料理の経験はないというのだ。そのため、消去法で自分が料理することになった。
(……何とかなったな。皇国でレオガルドの料理を食べてて助かった……)
記憶を頼りにレオガルドの料理を再現してみたが、思いのほか好評のようだった。そっと胸を撫で下ろしながら談笑しているみんなを眺めていると、一人だけ黙り込んでいるアルシェさんが目に留まった。
「アルシェさん? どうしました……もしかして、口に合わなかったですか?」
声をかけると、アルシェさんはビクリと肩を震わせた。そして、冷静な彼女とは思えぬほど焦ったように口を開く。
「いえ、そんなことございません! キルト様の料理はどれも素晴らしいものでした。味付けは完璧で、バランスの取れた理想の朝食です。特に、勇者が伝えたとされる出汁巻き卵の再現度が――」
「ちょッ、アルシェさん落ち着いてください」
早口でまくし立てる彼女の姿は、普段とはあまりにもかけ離れている。そんな姿に内心では驚きつつも、落ち着く様に声をかけた。アルシェさんは「申し訳ございません」と呟き、恥ずかしそうに頬を染めながら小さくなる。
エノディアさんとラルフさんが、物珍しそうにアルシェさんのことを眺めている中、アルシェさんは胸に手を置いて深呼吸を繰り返す。やがて、冷静さを取り戻した彼女が改めて味の感想を口にした。
「キルト様、本当に美味しかったです。……ただ、その……」
「ん?」
アルシェさんは僅かに顔を伏せ、目を忙しなく動かす。まるで、何かを言いたげな雰囲気だった。ただ、気恥ずかしそうにしている。そんな彼女と目が合う。すると、彼女は小さく身を縮こませた。本当にらしくないが、同時にそんな彼女に親しみが持てた。
「アルシェさん、何かあれば遠慮なしに言ってください」
出来る限り優しい口調で話しかけると、アルシェさんは暫しの間躊躇ったが、か細い声で呟く。
「……お、大勢で食べる食事は楽しいのですね」
言い終えた瞬間、雪のように白い彼女の肌が夕日のように赤く染まる。そして、限界が訪れたのか、アルシェさんは顔を袖で隠して動かなくなってしまった。
「……ぷッ、ガッハッハ――、確かにな、お嬢の言う通りだッ!」
堰を切ったように、ラルフさんが豪快に笑う。
「そうだね、やっぱりごはんは大勢で食べた方が楽しいよね!」
「うん」
エノディアさんと小夜ちゃんが、互いに笑顔で見合わせながら同意する。闘技場で過ごした日々が嘘のような穏やかな時間。心休まる雰囲気に包まれる中、アルシェさんを見つめた。彼女は一体何者なのだろうか……。
「そうですね、アルシェさんの言う通りです。だから、これからもみんなで食べましょう」
少しずつ、彼女に対する感情が変化していっているのを感じている。正直にいえば、まだ完全に信用はしていない。だが、目の前にいる年相応の反応をする彼女の姿を見て、心が揺れ動くのだ。だから――、
「アルシェさん。話は変わりますけど……俺に魔術を教えてくれませんか?」
自分が抱いてる疑惑を払拭するため、今日も彼女を監視する。
◇◇◇◇◇◇
唐突ではあるが、魔術を習うのにも訳があった。自分の意志で自在に出現でき、屋敷さえも収納することが可能な黒い穴。これが魔術だということは、感覚的に理解していた。ただ、これはあくまで推察。この先、曖昧な把握のせいで不都合が起こる可能性も捨てきれないのだ。そのため、正しい知識を理解しておきたかった。
アルシェさんから魔術を習うと聞き、みんなも興味を持った。こうして、全員参加のエノディアさん命名『第一回アルシェ先生のお勉強会』が開催された。
「魔術とは、想像です。想像によって生み出され、想像によって形作られ、想像によって起こる事象。魔術のすべては、術者の想像の産物なのです」
「はい、先生! 想像してもできない魔術があるのはどうしてですかッ?」
談話室の一画、講師であるアルシェさんを囲むように椅子に座る。そんな中、専用のソファーに姿勢よく座るエノディアさんが律儀に挙手をした後、元気よく質問した。
「それは、術者の想像力が不足しているからです。私の手を見ていてください」
アルシェさんは、あらかじめ用意していた桶を足元に置く。そして、桶のちょうど真上に人差し指を構えた。その数秒後、彼女の指先から勢い良く水が滴り落ちる。
(ん? 今……)
アルシェさんの指先から水が流れ出るその刹那、光が見えた気がした。見間違いかとも思いながら記憶を確認してみる。すると、間違いなく指先から水が出る瞬間、アルシェさんの火光が周囲の魔素に引火して、全身が光に包まれていた。
初めて見る現象だった。だからか、無意識に光について思考を巡らせようとした。しかし――、
「キルト様、何か見えましたか?」
アルシェさんに声をかけられる。彼女は真っ直ぐにこちらを見つめており、しかもその眼差しは、言外に何かを問うているような意図を感じさせる目をしていた。
今は知識を増やす機会だ。素直にアルシェさんの流れに乗る。
「魔術を発動した瞬間、アルシェさんの体が光に包まれました」
「やはり、キルト様は想像と創造の交境が見えるのですね」
「アウレオラ?」
初めて聞く言葉に思わず、反芻してしまった。直後、後悔が襲う。この世界では、常識なのではないかという考えが過ったからだ。どうにか平静を装いつつ、それぞれの反応を観察する。
「何それ?」
エノディアさんは、小首を傾げた。
「お兄ちゃん……?」
小夜ちゃんはもちろんのこと、一夜さんも首を横に振っている。
「あ~……昔、養成所で習った気がするが……思い出せねぇな……」
ラルフさんだけは知っているようではあるが、詳細には覚えていない様子である。この中で、一番実戦経験が多いのは間違いなくラルフさんだろう。そのラルフさんが曖昧ということは、知識としてはあまり重要でなく、常識でもない可能性が高い。墓穴を掘ったわけではないことを理解し、密かに安堵した。
そうやってみんなのことを観察していると、アルシェさんが再び口を開く。
「想像と創造の交境とは、頭で作り上げた魔術が現実の事象となる際の境を越えた時に生じる光のことです。先ほどエノディア様が尋ねてくださった『想像しても出来ない魔術』も、この境を越えられないことが原因です」
「なるほど……。その想像っていうのは、どの程度必要なんですか?」
「事象として現実に起こすだけであれば、それほど明確な想像でなくとも発動は可能です。ですが、戦闘魔術は違います。もう一度、私の手を見ていて下さい」
言われるがままアルシェさんの右手を眺めていると、彼女は両手を置けの真上に構えた。そして、指から水が滴り落ちる。ここまではさっきと同じだが、ある瞬間を境に、まるで蛇口に水風船を取り付けた時のように指先に卓球玉程の水の玉ができた。水球は徐々に大きくなっていき、最後にはバスケットボール程の大きさになる。
「今度は、左手を見てて下さい」
視線を左手に移すと、アウレオラが起こった直後、指先に最初からバスケットボール程の水球が現れた。
「右手と左手の違いは分かりますか?」
アルシェさんの問いかけに、エノディアさんが誰よりも早く答える。
「右手は段階を踏んで水球が出来ました。でも、左手は最初から水球が出来ました」
「正解です」
「ふふん」
「すごい、エノちゃん」
正解したことで腰に手を当てながら胸を張り、自慢げな顔をするエノディアさん。それに対し、隣に座っている小夜ちゃんが小さく拍手を送る。二人のやりとりに和みつつ、アルシェさんに尋ねる。
「魔術は想像が大事で、戦闘魔術は想像の工程がより重要になってくるってことですか?」
「その通りです。水球を作り出すのにわざわざ、『水を出す』『水を球にする』『球を大きくする』という工程を踏まずとも、初めから『大きな水球を作る』という工程だけで済みます。人の想像力には限りがあります。そのため、どれだけ工程を少なく出来るかが重要なのです。それだけではありません。戦闘を行う際は、相手がいます。当然、魔術の阻止してくるでしょう。であれば、単純且つ、効果の高い魔術が求められます」
正論だと思った。たとえ、致命傷を与えられる魔術があったとしても、発動までに時間がかかってしまったら意味がない。
「でもさ、そんな都合のいい魔術なんてあるの?」
アルシェさんの話を聞いていたエノディアさんが、素朴な疑問を口にした。
「だから、流派が生まれたんだ」
その疑問に答えたのは、ラルフさんだった。ただ、その声音はどこか素っ気ない。
「何、流派って?」
「ロマンの欠片もねぇ魔術のことだ」
「ッ!? ……それは、ダメだね」
「だろッ! エノ、お前なら分かってくれると思ってたぜ」
まったく中身のない会話にもかかわらず、共感し合い、うんうんと頷き合う二人。
このまま二人の美意識で会話が進んでも知識は増えない。仕方がないのでアルシェさんに顔を向けると、意図を察してくれた彼女が口を開く。
「そもそも魔術とは、神の御業である魔法を勇者が真似た“術”です。それはつまり、魔術も千年の歴史があるということ。その長き年月を重ね、より効果的で、より実用的な“術”へと昇華されていきました。それが流派なのです」
アルシェさんの返答は、納得のいくものだった。より良いものを作ろうとするならば、改善が必要である。ただ問題は、改善の方向性はいくつかあるということだ。しかし、あらゆる可能性を研究するには人の人生は短すぎる。だが、受け継がれている流派――つまり、千年間研究したデータがあれば、一人では辿り着けない境地に至れるだろう。
(流派……ようは、想像を標準化させる技術体系ってことか……)
ファンタジーの代名詞でもある魔術に対してあまりに夢の無い考え方だが、これこそが正解だと思う。
「ねぇ? ちなみに、どんな流派があるの?」
ロマンのない魔術はお気に召さなかったエノディアさんだが、どんな魔術が存在するのかは気になったのか、ラルフさんに尋ねる。
「俺も全部を知ってるってわけじゃねぇが、大紅蓮流、カルカリアス流、巌鐵流、ヒオウ流。これが所謂、レオガルド四大流派ってヤツだ」
「ふ~ん、どういう魔術なの?」
「大紅蓮流は、勇者から直々に教えを乞うた魔術師が興した最古の流派だ。カルカリアス流と巌鐵流は大紅蓮流から派生した流派でな、だから、三つとも武器を形作るって共通点がある。ただ、それぞれ武器を形作るもんが違ってな、大紅蓮流は火、カルカリアス流は水、巌鐵流は石って具合だ。で、最後にヒオウ流。こいつは毛色が違っててな、火で動物を形作る魔術だ。この流派は門外不出の口伝やら技術やらが多くてな、四大流派の中じゃあ一番門下生が少ねぇな」
ラルフさんの説明に耳を傾け、魔術の理解を深めていく。
確かに正確な想像をするならば、実際に目で見れて、触れられる物が好ましい。現に、頭の異物を取り除く際にそうした。武器や動物はまさしく適当であり、さらに、火や水や石は観察が容易でありながら属性を付与するものとしては申し分ない。
「ん?」
魔術について思考を巡らせていると、小夜ちゃんが頻りに目を開閉させているのに気が付いた。頭も船を漕いでいて、眠気に襲われているのだということが見て取れる。
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