仮面夫婦のはずが、エリート専務に子どもごと溺愛されています

小田恒子

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史那編

中学二年、卒業前日 2

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 朝のお迎え。理玖はマンションのエントランスまでしか来てくれない。
 ただでさえ忙しい朝の時間帯にわざわざ最上階までは迎えに来ないし、時間通りに私が来なかったら容赦なく一人で学校に行くのだ。
 だから理玖を待たせる訳にはいかない。
 私はエレベーターが早く上がって来ないかイライラしながら待っていた。

 ようやくエレベーターが最上階まで昇って来たので、扉が開くと急いで飛び乗ると、『1』のボタンを押した。
 運が良ければ、途中で誰も乗って来なければ、エレベーターここは束の間の密室で、私は室内に貼られた鏡の前で自身の身なりを最終チェックをする。

『チン』と、エレベーターの音が鳴る。
 モニターを確認すると、一階に到着している。
 私は深呼吸を一つして、その扉が開くのを待った。

 エレベーターの扉が開くと、コンシェルジュの大川さんと視線が合った。
 大川さんはコンシェルジュの中で一番年配の男性で、所作、立ち居振る舞いも完璧なプロフェッショナルだ。

「おはようございます、史那さん」

 大川さんが笑顔で挨拶をしてくれる。
 このマンションのコンシェルジュさんは、住人の子供の呼び方は、名前に「さん」付けを徹底している。

「おはようございます、大川さん」
「大丈夫、まだ来られてませんよ」

 大川さんの言葉に、私はほっと一息つく。
 大川さんを筆頭に、ここのコンシェルジュさん達も、理玖の事は私同様に幼少期からよく知っている。
 理玖も小さい頃からこのマンションへよく遊びに来ており、時々、コンシェルジュさんたちに遊んで貰ったこともある。

 まだ赤ちゃんの蒼良に両親がかかりっきりだったせいか、出会った頃の優しい男の子からいつの日にか偉そうな俺サマな子に変わっていった。
 理玖は高宮の祖父母や私の母に良く預けられて、伯母さんに甘えたくても甘えられなかったのだろう。
 意地っ張りな理玖のことだから、『自分を見て』と素直になれなかったに違いない。
 それに加えてお兄ちゃんになったのだからと、周囲から無言のプレッシャーもあったのだろう。

 確かその頃からだ。理玖の私に対する態度も変わったのは。
 理玖の四歳年下になる蒼良は、それこそ蒼良が生まれて来る前の理玖の性格をそのまま引き継いで成長しており、理玖に意地悪をされた時は、蒼良に癒されていた。

 時々見せる優しさは、あの頃の理玖と変わらない。
 でも……

 理玖が小学校を卒業してから、時期的に反抗期もあったのか、性格がガラリと変わってしまった。

 中学受験で、理玖は大学までエスカレーター方式の私立の進学校に入学した。
 私も少しでも理玖の近くにいたくて、一生懸命勉強して、なんとか同じ学校に合格した。

 けれど、元々頭のできが違うせいもあり、私は落ちこぼれ組にいた。

 そんな私と一緒にいるのがきっと理玖は恥ずかしいのだ。
 同じ『高宮』の苗字で顔立ちも、どことなく似ている。私が中等部に入学してから、すぐに私たちのことは学校中で噂になった。

 従兄妹だし、なにかと目立つ理玖と比較される私。
 五年前に念願の妹が産まれたけれど、私は元々一人っ子だったし、それなりにマイペースな性格だったせいで、学校では理玖絡みで色々と陰口を叩かれた。

 理玖は女の子たちからの告白を断る際、どうやら私を理由に使っていると知ったのは、つい最近のことだ。

 私の仲良しの友だちが、卒業前の理玖に告白して玉砕した。
 その時、理玖はその子にこんなことを言ったのだという。

『史那がうるさいから』

 一体これはどういうことだろう。
 確かに理玖の言動で理不尽なことがあれば、私は遠慮なく理玖に文句を言うけれど、交友関係について口を挟んだことなんて一度もない。

 理玖は英和辞典を忘れたと言って、わざわざ学年の違う私の元へ借りに来るくせ、一度も自分から返しにこない。
 私が三年の教室まで取りに行かないと返してくれないのだ。
 借りに来るなら返しに来るのが普通だと思うけど、理玖にそれは通用しない。

 学年が違うせいで、三年の先輩たちからは冷ややかな目で見られて私は居心地が悪かった。
 だから学校では極力接点を持たないように気をつけながらも、このような不可抗力の際は朝の通学時間に文句を言っていた。

 しかしながら理玖は、暖簾に腕押し、糠に釘。
 どこ吹く風だというように、私が訴えても全く効果はない。

 でも私が中等部に入学して一度だけ、理玖が私の心配をしてくれたっけ。

『実害があれば、隠さず俺に言え』と。

 確かに逆恨みで、陰口を叩かれたり睨まれたりはあったけど、物を隠されたりとか意地悪をされることはなかった。

 そう考えると、理玖は理玖なりに私に気を使ってくれていたのかも知れない。
 直接口に出して言わないけれど、女の子たちからの告白を断るものの、理由を私のせいにしながらも私になにかしたらタダじゃおかないと釘を刺してくれていたようだ。

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